第66話 助っ人が使えそうすぎて怖い
フリーバッティングではポンポンと柵越えを連発する大介であるが、実際の試合となるといまいち数字が出ない。
ルーキーだった去年、オープン戦の打率はおおよそ前半が終わった時点で0.25程度であった。
それでもジャストミートした打球は長打になり、一年目から使えるかもと思わせたものだ。
実際のところは、使えるどころではない結果を残したわけだが。
そして今年も、紅白戦や大学生相手では、あまり気合が入らないらしい。
むしろ大学との試合では、くるんくるんと見事に空振りをして、それからボテボテの内野ゴロなどを打っていたりした。
だがそれを見ても、不安になるライガース首脳陣ではない。
結局のところ大介は、去年も短いスランプはあったものの、自分で立て直してきたのだ。
単純にスペックだけではなく、自分のメンタルのコントロールも含めて、大介は怪物レベルの才能なのだ。
それよりも重要なのは、キャンプインが遅れた新外国人である。
ピッチャーを考えれば、今の先発ローテーションは、エースが二人、準エースが二人、ベテランのロマン枠が一人となっている。
六人で回すとしたら、この助っ人外国人にまずは期待したい。
だがレイトナーを含めると五人になる外国人は、先発で使うときは、自然と他の誰かは外すこととなる。
その誰を外すかを決めるのに、このキャンプで判断しなければいけない。
フリーバッティングではポンポンと打っていた、五番候補の黒人打者グラントは、実際のピッチャーに内角を攻められると、やはり戸惑うらしい。
単純に半歩下がればいいのであるが、長年体に染み付いた感覚をそう簡単に上書きすることは出来ない。
今年27歳の彼は、これまでに三シーズンメジャーに上がっている。
だがスーパーサブ的な使われ方をすることが多く、あとはベンチの采配とウマが合わないことが多く、毎年所属チームを変えていた。
年俸は日本円で6000万円であるが、上手く活躍できたらまたメジャーに行くための実績になるし、なんだったら年俸を上げてもう少しいてもらってもいいぐらいの活躍をしてほしい。
少なくとも3Aにおいての実績は確かで、ロイよりも経験は豊富だ。
だがそれは、メジャーに定着できないということも示している。
先発の一角を期待されるロバートソンは、24歳でMLBで一シーズンのほとんどをすごしたことがある。
だが故障があった。
故障前はローテーションを任されることも多かったロバートソンは、復帰後には球速が元に戻らず、MLB基準のスピードが不足しているのだ。
それでもリリーフとしての役割ならば潜り込めたのかもしれないが、年齢的に年俸が低く抑えられ、リリーフに回されるのは嫌った。
年俸は一億円で、はっきり言ってMLBではやや物足りない球速が、日本ではどこまで通用するかが課題である。
「言うても150kmは軽く出てるんやろ?」
「そんでスラッターもいいですから、決め球もありますしね」
これにやや球速を落として沈むフォークがあるので、スペック的にはおいしい。
クローザー候補のオークレイは、40歳の超ベテランである。
完全に肩のスタミナがなくなってしまって、球速の方も落ちてきたロートルとも言える。
だが三振の取れるスプリットと、狙ったところに投げられるコマンドの能力は高く、おそらく日本に一年であれば通用するかと思われている。
こちらの年俸は8000万円で、なんでも投資に失敗した借金をどうにかするため、もう二年ほどは頑張りたいらしい。
まあ去年は41歳の足立がクローザーをしていたのだから、年齢だけを問題にするわけではない。
そして期待の黄志龍。28歳。
ある程度の長打力はあり、アベレージバッターであり、センターを守れるという期待の選手。
スカウトの見る目があれば、MLBに行っていてもおかしくはない。
はっきりセイバーが、一番期待できると言った選手である。
実は年俸はこれもお得感のある一億であるが、台湾時代よりは稼いでいる。
そんな志龍はバットを腕と連動させて、しなやかに鞭のように使う。
大介もイメージとしては体全体を使うのだが、どうしてもあの打球のインパクトを見ると、まるで斧でボールを切断するように感じられるのだ。
(こいつ、センスあるなあ)
少し休みつつ志龍を見ていた大介は、上から目線でそんなことを思う。
確かに西片タイプであり、そしてアレクタイプである。
守備のほうも見ていたが、そちらはまだ体が動ききっていない。
台湾に比べると沖縄でさえも、まだ気温は低いのだ。
あとは単純に、慣れていないということだろう。
首脳陣としてはグラントの内角以外は、どの外国人も使えそうなので驚いている。
どんな目利きの推薦であろうと、半分は使えないと考えるべきなのが外国人だ。
こんな選手をピックアップして、適切に紹介してくれるセイバーは、いったいなんであるのか。
実はセイバーとしても、最後の選手の見極めには、他の人間を頼っているのだが。
