第136話 育成からの刺客

 千葉に続いて北海道相手にも、三連勝のライガースである。

 次の対戦相手は神戸で、相手の本拠地大阪ドームで行われる。

 もっともライガースも、甲子園が大会期間中で使えない場合は、第二のホームとして使わせてもらっているため、あまり敵地という感じはしない。

 そもそもライガースは、大阪ライガースなのだ。

 そのファンはもちろん甲子園のある兵庫県に多いが、球団の本社は大阪にある。


 セとパの違いは、人気か強さか、という時代もあった。

 ライガースは20世紀末ぐらいまでは、ほとんど最下位ばかりという時代もあり、その頃には神戸は確実に成績を伸ばしていて、ファンが鞍替えしてもおかしくなかったのだ。

 だがライガースファンは、ライガースファンとしてしか生きられないらしい。

 この二年、大介入団以降の成績を見てみれば、ライガースファンも大歓喜というものである。

 東のタイタンズに比べれば、一度も日本一を連覇という経験はなかったのだから。


 ご近所さんと言うよりは、ほとんど軒先にお邪魔する感じで、ライガースファンは大阪ドームにやってくる。

 もちろんスカッと大介がホームランを打って、連勝を続けてもらいたいのだ。

 万一負けるとしても、大介がホームランを打ってくれれば問題ない。


 そう、スランプを脱したと明確に自覚してからの大介は、六試合で六本のホームランを打っていた。

 もちろん毎試合打っていたわけではないが、打率もまた四割に近付きつつある。

 ただ大介はシーズンオフの間に、少し調べておいたのだ。

 四割を達成するよりも、さらにホームランにバッティングのリソースを割くべきだと、結論が出た。


 人間は同じものを見続けると、やがてはその刺激に慣れてしまう。

 だが野球においては、慣れることのない刺激が存在する。

 ホームランだ。

 ホームランを見たとき、観戦者たちの脳は快楽物質を分泌し、合法的な恍惚感を得ることが出来る。


 大介としてはそんなことは知らないが、高校生の頃からずっと、思っていたことがある。

 全てのヒットは、ホームランの打ちそこないであると。

 この傲慢にして単純、あまりにも常軌を逸した考えの対極に、ヒットの延長線上にホームランがあるとも言われる。

 それでも大介は思うのだ。

 スタンドに届く力があるのなら、全てのバッターはホームランを目指すべきだと。


 理由はいくつかあるが、まず単純に一発で一点以上が確実に入る。

 そしてスタンドまで運ぶ打球には、野手の守備が全く機能しない。中にはフェンスの上にまで手を伸ばして、ホームランを防いでしまう選手もたまにいるが。それはそれ以上に飛距離があればいいだけで、理屈は破綻していない。

 全力で走らなくていいし、塁の上で悩むこともない。

 だからホームランを狙うことは、究極的には正しい。

 ホームランをある程度以上の確率で、打てる選手に限った理屈であるが。

 特定のピッチャーなんかは連打などまず見込めないため、一発を狙っていくしかないのだ。




 狙ってホームランが打てるようになったら、バッターは次は何を目指すか。

 芯でジャストミートしなくても打球が飛ぶほどに、スイングスピードを速めるのだ。

 その状態でジャストミートすると、ボールはスタンドどころか場外まで飛んで行く。


 スタンドぎりぎりに入っても、場外まで飛ばしても、ホームランは同じホームランである。

 違うのは、人に与える印象。

 ピッチャーにとって失投で打たれたホームランはまだ許容出来ても、それを場外まで、あるいはそこまでいかなくてもスタンドの最上段まで飛ばされると、己のピッチャーとしての存在を根本から破壊されたような気分になる。

