3 九分九厘

「でも……」

「前にも言ったと思うけど、そうなるようにできてるんだよ。ベルのお父さんとお母さんとお兄さんが亡くなったのは、ベルのせいじゃない。そうなるところにベルが生まれた、それだけなんだよ」

「でも……」

 

 シャンタルが何を言っても、ベルの心には引っかかりが残ってしまったようだ。


「もう、トーヤがいらんこと言うからだよ」


 ベルが傷つくことについては厳しいシャンタルが、キッときつい目をトーヤに向けた。


「いや、だってな……」

「それにアランも」

「いや、だってな……」


 普段は何があっても何も考えていないようにしか見えないシャンタルだが、こうやって怒らせると怖いことは二人共よく知っている。


「でも、今はそんなこと言ってる時じゃないよね。ベルも少しだけ分かってくれるとうれしいかな。二人にはまた後でね」

 

 これもまた珍しく、自分からそう言ってシャンタルが話を元に戻した。めったにないことにトーヤとアラン、そしてベルも視線を交わして黙り込む。


「聞きたいことがあるんだけど」


 シャンタルがそう言って光に視線を向けた。


 その行動にその場にいたみなが驚く。なぜなら、今までシャンタルがこんな風に直接光に対して話しかけたことはなかったからだ。


『なんでしょう、黒のシャンタル』


 この言葉にもみなはやはり驚いた。なぜなら、今まで光がこんな風に直接「黒のシャンタル」に対して声をかけたことはなかったからだ。


「さっき見たあれ、私から始まってトーヤのところで止まってたけど、あれで全部というわけではないんでしょ?」


 シャンタルが光に対して敬語も使わず、いつもの様子でそう話しかけることには誰も驚かなかった。シャンタルはこういう人間だとすでにみなが知っているから。


「話に聞いた元王宮侍女は出てこなかった。もしかしたら他にも誰かいるかも知れないのに、わざと私からトーヤまでを見せたようにも思えた。違う?」


『ええ、その通りです』


「だったらどうして? 何か理由があるんだよね? トーヤの後はもう誰も血を流さないというわけじゃないよね?」


『このまま進むとこうなる可能性が高い』


『それを知ってもらうために必要なところだけを見てもらいました』


「うん、言ってたね、可能性って。それで、その可能性が起きる割合ってどのぐらい?」


『割合……』


 言われて光が黙り込んだ。


「大丈夫、いくらだと言われても驚かないから」


 シャンタルが光をなだめるようにそう言った。まるで小さな子に「怒らないから本当のことを言ってごらん」と言うような口調で。


『九分九厘以上かと』


「結構高いね」


 シャンタルがいつものように何も考えていないようにそう言ったもので、おかげで他の者は衝撃を受けずに済んだようだ。


「じゃあ、まず私が死ななければ、それだけでかなり確率は低くなるってことでいいのかな?」


 一体何を言い出すのだこの生き神は。誰にもシャンタルの心の中は分からない。


『もちろんマユリアが黒のシャンタルを手に入れられなければ、可能性はほとんどなくなります』


「なんだ、じゃあ簡単じゃない、私が死なないように気をつけるよ。それで大丈夫」


 シャンタルが天上のほほえみを浮かべてそう言った。


「ということで、そっちの方向で作戦を考えようよ」

 

 言うのは簡単だが、それがどれほど難しいことかは考えなくても分かることだ。


「おまえな……」

 

 シャンタルに対して一番に何かを言う人間がいるとしたら、やはりそれはベルだろう。


「簡単に言うなよな? それができるんなら誰も悩んだりしないんだよ!」

「でもそれしかないんだよ?」

「わかってるよ! だけど、だけどそれがむずかしいから、おれは、おれは……」

「あ、あ、ちょっと待って! だから泣かないでってば。もう、ベルが泣かないようにするにはどうすればいいのか考えてるのに、そうやって泣かれたら考えてる意味がなくなるじゃない」


 まるで世界のことより自分の命より、ベルが泣く方が大事件のようにそう言うと、シャンタルはくるりと方向を変えてこう言った。


「ね、トーヤそうだよね?」

「え、俺!?」


 さすがにトーヤが驚いてそんな声を出した。


「うん。だってトーヤがリーダーだし、もう方法は分かったんだから、後はいつものようにどうすればいいか決めるだけじゃない。アラン隊長もそう思うよね?」

「え、俺も!?」


 いつも冷静なアラン隊長だって、思わずそう言ってしまうのは当然だろう。


「うん。後はどうしたら私が死なないか考えるだけだから簡単でしょ? 今は無理でも考えておいてね。もうあと数日だから」


 そう、交代の日はあと8日先に迫っている。


「あと8日か」


 トーヤがあらためてその数字を口にする。


「8日……」


 ミーヤもあとに続くようにそう言った。


「八年前はあと6日でやっとなんとかなったんだよな」

「そうでしたね」

「今度もギリギリか。けどあれだ、シャンタルの言う通りだ。そうするしかねえ。やることが分かっただけ進歩かもな。いっつも言うことだけどよ、あんたら神様ってのは本当にギリギリの勝負を仕掛けてくんだよな。けどな、今回もこれでこっちの勝ちだ。やるべきことが分かったからな」 


 トーヤがふっと皮肉そうな響きを込め、笑いながらそう言った。

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