10 穴の空いた樽

 トーヤは懐から何かを包んだ布を取り出した。


「なんだよそれ」


 ベルが声をかけたが、トーヤがそれには答えずに布を開くと、中から白くて丸い石のような物が姿を現す。


「これで何か効果があるかどうかは分からんが、可能性を考えるならこれしかねえからな」


 トーヤはそう言って、その白い石とシャンタルを見比べてどうすればいいのか考えていたが、しばらく考えてからシャンタルの右手に握らせた。


「おまえ、童子だろうが、上から助けてやれ」

「う、うん!」


 ベルが白い石を握ったシャンタルの手の上から、両手で優しく押さえた。


「なんだか知らねえけど頼む……」


 その手の上にベルがさらに額を押し付ける。


 すると、二重に石を握った手の中から、白く優しい光がふわっと漏れ出してきた。


「温かい光……」


 アーダが思わずそっとそう言った。


 二人の手の中の光は音もなくしばらくの間光っていたが、やがて静かに消えていった。


「どうなったんだ?」

 

 アランが妹の下の手を伺うようにそう言った。


「あ、ああ~」


 いきなり声がして、皆が思わず息を飲む。


「あ~、なんだかすっきりした」


 そう言ってシャンタルが伸びをした。


「シャンタル!」


 ベルがガバっと顔を上げ、顔中を涙が滝のように流れ落ちる。


「ベル、なんだかすごい顔になってるよ」

「お、おまえがなあ!」


 ベルはそれだけなんとか口にしたものの、もうその後は言葉にならない。


「よかった」

 

 アーダがベルの肩に後ろからそっと両手をかけた。


「よかったです」

「ああ」


 ミーヤとトーヤもそんな3人をじっと見て、ホッとした顔になった。


 アランはミーヤとトーヤのさらに後ろに一人立ち、あまり顔には出さず、やっぱりホッとしていた。


「ねえ、一体何がどうなったの?」


 シャンタルはまだ横になったまま、まだじっと自分の右手を握ったままのベルの頭を、左手でそっと触った。ベルはしゃくりあげながら泣き続けている。


「それはこっちの聞きたいことだ。一体何があった」

「うーん」


 シャンタルはトーヤの質問にちょっと考えるようにしておいてから、


「それはそれとして、何か食べる物ないかな、お腹空いた」


 と、いつもの様子で言った。


「……おまえは、あんだけ、人のこと、心配させといて、そんで飯かよ……ほんとに寝るか食うかだな!」

 

 ベルがかろうじて聞き取れるぐらいにそう言って、皆が本当にホッとしたように笑った。


 ちょうど昼だったのでアーダがアラン用の食事を持ってきてくれたのだが、シャンタルがそれを全部たいらげ、


「ああ、お腹いっぱい、生き返った気がする」


 と、フォークとナイフを置いたので、アーダが目を丸くして、


「あの、どうしましょう、今はこのお部屋、アラン様お一人しかいらっしゃらないことになっているので、その、お食事がもう、それだけしか……」

 

 申し訳無さそうに身を縮めた。


「また食事係に何かお願いしてきます」


 ミーヤが笑いながらそう言うが、


「あの、でも、あまりしょっちゅうだとおかしいということになりませんか?」


 アーダが真剣に心配をした。


「そうですね、でも、まあなんとかするしかありませんし。それに、船長とハリオ様が戻っていらっしゃったら、3人分のお食事を多めに作っていただいたら、少しはごまかせるかも知れません」

「はい……」


 アラン1人の前提だと、3人分を追加するのは非常に目立つが、そもそもが豪華な食事が出る宮のことだ、元が3人になったら多少の融通は利くかも知れない。


 それにしても、とアーダはシャンタルが食べ尽くし、空になった食器を見て困惑する。

 あれほど細い方なのに、こんなにも召し上がるなんて思わなかった。エリス様でいらっしゃった時にもこうだったかしら。あの時はお食事の時にはおそばにいなかったから。


「あのさ」

 

 アーダの沈黙にベルが何かを察したように声をかける。


「シャンタル、普通はこんなに食べないから」

「え?」

「そうだよな、俺もちょっとびっくりした」

「うん、いっつも食べきれないほど出てくるのに、全部食い切っちまうとはなあ」


 トーヤとアランも驚いている。


「うーん、なんか、すごくお腹空いてたんだよ」


 シャンタルは満足したという顔でニコニコしてそう言う。


「おまえ、どうなってたんだ」


 トーヤが聞くと、少し考えた風にしてから、


「なんか、穴が空いた樽の気持ちだったかも」


 と、答えた。


「穴が空いた樽?」

「うん、あの魔法を使った時にね、何かにぶつかったような衝撃があって、それで、あ、破れたな、って思った」

「破れた」

「うん」


 言われてトーヤが少し考え、


「なんとなく分かったかも知れん」


 と、答えた。


「俺も、言われてみれば、自分に空いた穴から何かが一気に抜け出したような感じがした」


 そうだ、それで体から力が抜けてしまい、動けないという感じになった。


「あ、やっぱり分かった? トーヤの時は多分、その穴がすぐに塞がったから、それで元に戻るのも早かったんじゃないの? 私は、ずっとその穴から命が抜け続けていたような感じがしてた。それを何かが塞いでくれて、中身を補充してくれたから元気になった気がする。一体何があったの?」


 シャンタルが不思議そうにそう聞いた。

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