六章 プロ二年目 開幕

第67話 今年もプロ野球が始まりました

 柳本は誰がどう見てもライガースのエースと言える、サウスポーである。

 ひょっとしたらどこかに右腕とか誤記入があるかもしれないが、少なくとも選手名鑑ではそう書かれている。

 そしてライガースの先発の左は、他には高橋だけである。もちろん当落線上にいるピッチャーには、他にもいるのだが。


 高橋は別としても、左の多いチーム用に、左ピッチャーがもう一人ぐらい先発にほしい。

「せやったらまあ、あんまりプレッシャーのかからんところで、真田を先発に回してみよか」

 柳本の完治まで、リハビリ含めてせいぜい三週間ということで、首脳陣はそれほどの危機感は覚えなかった。

 だがこれで真田は、一年目から一軍の先発として投げる機会を得たわけである。

 それでもさすがに、開幕投手までは任されないが。




 今年もまた、ペナントレースが始まる。

 優勝してもセンバツの大会の日程上、甲子園で開幕戦を行えないライガースは泣いていい。

 その分地元開幕では、はっちゃける者も多いだろう。

 去年は14回道頓堀川に飛び込む案件があったので、さすがにフェンスが設置されるそうな。

 ただそれを自分のせいにはしないでくれと、珍しく溜め息をつく大介である。

 原因はこいつだが、別に推奨してないどころか、球団広報を通じて制止を呼びかけているのだが。

 ライガースファンは良くも悪くも救いがたい。


 タイタンズの先発は、これまた当然ながら加納である。

 本当なら上杉の登場の翌年あたりには、MLBに行こうとしていた男だ。

 上杉にあっさりとほとんどの記録を上回られ、一つもタイトルを取れなかったことが、ポスティングへの意志を失わせた。

 上杉被害者の会筆頭とも言えるかもしれないが、去年からは大介被害者の会筆頭でもある。


 鳴り物入りの志龍と、変わらない二番打者の石井をしとめて、今年も早くもこいつとの対決である。

 白石大介。

 タイタンズのホームでありながら、スタンドの一角からはダースベイダーのテーマが流れてくる。

 そして「だいすけ~!」の大声援。

 別に大介は、選手登録を「ダイスケ」になどしてはいない。鈴木さんや佐藤さんほどにありふれた姓ではないので。

 だが甲子園ではもう、応援は大介と呼ぶし、これが日本標準になりそうである。

『打てよ大介』などという、誰が作ったのかも知れない歌が、なんだか普通に歌われていたりもするのだ。……メロディは「飛べ! ガンダム」の流用のようだが。

(イリヤに依頼したらどれぐらいかかるのかな)

 質にもよるが二億は見ておくべきだろう。


 のんびりとした気分で打席に入った大介は、余裕たっぷりにくるくるとバットを回す。

 明確な威嚇であるが、加納はこれで怒るほどの未熟者ではない。

 キャッチャーとのサイン交換は手早く済ませ、まず初球。

 去年はあまり使わなかった縦スラが、ちゃんとゾーンに投げ込まれた。

 初球からストライクを取ってくるとは思わなかったので、ちょっと意外な大介である。


 大介は、直球に強い。

 変化球に弱いわけではなく、あくまでも相対的な話であり、上杉の170kmレベルでさえもホームランにしたことを考えれば、それ以下のストレートで勝負するのは自殺行為だと言えよう。

