第134話 スランプ

 スランプというのはこういうものなのか。

 ほげ~としている大介は、練習ではいくらでも打てるのだ。

 マシンの球も、バッピの球も。

 一軍のピッチャーに試しに投げてもらっても、ごく普通に打てる。

 それでも試合では打てないのだから、これこそまさに精神的なスランプである。


 一方それを聞いて、どこがスランプなんだ? と思う者もいる。

 そのスランプに入った期間のみに絞ってさえ、打率は三割を維持している。

 ホームランは出ていないが、しっかりと打点は積み重ねている。

 確かに本来のスペックを考えると、スランプと言えるのだろう。

 特に今年はスタートダッシュで打率が五割になっていたりしたので、それと比べるとひどい成績に見えるのだ。


 八試合連続でホームランが出ない。

 そんなの普通の選手なら当たり前のことなのだが、大介はこの二年で、やはり八試合までしか、無本塁打記録はないのである。もちろん怪我の離脱は除くが。

 それが九試合連続になった時、大介は島野に呼ばれた。

「大介、お前次から打順、一番にするからな」

「え? 二軍落ちじゃないんすか?」

「三割バッターを落とせるわけないやろが!」

 大介が明らかに不調だと感じているこの九試合。

 28打数の五安打と、確かにひどい数字ではあるのだが、今季通算だと0.381という打率ではまだまだ一位なのだ。

 そもそも打点とホームランも、まだ一位なのだが。

 ただこのままだと、それも間もなく陥落するだろう。


 とまあこの最近の数字を考えても、出塁率は高い大介である。

 盗塁の数は積み重ねている以上、一番バッターで打線の起爆剤となれれば、それは立派なお仕事である。大介は出塁率と共に足があるため、一番の条件は満たしている。

 一番に入るからには、一番バッターが他にずれるわけである。

 ただこの時期はそろそろ、金剛寺に無理が出てくる時期なのである。


 腰痛により、二週間の離脱。

 そして大介は一番へ移動。

 この間のクリーンナップをどうするかは、首脳陣の悩みの種である。

 だが同時にスタメンになっていない者にとっては、ポジションを奪うチャンスである。


 ちなみに大介の代わりの三番打者には、大江が入った。

 大江と黒田は打力もほぼ同じ程度で、ポジションは大江が外野、黒田がサードである。

 元はサードは金剛寺であったのだが、守備負担を微妙ながらも減少させるため、金剛寺はファーストへコンバートされたというわけだ。

 そしてそのファーストに入ることになったのが、真田の同期で東都大学リーグでも首位打者を取ったことのある山本である。

 打率は高く、ある程度長打も打てる。

 ただ大卒即戦力という触れ込みからすると、まだまだ微妙なところである。

 ポジションがファースト以外はあまり出来ないので、金剛地が戻ってきたら、また代打に戻ってしまう可能性が高い。


 山本に限らずライガースのフロントは、おそらく金剛寺の後継者となるスラッガーを求めているのだ。

 打率を残した上で、シーズンで離脱する期間もそこそこあるのに、20本ほどはホームランを打てる。

 なかなかこのスペックに達する選手はいない。

 つまり今は、三番大江、四番グラント、五番山本、六番黒田、七番毛利という打順になっている。

 意外と、というべきではないのかもしれないが、どのバッターも二桁のホームランが狙えて、三割以上か三割近く、もしくはその代わりに長打力がもっと高かったりする。


 こんなわけでライガースは案外打撃力は低下せず、大介はホームランまでは狙わなくてもいい状況となった。

 大介もとりあえずヒット狙いでいいと言われれば、そちらの方に専念出来る。

 ホームランが打てないのはファンにとっては寂しいかもしれないが、ホームランを狙わなくてもいいようになると、ヒットの数が増えてくる。


 少しずつ状態は良くなっているな、とは感じる。

 一度四割を切った打率は、なかなかそこから上がってはいかない。

 だがとりあえず連続試合安打記録などは、そのまま続いていっている。

 最後のきっかけとなったのは、神奈川との対戦であろうか。

 上杉と真田の投げ合いの中で、上杉から打った単打一本。

 試合自体には負けてしまったが、これで最後のピースがはまったような気がした。

 真田がまた、二点取られただけで負け投手になって、嘆いていたのは可哀想であったが。


 同じ神奈川との三連戦の、第三戦。

(いや確かに、最近はホームランよりもまず出塁だけどさ)

