第262話 プレイオフ
※ 前話の優勝条件のところで誤りがあったので訂正しました。
物語の流れとしては特に変更はありません。
ご指摘ありがとうございました。
×××
この年、最終戦を前にして、142試合目でレックスは優勝を決めた。
逆に言えばライガースは、優勝を逃した。
レックスは前年三位、その前が五位と考えると、着実なステップアップの末の優勝である。
142試合目には万全を期して武史を先発させ、既に決まっていた最多勝に、さらにもう一勝を加える。
新人のピッチャーが20勝を超えて、しかも無敗というのは、NPB史上初めてのことであった。
色々と事情はあったとはいえ、投手五冠の全てを上杉を抑えて獲得したのは、また新たな化け物が現れたのだと、セのバッターたちを絶望させた。
27先発22勝0敗。完投16完封15と、イニング数でも上杉を上回る。
さらに奪三振でも上杉に大きく差をつけての一位と、上杉は怪我の離脱があったとはいえ、この年は文句なしの、沢村賞候補筆頭である。
またレックスでは他に樋口が、打率0.342 ホームラン31本 盗塁34のトリプルスリーを記録している。
捕手のトリプルスリーは初のことで、NPB入りしてから二年目での達成というのは、大介に次いで歴代二位タイ。
もっともトリプルスリーに関しては、大介がルーキーシーズンからずっと、怪我で離脱したシーズンでさえ達成しているので、ありがたみがなくなってきているとも言われる。
一人で野球の常識を変えてしまう選手は、見る分には面白いのかもしれないが、同時代にプレイする選手にとっては、災厄以外の何者でもない。
ピッチャーでは味方の武史、バッターでは敵の大介がいるため、樋口にMVPの目はない。基本的に優勝チームの選手が重視されるので、今年は武史がとるのだろう。
実際のところレックス内部では、最大の功績者は樋口だと、おおよそが納得しているのだが。
この年、ライガースはチームとしては優勝を逃した。
だが大介個人はまたも、伝説を更新した。
打率0.405 打点170 ホームラン69
打者三冠のうち二つを、同時に更新である。
なおこの時点でシーズン安打数は999本と、偶然とはいえ面白い数字になっている。
ついでだが最多安打は結局、この年も取れなかった。
やはり長打率をもう少し落とさないことには、まともに勝負してもらえない。
かといって観客が大介に期待するのはホームランで、チームとしてもそれを期待している。
純粋に一人で一点を取れる戦力というのは、貴重であるのだ。
大介は冗談じみた速度でどんどんと、日本の打者記録を塗り替え続ける。
わずか六年、2555打数で、372本のホームランは、歴代でも既に30位以内に入る。
打点も40位以内、盗塁は10位以内。
まだ全盛期だけでしかプレイはしていないが、打率は歴代でもぶっちぎりの一位である。そもそも高卒一年目から、普通にプロで通用している野手というのは、ほとんどいないものなのだ。
純粋にバッターとして不世出である。
だがその守備や走塁での貢献度を考えれば、これだけの選手は今後もまた出てくる可能性があるのかどうか。
守備機会の多いショートで、エラーらしいエラーはなく、内野安打を少なくしている。
三冠王が盗塁王まで取るのは、反則すぎて乾いた笑いしか浮かばない。
だがそんな個人的な成績は、どうでもいいとまでは言わないが二の次である。
クライマックスシリーズは、ファーストステージでスターズとの対戦となる。
二戦したら勝ち抜きで、これは分かりやすい。
そしてスターズは上杉を休ませていた以上、間違いなく第一線で使ってくる。
ライガースはこれに対して、どう対処するか。
真田か山田を出すエース対決というのが、王道ではあるだろう。
だが勝率を少しでも上げるためには、合理的な判断が必要になる。
ライガースの監督室に集まった首脳陣は、結論を出す。
「第一戦は大原でいこう」
金剛寺の言葉にも、咄嗟に反対意見を言う者はいない。
誰もがその選択を考えていたのだ。
今年の大原はまた調子が良く、12勝4敗の成績を残している。
それに大原を使うということは、リリーフ陣をさほど酷使しなくてもいいということだ。
最終戦に登板した大原であるが、今年の日程的には中六日以上空いている。
上杉とぶつけて勝てるとは思えないが、この第一戦は捨てていく。
第二戦を山田、そして第三戦を真田。
これが金剛寺の考えであり、一番勝率が高くなるという投手運用だと思うのだ。
「いくら上杉でも、連投はしてこれない……はずだ」
島本の言葉に、金剛寺が頷く。だがなぜそこで断言できないのかは、上杉だからである。
「お互いのピッチャーのレベルと打線のレベルを考えると、山田で勝てると思う」
そして重要なのは三戦目だ。
もちろんここまで、一勝一敗になっていなければ、まるで意味のない話になってくるのだが。
三戦目、スターズが中一日で上杉を使ってくるか。
いくらなんでも、先発では使ってこないだろうと思われる。
もし使われても、ある程度は疲労が残っているかもしれない。
クローザーなどのリリーフで使われることは、充分に考えられる。
そこで真田である。
完封も出来るピッチャーである真田は、スターズの打線ならば抑えられるだろう。