 加納はだいたいどんな球種も投げられる器用な人間であるが、それでもストレートを捨てるという選択には苛立ちを覚えた。

 ピッチャーであれば誰だって、彼の気持ちは分かるだろう。某大学の魔球投手以外は。

 加納も変化球は多彩に使えるが、これまではそれほどの必要も感じず、150km台後半のストレートを普通に決め球にしてきた。

 しかしゾーン内にストレートを投げれば、50%以上の確率でジャストミートされるという統計があれば、ストレートはよほど外して投げるしかない。


 二球目の大きなスライダーは、スラーブと言ってもいいほどに弧を描く。

 なんか打てそうだなと思った大介は、斜めに入ってきたボールを、たっぷりと引き付けてからジャストミートする。

 理想の軌道とは違う、普段よりはやや滞空時間の長いフライ。

 だがそれは途中で失速することはなく、バックスクリーンまでそのまま伸びていった。


 まずは一点。

 そしてこれは偶然だが、他の球場ではまだホームランは出ていなかった。

 今年のペナントレースも、大介のホームランから始まる。

 これは一つの象徴的な出来事であったのかもしれない。




 山田鉄人は育成の星である。

 無名大学から育成ドラフトでプロ入り。その年には支配下登録。

 そして二年目に14勝して大ブレイクし、去年も登板数は少ないながらも同じ14勝。

 勝率はむしろ上がり、チームの日本一には大きな貢献を果たした。


 そしてエース柳本が短期間離脱したとは言え、ついに開幕投手。

 なんだかプロ入りして以来、最初の一年を除いては、順調すぎて怖いぐらいだ。

 ただ個人的な感覚を言うのなら、地元開幕の第一戦に投げたかった。

 しかし敵地のドームでも、ライガースに対する声援は大きい。


 下手なピッチングは出来ない。

 正直に言えば少しはプレッシャーを感じるが、それでも先制点が入ったことは、気分を楽にしてくれる。

 丁寧に。だが丁寧すぐることはないように。


 今年のタイタンズは去年以上に大型補強を行い、育成枠も大きく使っていった。

 育成が戦力になるのはさすがにまだ先であろうが、FAでピッチャーとバッターを補充し、さらに蠱毒のような競争がチーム内で行われている。

 チーム内での競争というのは、ある程度まではあった方が健全であるのだが、やりすぎると空気がギスギスしたものになる。

 加えてタイタンズはコーチ陣の入れ替えも行ったのだが、新人が自分に合っていると思うコーチを外される苦労などは、分かっているのだろうか。

 比較的、という言葉はつくが、セの球団はパに比べると、そのあたりが弱いように感じる。


 そのタイタンズの打線は、確かに強化されている。

 先頭打者にじっくりとボールを見られて、二番からは積極的に振ってくる。

 だが山田も、大舞台にはさすがに慣れてきた。

 不甲斐ないピッチングをすると、味方であっても野次を飛ばす甲子園に比べれば、相手のホームで投げる方が楽かもしれない。




 昨年のような大介の大爆発はなく、加納は二打席目からは、慎重に攻めていっている。

 変化球を使いながらも、そこをさらに外角のゾーンぎりぎりを狙う。

 鋭いスライダーで、胸元をえぐるような球も投げてくる。

 だがどれだけ内角を意識させても、外角に素直な変化球を投げると、簡単にヒットは打ってくる。


 投げられる球がない。

 去年のこいつは、ここまで手の付けられない存在だったろうか。


 実は大介には、統計で面白いデータがある。

 防御率や奪三振率の高いピッチャーと対決した時の方が、打率や打点が多くなるのだ。

 シーズン中の上杉との対決を思えば、それも納得されるだろう。

 プレイオフでは大介をおおよそ抑えた上杉であるが、シーズン中にはむしろ他のピッチャーよりも打たれていたのだ。

 つまり大介は、エースキラーである。

 だからこそエース級をそろえたジャガースとの日本シリーズでは、打ちまくったとも言えるが。


 相手が強ければ強いほど、自分もそれ以上の力を引き出して対抗する。

 なんとも主人公体質の男であるが、対戦するほうは不幸である。




 打線の援護にも助けられ、山田は七回までを110球で一失点の好投であった。

「山田、せっかく開幕やから、完投いってみるか」

「はい」

 山田としても今日の調子なら、完投してイニング数を稼いでおきたい。

 開幕戦からそんなに飛ばしていいのかとも言われるかもしれないが、開幕戦を完投で勝つというのは、大きな成功体験だ。

 スコアは4-1であるし、下手にリリーフでつないでいったら、逆転負けをする可能性もあるだけ、今年のタイタンズ打線はオープン戦でもいい成績を残していた。

 ただ今日は大介が守備でも活躍し、併殺を二度も決めていたりして、完全に流れはライガースだ。


 首脳陣としては下手な大量点差よりも、むしろ緊張感が切れずにいい試合だ。

 山田は完全に二枚看板として堂々と、しかし傲慢にはならずに投げている

 タイタンズが加納を六回で降ろしたのに対し、こいらは最後まで完投するペースだ。


 山田がソロホームランを打たれて、大介の四打席目。

 三打席目は完全に敬遠されたが、一塁にランナーがいる状態で、この打席である。

 点差が二点となっているので、残り二イニングとは言え逆転の可能性はある。

 山田にしても注意して投げているので、体力よりも精神的な消耗はあるはずなのだ。


 勝負を逃げるか、それとも戦うか。

 三打席目の敬遠時の、ライガースファンの野次と味方の溜め息は、ベンチの中でもはっきり分かった。

