6 唯一の主
「大丈夫ですか、ちょっと休んだ方が」
「ありがとうございます……」
あまりに消耗している様子のアーダにアランがそう言って、ソファに座るようにと勧めた。
「相変わらず立ったまま話をするってのは、侍女の悪いクセだなあ。あんたも座れよ」
「そうします……」
トーヤもそう言ってミーヤに椅子を勧めてきたので、ミーヤもトーヤの隣に椅子を置いて腰を掛けた。
侍女の悪いクセというか、話を伺う時には立ってという風に教えられているもので、お茶を飲むとか休憩の時以外にはなかなかそうできないのは仕方がないのかも知れない。そう思いながらミーヤは小さくほっと息をつく。
この部屋はアラン、ディレン、ハリオの3人の客室ということになっている。ソファにはゆったりと4人が腰をかけられるが、来客が来た時などに使うように他に二客予備の椅子がある。もっと多い来客の時には、別の部屋に案内するか、さらに椅子を持ってくるが、大体はこの数で用が足りるという計算だ。
今はアランがアーダに席を譲ってベルと並んで座らせ、ミーヤと同じ椅子を持ってきて、ベルの隣、ミーヤの向かい側に座り直した。ダルは食事の時のテーブルの椅子に座っている。高さが違うのでまた別の形の椅子だ。
「侍女っていえばさ、キリエさんもだったら同じ侍女として、マユリアにまちがってますよって言う方が本当なんじゃないの?」
ベルが最もな疑問を口にすると、
「あの人が普通の侍女ならな」
トーヤが一言だけそう答えた。
「あのな、キリエさんがどうしてわざわざ俺らに敵だって言ってきたか分かるか?」
「わかんねえ」
今度は兄の質問に妹がそう答える。
「俺もそうだろうって思うだけだけどな、キリエさんはマユリアが悪であろうが正義であろうがそのそばにいるってつもりでそう宣言してきたんだよ。つまり、滅びる時は一緒に滅びる、そういうつもりなんだろうな」
「そんな……」
アーダがアランの言葉にか細くそうつぶやいた。
「そうだろうなと俺も思ってる」
トーヤがアランに続ける。
「だから本気でかかってこいってことなんだよ。これまでにないことが起こってる、これまでの常識では判断できねえことがな。マユリアが女王になるってことがいいことか悪いことかも分からん。だからどうあっても自分だけはそばにいる、もしも必要なら自分が盾になってマユリアを守る、その上でもしもその道が誤った道なら共に滅びの道にお供する。だから、そのために俺らに敵になってくれ、その判断を任せる、そういう風に俺は受け止めた」
アランとトーヤの言葉に空気が凍りそうになった時、シャンタルがふいっとこんな風に言葉をはさんだ。
「でもそれも、マユリアを助ければ何も問題はないから大丈夫だよ」
今までと同じく、なんとも能天気な言い方だ。
「今はミーヤとアーダがこちらにいてくれる、それが分かっただけでいいと思う。そうだよね」
「おまえなあ……」
ベルが最近のお約束のようにそうとだけ言って、小さく一つ息を吐くと、ふと、何かに気がついたように顔を上げた。
「なあ、ルギはどうだと思う?」
「どうだとはどういう意味だ」
「今のマユリアが偽者って言い方はあれだけど、多分、ルギが自分の
思いもかけない言葉にトーヤとアランが顔を見合わせる。
「ちがうかな」
「いや、童子様の言うことにも一理ある。ないことじゃねえ」
トーヤも言われて初めて気がついた。ルギにはマユリアは絶対の存在だ。だが、それはベルが言う通りに当時まだシャンタルだったマユリア、当代マユリアに対してだ。
「出会った時、まだマユリアはシャンタルだったとルギがはっきり言ってた」
「そう言ってたよな。ってことは女神のマユリアに当時からってのじゃない」
「ああ、童子様の言う通りルギの主は当代マユリアだ、確かに」
何か、何か切り口が見えたような気がしてきた。
「だが、それをどうやって伝えるかが分からん」
「そうだよな、中身と入れ替わってるなんてどう言えばいいものか」
「ルギは何か感じてねえかな」
またもベルだ。
「何かってなんだ」
「なんだかわかんねえけど、なーんか違うみたいな」
トーヤとアランが顔を見合わせる。
可能性はあるとトーヤは思った。
「いや、その考え方はしたことがなかった。どういう状態でもルギはマユリアの命には絶対従うとしか思ったことがなかったからな。あの時と一緒だ」
あの時、ベルがルギに、
「マユリアの気持ちを聞いてやったことがあるのか」
と言い、トーヤたちだけではなく本人のルギも驚いていた。
「ただ問題は、どうやってそのことをルギに知らせるかだ」
アランが冷静にそう言う。
「それに、そのことを知ったルギがどう判断するかも読めねえ」
「キリエさんと同じように考えると思うか?」
「分からん」
「トーヤだったらどう思うと思う?」
「なんで俺だ」
「いや、なんとなく似てるぞ」
アランの言葉にトーヤは心の底の底から心外だという表情になる。
「そうだよな、思い込んだら一筋ってところ似てるよな」
ベルがぼそっと兄の言葉に続いた。
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