3 鍵

 黒のシャンタルの仲間3人が光に視線を向けると、光が優しくまたたいた。


『大丈夫です、そのようなことはありません』


「だってよ! よかったな、シャンタル!」


 ベルがすぐさま反応をした。


「うん、ありがとう」


 シャンタルも仲間たちにそう返す。


「分かった、こいつがそんなもんじゃないって分かって俺もホッとした」

「俺も」


 トーヤとアランもそう返した。


『ええ、黒のシャンタルは決して淀みや穢れの果てに生まれた存在ではありません。ただ……』


 また光が言い淀む。


『本当に説明が難しいのです。ですから、もう少し他の話をしてからにしましょう。いいですか?』


「うーん、ほんとはすぐにでも聞きたいとこだが、そうでないと話が分かりにくいってのなら、しょうがない」

「そうだよな」


 トーヤの言葉にベルもそう納得する。


「あんた、今はこの場が安定してるっつーたよな? 最初は時間がねえって切り上げてたが。ってことは、今はまだ話せるってことだな」


『その通りです』


「じゃあ、できる範囲でできるだけ早く頼む」


『分かりました』


 そうして話が再開された。


『わたくしがこの神域を閉じて僅か十年でほんの一滴、大海の一滴に比するぐらいですが淀みから穢れが生まれました。そしてその一滴がわたくしを苦しめることになったのです。それは予感のようなものでした。この先、この淀みは清められることはなく、穢れは増えるのみ。それがよく分かったのです』


 光がため息をつくように揺れた。


『聖なる光や慈悲に満ちた空気であっても、その場に留まり続けることはよどむこと、そして淀みはけがれを生むのです。その場を閉じているために、その穢れは流れる先を失いまたその場に溜まり淀みとなります。淀みはさらなる穢れを生み、そしてまた同じことを繰り返す』


 光が少し言葉を止めた。


『わたくしにはそのことが分かっていなかった、聖なる場を作ればその場は穢れることはない、そう思っていたのです』


 今、この場にいるせいだろうか、光の悲痛な思いが直接伝わってくる。


「それでもさ」


 ベルが優しく声をかける。


「そうしてくれたのは、人のためだったんだろ? そんで、あんたが思った通り、この世界には二千年もの間ずっと戦がなかったんだろ? みんな、それはうれしいと思ってると思うよ。だって、戦がどれほど怖いかおれはよく知ってるもん」


 幼い頃に家族を、家をなくしたベルの言葉には重みがあった。


「だから、そんなに自分を責めることないぜ? うん」


『ありがとう、童子』


 光がベルに礼を言う。


『それが正しいことであったか、それとも過ちであったのか、今でも分かりません。ですが、わたくしが選んだ道、その道を続けるために、代々のシャンタルの力を借りることを決めました。そして千年がそれでも無事に過ぎ、その時にまたあることが起きたのです』


「そういや黒のシャンタルの託宣ってのは千年前にあったって言ってたな」


 あの日、謁見の間でマユリアが皆に聞かせたあの託宣だ。


「マユリアだけに伝えられている、そう言ってた」


『その通りです』


「そのあることってのは、その託宣のことか?」


『そうではありません』


 光が否定する。


『その託宣は、そのあることが起きた為に告げられることとなった託宣です。そしてそのあることは、今、ここで起きていることとは直接に関係はないと思っていもらって構いません』


「ここでのことと関係ない?」


『その通りです』


「うーん、じゃあ、あれか、よそであったことでこっちに影響があったってことなのか」


『その通りです』


「なんか、よう分からんな……」


 トーヤが頭をかく。


「なんか分からんが、関係ないのにこっちにまで千年先にこんなことなるぐらい大変なことがあった、ってことなのか?」


『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』


「ふん……」


 トーヤが久しぶりに聞くその言葉に少し不愉快そうになる。


「あんたがそう言うってことはなんかの関係はあるってこったな。けどまあ、今はそのことは話せない、例のやつだ、時が満ちればってやつな」

「お約束だもんな」

「そうだな」


 ベルとアランもそう言う。


『鍵』


「え?」


 光が妙なことをつぶやいた。


『鍵』


「鍵?」


『そうです』


「なんの鍵なんだ?」


 ベルも不思議そうにそう聞く。


『今はまだ申せません。ですが、その言葉をよく覚えておいてください』


 光がそれだけ言うとまた口を閉じる。


「鍵……」

「え?」


 シャンタルがそうつぶやき、隣にいたベルが不思議そうに振り向いた。


「なんだシャンタル、なんか心当たりあんのか?」

「いや」


 シャンタルがふるふると首を振ってそうではないと教える。


「ただ、なんとなく覚えておかないと、そう思った」

「なんとなく……」


 シャンタルがそう言ったことがトーヤにも気になる。


「なんとなくか……」


 ベルも気になったようだ。


「おまえまで、ってことは、それは絶対に忘れちゃいけない、そういうことだな」


 アランがまとめる。


「分かった、鍵な、それを覚えておけばいいんだな?」


『その通りです』


 トーヤの言葉に光がそう認める。


『その言葉は、今はまだ何も関係のない言葉。ですが千年前の出来事と関わりのある大事な言葉。決して忘れないでください』

 

 託宣のように光がそう言った。

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