 ここでなんとか打ち取って、せめて空気を変えたいのだが。

 そう思ったベンチからの指示は、中途半端なものになる。

 歩かせることを覚悟で勝負などと言われても、ピッチャーが気合が入るわけもない。


 わずかに甘く入ったところを、あと少しでホームランのフェンス直撃ツーベース。

 結局この回、二点の追加点を奪われることになる。




 今年の開幕戦も、ライガースが勝つ。

 去年ほどの派手さはないが、それでも大介がホームランを打った。

 追いつくかと思われたところで、やはり大介が打った。

 大介が打てば、チームは勝てる。


 136球完投で、山田は勝利。

 7-2と危なげのないスコアで、まずはお立ち台である。

 相手球場ではあるが、完投勝利の山田と、シーズン初ホームランの大介も呼ばれる。

 ヒーローインタビューにも、おおよそ慣れてきた二人である。


「点は取られても、味方がそれ以上に取ってくれる確信がありました。ホームランを打たれた後も、そう思ってしっかりと投げることが出来ました」

「開幕戦は、あくまでも最初の一戦でしかないと思います。ここで調子が良かったからといって、変に油断はしないようにしたいです」


 二人ともおおよそ、調子に乗った発言などはしない。

 特に山田は、自分がここにプロ野球選手としていられるのは、大変な幸運があったからだと感じている。

 そして勝利は、打線陣の援護のおかげだ。


 大介としても、去年の開幕戦のような、二本塁打の五打点というとんでもない試合ではなかった。

 だが確実にヒットを打って、今季一号ホームランと、二打点を記録した。

 山田も何気に、今季初完投投手である。

 他の球場の開幕戦は、初戦はまだピッチャーを短いイニングで投げさせたらしい。


 大介以外の打者で、しっかりと点が取れている。

 オープン戦の成績も後半は良かったが、あくまでオープン戦はオープン戦。ペナントレースが始まってから、突然調子が悪くなるということはある。

 だが、今日の試合はバランスが良かった。

 年のライガースも強いと、誰もが思った開幕戦である。




 今年もどうやら、ライガースはタイタンズ相手には相性がいいらしい。

 去年も二勝一敗で勝ち越した開幕三連戦であるが、今年は三タテを食らわせた。

 先発ローテの一角である荒川が、次のカードの第一戦に回されたというのも大きいだろう。

 だがタイタンズはとにかく、今年もライガースには苦手意識を持っているらしい。


 二戦目は去年途中、中継ぎから先発に復帰した琴山。

 六回を投げて二失点。そこからリリーフ陣は合計で一点を取られたが、結局は4-3で逃げ切り勝ち。

 三戦目は助っ人外国人のロバートソン。

 七回までを投げて一失点で、そこからリリーフ陣は無失点。5-1で勝利。

 チームとしては上々であり、助っ人外国人のキャラもおおよそ見えてきた。


 唯一弱点と言えそうなのは、五番グラントが内角のストライクをヒットに出来ていないところか。

 本人もそれを気にして、とりあえず三振にはならないように、追い込まれてからもカットにしているが。

 外角にはストレートも変化球も、本当に強い。

「いっそ、危ない球の時に乱闘でもさせたら、内角攻め少のうなるんちゃうか?」

「監督、今どき乱闘なんかやらせても、昭和やないんやから」

 危険球で退場ということがあるので、昔よりはデッドボールは減っているのだし、乱闘などはまずありえない。

 まだ平成でもそれなりにあったのだが、令和となってからはその手前までしかない。


 ただ、外国人に対しては別である。

 特にメジャーはソーンが外に取ってあるだけに、内角に対応するのが難しいというのは確かなのだ。

 昔はキレやすい外国人が、プロレスノリで乱闘を起こしていたものだ。

 少し懐かしさを感じる島野である。

 肝心のグラントの方は、大介などにいわせれば、一歩引いて構えればいいだけじゃね、となるのだが。


 そんな大介は、とりあえず序盤は、いかれた性能を示していた。

 三試合全てに、一本ずつのホームランを打っている。

 四打席も歩かされて、そのくせ六打点を叩き出している。そしてホームを踏んだ回数も六回に及ぶ。

 ホームランの重複は除いても、チーム総得点15点のうちの九点を一人で稼いだこととなる。

 まだ三連戦の一つが終わっただけとは言え、これは異常なことであるが……去年の日本シリーズの勢いがそのままあると考えれば、別におかしなことではない。


「今年も優勝やで~!」

 ファンの声援はありがたいが、さすがに気が早すぎる。

 ただ大介のタイトルの可能性は、確かに高いのではないかと思われる。


 次の三連戦は、去年シーズン三位で、Aクラス入りを果たした広島。

 当然まだ甲子園球場は使えず、広島市民球場で行われる。

 広島は二年連続Aクラス入りを果たし、主力がFAで流出しても、それなりにシーズンを戦った。

 だがオフシーズンには目立った補強を行わず、育成してきた生え抜き選手で戦うらしい。

 もっとも最初の三連戦は、一勝二敗で負け越しているが。


 去年の広島との対戦成績は、15勝10敗でそれなりに勝ち越している。

 今年も油断をしなければ、それほど一方的な展開にはならないはずだ。

 長いシーズンを思えば、序盤は様子見程度でいいのだ。

 去年の、大介の影響で突っ走ってしまった方が以上なので。

「ワシらの戦いはこれからや」

 その通りである。

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