 妙に球威で押してくる相手には、バットを合わせてミートする。

(こんな甘い球投げてたら打たれるでしょ)

 16試合ぶりのホームランは、一試合に二本も打ってしまった。

 今季18号と19号。

 ホームランダービーのトップグループを、いまだに形成している。




 短い夢であった。

 スランプを割とあっさりと抜け出した大介は、一試合に二本のホームランを打って、打撃の鬼への戻ってしまった。

 時に交流戦直前の出来事である。

 復活するなら交流戦が終わってから復活しろよと、嘆いたパのチームは多いであろう。

 スランプは突然やって来て、突然去るものなのである。


 それにしても、スランプに陥った原因はなんだったのか。

 脱出出来た理由の一つとしては、やはり打順変更があったのであろう。

 ホームランではなく、ヒットですらなく、出塁を求められる一番。

 大介も調子に乗って盗塁をしかけまくり、いつもよりも低い成功率になったりもした。


 実のところ、一つ心当たりはある。

 スランプに陥ったのは、アウェイでのタイタンズ戦からだ。

 当然ながら東京での試合であり、大介は外泊状態になっていた。

 そこで……やりすぎた可能性がある。

 まあ猿のように貪っていては、普段は使わない筋肉も使うというものである。

 そんな微妙な筋肉の使い方で、体の調子が悪くなったのかもしれない。


 白石大介のスランプの原因。

 それは誰にも言えないが「セックスのしすぎ」である。

 それならばホームゲームが多くなってから、復調したこととの因果関係もある。

 ひどい話であるが、シーズン中の選手はあまり、他の運動に体の筋肉を使わない方がいいのかもしれない。




 そしていよいよ交流戦である。

 最初の対戦は千葉であり、スタジアムも向こうである。

 すると当然、DH制を使わされるのである。

 守備にもまだ不安が残る金剛寺であるが、DHならばと多少の無理をしてでも試合には出てくる。

 チームのためというのもあるが、己のためというのもある。

 遅咲きの選手だったとはいえ、もう40歳を超えた金剛寺。

 2000本安打も見えてくるのだ。


 去年の千葉との試合は、甲子園で行った。

 だから大介としては、マリスタは久しぶりなのである。

(懐かしいなあ……)

