11 生き神の反乱

 当代の後をベル、シャンタル、そしてラーラ様の順番で追う。


 マユリアの婚儀という特別な日のため、奥宮にはあまり人がいなかった。今日は多くの侍女が神殿近くの前の宮に待機しているらしい。外部からの客も多いことからその配置なのだろう。


「シャンタル!」

「ええっ!」


 一番最初に当代が先導する一行に気づいたのは、奥宮の入口に控えている当番の衛士だった。


 当番の二人の衛士が思わず主の前に立ちはだかり止めた。なぜならシャンタルに万が一のことがあってはいけない、いつものように輿こしに乗っていただかねばならないからだ。


「ただいま担当の侍女を呼びますのでしばらくお待ち下さい。おい!」


 上司らしき衛士の言葉でもう片方の衛士が急いで走り出した。


「いいえ、このまま歩いて行きたいのです、輿はいりません。侍女を呼ぶ必要はありません」

「シャンタル!」


 残った衛士は直々にシャンタルに声をかけられた事実に震えるが、どうしていいのか分からずにおろおろするしかできない。今までこんなことはなかった。いつもシャンタルのお姿を見る時は、輿の上におられる神を左右からあがたてまつるだけだからだ。


 今目の前におられる主は小さな少女そのもの。衛士の視線のずっと下からあどけなくこちらを見上げておられる。


「そこをどいてください、歩いて行きます」

「いいえ、いけません!」


 衛士は最後の力を振り絞るようにして小さな主の前に立ちはだかるが、その行動すら正しいのかどうか判断しかねるようで、ぶるぶると全身が震えている。


「どいてください」

「行かせません!」


 衛士は両手をできるだけ広げて主の行く手をふさいではいるが、すでに腰がひけて顔中汗でいっぱいだ。主を守らんとする衛士としての義務を全うせんとする気持ちと、シャンタリオ国民としてシャンタルの言葉に逆らうことはできないという気持ち、その間で心が引き裂かれそうになっている。


「道を開けなさい」


 シャンタルが強くはないが毅然きぜんとした態度で命じると、ついに衛士は「ああああ」と意味不明な声を出しながら道を開けた。


「開けてはいけません! シャンタルを通してはなりません!」


 右肩を引いてシャンタルを通す道を開けた衛士だったが、今度は背後からの命令に反射的に体を戻し、そのはずみで小さなシャンタルにぶつかりそうになった。


「あぶねえ!」

「あああうあああー!」


 ベルがとっさに小さなシャンタルを抱きかかえて事なきを得たが、ぶつかりそうになった衛士は妙な声を上げながらその場にへたへたと座り込んでしまった。すっかり脱力し動く気力もないようだ。


「シャンタル、お部屋にお戻りください!」


 キリエが衛士を通り越して主の前に立ちはだかる。報告を受けて急いで侍女数名と共に駆けてきたようで息を切らしているが、断固として行かせまいと強い意思が伝わってくる。まるで鋼鉄の壁だ。


 おそらくこれまでの当代なら、キリエに言われるまでもなく衛士の輿を待つようにとの言葉だけで大人しく待っただろう。だが彼女は変わった。託宣ができず一人孤独な重荷を抱えていた幼い子どもはいくつかの出会いで少しずつ成長し、今は自分がこの世界で誰にも命じられることのない絶対の存在であると理解している。


「キリエ、わたくしはこの方たちと約束したのです。きっと神殿にお連れすると」


 衛士たちはシャンタルの姿に慌ててしまい後ろの人間にまで意識が届いていなかったようだが、少し落ち着いてやっと気がついた。主の後ろにはエリス様とその侍女と思われる二人とラーラ様が見える。では主はこの三名を神殿に連れて行くために自らの足で歩いてここまで出てこられたのだろうか。だが、ならばそれはなぜなのだ。状況が分かったからといっても到底理解できないままだ。


「神殿にですか、それではますますお通しするわけには参りません」


 キリエはおろおろする衛士たちには一瞥いちべつもくれぬまま、前を向いて言葉静かに当代に語りかけた。


「ご説明申し上げました通り、シャンタルのお身の上に何が起こるか推測できかねますので、たとえご命令でも今日は神殿にはお送りすることはできません。どうぞお分かりください」


 キリエは深く頭を下げてシャンタルと、その後ろの三人にも頼んだ。


「どうしてもわたくしは神殿に行ってはいけない、そう言うのですね」

「はい、お分かりください」

「分かりました」

 

 強引な行動の割にはあまりにあっさりと承諾していただけたもので、違和感に思わずキリエが顔を上げて幼い主の顔を見ると、主はキリエの顔を見ながらこんな言葉を続けた。


「ではわたくしは神殿には参りません。わたくしの代わりに他の侍女に共に行ってもらうことにします。お供に侍女ミーヤ、そして同じ係の侍女たちを呼んでください」


 ここにきてキリエには主の本当の目的がやっと分かった。自分ではなくエリス様、先代「黒のシャンタル」を無事に神殿に行かせるために今のようなやりとりをなさったのだと。


 一体誰がそんなことをといぶかしむキリエの目に、三番目の位置にいた者の顔が飛び込んできた。ベルだ。


 そうか、この子も普通の少女ではない。やはりあのトーヤとアランと共に戦場を渡ってきた戦士なのだとキリエはあらためて思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る