8 結界

「さ、次だ。今のうちに神様に聞いておきたいこと聞いとけよ。そうでないと後で慌てるぞ」


 まるで楽しい計画ででもあるようにトーヤがそう言う。ミーヤはその姿を目に焼き付けるようにじっと見た。


(どうすればいいのだろう。そのために私に何か尋ねられることはないのだろうか)


 そう考えるのだが、頭の中にはあのトーヤが、立ったまま血まみれの剣を握っているトーヤが浮かんできて何も考えをまとめることができない。


「聞いておきたいことがあります。マユリアは一体どうやってシャンタルの力を奪おうとすると思いますか?」


 ダルが挙手して光に尋ねる。


「さっきベルはルギがシャンタルをどうにかする、つまり剣で殺すかのように言ったんですが、だったら八年前とはずいぶんと違うと思うんです」

「そうね、そうよね」


 リルがダルの言葉に賛同する。


「八年前はシャンタルを湖に沈めれば、それで力を我が物にできると考えているみたいでした。だったら今度も剣で傷つけたりせず、同じような方法を取ると考えたほうが自然なように思えます」

「もう一度さっきの様子を見せてもらえますか」


 ダルとリルの言葉を受けて、アランが光にそう頼んだ。


「そう何度も見たいもんでもないが、もう一度よく見ておく必要はありそうだな」


 ディレンもアランに続けてそう言う。


 ぼおっとまたあの映像が浮かんできた。女王マユリアとその後ろに控えるルギ、そしてその足元に倒れているシャンタル。


「血は流れてねえな」

「ああ」


 トーヤとアランが冷静に現場を見てそう言う。


「確かにそうだね」


 シャンタル本人もそう言った。これが自分の姿だなどと、全く思ってもいないように淡々と。


「ってことは、じゃあルギがなんかするってことじゃねえのかよ! ちくしょう! ルギさえ話を聞いててくれりゃなんとかなるって思ったのに!」


 ルギを止めればシャンタルも助かると思っていたベルが、思わず大きな声を出して悔しがるが、それが事実だと受け止めるしかない。確かに血は流れていないからだ。


「もしかして、吸われる?」


 まるでベルが言ったような言葉だが、ダリオだった。


「いや、だってさ、ちびの頃にばあちゃんに聞いた話にそういうのがあったんだよ。魔物が人間の命を吸うっての」

「ああ、そういやそういうのを話したこともあったね」


 孫の言葉にディナが思い出したように返事をした。


「いや、本当に怖かったんだからよ」

「そういや俺もガキの頃に聞かされたな」

「あんたらが悪いことするから、ばあちゃんがこらしめるために言った作り話だろ」


 ナスタが息子と夫にピシャリと言った。


「いや、あながち作り話と言い切れるもんでもないかもな。相手は魔物じゃなくて神様だが、同じことをやってる気がする」

「そうだな」


 ミーヤを助ける魔法をかけた時、命の危険すら感じさせたシャンタルを見ていただけに、トーヤとアランがダリオの言葉に頷いた。


「話しただろ、シャンタルがなんか変になっちまって、まるで昔俺が共鳴で命を吸い取られた時みたいになったって」

「ああ、言ってたよね」


 ダルが八年前のことを思い出す。


「あの時のトーヤ、確かに体中から力が抜けちゃったみたいだったもんなあ」

「シャンタルがその時の俺みたいになっちまってたんだよ」

「ええ、そうでした」


 共鳴の時のトーヤとシャンタルの異常な状態、両方を知るミーヤもそう答える。


「ってことは、ほんとに吸うのか!」


 ベルが両目を恐怖に目を丸くした。


「まあ、そう言ってもいいかも知れねえな。つまり、八年前はそのために湖に引きずり込もうとした。ってことは、今回もまた同じことやるってことか?」

「そんじゃ湖に近づけなきゃいいんだろ! 水に入るから水といっしょに吸われるってことなんだろ?」


『そうではありません』


 トーヤに続いてベルがそう叫ぶが、光は一言で否定した。


「私もそう思うな」


 吸われるかも知れない本人がのほほんと言う。


「この間は水に入ってなかったけど吸われてしまったんだよ。だから水がなくてもそうなると思う」

「じゃあ、一体水なしでどうやって吸うんだよ!」


『結界』


 光が一言だけそう言った。


「兄貴、けっかい、ってなんだ?」

「おまえ、結界ってのはだな、えと……難しいな」


 アランが説明しようとするが、いざとなるとどう言っていいものか分からない。


「聖なる空間を区切るもの、とでも言えばいいのかしら」

 

 リルがアランの言葉を引き取って続ける。


「つまり、結界というもので空間を区切ると、そこから先には魔の物は入れなかったり、はじかれたりするの」

「ああ、シャンタルの悪い人間が入れなくする魔法みたいなもんか」

「え、そ、そうなのかしら?」

「うん、似てると思うよ」


 リルの説明でなんとか理解できたようだ。


「その結界はどこに張られている。宮にか?」


『宮に結界を張ったのはわたくしです』


『あなたたちが宮へ戻って来る時に、見つからないために張りました』


「なるほど、それであんなにすんなりと中に入れたわけだ」

「ほんっとに簡単だったもんな」


 いくら穴だらけのシャンタル宮と言えど、あそこまで全く誰にも反応されずに今の部屋まで来られたことは、今思えばやはり不思議なことではあった。

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