そう、日米の選手の代理人として活躍する、ドン野中の眼力である。
さすがにこんなことに、同盟関係にあるとは言え、レックスの鉄也を頼るわけにはいかない。
そんな訳でライガースは、開幕までにはそこそこ整った陣容が組めそうであった。
ただ問題は当然、外国人枠となってくる。
ロバートソンが先発ローテなので、彼が投げる試合は誰かが外れることになる。
するとやはりリリーフから一枚レイトナーを抜くかということになるのだが、ロバートソンの活躍がシーズンからどうなるかは分からない。
ただ一番手配のしにくいと思っていた、一番センターが決まったのはありがたい。
だが志龍は、一番バッターにしては長打力がある。
足はやや西片の方が速く、走塁のセンスもあったと思うが、長打力では上回っている。
「シーズン中、ちょっと大介の四番試してみたいなあ」
旧来の四番打者最強思想の持ち主である島野は、そんなことを言ってしまう。
もしもお約束のように、また今年も金剛寺が怪我をしたら。
その時には黒田なり大江なりを三番に入れて、大介を四番に使ってみたらどうだろうか。
「せやけど大介はもう、三番でしょ。究極の三番」
「なんちゅうか、俺らの子供の頃と比べると、三番打者最強もよく言われるようになってきたなあ」
島野たちの年代からすると子供の頃は、守備の花形はサードであり、主砲は四番であったものだ。
そしてライトは一番球がいかない、楽な外野であった。あくまで子供時代の話であるが。
大介の四番は否定された。
バッティングコーチとしても、あえてそんな危険は犯してほしくない。
それにたった一つとはいえ、打順が後ろに下がってしまえば、それだけ回ってくる打席は少なくなる。
あまりにも長打力があるため、四球で逃げられて打数が減る大介は、打線陣によっては一番を打たせても面白いくらいなのである。
初球先頭打者ホームランの日本記録を作ってくれそうな気がする。足もあるので、単純にホームランだけを期待するなら、前の塁が埋まってないことの多い一番の方が、相手のピッチャーも勝負してくれそうだ。
まあそんなロマンの話は別として、外国人の使い方である。
野手は当然使わなければいけないので、ピッチャーの運用をどうするかだ。
常識的に考えれば、ロバートソンが先発の時は、レイトナーを外すことになるだろう。
これでシーズン中に、ピッチャーの誰かの調子が悪くなるか、野手が怪我でもしたならば、通常の四人をフルで使える。
別にこの五人だけでなく、支配下契約の中にもまだ、外国人はいるのだ。
「ピッチャー言うたら、大卒のあれはどうしたんや? まあうちの順番まで、いいのはかなり取られてたけど」
プロ野球のドラフトは、一巡目指名こそ全球団が指名してくじ引きをするという形であるが、二巡目以降は基本的にウェーバー制である。
単純に言うと、去年の成績の悪かったチームから指名が出来るのだ。そしてここで競合はない。
去年優勝したライガースは、二巡目には一位や外れ一位で取られて、さらにそこから取られた残りから、二巡目を指名するわけである。
二巡目で指名したのはピッチャーである。
一巡目に高卒の真田を競合覚悟で指名し、またも引き当てたGMの強運には戦慄するが、まず即戦力であれば大卒の方が気になる。
そもそも現場としては、西片がFAで出る可能性はあったので、先頭打者を打てるリードオフマンを期待していたのだが。
まあ左のピッチャーがほしいというのも、それはそれで分かる。真田もまた、甲子園のスターであった。
だが、島野の問いには期待していたものとは違う答えが返ってきた。
「なんか真田が良さそうやから、こっちに合流させたいとか言ってきましたけど」
「高卒やろ? あの体格やし、今年はじっくり育てて、来年からでええやろ」
島野としては自分の任期はあと二年なので、来年に頑張ると正月ぐらいまでは思っていたのだが。
外国人で戦力の穴が埋められてしまったので、今年も頑張るしかない。つらたん。
「甲子園終わってからも、ワールドカップに国体とあったから、疲れてるとは思ったんやけど、調整してきおったんか。まあなんちゅうか、油断ならん雰囲気はあったけど」
大阪光陰で一年の夏から、エース級の活躍をしていたのだ。
決勝まで三回進み、準決勝まで二回進んだ。常識的に考えなくても、とんでもないピッチャーである。
ほぼ同世代に、それ以上の化け物がいたのが不幸である。
ピッチャーがほしいというのは分からないではないのだが、なぜ編制が拘ったのかは、島野も聞いてみたことがある。
「白石君が甲子園で場外ホームランを打ったのは有名ですが、打たれたピッチャーは誰か知っていますか?」
「大阪光陰戦やから、真田か?」
「知ってましたか。けれどその印象ばかりが強くなって、むしろ彼は白石君をよく抑えていたピッチャーだということは忘れられているようですね」
そうなのである。
白富東と大阪光陰の対戦は、どれもがドラマチックなものである。
大介と真田は準決勝で一度、決勝で一度対戦しているが、どちらも延長戦に突入し、片方は再試合にまでなっている。
