6 好意
「もしもそういう相手がいて、そいつと一緒になりたいと考えてるんなら、それはそれでなんとか叶えてやりたいとも考えてたんだがな。まあ、実際そう言われたら一緒に連れて逃げるぐらいしかできないってもんだが」
トーヤの言葉にまたマユリアが楽しそうに笑った。
「本当にトーヤは楽しいことを考えますね」
「そうか?」
「ええ」
マユリアは本当に楽しそうに笑った後で、
「トーヤはわたくしのことが好きですか?」
と、聞いた。
「あんたのことを?」
「ええ、好きですか?」
マユリアがもう一度同じ単語を口にする。
「あんたのことは好きだな」
「そうですか」
美しい女神がさらに美しく微笑む。
「では、わたくしのどこが好きですか?」
「あんたの好きなとこ?」
「ええ」
「そうだなあ」
トーヤが少し考えて、
「あんた、根性決まってるからな」
と言うと、マユリアは声を出して笑った。
「それは以前も言われたことがありました」
「そうだっけ?」
「ええ」
あまり楽しい時の思い出ではない。
マユリアが「黒のシャンタル」のことをトーヤたちに語り、シャンタルを湖に沈めると言った時の会話だ。
『わたくしたちにはシャンタルの運命は分かりません。気持ちの上でいくらお助けしたいと思っても叶わぬこともあるのです。あなたはそれをよく知っているはずですよ、トーヤ』
トーヤがどれほどフェイを助けたかったかを知った上で、マユリアはそう言ったのだ。シャンタルが死ぬべき運命だとするならば、それを受け入れる、と。
『そこまで根性決めてるってわけだな、マユリア』
そのことに対してトーヤがそう言い、残酷な条件を突きつけることとなった。
「でも、今でも本当はよく分かっていません、根性を決めるという言葉のことは」
マユリアがそう言うと今度はトーヤが笑った。
「そうか、分かんねえか」
「ええ」
「えっとな、まあ、覚悟を決めてるってことかな」
「覚悟ですか」
「そうだ」
「それでしたら理解できると思います」
「ならよかった」
そう言ってもう一度トーヤが笑うとマユリアも笑った。
「そんな返事を返してくれるのはあなただけです。ですからわたくしもあなたのことが好きなのです、トーヤ」
「そうか、それはありがたい」
その返事を聞いてまたマユリアが笑う。
「歴史上最も美しいシャンタル」
「え?」
「わたくしが物心つく頃から何度も言われてきた言葉です」
「そうか」
「ええ。そしてマユリアになってからもずっと」
「だろうな」
「そう言う方たちにわたくしのどこが好きかと聞いたら、きっとこんな言葉が返ってくることでしょう、美しいから、と」
マユリアの言葉がさびしさを帯びる。
「そりゃ、あんたはほんとべっぴんだからな。俺だってあんたはきれいだと思う」
「ありがとう」
「まあ、そんだけべっぴんなら、そんなことないとも言えんよな。それで
トーヤの言葉にマユリアが愉快でたまらないという表情でますます笑う。
「でも、あなたはそうではないでしょう、トーヤ」
「ん、俺か? いや、俺だってべっぴんだって言ったぞ?」
「そうではなくて、一番に持ってきてくれるのが根性が決まっている、ですから」
「ああ」
「誰もがわたくしを美しいと言ってくださいます。そしてそれはおそらく、事実なのでしょう」
「そうだな」
「では、その美しさがなくなった時、わたくしのどこを好きでいてもらえるのでしょう? わたくしにあるのは美しさだけでしょうか」
トーヤはマユリアの言葉に驚いた。
これは確かに本音なのだろう。マユリアの特徴を上げる時、誰もが一番に上げる言葉だ。美しい、と。
「前国王陛下も今の国王陛下も、わたくしの姿を見て欲しいとおっしゃいます」
「まあ、そうだな」
「本当のわたくしの姿は知らず」
「うーん、そう言われてもなあ」
トーヤがちょっとばかり反論した。
「誰だって見た目で判断するところはあるからな。現にな、俺なんかあんたのせいであいつらにぼろかす言われてるぞ」
「誰に何をです?」
「ベルやアランやディレンにだよ」
トーヤがはあっとため息をつく。
「あいつら、あんたに初めて会った後、よってたかって俺に言いたい放題だ」
「どのように」
「あんたがどんだけべっぴんかもっとちゃんと教えとけ、知らずに会って息ができなくなるかと思った、どうにかなるところだった、もっと注意しとけってな。その挙げ句に俺には女の良し悪しをどうこう言う資格がない、あのきれいさに気がついてなかったなんてどっかおかしい、女の自分でも分かるのにって、そりゃもうひどいのなんの」
そこまで聞いてマユリアが耐えられないように吹き出し、今まで見たこともないぐらいに笑い出した。
「おいおい、あんたもそんな笑い方すんだな」
「ああ、もう、わたくしの方がどうにかなってしまいそうです」
おそらく、今が人生で一番笑った瞬間だと思いながら、マユリアはしばらく笑いを止めることができなかった。
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