7 あのこと
「ちがいますか」
ダルが沈黙するキリエに重ねて聞く。
「王宮の出来事は宮のこととはまた別のこと。今はそれしか申せません」
キリエが何も感情を感じさせずに言う。いつもの侍女頭として。
「ですが、月虹隊としては引き続き街の様子を調べ、何かあれば知らせてください。ご苦労さまでした」
それだけ言うとキリエは立ち上がり、この話はもう終わりだとの意思表示をした。こうなると、もう誰にもその先を続けることはできない。
「はい」
ダルがミーヤに
「失礼いたします」
ミーヤがそう言い、もう一度正式の礼をして立ち上がると、
「ミーヤ」
「はい」
「なにか連絡がありましたか」
トーヤたちのことだろう。
「いえ、何も」
「そうですか」
嘘ではない。
あの不思議な空間に共に呼ばれはしたが、連絡を取り合ってはいない。
「時間を取らせました、下がりなさい」
「はい」
「はい」
月虹隊隊長と月虹隊付き侍女が侍女頭の部屋から下がっていった。
ミーヤはそのまま宮の仕事を少しばかり片付け、ダルは一度自室に戻って中で仕事をする振りをしてから、また時間を合わせてアランたちの部屋で落ち合うことにしていたのだ。
「どこまで話できた?」
アランの説明によると、先代のシャンタル、「黒のシャンタル」は死んだことにされてトーヤが連れ出して外の国に逃された、というあたりを話したらしい。
「驚きました」
そう言いながらもアーダは少し落ち着いたようだ。
「そんな千年前の託宣とか、そういうので沈められそうになるって、たまったもんじゃないですよね」
ハリオはアーダほどこの国に対する知識はないが、なんとなく理解できているようだった。
「また細かいところはおいおい話していきますが、まあとりあえずそのへんだけは話しました」
「ありがとうございます」
ミーヤがアランとディレンにそう言って頭を下げた。
「キリエさんはどうでした?」
「ああ、とりあえず、前王様の噂のことは報告してきたけど、それだけ」
「そうですか」
「なんで俺が来たか、ミーヤと話したかを分かってくださったと思うよ。変には思っていらっしゃらないだろうけど」
「まあ、今の状態を知られないように、気をつけていくしかないですね」
「そうだね」
ダルとアランがそう言う。
「それでですね」
アランがミーヤとダルにちょっと困ったように問いかける。
「うん、どうした?」
「えっと、あのことはまだ話してないんすけど」
「あのこと?」
「ええ、あのことです」
「あのこと……」
ダルが首を傾げた。
「あのこと、なんでしょう」
「って、ミーヤさんも忘れてるかあ」
アランが思わずそう言って吹き出した。
「リルさんがそれ聞いて倒れたってトーヤから聞きましたけど」
「あ!」
「あ!」
2人が思わず顔を見合わせる。
「あれ、言ってないかあ」
「ええ、なんか言いにくて」
「でも、もうアーダ様は気がつかれてましたし」
「それはそうなんですが、はっきりと言ってはないもんで」
「けど、まあ、言ってしまわないとね」
3人の会話にディレンが少し笑っている。
「あの、なんのことでしょう」
「ええ、気になります」
アーダとハリオが思わずそう言うのに、
「えっと、エリス様、俺らの仲間のシャンタル、黒のシャンタルですが、もう気がついてますよね、男だって」
「え!」
アランがそう答え、アーダが思わず大きく声を上げた。
「ええっ、でもシャンタルでいらっしゃるんですよね? それに、あんなにお美しくて、ええっ!」
アーダはやっと、自分が以前シャンタルの声が男性であったと言ったことを思い出した。
「え、ええ、確かにお声を聞いてそう言ってました。ですが、ですが、でもシャンタルは女性で、ええっ!」
あの時、エリス様がもしかしたら男性ではないかと思いはしたが、シャンタルは女性であるとの意識が強いもので、どうしてもその2つがくっつかなかったらしい。
「アーダ様!」
ミーヤはあの時のリルと同じように、一瞬気を失ったアーダを支える。
「あ、ミーヤ様……」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「あの、でも事実なのです」
「そ、そうなのですか……」
ミーヤからもそう聞いても、アーダはまだ信じられないという顔をしている。
「まあ、本人がそういうの全然気にしてないようだし、いいんじゃないか?」
ディレンが少し笑いながらそう言う。
「そ、そうなのですか?」
「ああ。俺も船で聞いてびっくりしたが、全然気にしてないな」
「そういうものなのですか?」
「いや、普通だったらびっくりするだろうけど、あの方は、まあ、そういう方だ」
「どういう方なのですか……」
アーダの素直な反応に、事情を知る4人が思わず笑うが、ハリオもどう反応していいのか分からない顔で困りきっている。
「まあな、一度話してみりゃ分かるさ」
「そうそう。なんてか、能天気なんですよね」
そう言われてもアーダにとってシャンタルは天の上の方、神なのだ。
「そんな、私がシャンタルとそんなに親しくお話しするなどということがあるのでしょうか……」
「ありますよ、お茶会でも当代と話してたでしょう」
アランがそう断言してくれたものの、やはりアーダにはまだまだ素直に飲み込めることではないようだった。
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