 一年の夏、最後の最後まで手をかけながら、わずかに届かなかった甲子園。

 大介の高校野球の記録は、甲子園よりもむしろこちらに残っている。

 甲子園の記憶は、どんどんと上書きされていくからだ。


 三連戦の初戦、ライガースは一軍復帰以来、三連勝の山田である。

 それに対して千葉は、プロ二年目の梶原である。

 早稲谷大学出身で、ドラフトは二位指名。

 去年はローテに半分入るような感じで、五勝を上げていた。

 今年はほぼローテピッチャーとして、既に三勝を上げている。


 直史が一年生だった時の、早稲谷のエースピッチャー。

 本当なら一位指名されてもおかしくはないピッチャーだったのに、同じチームに直史がいることが、嫌な比較の対象となったか。

 そしてその見方は、おおよそ当たっている。


 パ・リーグのピッチャーであっても、大介がスランプだったことは知っている。

 ただそれでも今季の通算打率は四割に近いし、打者三冠ではトップを走っている。

 去年ほど圧倒的な数字ではないが、それは離脱期間があるからだ。

 それでもここまで圧倒的な数字を残している。


 スランプから立ち直ったのか、調べておく必要がある。

 そんな指示を伝えられて、梶原はランナーのいない一回から勝負をしにきた。

 スランプというのは、そう簡単に抜け出せないからスランプなのだ。

 そんなことを思っていたが、それはあまりにも甘すぎる。

 本日から三番打者に戻った大介の成績。

 四打数の二安打で一ホームランの打点二である。




 第二戦は大原の先発となった。

 大原はここまで七先発で、三勝二敗である。

 勝った試合も負けた試合も、星がついた試合は全て完投していた。

 二年間を二軍できっちりと鍛えたというのもあるが、生来の馬力が違う。

 スタミナを活かして、長いイニングを投げているのだ。


 ここでも同期の援護をすべく、大介は一打点。

 大原は四勝目がついて、ここで五月が終わった。

 千葉との試合があと一つ残っているので中途半端ではあるが、それでもここで一区切りではある。


 五月の通算成績が出た。

 チームとしては大介がスランプだったにもかかわらず、17勝8敗という成績を残した。

 そして大介としても、打率は0.33 出塁率0.427 OPS1.132となっている。

 大介としてはまだしも、人間らしい数値と言えるかもしれない。


 しかし四月には故障、五月にはスランプと、今年の大介は流れが悪い。

 流れが悪いと言っても、開幕から二ヶ月でホームランを20本打っている。

 試合数はちょうど50試合を消化していて、その中で20本なのだ。

 離脱とスランプのことを考えれば、これからまた数字は上がっていく可能性がある。

 四月と五月の通算成績でも、打率0.387 出塁率0.506 OPS1.404と化け物なのである。


 ホームランも打点も打率も、とにかくシーズンの序盤が良すぎた。

 開幕から10試合で8本のホームランを打っていたのだから、そこが凄すぎたのである。

 故障明けも12試合で9本と、今年の大介は固め打ちが多い。

 これだけの成績を残していながら、月間MVPは取れなかったが、さすがにかなり基準を考えないと、大介ばかりが選ばれることになってしまう。

 



 見れば見るほどいかれた数字だ。

 シーズン序盤の欠場と、スランプを終えた後でも、打率、打点、ホームランの三冠王を取っている。

 打点とホームランは二位以下とあまり差が出ていないが、これは離脱とスランプを含めた数字なのだ。

 絶好調の状態が続けば、確実に三冠王は視野に入る。


 そんな化け物に声をかけられる織田である。

「ちーす。鬼塚の調子どうなんすかね?」

「ああ、そういや見舞いに行ったんだったな」

 鬼塚は四月の最終戦、ファールグラウンドへの外野フライをキャッチしフェンスに激突。

 そして右の鎖骨を折って、かなりの戦線離脱となったのだった。

 大介のみならず色々と知り合いが見舞いには行ったのだが、入院自体は一週間もしていない。


 今年は開幕から一軍で、スタメンで出場することも多かったので、残念なことである。

 ただ全治二ヶ月のはずの怪我も、一ヶ月もしないうちに治して二軍の試合には出ている。

 大介ほどではないが、治癒力は高い。

「怪我だけはしない方がいいのになあ」

「つってもお前のとこにも、怪我抱えながら試合に出てる人いるだろ」

「そりゃあそうなんですけど、ベテランで居場所を確保してから怪我するのと、まだ居場所もないうちに怪我するのでは、意味が違うでしょうに」

 金剛寺は毎年、欠場している期間がある。

 それでも戻ってくれば、四番が金剛寺の定位置なのだ。


 大介も織田も、自分のポジションは確保してある。

 だが鬼塚は必死にならないと、そのポジションを競う位置にも立てないのだ。

「チームとしては別にいいんだよな。あそこまで頑張ってると、周りにいい影響があるし」 

 天才肌の人間には出来ない、必死に見える努力。

 それがチームの尻に火をつけているのは確かだ。

 去年はクライマックスシリーズに久しぶりに出られたので、チーム内の競争が加速すれば、よりチームは強くなっていく。

 競争相手の足を引っ張るような選手がいる場合もあるが、それが上手く排除出来ているのが、今の千葉の状況だ。


 強いわけではないが、極端に弱いわけでもない。

 千葉は勝つために、強くなるために、チーム全体が胎動を繰り返している。

「これで助っ人外国人の確保が、もうちょっと上手くいけばなあ」

 千葉はここのところ、契約した外国人は、多くがハズレである。

 なんだかんだ言いながら、それなりに機能しているライガースとは違うのだ。


 プロ野球の世界に飛び込んだ、大介の知る人間たちは、今のところはまだ誰も脱落していない。

 一度しか会っていない人間や、そもそもプロの世界でプロとして知り合った中では、それなりに脱落したものもいる。

 具体的には育成契約で入って、三年後にまた契約を結んでもらえなかった者だ。

 もちろん年齢を重ねて引退した者もいるし、故障で引退した者もいる。

 それに比べると、自分は恵まれている。


 気をつけなくてはいけない。

 同時に臆病になってもいけない。

 両立することが難しい二つの間で、大介は第三戦にもホームランを打つ。

 まるでスランプ期間を取り戻すかのような、ヤケクソ気味のホームランの大量生産に入ったのであった。


×××


 本日は群雄伝が投下しています

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