12 母の戸惑い
八年ぶりに「母」の胸に抱きしめられたシャンタルは、黙って自分も両手をその背に回し、ぎゅっと力をこめる。あの日、別れた時にそうして戻って来ると言ったその時のようにして、一瞬、あの幼い日の自分に戻ることができた。
二人はそうしてしばらく抱き合っていたが、やがてラーラ様が顔を上げ、優しくこう言った。
「シャンタル、シャンタル、もっとよく顔を見せてください。ああ、幼い日の面影が……わたくしはまた、あなたの成長を見ることができなかったのに、ずっとトーヤは見ていたのね、ずるいわ」
シャンタルはその笑顔を見てくすくす笑う。そして、ちょっと困ったような顔になり、
「あのね」
そう言って、一つこほんと咳をすると、
「ええと、驚かないで聞いて欲しいんだけど」
と言うが、その声にすでにラーラ様は驚いて目を丸くしている。
「やっぱり驚いた?」
「え、ええ……」
「さっきはシャンタルを驚かせちゃいけないと思って、それで声を作ってたから」
「そうだったのですか」
ラーラ様はなんとも複雑な顔になる。それはそうだろう、黙っているとどこから見ても天女のごとき美女にしか見えないのに、それは確かに男性の声だと思える声だからだ。
「でも、きれいなお声です」
「そう? ありがとう」
ごく普通にそう言って笑う顔を見て、ああ、幼い時のままだとラーラ様は思った。あの時も、あの深刻な状況でも、この方は何も変わらずにいらっしゃった。
「能天気だと思った?」
「え?」
「あれからずっと言われてるんだよトーヤに、能天気能天気って」
「まあ」
「アランとベルも言うけどやっぱりトーヤが一番言うよ」
「そうなのですね」
ラーラ様もこの状況にも関わらず、やはり自然に笑ってしまった。だが、やはり確認しなくてはならないことはいくつもある。
「あの、エリス様は戦場でアランとベルに出会ったと聞いていましたよね」
「うん、それは本当。その頃の話は全部本当のことだから」
「戦場で……」
マユリアから伺ってはいた。トーヤの職業は傭兵だ、もしかしたらアルディナでは戦場に行く可能性もあるとは。だが、いざ本当に戦場におられたのだと思うと、やはり平静ではいられない気がした。
「心配しないで、私のことはトーヤがずっと守ってくれたから」
「トーヤが?」
「うん。トーヤは私、アランはベルが敵と戦ったりするようなことはないようにしてくれてた」
「そうなのですか」
ラーラ様はその言葉の意味を理解すると、深くトーヤに感謝をした。本当の意味でそれがどういうことかは分からないのかも知れない。だが、トーヤはシャンタルが
「ですが、それとは別に聞いておかなければならないことが」
「なに?」
「どうしてこんな形でここへ来たのですか? 中の国のご一行は宮から逃げ出し、アランだけが戻ってきたと聞いています」
「ラーラ様は私がエリス様だってことを知らなかったんだよね」
「ええ、本当に驚きました」
「トーヤはラーラ様は知らないんじゃないかって言ってたけど、やっぱりそうだった」
「わたくしは知らない?」
「うん」
「では、宮の中でも誰かは知っていた人がいるということですか?」
「うん。キリエとルギと、そしてマユリアは知ってるよ」
シャンタルの言葉にラーラ様は驚いて黙ってしまう。
「ルークがトーヤだと八年前のことを知る衛士にばれてしまって、それで宮から逃げ出したんだ。それでマユリアは私がエリス様だと知った」
「そうだったのですね……では、どうしてマユリアはそのことをわたくしに教えてはくださならかったのでしょう。お会いしたいと何度も話をしていたのに……」
「そのことなんだけど、ここに来たことはアランの手紙にあったように、ラーラ様とシャンタルだけの秘密にしてほしいんだ」
「え?」
ラーラ様はシャンタルの言葉にまた驚く。
「マユリアたちには言わないでほしい」
「それはどうして」
「うん、理由はいくつかあるんだけどね」
そこまで言ってシャンタルは少し黙る。
「とにかく、無事に交代を迎えるために言わないでほしいんだ。シャンタルにはベルがそのことを説明してくれるから、きっとシャンタルがラーラ様にもそう言ってくると思う。って、自分もシャンタルなのにシャンタルにはとかシャンタルがって、なんだかちょっとおかしいね」
シャンタルは深刻な内容の話をしながら、やはりいつものようにくすっと軽く笑う。
「笑い事ではないように思うのですが」
「うん、それもトーヤたちにいつも言われてるよ。だから、そんな風には見えなくても、本当に大変なこと、大切なことだと分かってもらえたらうれしいかな」
やはりどこまでもどれほど本気か分からないような口調に、ラーラ様も少し困った顔になる。
「とにかく私の命にも、それからこの世の運命にも関わることなんだ。今はまだどうしてか説明はできないんだけど、マユリアたちには黙っててほしい」
さすがに最後は真剣な顔になったシャンタルに、ラーラ様も黙って頷くしかなかった。
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