14 神官長のマユリア
2回目もやはりマユリアと面談をしていた時であった。
侍女頭のキリエから、宮での仕事に神官を借りたいとの申し出があり、そのことでマユリアに説明をしていた。
神官長の心の中には期待があった。だが、それは、あの時と同じく、マユリアが意識を失うということがきっかけなのかも知れない。神官長はそれを思うと、なんという無礼なことを期待しているのかと自分で自分を
2回目の面会は初回よりやや時間が長く取られた。その時、その方、マユリアにしか見えないその美しい方はこう名乗られた。
「ええ、マユリアで構いません」
そうおっしゃったので神官長はマユリアとお呼びすることにした。当代マユリアとまた別の方なのか、それとも同じ方なのかは分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。とにかく、不思議な方が自分が血を吐くように訴えた言葉にお答えをくださった、それで十分だった。
その後も、次第にご一緒できる時間は増え、その方が何を望んでいらっしゃるかを知ることができた。それは、神官長が望むことでもあった。
「きっと、この国を真に女神が統べる国にいたします、お誓い申し上げます。そのためにどうぞお力をお貸しください」
神官長はその方に誓い、その時からその日のために全てを捧げるようになったのだ。
今回、久々の面会でその方が要求したのは、女神マユリアと国王の婚姻である。少しでも早くその話をまとめろとのことであった。
「まだ説得はできないのですか」
「申し訳ありません、色々と手を尽くしてはおるのですが、どうにも理解していただけません」
「まあいいでしょう。どうしても本人が嫌だと言うのなら、その時にはわたくしが表に出てもかまいません」
そうおっしゃってくださった。ようやくご本人が、私のマユリアが表に出ても構わないとおっしゃったのだ。神官長はそれを思うと心が踊るようであった。
今はもう、神官長にとってマユリアとは、今、シャンタル宮で二期目の任期をお務めになられる当代マユリアではなく、マユリアの中から神官長に語りかけるマユリアと名乗る方であった。
もしも、当代ではなくあのお方が表に出てきてくださったなら、全てが今すぐに思うままになる。すぐにもセルマを解放し、侍女頭の交代を命じていただける。侍女頭の交代には主たちであっても口を出すことはできない。だが、それはあくまで「慣習」でしかない。これからの新しい世のために、そのぐらいのことは
セルマは神官長の優秀な
セルマはあの侍女に取り込まれてしまった可能性がある。もしもそうなら、セルマの処遇も考えなければならないと神官長はため息をついた。セルマを見捨てるとしたら、次の侍女頭候補を見つけなければならないことを面倒に思ったのだ。
「長年に渡ってうまく育ててきたというのにな、やれやれまた一つ仕事が増えてしまった」
神官長にとってセルマは、あくまでそれだけの存在であった。正義感が強く、キリエやラーラ様が最後のシャンタルを見て見ぬ振りをしている、この国の行く末に目をつぶり、自分のことだけを考えている、そう信じて自分こそがこの国のために身を捧げると神官長の言うがままになってくれた。
「なかなかあれだけの素材はいない」
神官長がセルマを見つけたのは本当に偶然であった。例の黒い香炉、たまたまあれの管理責任者がセルマであった。まさか、あんな特殊な香炉が神具係にあるとは思わなかった。それで色々と来歴などを聞いているうちに、セルマの頑固でまっすぐで融通が利かない性格を見抜くことになったのだ。
うまく誘導すれば思ったように動いてくれるのではないか。その見込みは大当たりであった。それ以後、セルマは神官長と共にこの国の未来、真に女神が統べる国を作るための同志になった。
交代の日はもう目の前。といっても、それは自分が日にちを決めることだ。これも慣習なんぞ無視して、一番都合のいい日にするつもりだ。
「まずはその前に事が起こってもらわねば困る」
現国王派と前国王派の動きがまだ鈍い。あの元王宮衛士も姿を消したままだ。だが、少し気長に待てばいい。多少遅れてもやがて騒ぎはもっともっと大きくなる。
「それにつけても、やはり問題は次の侍女頭だ。可もなく不可もない者をつけるという方法もある」
そう、かっての自分のように、じっと大人しくその座を守るだけの者を。セルマのように、思う通りに動いてくれて、そしてそこそこ能力を持つ者を今から探すのはおそらくむずかしいだろう。
「やはりセルマに戻ってもらうのが一番いいのだが……」
神官長は一度セルマに面会を申し入れ、どのような様子なのかを調べてみようと考えた。その上で次の侍女頭のことを考えよう。キリエが何を言おうと次の侍女頭は自分が決める。
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