第四章 第二節 王宮に仕える者

 1 王様の噂

 3度目の召喚があった翌日、予定通りハリオはアーリンに付いて王都に出ることになった。


「アーリンは予備兵でまだ正式には名簿に名前が載ってないから、調べられても月虹兵げっこうへいとばれないとは思うよ。ハリオさんはアルロス号の船員じゃなく、そうだな、地方から王都に来ていて封鎖で戻れなくなった職人か何かで」

「その2人がたまたま街で会って、そして話してる時にその現場に出くわすわけですね」


 そんな設定で、2人は別々にこの間ダルとアーリンが見かけたあの広場へと足を向けることとなった。


 アーリンはいつもの愛馬に乗り、ハリオも宮で借りた馬に乗り、一度オーサ商会へ入って馬を預け、そこから歩いて東のあの広場に行くことにした。


「紹介状は確かに拝見しました。でもあれね、あそこで会ってるから初対面の気がしないわね」

「ええ、まあ」


 アーリンを見送ったあと、ダルからの紹介状を見てリルがハリオにそう言った。2人は確かに初対面ではあるが、あの不思議な空間で3回の面識がある。


「では、王都で動いてる時はうちに泊まっていただけばいいわね。そうね、アーリンと知り合ったので親戚の家に案内した、そういうことで」


 と、ハリオはオーサ商会の客となることになった。


 その日の午後からふらりと東の広場に行き、たまたま知り合ったようにアーリンと話をする。


「来ますかね」

「どうでしょう。でもこの間はこれぐらいの時間だったと思います」


 それ以前にも広場で話をしている者の話に耳を傾けていると、チラホラとやはりその話題を口にする者がいた。


「いや、だから俺もこの間聞いたんだよ、その話」

「いやあ、でもなあ、まさか王様が自分の親に……なんてなあ」

「だよなあ、ご立派な方だもんな」

「だけどさ」


 第3の男が横から意見を言う。


「あの問題があるだろ」

「ああ、あれか」


 どうやらマユリアの争奪戦のことを持ち出しているらしい。


「なんでもマユリアは前王様の元になら行くが、現王様の元へは行きたくないって言ってるらしいぜ」

「ああ、それ俺も聞いた」

「なんでだよ、逆なら分かるけど」

「いや、それがな……」


 と、噂と噂がくっつき、半信半疑はんしんはんぎながらも国王が父親を殺したらしいという噂を信じているらしい者もいるようだ。


「やっぱり広まってるようですね」

「そうですね」


 ハリオが露店で買ってきたパンとカップに入れたお茶を手にして、食べながらアーリンにそう言った。


「どうです、おいしいでしょう、そのパン」

「はい、肉がたっぷり入ってこれ1つで満腹になりそうです」

「そうでしょう」

「いい店教えてもらいましたよ」

「このあたりのいい店ならいっぱい知ってますからね」


 いかにもたまたま店を教えてもらった、そんな雰囲気を出しているつもりで、2人で他愛のない会話を交わしながら様子をうかがっている。


「何しろ急な封鎖で帰れなくなって困ってるんで、封鎖が解けて村に帰るまで食いつながないといけないし」

「大変でしたね」

「なんだお兄さん、封鎖の出損ねかい」


 そんな会話を聞きつけて知らない男が話しかけてきた。


「そうなんですよ」

「今回はいきなりだったしなあ、ちょこちょこそういう話聞くよ」

「ああ、やっぱり」


 ハリオとアーリンが世間話を始めると、他の男たちも寄ってきて話に混ざってきた。


「今はどうしてんだい」

「安宿に泊まってたんですが、金がちょっと心配になってきて宿出てきました」

「そりゃこれから寒くなるのに困るだろ」

「なんか、王様が助け小屋を作ってくださってるって話だけど」

「え、そうなんですか!」

「俺もそれは知らなかったなあ」


 前もって決めていた。急な封鎖でハリオが演じているような人々に王様がそういう措置を取っているらしい、そこへ話を持っていこうと。


「さすがですねえ、新しい王様。おかげでこの国の先行きも明るいってもんだ」


 ハリオがいかにも感心する風にそう言うと、


「いや、それがなあ」

「なあ」

「うん」


 男たちの何人かが、苦虫を噛み潰したような顔でもそもそと何かを言いにくそうにする。


「え、なんなんです」

「そういや封鎖の時にも国庫を開いて色々な物を街の人に届けてくれてましたよね」

「そうそう、その時に俺もちょっとばかり食い物とかもらって助かりました。本当に立派な王様ですよねえ」


 あえてハリオがめそやすと、ますます困ったような顔になる。


「なんだよ兄さんたち、なんか王様に言いたいことあるみたいだな」


 ハリオがきょとんとした顔でそう言うと、


「いやあ、俺たちもあれは助かったしな、いい方だ、立派な方だと思ってたんだよ、うん」

「そうなんだよなあ」

「けどなあ、なんか、ちょっとどうなんだって話が最近な」

「なあ」

「あれ、ひょっとしてあれですか」

 

 アーリンが心当たりがありそうに、ちょっと困ったような顔で話に入ってきた。


「あれってなんだよ」

「うーん、言いにくいんだけどなあ……」

 

 アーリンがみんなを寄せ集めるようにして、小さな声で、


「なんか王様が前の王様を、その、なんだ、うーん、言いにくいなあ……」


 そう言ってもじもじしていると、背後から、


「自分の親を手にかけなすった、そういう話かい?」


 と、声をかけてきた男があり、アーリンが振り向くと、はたしてあの時の男であった。

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