11 命と体

「なんか、よくわかんねえ」


 ベルが素直にそう言った。


 ベルだけではなく他の者も、もちろんはっきりどうと分かったわけではない。だが、それなりになんとなく形にした者がいた。


「あの、もしも間違えていたら失礼いたします」


 今回、大人数の中心にいるリルが口を開く。


「象徴というお言葉でなんとなく浮かんだのですが、私たちの肉体はどこも等しく大切なものだと思います。指も腕も足も耳も、体内にある心臓や胃の腑といった内臓も、なにもかも。ですが人が誰かを思い浮かべる時、一番に浮かぶのは顔です。全て等しいはずなのに、顔を見てその人が誰かを判断します」

「そういやそうだな。誰かの話をしてて浮かぶのはやっぱ顔だよな」


 ベルがリルの言葉に感心したように頷く。


「ええ、そうなの。指は顔に比べて大事ではないということじゃない。だけどその人そのものを表すにはやはり指より顔が浮かぶのよね。肉体という存在の上での象徴が顔であるように、命の象徴が肉体、命の一部ではあるのだけれど、命そのものではない。そのように私には思えたのですが、どうでしょうか」

「えっと……」


 ベルがリルの言葉を自分なりに噛み砕いてみる。


「つまりあれか、本当は指も顔も同じ体のはずなのになんか違う。体は命の一部だけどその中でもなんかちょっと目立つってか、なんか違うんだよな。体の中の顔みたいな役目がある。だから分けてみたらそんな感じに、体はマユリアとシャンタルの2人に分けて終わり。けど、命はちょびっとでいけた、そんな感じ?」


 光がきゃらきゃらと子どもが笑うようにまたたいた。


『なぜでしょうね』


『童子が口にする言葉は、それだけでわたくしを癒やしてくれる』


「相変わらずおまえの言い方は雑だよなあ」


 トーヤも笑いながらそう言う。


「けど、おかげで俺にもなんか分かった気がする。あんたって神様を作ってる命と体、どっちも大事だが役割が違うから分けたらそうなったって感じか?」


『そうですね』


 光はまだ楽しそうに瞬いている。


『それが分かりやすいというのなら、そういうことにいたしましょう』


「申し訳ありません、それで精一杯です。これ以上はとても」

「いえ、リルの言葉で私にもなんとなく分かった気がするわ。どちらも大切だけど役目が違うということよね」

「私にもなんとなく分かったような気がします」

 

 ミーヤとアーダがリルにそう言った。


「命と体が違うってのもなんとなく分かりました」


 アランが直接光に向かって自分の感じたことを話した。


「人が死んでも体は残る。残るけど命はない。命と体の役目が違うってのはなんとなく分かる気がします。だからあなたが自分の体を人間に生まれさせようとした時に、2人に分けることで神様の体を人の体にできた。でも命というか魂というか、もしかしたらあなたそのものの存在は、体から離れても存在し続けるものだから、全部を分けてしまうことはできない。人としてのあなたの体を動かすに足りるだけ、あなたの命を分けたということ、でいいでしょうか」

「すごいわね、そう、私もそういうことが言いたかったんだけど、すぐには浮かばなかったわ」


 リルが感心するようにアランに声をかけた。


「やっぱりあなたの弟子は相当優秀なようよ。よかったわね、師匠として鼻が高いでしょ」


 もちろんトーヤに対しての言葉だ。


「俺もリルさんの説明があったから、なんとなくそうかなって思えたんです。それと経験からかな」

「経験?」

「ええ」


 アランがリルに答えてから続ける。


「俺とベルは、戦場でトーヤとシャンタルに拾われて命びろいしました。そして4人で一緒にいるようになって、トーヤが最初に連れて行ってくれたのが、兄が命を落とした場所だったんです」

「そうだったな」


 ベルもしんみりと答える。


「そこにかろうじて残ってた兄の墓標を頼りに掘ったら、兄の骨が残ってました。その骨をきれいにして、ちゃんとした墓所に弔うようにトーヤがしてくれたんです。兄が亡くなった時、俺とベルにはそんな金どころか食い物を買う金すらなくて、そこに埋めるしかなかったんだけど」

「うん、そうだったよな」


 兄と妹の言葉にトーヤがなんとなく居心地が悪そうに、ふいっと横を向いた。


「その時にその骨を見ながら思ったんです。これは兄なのかそれとも兄じゃないのかって。人は死んだらこうして骨が残るのに、もう命はないんだなって。だからなんとなく、命と体って一緒なのに別物みたいに思ったことを思い出したんです」

「そうだったのね」

 

 リルがうっすらと涙ぐむ。


「やっぱりこの弟子にしてこの師あり、いいとこあるのねトーヤ」

「いや、早く行かねえと、どこか分からなくなっちまうと思ったからな。まあ、分かってよかったよ」


 ぶっきらぼうに言うその横顔が、照れくさそうでもあり不機嫌そうでもあり、なんとなくトーヤらしいとミーヤは思った。


「だから、そんなことでいいんでしょうか?」


『いいと思いますよ』


 光がふわっとやわらかくアランとベルを包みこんだ。


『命とは何であるか、言葉で説明するのは難しいと思います』


『それをあなたたちはそうして理解している』


 兄と妹と包む温かな光が空間に満ち、みなの心に染み入るようであった。

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