4 敵で味方

「カースに行こうと思うの」


 その日、ダルが宮に行く前にリルのところに寄ったところ、突然そう言われて驚いた。


「そんな体でなんで!」

「馬鹿ねえ、こんな体だからよ」


 リルが言うには、今までの子もみんなナスタに取り上げてもらった、だから今度もそのつもりをしているが、それを理由にカースに行くことにしたと言う。


「少しでも早く連絡が取れるようにした方がいいでしょ、だからできるだけまとまっていた方がいいと思って」

「それは、その方が助かるけどさ」

「大丈夫、お父様とお母様にはちゃんと理由をつけて話してあるから」

「って、もう話進めてるの!」

「ええ、昨日、あそこから帰って考えて昨夜のうちにね」


 ちょうどカースにはもう一人、産み月の近い妊婦がいる。


「何かあった時に不安だから、ナスタさんのところに行かせてもらうって説得したの。もしも体調が悪くなっても、もうお一人のところにかかっていたら来てもらえないでしょ? カースだったら両方に目が届くからって。前にも宮に上がってる時に動けなくなったし心細い、いざという時に動けるようにって、なんとか納得してもらった。それに、家からもカースの方が近いし」


 今は実家のオーサ商会に滞在しているが、リルが夫のマルトと暮らしている家は確かにカース寄りだ。


「子どもたちにはまだ会えないけど、マルトにはカースにいるって伝えてもらったわ。カースにはもう連絡してあるから、この後お父様とお母様に送ってもらうの」


 と、ダルの意見など何も聞かないという感じでとっとと予定を決められてしまった。


「なんて言うか、やっぱりリルには叶わないなあ」

「当たり前じゃないの」


 ダルは笑いながらオーサ商会を出て宮へ向かうことになった。


「じゃあ、リルは今、カースのダルの実家にいるということなんだな?」

「そうなるね」

「さすがおっかさんだな」


 トーヤたちはリルの行動力に圧倒されながらも感心する。


「おかげで回る場所が1ヶ所減ったから、その分動きやすくはなったけど、本当にびっくりするよ」

「リルさんのその気持ちに答えるように、こっちももっと話を詰めておかないと」


 いつものようにアランが話を進める。


「考えたんだけど、カースの人たちはあちらに知られてない仲間ですよね」

「うん、そうだね」

「それとアーダさんとハリオさんも。だからきっと何か役目があるはずだと思うんですよ」


 アランはトーヤから聞いた話からそう確信しているようだ。八年前のように、今もきっと無駄なことなどないはずだ。


「私に、何かそんな役目があるのでしょうか……」


 アーダはアランの言葉に思わず身を縮めた。


「そんなに怖がらないでください」

 

 アランが少し声をやわらげてアーダに言う。


「でも、だとしたらそれは一体どのような」

「今一番確信を持ってそれだと言えるのは、絶対にキリエさんやルギ隊長に知られないこと。それだと思います」

「キリエ様に」

「ええ、そうです」


 アランはさらに優しく続ける。


「今は俺にもそれしか分かりませんが、これは確実です。確認しておきたいんですが、ミーヤさんも」

「はい、なんでしょう」

「月虹兵付きが接触しておかしくない人、おかしい人ってありますか」

「月虹兵付きがですか」


 ミーヤとアーダが少し顔を見合わせる。


「接触してもおかしくない人はやはり月虹兵のみなさんです」

「その人たちとは宮の外でも会うことがありますか」

「ええ、あります」

「アーダさんは外の月虹兵の方に会いに行ったことは?」

「いえ、それはまだ」


 アーダが月虹兵付きになったのはごく最近だ。当番などで宮に来た月虹兵にはもう紹介しているので、かなりの数の者と面識はあるが、まだ宮に来たことのない者とは面識はない。


「その人たちに会いに外に行くということもあるんですか?」

「ええっ!」


 アーダが思わず息を飲む。


「いや、あのそうじゃなくてですね」


 アランが慌ててアーダを落ち着かせながら続ける。


「もしも、行くのが普通の状態なら行ってもらった方がいいし、行かないのが普通の状態なら行かない、そのことを聞きたかっただけなんです」

「そ、そうなんですね」


 アーダがほっと肩の力を抜くのが分かった。


「いずれは行くことになるとしても、今は時期も時期ですし、特に行く必要はないのではないかと思います」


 ミーヤがアーダに変わってそう答えた。


「そうなんですね。だとしたら、アーダさんの役割は、やっぱりキリエさんには知られないように、あちらとつながっていてもらうってことになるかな」

「俺もそれでいいと思うぞ」


 アランの考えにトーヤも同意した。


「キリエさんはアーダは本当のことは知らず、エリス様がらみのことでなんとか俺たちの力になってくれればと思ってるだろうな」

「そうなのでしょうか」

「ああ、あの人はあの人でできるだけのことはしてくれようとしてる。それと同時に俺たちの敵としての役割もきちんと果たしてくれようとしてる」

「知らないもんな、キリエさんは……」


 ベルが切なそうにつぶやいた。


「キリエさんは俺たちの敵で味方。何を知っても知らなくてもそうしてくれる人だ。だからそんなへこむな」


 トーヤがぽんとベルの頭に手を乗せた。

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