16 式次第の変更

「そうか、マユリアの婚礼衣装が出来上がったか!」


 報告を聞き、国王はとろけるばかりの笑顔になる。


「はい、さきほどそう連絡がまいりました」


 報告する神官長も同じく満面に笑みを浮かべている。


 国王は婚姻の儀式のための話があると言われ、神殿の神官長の執務室を訪れていた。常ならば神官長が出向くのが筋ではあるが、婚儀は神殿で行われる。確認することもあるだろうと足を向けたのだ。


「そこでですな、実は少し式次第についてご提案がございます」

「なんだ」

「先日、私は陛下にこう申しました。花嫁の手を取り花婿に渡す役割のため、陛下より先にマユリアの御手に触れることをお許しいただきたいと」

「ああ……」


 その言葉に国王が一気に不愉快そうな顔になる。


「あの時は仕方のないこと、それが結婚式のしきたりなのだから、そう思い込んでおりました。ですが、その後よくよく考えて、それがいかに不遜ふそんな思い上がった言葉であったかに思い至ったのです」

「どういうことだ?」

「もちろん、普通の婚儀ならそれは当然のこと、今でもそう思っております。ですが、此度こたびの婚儀は神が人に歩み寄る、マユリアがシャンタリオ王家と並ぶ儀式、そう思い当たったのです。ですから、やはりマユリアの手をお取りになるのは陛下であらねばならない、そう思い直しました」

「ほう、それでどうしたのだ」


 国王は興味深そうに神官長の言葉に耳を傾ける。


「通常の式の場合、花嫁は父親、もしくはそれに準じる男の縁者に手を取られ、祭壇まで進みます。そして花婿は『婚姻のランプ』を持った父親、もしくはそれに準じる縁者と祭壇に進み、そこで向かい合うことになります」


 それがシャンタリオではごく一般的な結婚式だ。花嫁は神殿の祭壇から見て左から中央に向かって進み、花婿は右から中央に進む。その時、花嫁の祭壇側に父親、もしくは父に準ずる役割の男性が花嫁の右側に立ち、左手で手を取って共に歩む。花婿の祭壇側にも父親、もしくは父に準ずる役割の男性が並ぶが、こちらは花婿の手を取ることはせず、両手で一基のランプを掲げ持つ。これが「婚姻のランプ」で花婿側が婚姻のために準備をする。


 祭壇の両端まで来ると花嫁と花婿はそこで止まり、祭壇の中央で花婿の父から花嫁の父にランプが手渡され、祭壇の真ん中に据えられる。

 次に花嫁と花婿はランプを挟む位置まで進むと祭壇に体を向け、神官から結婚に対する心構え、夫婦として互いを慈しみ、共に歩く覚悟はあるのかなどいくつかの質問を受け、全てに誓うと約束をした後、書見台で婚姻誓約書にサインをする。

 神官はサインをされた誓約書を式の参列者に示し、これをもって二人を夫婦と認めると宣言し、祭壇の聖なる炎を分けてランプに火を灯す。その後、神官から夫に妻の右手が渡されると、夫は右手にランプを持ち、二人で並んで参列者の祝福の中を歩いて神殿から外に出る。


 このランプは新しく夫婦となった二人のこれからの人生を照らすもの、披露の宴の夫婦の間に置かれた後は、共に新居に持って入り、その夜の新床の枕元に置かれることになる。夫婦の一番最初の持ち物がランプであり、常に愛情の火をともし続けられるように、そんな願いが込められている。


「今回はマユリアに付きそう父も父代わりもおりません。女神は人ではありませんから、マユリアは一人でお歩きになられます。そして陛下も同じく、お一人でお歩きになられますのでランプはございません」

「そうなのか」


 なんとなく国王ががっかりした顔になる。皇后との婚儀の時にはもちろん豪華な宝石で飾られたランプが用いられたが、今回も同じようにマユリアと手を取り合い、ランプを手に二人で歩く場面を何度も想像していたからだ。


「だがまあ、今回はまた普通の婚儀とは違うからな、特別な儀式ではあるが」


 本番の結婚式の時には特別なランプを用意させよう。その時に夢を叶えればいいのだ。そう思い直し気持ちを立て直す。


「なるほど、ランプはない、それは分かった。それでは式次第はどのようになる。そして予がマユリアの手を取るための手順をどう考えておると言うのだ」

「はい、そのための式次第を考えました」


 神官長はそう言うと立ち上がり、革で装丁された婚姻誓約書を取り出した。


「誓約書へのサインでございます」

「サイン? それがどうした」

「はい。本当なら花嫁花婿が共に神に向かって誓約のためにサインをすることになります。ですが、今回は誓約書をランプの代わりにしてはいかがかと」

「どういう意味だ」

「はい」


 神官長はにこやかに笑みを浮かべ、説明を続ける。


「神を王家の一員としてお迎えする、婚姻誓約書をそのための贈答品とするのです」

「贈答品?」

「はい」


 神官長はうやうやしく頭を下げた。


「陛下が前もって誓約書にサインをなさっておき、それを女神に捧げる。つまり、共にサインをして夫婦として並び立つのではなく、陛下が既にサインをなさった誓約書を捧げることで、永遠の愛と忠誠を誓う、その姿勢をお示しになられるのです」

「ふむ、まるで神話の中の女神と聖騎士のようだな」


 国王はその場面を想像し、胸が高鳴るのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る