つまり大介がいたにもかかわらず、そこまで白富東は点を取れなかったということなのだ。
直史がパーフェクトなどという派手すぎることをしたために、真田の実績が隠れてしまっている。
また最後の年のセンバツで、小さな故障をして決勝で投げられなかったことも、真田の実績を低いものにしてしまっている。
「つまり編成として考えていたのは、当然真田君の実力も評価はしていましたが、白石君を抑えていた真田君を、他の球団に取られたくなかったということもあるんですよ」
この説明で島野は納得したものである。
それに大介も言っていた。
真田とはプロで勝負したかったと。
「まあ開幕のローテはちゃんと埋まってるけど、それまでに全員が仕上がるとも限らんし、リリーフ程度では使ってもいいかな」
かくして開幕までに、真田が合流することになるのである。
ライガースの投手事情は、去年よりも良化している。
藤田と椎名のベテランは引退したが、二人ともこの数年はせいぜいが五勝までという内容であったのだ。
今年は柳本、山田、琴山、山倉が計算出来る先発として考えられていて、ロマン枠で高橋がいる。
あと六勝して名球界というのは、フロントから現場に投げられたミッションの一つである。
リリーフで期待できるのは、勝ちパターンの時はレイトナーと青山である。
先発で使ってみたい若手もリリーフで使うことが多く、かなり安定している。
青山をクローザーにすると一気にこれが弱くなってしまうのだが、幸いにも助っ人外国人の手配が出来た。
「真田は、もし使うなら、勝ちパターンの時のリリーフで使いたいなあ」
「確かに、左ですしね」
一イニングを投げるとき、バッターに左が多ければ、真田を優先して使っていくのも悪くはない。
高橋以外のピッチャーは、かなり早く仕上がってきている。
そして高橋も、開幕までにはちゃんと仕上げてくるので、そこは心配していない。
なんと言っても今年で42歳になる、タイトルをいくつも取っている選手なのだ。
全盛期の輝きなどは残っていないが、投球術と打者心理を読み取って、大きく崩れる試合は少ない。
ただ投げられるのは、せいぜい五回か長くても六回。
六回まで来れたら勝ちパターンのリリーフを出せるのだが、五回だとあまり安定しないリリーフ陣の出番となる。
それになんだかんだ言ってレイトナーも、リリーフの選手のくせに、防御率は3近くはあるので、確実なリリーフとは言えない。
だが先発として復活した琴山を、またリリーフに戻すという選択肢もないだろう。
真田がセットアッパーとして機能するなら、それは本当にありがたいことなのだ。
(中継ぎで20登板とか30登板もさせたら、ある程度プロにも慣れてくるやろうしな)
もしそれで結果を出してくるなら、そこから本格的に使えばいい話である。
オープン戦も後半が過ぎていく。
大介はやはり調子を上げてきて、オープン戦の通算打率を三割に乗せてくる。
そして一イニングか二イニングほどを任された真田は、あっさりと無失点に抑えた。
「やっぱ左打者には死ぬほど強いな、お前」
「あんたみたいな例外もいますけどね」
そしてこの頃になると、真田と大介の会話も気安いものになってくる。
真田視点から見れば、大介は直史と共に、大阪光陰の栄光の連覇を途切れさせた、憎い敵である。
だが二人が卒業した後も、結局白富東には負けているのだ。
いまだに思うところはないでもないが、味方として見るならこれ以上に頼りになるバッターはいない。
プロ野球と言うのは、こういうことがあるのだから面白いのだろう。
弟の方の佐藤は、絶対にいつか投げ合って叩きのめしたいと思っているが。
そんな感じで順調に、オープン戦は消化されていく。
去年の優勝チームであるのに、センバツのために甲子園での開幕戦を行えないのだが、また最初がタイタンズ相手にドームでの試合と決まっているのがなんと言うべきか。
あちらはエース加納が普通に仕上げてきているので、また開幕はガチンコ対決になるか。
去年の加納は13勝10敗という成績で、ちゃんと貯金を作ってはいたのだが、それまで普通に10個ぐらいは貯金を積み上げてくれる選手だったのだ。
やはり開幕戦でボコボコに打たれて、前半の終わりまで調子が上がらなかったことが大きい。
それでもローテを外さず、白星先行で終わらせたのは、さすがに大エースと言うべきだろうか。
ただ去年の成績で、年俸はともかく株を下げたのは確かで、ポスティングでMLB挑戦をするのではという話は流れた。
大介を、ライガースを恨みに思っているかもしれない。
去年のライガースはタイタンズ相手には、22勝4敗と、完全にカモにしていた。
タイタンズ嫌いの柳本が、練習試合で打球処理の時にマウンドから降り、そこでつまづいて肉離れを起こしてしまったことは、開幕一週間前のことであった。
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