3 味方は味方として
ミーヤはアランたちとの話を終え、その日の仕事を終えるとセルマのいる部屋へと戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
今ではこの挨拶も普通になっている。朝晩、普通の挨拶をし、会話をし、そしてセルマはミーヤを送り出し、夜には出迎えてくれる。
「今日は少し遅くなってしまいました、もうお食事は済ませられましたか?」
「いえ、おまえが帰るのを待とうかと思って」
「あら、ありがとうございます。じゃあすぐに支度を」
「一日忙しく過ごして疲れているのでしょう、私がやるからおまえは座っていなさい。私はおかげさまでゆっくり一日を過ごさせてもらっているのですから」
「そうですか、では、そうさせていただきます。ありがとうございます」
そうしてミーヤはセルマが食事を運んでくれるのを待ち、一緒に食事をした。
とくにこれということのない会話をしながら食事をする。朝と夜はこうして2人で食べるが、昼は大体が別になる。ミーヤはセルマが一緒に食事をするこの時間を楽しんでくれているように感じていた。
セルマは昼間はほとんど本を読んで過ごしている。自室から積んでいた本を衛士に運んでもらい、忙しくて読めなかった本をゆっくりと読んでいるそうだ。それで食事の時にはその本の話題になることも多い。読み終わった本を貸してくれることもある。ミーヤがそれを読む時間はあまり取れないが、ゆっくりでいいと言って読むのを
宮の中の話はあまりしない、というよりはできないと言った方がいいのだろう。ミーヤがセルマの担当になっていることを知っている者でも、セルマの様子を聞いてくる者はほぼ皆無だ。誰もが取次役の今後、次の侍女頭の成り行きを見定めているのかも知れない。
本の話と互いの幼い時の話、そんなことをごくごく普通に話している。なんとも不思議な関係になってしまったとミーヤは思うが、その状況にも慣れてしまった。
ミーヤがそんなことを考えながらパンをちぎって口に運んでいると、
「今だけだからです」
突然セルマが少し下向きで、スープをスプーンで口に運びながらそう言った。
「そうですね」
ミーヤもまたパンをちぎって口に運ぶ。
これは時々ある儀式のような約束事だ。
今日のようにキリエからあんな話をされたミーヤの心の動きにセルマが何か反応をしたという特別なことではない。ふと、何気ない話をしている時、今のように食事の途中、ベッドに入って就寝しようかという時、状況は関係なくセルマがふと思い出したようにそう言い、ミーヤがこう答える。
まるで、この作業を
「今日のパンは少し甘めですね」
「そうでしたか?」
「はい、ご飯というよりは少し焼き菓子のような」
「ああ、言われてみれば確かに少しパサッとしてそういう感じがないこともないですね」
「ですよね? ということは、これは置いておいてご飯の後のおやつに残した方がいいのでしょうか」
「何を言ってるんですか」
セルマがミーヤが真剣にそう言うのにぷっと笑った。
「おやつならおまえが持って帰ってきてくれたいつもの焼き菓子、あれがあります。だからご飯として食べてしまいなさい」
「はい、分かりました」
「って、子どもですか」
もう一度セルマがそう言って笑い、ミーヤも笑った。
風景だけを切り取ると、セルマが容疑者として拘束され、ミーヤがその世話役、監視役とでも言っていい役目で同室にいるとはとても思えない。単なる同室の同僚、同居の友人同士にしか見えない。
だがそれはセルマが確認するように「今だけ」なのだ。この部屋から前の立場のまま出ることになったとしたら、その時はセルマは取次役に戻る。セルマが宣言しているようにミーヤたちの敵に戻るのだ。
ミーヤにはセルマをとても敵には思えなかった。
キリエが言う通り、自分にも他人にも厳しい人、融通が利かない人ではあると思うが、その実は誠実な人だ。誠実だからこそ過ちを許せないのだろう。そう思う。
そしてそう考えながら、ミーヤの大切な友人であり味方でもあるリルの言葉を思い出す。
『敵と決めた人には敵として扱うのが、相手に対する礼儀だと思うの』
『だって、あちらはこちらを敵と思っているのに、そんな相手に同情されたらどう思うかしら』
『味方は味方、そして敵は敵として見てあげるのも大事なことだと思うわ』
そしてトーヤもその通りだと言っていた。今ではミーヤもそのことを納得している。
だが……
(やはり私にはこの方を敵だとは思えない。セルマ様はこの世界のために、この国のために、そう思ってご自分の気持ちを曲げてまで正しいと思われる道を歩く覚悟を決めていらっしゃる)
この世界のためだとセルマは何度も言っていた。ならば、それは同じ目的を持っている者、味方ではないのだろうか。ミーヤはそう考えるが、どう考えてもセルマがやっていることを正しいとは思えなかった。
(ここを出ても同じ方向を向いていられるように、味方である道を探すことはできないのだろうか)
変わらぬ様子でパンを口に運びながら、ミーヤは心がギュッと縮んだように感じていた。
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