第135話 ピッチャーの栄光
既に三番打者に打順を戻した大介であるが、一番を経験したことはいい方向に流れを変えた。
出塁した後に散々盗塁を許したせいで、下手に歩かせるよりも、勝負した方がまだしも抑えられる、という誤ったデータがしばらく球界に流れたからである。
どこが誤っていたかというと、単純に一つだけ。
大介はそれまで、ボール球も無理矢理打っていたため、その部分では打率は下がっていたのである。
交流戦最初の三連戦を全勝したライガースであるが、次は本拠地甲子園にて、北海道を迎え撃つ。
この10試合で9勝1敗と、完全に勝敗では前年のような勢いを取り戻しているとは言っていいだろう。
だがやはりリリーフ、特に中継ぎで点を取られることが多い。
打線はかなりこの二年で入れ替わった。
ピッチャーの先発ローテは全員が20代で、三年前と比べれば平均年齢は10歳近く若返ったのではないか。
徐々にではなく、一気に戦力が入れ替わる。
その中でリリーフ陣のみが、中途半端な位置づけなのだ。
なお、正捕手はいまだに決まっていない。
風間も滝沢も一長一短であるし、ピッチャーによって相性もあるからだ。
むしろ競い合う今の状態が、一番いいのではないかとさえ、首脳陣は考えている。
六月に入って気候が暑くなり始めると、大阪に遠征してくるチームは調子を落とすことがある。
北海道などは本拠地がドームのため、よりその傾向はあるのではないかと思うが、六月の上旬のこの気温だと、まだプレイに影響が出るほどではない。
この三連戦において、大介がどう爆発するか。
千葉戦では明らかに、調子を取り戻していた。
どの程度の危険度かを考えて、勝負するかどうかを考えなければいけない。
つまり第一戦のピッチャーは生贄である。
生贄を美味しくいただいてしまうのは大介である。
四打席勝負してくれた相手に、三安打の二ホームラン。
打線も爆発して、大量点のリード。
先発は真田だったが、さすがに五回で七点差は大丈夫だろうと、マウンドを譲る。
ここからポンポンと点を取られ出すのが現在のライガースクオリティなのだが、追いつかれる前にさらに突き放す。
最終的には11-5と余裕の点差であったが、それでも真田がハラハラしたのは本当である。
だがオークレイをクローザーからセットアッパーに降格したのは、正解だったと思う。
本人も気軽に、一イニングを抑えてくれたからだ。
ただクローザーならともかく、中継ぎに今のオークレイの年俸は高すぎる。
それでもしっかり数字を出してくれたら、さすがに現状維持ぐらいにはしておかないといけないのだが。
二戦目は、最近運が悪い琴山。
防御率が三を切っているにもかかわらず、リリーフが打ち込まれて勝ちが消えるとか、同点のままでリリーフ陣に回すということがあった。
ただし今日は、上手いこと勝ち星がつきそうである。
調子がいいので七回までを投げて、そこから継投が始まる。
そしてリリーフ陣はわずかだが、やはり失点していくのだ。
リリーフ陣に託すには、三点ほどのリードがほしいと島野は思う。
とにかく青山もさすがに衰えが見られるし、レイトナーやオークレイもそれほど防御率がいいわけではない。
ただ中継ぎに必要な、三振を奪う能力は高い。
リリーフは欲しいというか、育てて欲しい。
二軍から誰か、中継ぎに使えるピッチャーが出てこないものか。
何よりまずいのは、今は左投手が足りない。
先発ローテで左腕は真田だけであるし、中継ぎや敗戦処理に使うのも、高橋が左な以外は右ばかり。
左であればなんでもいいというわけではないが、ワンポイントでも使えるような左腕がほしい。
その意識は、三戦目でもはっきりとした。
先発の山倉が七回まで投げて八回に突入し、少し疲れが見えてきた。
バッターボックスには左打者で、ランナーがいることを思えば、左投手でしのぎたいのだが。
「はいはい! ここに左投手がいます!」
40歳を超えたおっさんが、露骨にアピールをしている。
一点差とはいえリードしているので、ここで勝ち星を消されたら山倉も怒るだろう。
だが七回一点差では、それも仕方がないと諦めてほしい。
マウンドに登った高橋は、先発ではないとはいえ、この感触をじっくりと楽しむ。
ノーアウトランナー二塁で、バッターは左。
次も左であるので、おそらくそこまでは投げさせてもらえるだろうか。
もう次に投げる機会すら、ないのかもしれない。
ならば一期一会、このマウンドで懸命に投げるしかない。
思えばただひたすら、投げ続けている人生であった。
キャッチャーのサインに首を振りつつ、自分でも組み立てていく。