いくら上杉が投げても、リードされている状態からでは、ピッチャーの力では逆転出来ないのだ。
もちろん一番ありがたいのは、大介が打って上杉から勝つことなのだが。
上杉以外のところから、勝ち星を得る。
結局普段と変わらない、ライガースの戦略であった。
大原はある意味、期待されている。
イニングを食いまくって、この第一戦に他のピッチャーを使わせないことをだ。
馬力で一人で投げきれば、勝敗はどうでもいい。
第二戦と第三戦を、ダブルエースを使って勝利する。
それだけ上杉が、規格外なピッチャーであるということだが。
リーグ内で上杉からまともに点を取れそうなのは、ライガースくらいである。
それでも今年は六度対戦して全敗し、三点以上を奪った試合がない。
まともに考えれば、やはり上杉以外のところで点を取るしかないのだ。
だが下手にボコボコに負けたらこの短期決戦、一気に勢いがついてしまうことも考えられる。
そのあたりを考えて、粘り強い馬力のある大原を投入するわけだ。
クライマックスシリーズ初戦の先発は、大原を喜ばせた。
もちろんその裏にある意図が、分からないわけではない。
だがこれは負けてもともとの試合である。
ここで逆に勝ってしまったりすれば、ライガースは一気に勝てるだろう。
この先発順を聞かされた時、真田と山田ははっきり自覚した。
自分が勝たなければ、ファイナルステージにはいけないのだと。
上杉以外が投げてくるなら、必ず勝たなければいけない。
スターズも上杉のほかに、期待できるピッチャーがいないわけではないのだ。
だがライガースのエース級と戦った場合、確実に勝てると言えるのは上杉だけだ。
そしてスターズ首脳陣は、さらに無茶なことを考えてもいた。
第一戦は上杉に先発させる。それは間違いない。
だが点差がつけば上杉を下げて、二戦目の抑えや、三戦目のリリーフに使うというものである。
これだけ酷使されていれば、いつかは壊れるぞと言われる上杉である。
だが壊れないところが、まさに上杉である。
両者の思惑は、それぞれお互いにある程度判っているだろう。
そんな中、甲子園で行われるファーストステージ第一戦。
大介などはここで裏をかいて、他のピッチャーに第一戦を任せてそこを意地でも取り、二戦目に上杉を持ってきた、そこで二勝目を取るほうが、勝率は高いのではないかと思ったりもする。
ただ上杉は年々、ほどよい力の抜き方を学びつつある。その抜いた力で投げても、ほぼ完封をしてしまうとうレベルだ。
だがプレイオフになれば話は別だろう。
大介もレギュラーシーズンとプレイオフでは、使うパワーが違っている。
大介がプロ入りしてからこれまで、ライガースはずっとクライマックスシリーズに出場し続けていた。
リーグ優勝四回、日本一三回と、素晴らしい記録である。
だがこれまで、ファーストステージでスターズと対戦したことはない。
二勝した方が勝ち上がる、このファーストステージ。
どちらも頑張って消耗してくれ、と考えているのはレックスであろう。
それは分かっていても、ライガース首脳陣は、余裕のある試合などは出来ない。
上杉によって一勝すれば、もう一度も負けるわけにはいかないからだ。
甲子園に迎えて行われる、ファーストステージの第一戦。
これが今年最後の盛り上がりになるかと、ライガースの応援にも熱気が入る。
スターズのファンもわずかにいるが、基本的にスターズは地元人気が一番多い球団だ。
関東にさえファンがいるライガースに比べると、アウェイでのプレッシャーは大きい。
ただそんな事情とは別に、ライガースの甲子園に来るファンは分かっている。
上杉がここで投げるということは、かなり特別なことなのだと。
一回の表は大原が踏ん張って、スターズにはランナーこそ出されたものの、無失点でのスタートとなった。
そして裏はライガースの攻撃であるのだが、ここであっさりとツーアウトまで取ってくるのが上杉である。
粘るのが得意な毛利が三球でしとめられて、続く大江も内野フライでアウト。
まだバットに当てることが出来ただけ、マシなのかもしれない。
そして三番が大介である。
金剛寺はこの試合、一つ迷った部分があった。
それは大介の打順である。
上杉が相手となると、下手をすれば四打席目は回ってこない。
なので一番か二番に置くべきではないか、と思ったのである。
まともな打順にしても、上杉から得点することは難しい。
ならば大介の一発に賭けたほうがいいのではないか、そう考えてコンピューターでも分析してもらったのだ。
出た結果は、確かに一番か二番の方が、良い結果になるであろうというものだった。
それをしなかったのは、心理的な理由による。
これまで三番しか打ってこなかった大介を、あのWBC壮行試合のように、一番として置くこと。
悪い作戦ではないはずなのだが、金剛寺は最後に決断が出来なかった。
勝負すべきところで、優位なデータがあったにもかかわらず、勝負することが出来なかった。
未熟な金剛寺の、監督としての限界かもしれない。
せめてシーズン中に試していれば、とも思った。
(来年は試してみよう)
そう思う金剛寺は、とりあえず大介の背中を見送るしかなかった。
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