9 神の身、神の命
『二千年』
光がつぶやくようにその年月を口にした。
『ずっとわたくしたちは同じ営みを繰り返していました』
『次代が誕生し、わたくしはその
『十年の
『さらに十年の後、その乙女は次の交代を待って人に戻り、人の世に帰る』
シャンタリオでは誰もが知る事実を光がもう一度たどるように口にする。
『緑児はこの世で最も清らかな
『ですが穢れなきが故にあまりにも幼い』
『故にマユリアがその言葉を代弁する』
『この二千年、ずっとそうしてわたくしとマユリアは人の世に託宣を行ってきたのです』
『二人で一人であるかのように』
『それで良いと思っていました』
『それが人のため、この世のためであると』
『わたくしたちの気持ちは同じ、わたくしもそう信じていました』
『そしてそれは間違えてはいなかった、そう信じています』
『ですがこの世は淀み、次の世にシャンタルの糸を継ぐ者は生まれず』
『マユリアがその身を差し出してくれてもなお、淀みは晴れず』
『わたくしもこの身を人となすこととなった』
『マユリアの身はラーラという人となり』
『マユリアはわたくしの半身を受け取り、そして知ることになりました』
『自分は次代の神に
「なあ!」
みなは静かに光の言葉を聞いていたが、たまりかねたようにベルがそう声を出した。
「おれ、バカだからもし間違えてたら言ってくれよな。つまりマユリアはずっとあんたと一緒の神様、二人で一緒だと思ってたけど、当代マユリアの体に入ったらなんか違った、そういうこと?」
光がふわりとベルに触れるように
『そう言っていいと思いますよ』
「じゃあさ、あんたみたいな次代の神様ってのと、その下の神様のと、それから人の体ってのがそんなに違ったってこと?」
『人としての体という意味では同じと言えるでしょう』
「同じってのがまたよく分かんねえんだけど、何がどう同じだっての?」
『元が次代の神であろうとも、そうではない神であろうとも、元から人として生まれた身であろうともどれも同じ』
『緑児として生まれ、幼子となり、成長して年を経た後はその命を天にお返しして土となる』
『元が何者であろうとも、人としてこの世に生まれた後は同じ道を
「つまりあんたの体、当代マユリアとうちのシャンタルも、いつかは人として死ぬってことだよな」
『そう言っていいと思いますよ』
「わけ、わっかんねえ!」
ベルの口癖が飛び出す。
「じゃあさ、何が違ったっての? マユリアはあんたの体の半分に入って、一体何が違うって思ったのさ?」
トーヤを含む後の全員がベルに光との対話を任せた形になった。それは誰もが思う同じ疑問だったからだ。だが、ベルの言葉で率直に聞くことが一番自然に光に届き、そして理解しやすいように思えた。
『童子』
光がその名でベルを呼ぶ。
『童子の魂は神の魂、それは知っていますね』
「ああ、聞いちまったもんな」
べルがあっけらかんとそう答えた。
『あなたは人でありながら神の命の種を持つ者』
「うん聞いた。そんで?」
『ラーラはマユリアの、神の身を持ちながら人の命の種を持つ者』
「うん、そんで?」
『当代マユリア、その身はわたくしの半身、そしてその命の種は』
光がそこまで言って言葉を途切らせた。
「ん? なんだよ」
「おい、大概にしとけ」
「なんでだよ、こういうのはちゃっちゃと聞いた方がいいだろうが」
妹のあまりのぶしつけな物言いに、さすがに兄がそう言うが、ベルは動じる様子もない。
そして光が楽しそうに瞬く。
『童子の言う通り、早く話を進めるべきですね』
『当代のその身に入っている魂、それはわたくしの魂の一部です』
「ええっ!」
『マユリアはその事実を知り
「いや、そりゃびびるだろ! じゃなくて、そんじゃなにか、当代マユリアは神様の体に神様の命が入った本物の神様ってことか!?」
『いいえ』
光が即座に否定をした。
『当代マユリアは人です、人以外の何者でもありません』
「わけ、わっかんねえ!」
「俺もだ」
トーヤがベルの肩に手を置いて落ち着かせるようにして、続きを引き取った。
「こいつの中には神様の命の種ってのと、人の命の種ってのが一緒になって入ってるって言ってたよな? ってことは、当代マユリアの中にもあんたの一部ってのと、人のそれが一緒に入ってる。そういう理解でいいか?」
童子であるベルによって知った事実と突き合わせて確認する。
『そう言っていいと思います』
「そんで、その一部ってのがよく分からん。神様の命の種ってのが元々あんたの一部じゃねえのか?」
『それは違います』
『童子となる運命を選んでくれた命の種。それは慈悲より生まれた神の命の種』
『つまりわたくしの子のような存在』
『そう言えば理解してもらいやすいかと思います』
「なるほど、なんとなく分かった。そんで当代マユリアの命の種ってのはどう違う」
『当代マユリアの命の種』
『それはわたくしの命の一部を種として分け与えたということです』
光が驚く言葉を口にした。
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