6 馬鹿息子たち

「そうなんだよ、びっくりしたぜ、やっとこっち帰ってこれたと思った途端に封鎖だもんなあ」

「ああ、思ってたより二年も早かったから、そりゃみんなびっくりしてたぜ」

「だろうなあ。けど、そんなことあるのか? 予定より二年も早いなんて」


 わざとトーヤがダリオに聞く。


「俺もまあ、年寄りとかに聞いたことしかないけどな、あったらしい。けど、ここんとこはずっと十年ごとだったから、みんなそりゃびっくりした。何しろいきなり封鎖の鐘が、って、こんなとこでいつまでも話してるもんじゃねえな」


 ダリオがそう言いながらシャンタルとベルに視線を向ける。


「ああ、こいつらはあっちから一緒に来たんだ。船でサガンに着いて、そこからこの国見ながら街道を来たらさ、キノスまで来たところで入れないーだろ? どうしようかと思ったぜ」

「そりゃ思うわなあ」

「そんでな、しばらくキノスにいるしかねえかとも思ったんだが、まあこれがな」


 トーヤが手の形を金を表わす形にしてダリオに見せる。


「封鎖明けまでちょっと怪しく思ったもんで、そんでカースに行くかと海渡ってきたんだよ」

「前の時は世話になったもんなあ」


 トーヤが宮から得た前金でカースに色々な物資を購入して渡したことを、ダリオはよく覚えていたようだ。


 そんな話を続けるトーヤを見て、ベルは驚いていた。


(トーヤ、いつの間に灯り消したんだよ)


 話をしながらいつの間にか手の上の灯りが消えている。


(どうすりゃ消えるんだっけ、これ)


 確かシャンタルが握って消してたように思うけど、握ってやけどしたりしないのか?

 考えながら、それでもダリオに見つからないうちにとそっと手を握ってみる。

 灯りは音もなく熱くもなく消えてホッとする。


「そんで、えっと」


 話が一段落し、ダリオがもう一度トーヤの連れの二人に目を向ける。


「ああ、こっちのちっこい方がアベル、そんでこっちのマントのはちょっと訳ありで名乗れねえのでアベルの兄貴って覚えといてくれ」

「よろしく」

「あ、よろしく!」


 シャンタルがゆっくりと頭を下げて挨拶をし、ベルがそれに続いた。


「まあいいや、とにかくうち来いよ。みんな喜ぶぞ~」

「みんなってみんな元気なのか?」

「おう、じいちゃんばあちゃん、父ちゃん母ちゃん、みんな元気だ。兄貴もダルも結婚して家を出たが、俺はまだ家にいるんで、そりゃもう母ちゃんがうるせえうるせえ」

「ダルも無事に結婚したのか。アミちゃんと夫婦かあ」

 

 トーヤが感慨深げにそう言って頷く。


「ああ、ダルはな、って。まあとにかくうちだうち。そっちの二人も遠慮なく」

「あ、ちょい」

「なんだ?」

「こいつらのことと、その関係で俺のことも他のやつらにはちょっと内緒で頼みたいんだ」

「ん、なんでだ?」

「いや、ちょい訳ありでな。またそのへんの話はするが」

「はあ、名乗れねえってのと関係あるのか? ヤバい話じゃねえだろうな?」

「いや、それはない。はっきり言うとな、こっちの兄貴、魔法使いでな」

「魔法使い!」


 ダリオが目を丸くする。


「あっちじゃそういう職業のやつも結構いるんだよ。その修行中でな、そんで名前も名乗れねえし、あんまり人と触れ合ってもいかんのだ」

「へえ」


 ダリオが珍しそうにシャンタルを見る。


 シャンタルが黙ったままポッと掌の上に灯りをつけてみせた。


「わっ、なんだ!」

「まあ魔法使いの証明ってとこだろう」

「ええ、簡単な魔法ですが」

 

 言ってからそっと手を握ると灯りはきれいに消えた。


「へえ~」


 シャンタリオにも一応魔法はある。

 だがそれはほとんど一般庶民には関係なく、話の中で王族だの貴族だのがそういうのを使うらしい、魔法使いを抱えているらしいと聞くだけだ。


 庶民の間にあるのはまじないぐらいのものだ。

 しかしそれも、シャンタルの威光にははるかに届かない。

 生きた女神が目の前にいるリュセルス近辺では、特にそういった傾向が強く、魔法を頼りにするものはほとんどいないと言っていい。


「なんか俺もよう分からんが、色々難しい決まりがあるみたいだぜ。それでこっそりこっちに連れてきた」

「ほう~」


 ダリオが余計に珍しげに、遠慮なくアベルとその兄を見る。


「ま、いいや。とにかくうちだ、うち。みんな喜ぶぞ~」

「キノスはいいのかよ」

「ま、それはまたこっそりな」

 

 そう言ってトーヤと笑い合いながら、カースの村長宅に着いた。


 懐かしい場所だ。

 あの日、まだ周囲全部が敵だと思っていたトーヤが温かく迎えられ、今ではこれこそが故郷となったカース。


「帰ってきたんだな」


 思わず心からそんな声がこぼれる。

 ダリオがそれを聞いてこちらもうれしそうに顔全体で笑った。


 扉をそっと開けると、


「おんや~また夜遊びに出かけたと思ったバカ息子が、何を忘れたんだい? 金ならないよ」


 と、懐かしいナスタの声が飛び出してくる。


「ちげえよ、すんげえ土産だ、母ちゃんもびっくりするぜ~」

「ほう、なんだろうね、借金取りかい?」

「違うって、ほれ、入れよ」


 そうして中に通された3人連れの先頭を見て、


「トーヤ!」


 言うなりナスタが飛びついて、


「よく帰ってきたね、このバカ息子!」


 と、やっぱりトーヤもバカ息子扱いされた。

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