21 血の海の中に

「つまり、マユリアは望み通り、もしかしたら永遠の命ってのを手にいれるかも知れねえってことか。それも自分だけじゃなくルギも一緒にそうなる」


 場が静まり返る。まさか、そんなことが本当にあるとは誰も思いもしなかったからだ。さっき「それができるなら素晴らしいだろう」と言った侍女3人も、すでにそうは思えなくなっていた。


 あの血の海の上で光り輝き続ける穢れなき女神。


「そう、穢れをご存じない、何にも染まることがない」


 リルがポツリとそう言った。


「おそらく、それは全部ルギの旦那が引き受けてんだろ」


 トーヤは自分が知っているルギを思い出していた。マユリアのためなら何もかもを投げ出すルギを。


「ルギなら、何があろうともマユリアのおそばから離れず、そしてお守りし続けるでしょうね」


 ミーヤはルギのあるじへの衷心ちゅうしんを苦しく想う。何も求めず、ただひたすら主のことだけを思い続けるルギの心を。


「そのために、ルギを生かすためにシャンタルの力が必要ってことなのか?」


 アランが冷静に分析する。


「ルギだけじゃなくご自分にもだろうけど、とにかくどっちにしてもシャンタルが必要ってことだよ」


 ダルが苦しそうにそう答えていると、また変化が起こってきた。血の海の中から、その血を流したであろう人間が浮かび上がってきたのだ。


「国王陛下!」


 ダルが何人目かに浮かんできた人を見てそう叫んだ。それはまだ壮年そうねんと言える年齢の男で、父親を追い落として自分がその座についた新国王だった。


「八年前に見た時よりえらくしっかりしてるな。なかなかいい男だ」


 トーヤは八年前のまだ若く青臭そうだった姿を思い出し、淡々とそう言う。戻ってから見聞きした「理想の国王陛下」をそのまま絵にしたような美丈夫だ。新国王は驚いたような顔で目を半開きにしてこちらを見ていた。たまらずミーヤたち侍女は目をつぶる。


「今度は前王様だ……」

「あの時よりはちょっとばかり年食ってるけど間違いないな」


 八年前の交代の日、渡り廊下から見た国王に間違いないとトーヤも思った。こちらも息子と同じく驚きに目を見開いてこちらを見ている。


「え、神官長!」


 この言葉に目をつぶっていた侍女たちも思わずそちらを見た。神官長は微笑み、幸せそうにこちらに両手を伸ばしている。


「おいおい、なんだよこの顔は」


 なぜだろう、至福の笑みを浮かべているのにその笑みはどうしようもなく悲愴に見える。トーやは背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「まあ、なんにしてもマユリアを女王にってこいつの願いは叶ったってことだよな」


 アランも同じように感じているのだろう。いつも冷静なその声が少し震えているように思えた。


「ああっ!」


 その後にも次々と見たことがない人が浮かんできたが、ある人が浮かび上がった時、思わずベルが大きく叫ぶ。


「トーヤ……」


 ミーヤが息を詰めながらその名をつぶやいた。


 そこにはトーヤの姿があった。


「なんだよ、えらく怒ってるみたいじゃねえか、俺」


 怒っているのだろうか。そこにいるトーヤは他の者たちとは違い立ったまま、血に染まった剣を手にして何かをひたすら睨みつけているとしか思えない。


「立ってんだな」

「ああ、えらいだろ」

「おい」


 アランの言葉にトーヤがそう答え、まるで冗談のようにやりとりをしている。


「笑っている場合ではないでしょう!」

「ほんとだよ!」


 ミーヤとベルが思わずそう怒鳴る。


「いや、そう言われてもどうしようもねえしな」

「でも、これがもしも本当のことだと言うのなら、トーヤは――」


 ミーヤがそこまで口にして、その後は言えない、言いたくないと口を閉じた。


「トーヤも死ぬってことだよね」


 シャンタルだ。自分の姿を認めた時のように、今度はトーヤに待ち受けるかも知れない運命をすんなりと口にする。


「冗談みたいに言うんじゃねえよ!」


 ベルだ。


「おまえな、なんでいっつもそうなんだよ! もうちょいなんとか思えねえのかよ!」

「いや、思ってはいるんだよ?」


 答える言葉すら何も考えてなさそうだ。


「わかんねえよ! わかんねえんだよ、そんなんじゃ! なんでそんな能天気なんだよ!」


 みるみるベルの瞳から涙があふれる。


「トーヤも、シャンタルも、いやだ、いやだこんなの……」


 そう言ってベルはその場に泣き崩れてしまった。


「おまえは、ほんっとに素直だよな」


 トーヤが腰をかがめ、その頭に手を置く。


「けどな、早とちりすんじゃねえっての。言ってただろうが、可能性だって」


『ええ、可能性です』


 光もトーヤの言葉に言葉を添える。


「けど、これが一番こうなりそうってんだろ? いやだ! いやだあ!!」


 ベルはどんな言葉も受け付けなという風に、首を大きく左右に振る。


「ベル、少し落ち着いて」


 意外な人が声をかけた。アーダだ。


「トーヤ様も、そして、あの……」


 アーダは少しだけ言い淀むようにしたが、思い切ってその名を口にした。


「女神、シャンタルも可能性だとおっしゃっています」


 ベルはアーダのその言葉に驚いて思わずその顔をじっと見た。


「可能性はあくまで可能性です。絶対に起こることではない。そうですよね」


 アーダが勇気を振り絞るように光を見上げてそう言うと、


『ええ、その通りです』


 光もそう答えた。

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