18 序列
王宮門が開かれ、民たちが王宮の敷地内になだれ込んだ頃、マユリアに呼ばれたシャンタルたちは神殿に到着していた。
「お待ちしておりました」
前の宮から神殿に続く渡り廊下の前、ベルがエリス様を神殿詣でさせたいと訴えに来た時に二人の神官が立っていた場所に神官長が一人で立っていた。前の宮の廊下からここから先が神殿であると知らせるような常夜灯、その真ん中に立つ神官長の顔が揺れる炎と共に揺れ、邪悪さと敬虔さが入れ替わるように見える。
「エリス様をお連れいたしました」
最後尾から凛とした声が響き、鋼鉄の侍女頭は最前列にいたミーヤとアーダを通り越し、神官長の正面に立つ。
「マユリアがお待ちなのはエリス様お一人です。他の方はしばらくお待ちいただきたいのですが、冬の廊下は冷えますな、面談室にでもご案内いたしましょうか」
「いえ、お一人で行かせるわけにはいきません」
今はもう侍女の扮装を解いたベルだが、神官長がシャンタルを「エリス様」と呼んでいる以上ベルはまだ侍女、自分の役目を続けるのだとの意識でキリエの隣に並ぶ。
「これはこれは侍女のアナベル殿とお見受けいたしますが、何かご様子が変わられましたな」
神官長が髪に巻いたスカーフから覗き見える染めた黒髪を揶揄するように言った。もう正体はバレているのだ、暗にそう含めるように。
「侍女が
「俺も護衛として一緒に行きます」
キリエが即座に神官長に宣言し、アランも立場を主張する。
「なるほど、おっしゃることごもっとも。ですが我が主のご意向を伺わずに承諾するわけにもいきません。一度みなさま神殿にお入りいただき、お返事をお待ちいただくのではいかがでしょう」
「構いません」
「では」
と一行が神殿に向かおうとした時、
「これはどういうわけでしょう」
神殿から見て左、王宮方向から来た一行の先導の侍従が戸惑うように声をかけてきた。
「国王陛下」
神官長が正式の礼を取ると同時にキリエ、四人の侍女、そしてルギがやはり正式の礼を取った。これはこの国の民として当然のことだ。
エリス様はベルに手を取られて列からはずれ、二人で一緒に少し下がった場所から立礼を取り、アランも二人に並んで同じく立礼を取る。
王宮からの一行は先導の侍従一人が進み出て神官長に声をかけ、現国王と共にやってきた侍従、王宮衛士、王宮侍女たちは主を守るように少し離れた場所に待機している。
「実は、マユリアがこちらのエリス様にお会いしたいとお呼びになられたのです」
「なんとマユリアが」
「婚儀の前にエリス様とお話がなさりたいとのことですので、陛下にはいましばらくお待ちいただくことになります」
神官長が申し訳無さそうに言うが、この国では序列というものがきちんと決まっている。マユリアと国王は同列ということになっているが、いざ並べてみた時にどちらを優先するかは言うまでもないことだ。
「まず陛下には神殿内でお休みいただき、その後でエリス様ご一同を中にご案内いたします」
こちらは外から来た尊い身分の貴婦人といえど国王より確実に序列は下だ、国王を案内するまで待つのはこれも当然のことになる。
「陛下のお付きの方々にはこちらでお待ちいただきます。では陛下」
神官長に案内され、この上もなく立派な婚礼衣装に身を包んだ国王は堂々と神殿に入っていった。
「お付きの方にはここからお戻りくださいとのことです」
「なんだと、我らは陛下の侍従だぞ、主にお付きするのは当然ではないか」
「ですが、陛下のご命令ですので」
戻った神官長の言葉に国王に付いてきた二十名ほどの王宮の者たちは、不満そうな顔をしながら戻っていった。主の命だと言われてしまえば従うしかない。
「お待たせいたしました、では中へ。マユリアは従者を帰すようにとはおっしゃってはおられません、皆様どうぞ」
こちらはエリス様以下、ルギまで全員を神殿内に案内する。
神殿内もそこそこ広さがある。シャンタル宮に比べると小さく思えるが神殿単体で見ると部屋数も多く、かなり広いと言えるだろう。その最奥に正殿があるが、手前には神官たちの私的な生活の場や学びの場もある。
ベルが最初に案内されたのは民たちが相談ごとなどをする時に案内される来客室だ。いくつか似たような部屋があり、お参り以外にも神官に面会に来た者などもそこで会うことになっている。そんな部屋が神殿の前半分にあり、そこから奥は儀式などに使う部屋が多くなっていく。
広い廊下は灯りが控えめでやや薄暗く寒さすら感じるが、シャンタル宮とは違って装飾というものがほとんどなく磨いた石で造られているからばかりではないだろう。
一行は冷たい廊下を歩いて神殿の後半、その先に正殿の重厚な扉が見える位置まで進んできた。
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