4 眠る世界
『千年前のそのあること」
光が話を続けた。
『そのことが起こったために、世界は動きを止めました』
「動きを止めた? またなんかよう分からんことが出てきたな」
またトーヤが顔をしかめる。
「何にしろ、そのことにその鍵ってのが関わってるってこったな?」
『その通りです』
「ちょ、ちょいまち」
「なんだよ」
「なんかそれ、やな感じする」
「え?」
ベルがそんなことを言い出すのでトーヤも少し不安に感じ、どう感じているのか聞く。
「どうやな感じなんだ?」
「なんてのかな、やな感じってのともちょっと違うか。うーん、めんどくせえ! そんな感じ?」
「なんだよそれ」
聞いてみたところがそうだったので、トーヤは少しばかりホッとした。
「まあ、何にしろその程度ならほっとくしかねえな」
「そりゃまあ、そうなんだけどさ」
「それじゃあ置いといて話を続けるぞ」
トーヤは「鍵」という言葉、ベルが「やな感じ」と言ったことが気にはなったが、今はどうにもならないこと、これもまた「時が満ちる」まではどうにもならないことなのだろうと判断し、今、目の前で確実に必要な話を進めることにした。
『千年前、あることが起こりました』
光が話を戻した。
『そして世界は歩みを止め、眠るに等しくなったのです』
「それか……」
トーヤが千年前の託宣を思い出すようにして言う。
「な、なんなんだい、千年前の託宣ってのは」
「ああ、そうか。おっかさんたちは知らなかったもんな」
ナスタの質問にトーヤがそう答えた。
「八年前に、こいつが沈むことになった託宣だよ。それは話したよな」
「うん、それは聞いたよ。そんでここでどんな託宣だったかも聞いた」
「そうだったな」
「けど、どんなだったか、あんまりよく覚えてないんだよ」
「おいおい」
「何しろ初めてここに呼ばれた時のことだからねえ」
「ああ、そういやそうか」
トーヤが光を振り返り、
「だそうだぜ」
と笑いながら言った
『いいでしょう』
次の瞬間、空間に声が広がった。
長い長い時ののち黒のシャンタルが現れる
黒のシャンタルは託宣をよく行い国を潤す
だがその力の強さ故に聖なる湖に沈まなければならない
黒のシャンタルを救えるのは助け手だけ
助け手は黒のシャンタルを救い世界をも救うだろう
だが黒のシャンタルが心を開かぬ時には助け手はそれを見捨てる
黒のシャンタルは永遠に湖の底で眠り世界もまた眠りの中に落ちるだろう
あの時聞いたマユリアの声ではなかった。そしてこの間聞いた光の声でもない。
『千年前、当時のシャンタルの託宣です』
ではこの声は、千年前、その託宣をしたその人の声なのか。
『代々のマユリアがその役目を継いだ時に聞いていた託宣です』
「これが、千年前の、シャンタルの声……」
リルだ。震える声でそう言った。
『千年前』
光が続ける。
『この出来事で全てが変わりました。そしてその変わった道の先にトーヤが、助け手の姿が見えたのです。そしてわたくしはこの託宣を当時のシャンタルに授けました』
天からは、人の世の道程の千年先のことも、今と同じに見えるということなのだろう。
「なんとなく分かった気がする、あんたらがどういう風にこの世のことを見てるのかがな……」
トーヤがふっと冷たく笑いながらそう言った。
「で、その時にこいつ、黒のシャンタルが生まれるってことも分かったんだな」
『その通りです』
「その続きだ」
『分かりました』
光が続ける。
『その時から世界は眠りにつき、そのため、この神域はますます淀むこととなったのです」
「眠りっても、普通に時間が経ってたみたいな印象だがな」
『見た目はそう見えるでしょう。ですが、人の世が、進むべき動きを止めてしまったのは事実なのです』
「進むべき動き?」
『そうです。千年という月日、本来ならその月日に人の世に、この世に生まれてくるべき新しいこと、それがみな眠りにつき、この世は同じ水の中に漂うような状態になったのです』
「まった、わけわからんようなことをー!」
ベルがそう言ってウウッと頭を抱えた。
「いや、俺も分からん」
アランも妹に続く。
「俺も」
「申し訳ないけど私も……」
ダルとリルも後に続く。
『例えば技術の進化というものがあります。馬に乗っていた人がそこに車をつけて馬車にしたように』
「さっき言ってたやつだな。それで馬車の神様が生まれたってやつ」
『その通りです』
ベルの言葉に光が答えた。
『この世には次々と新しい物、新しい神が生まれる、それがその時までの生命の流れです。ですがあることからそれが止まり、この世にはほとんど新しい生命が生まれ出ることがなくなったのです』
「新しいものってのは、神様が生まれるような新しいのってことだな?」
『その通りです』
光がトーヤの問いに続けて答えた。
『すでに生まれ出た生命、例えば人です。人は生まれ、次の世代に命を譲ってこの世を去ります。そのようにして命は流れる。同じように、例えば馬車に変わる乗り物が生まれ、馬車がこの世から消える。そのような出来事がこの千年、ほぼなくなった、それが世界が眠るということです』
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