三振を奪うのは難しい、進塁打まではよしとして、アウトを取っていく。
計算通り、内野ゴロでランナーは進塁。そしてまたも左。
ここで打たれたら確実に失点するのだが、ベンチは動かない。
高橋も必死で頭を使うのだが、やはり球威の衰えはどうしようもないか。
打ち上げられた外野フライは、タッチアップには充分であった。
そして大方の予想通り、リリーフした高橋は一点を献上して同点となる。
ランナーもいないということで、イニングの最後までは投げて、それ以上の得点は許さなかった。
山倉としては残念だろうが、失点を一点だけで済ませてくれるなら、今の高橋ならチームとしては充分なものだ。
それに裏は大介からの攻撃なので、また勝ち越すチャンスはある。
(あれ? これって)
高橋の投げている八回の表に同点に追いつかれて、山倉の勝ちは消えた。
だが八回の表までは投げきったので、この裏にライガースが一点以上を取れば、高橋に勝利投手の権利が発生するではないか。
大介は歩かされたが、金剛寺が打ったヒットで、三塁まで到達する。
これで外野フライなり内野ゴロなりで、一点が入ればそこで高橋に勝利投手の権利が発生。
首脳陣が高橋をローテに入れずに、それでもブルペンでは待機させていたのは、こういう場合を考慮した上でか。
(よっしゃ、ゴロでもフライでも一点取るぞ!)
三塁ベース上で気合を入れていた大介であるが、現実は予想を上回る。
五番グラントの打った打球は、甲子園のスタンドに飛び込んだのであった。
一度失点して追いつかれたのに、どうして勝利投手の権利が発生するのか、納得出来ない。
そう思う者もたくさんいるだろうが、逆に言うと左打者を相手に、一点でけでしのぎきったとも言えるのだ。
たった一点のリードでおこがましい。それに山倉も、こういう勝ちなら文句はない。
5-2とリードした状況から、最終回のマウンドに登るのはウェイド。
三点取られるまでに、つまり同点に追いつかれることなくこの試合を終えれば、高橋の200勝目となる。
それに気付いてか、観客席も騒がしくなってきた。
200勝投手の誕生が見られる。
先発で登板し、投げ切って勝ちがつくというパターンではないが、間違いない勝ち星だ。
ウェイドとしてもそれは聞かされたが、さすがに三点もリードしていれば、変なプレッシャーがかかることもない。
最終回、九回の表、いきなり先頭打者が出会い頭のホームランを打ってくれたが、これは速球を使うピッチャーにとっては、どうしてもありえることなのだ。
まだ二点、そこまでにアウトを三つ取れば。
奥には引っ込まず、試合の推移を見つめる高橋。
そしてウェイドは、もう一人もランナーを出すことなく、試合を勝利に導く。
チームは交流戦六連勝。
そして実質的な勝利投手は、先発の山倉と言える。
だがそれでも、ここの200勝投手が誕生したのである。
スリーランを打ったグラントと共に、面映いながらもヒーローインタビューに登場する高橋。
考えてみればセーブがついたウェイドもホームランで一点を取られているので、条件としては高橋と同じである。
八回途中まで、二失点だった山倉の方が、もちろん貢献度は高い。
だがとにかくこれで、200勝投手が誕生したのだ。
谷間のローテに起用されたら、打線次第では勝ち星がつく可能性がある。
そのために用意されていたクス球が、急遽使われたりもした。
この日は日曜日だったので、そのままホテルに会場が用意されて、200勝おめでとうの祝賀会が開かれる。
夜中にも関わらず、ライガースの球団関係者の多くが駆けつけた。
翌日、この年43歳になる高橋は、今年限りでの引退を発表した。
プロ生活25年間、よくもまあ頑張ったものである。
ちなみに即座に引退というわけでなかったのは、左ピッチャーが本当に不足していたからである。
選手登録はしてあるが、実際にはブルペンのまとめ役になってもらう。
もちろんピッチングコーチがいるので、そちらの指示が優先なのは当たり前である。
なおこの年、似たような状況と、谷間のローテで一度投げたことで、高橋の勝利数は最終的に、202勝まで伸びた。
選手生活終盤は、明らかにもう燃えつきかけていて、打線の援護で勝ち星を増やしていくような状態だった。
だがそれでも投げ続けたからこそ、この世界に到達したのだ。
翌年からは解説者として活動するようになる高橋がまたユニフォームを着ることになるのは、それほど遠い未来のことではない。
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