 たとえばドーム球場であれば、広告看板のさらに上まで飛ばされれば、場外と同じような気分になる。

 大介はそんなホームランを打ってしまった。


 この交流戦は大介にとって、対戦するチームによってはボーナスステージである。

 日本シリーズ進出がある程度現実的で、そこで大介を封じないと勝てないと思っているチーム。

 その中では今年は、神戸はかなり可能性が低い。トレードの失敗、FAでの放出と獲得の失敗、即戦力ドラフトの失敗と、さらには外国人選手の不振。

 ここまでそろって悪いことが起こるのかという年であり、おそらく来年からチーム再建に取り掛からないといけない。


 パの球団は、福岡と埼玉が一位を争っていて、東北と北海道が三位を争っている。

 最下位は嫌だと神戸が争っているのが千葉だ。

 千葉も去年は勢いがあってクライマックスシリーズまで戦えたのだが、その勢いは年を越えては続かなかった。

 ただ専門家の間では、三年後ぐらいにはいい成績が残せるのではないかと、若手陣を評価している。


 そんな神戸だからこそ、大介と無理に勝負する必要はなかった。

 ただ今年の即戦力としてドラフトで獲得した大卒投手は、西郷ほどではないだろうと侮って勝負をしてしまった。

 結果が特大のホームランで、折れるところまではいかなかったものの、ダメージはひどい。

 最後の打席は歩かせて、それでも最後まで投げきったあたり、監督も試しているし、ピッチャーも試されている自覚はあったのだろう。




 大阪ドームでの交流戦はライガースにとって、ほとんどホームと変わらない感覚がある。

 甲子園で高校野球が行われているとき、ここをホームに試合を行っていることがあるからだ。

 そして何より、ファンによって観客席が埋めつくされている。


 第二戦と第三戦も、ライガースは勝利した。

 第二戦の先発は大原で、被安打八、四失点の完投勝利。

 大介は一本のソロホームランを打ってた。

 第三戦は飛田で、最後までもつれる勝負になった。

 先発に勝ちはつかなかたが、ここでも大介は二打点を記録している。


 交流戦でセのチームがここまで圧倒的なことは珍しい。

 首位であった神奈川とのゲーム差もなくなり、また今年もセのペナントレースの戦いは、スターズとライガースの争いになりそうな雰囲気である。

 だがそんなことはどうでも良くなりそうな雰囲気が、最近のライガースの周辺では起こっている。


 今年のシーズン、大介は九試合を欠場した。

 そして16試合の間ホームランが出ないというスランプまで経験した。

 だが交流戦、神戸との試合が終わった57戦目の時点で、ホームラン数は26本となっている。

 57戦目の時点で26本。しかもそのうち九試合は欠場していたのだ。

 48試合で26本と数えるなら、二試合に一本は必ず打っている計算になる。

 残りの86試合で、もしも二試合に一本を打てたとしたら、その合計はどうなるか。

 簡単な計算だ、小学生でも出来る。

 86の半分は43で、それを26と足したら69本。

 さらに言うならその48試合のうち16試合は、スランプでホームランが出なかった期間なのだ。


 打率四割、そして半世紀以上に渡って存在していた、打点記録の更新。

 そんな大介に今年期待されていたのは、もちろん三年連続の三冠王などもだろうが、ホームラン記録の更新だ。

 それが九試合も離脱したため、さすがに今年は無理だろうと思われていたのだが。


 夢を見てしまう。

 夢のままで終わらない、届きそうな夢だ。

 誰もが無理だと思っていた夢を、達成してしまう存在。

 それを人は、ヒーローとでも呼ぶのかもしれない。




 大介としては首を傾げざるをえない。

 今年は去年と比べて、フォアボールで逃げられる数が少ない。

「それはお前、試合に出なかった時とスランプの時、逃げる必要がなかっただろうが」

 そう金剛寺に言われると、なるほどと思わないでもない。


 ちなみに、一度は0.375まで下がっていた打率が、また四割に戻っている。

 化け物だな、と金剛寺は思うのだが、クラブハウスでこうやってのんびり話すのを見ていると、まだ若い普通の三年目にも見える。

 小柄な体で、筋肉の量も莫大というわけではない。

 パワーのスラッガーにあるような、当たっただけなのにスタンドまで飛んで行く、というようなホームランはない。


 意思を持って、バットを振り切っている。

 異常なまでに当て勘が優れているので、ミートしたパワーがボールの飛距離になる。

 だがそれだけでは済まない何かを、確実に持っているのだ。


 記録を作るためには、その後ろにも、ランナーを溜めて勝負したくないというバッターがいなければいけない。

 金剛寺はどうにか三割を維持し、かなり休んだ期間を入れても、20本はホームランを打っている。

 それにグラントが五番で、打率こそやや物足りないが、30本以上のホームランを去年は打ってくれた。

 なので大介には、記録を達成するための条件が揃っていると言える。


 ここから敬遠や四球が増えることによって、さすがに69本などという数字にはならないだろうが、一年目や二年目と比べても、離脱期間があったのに20本への到達速度が早い。

 記録を塗り替えられるかもしれない。

 そしてそれはあるいは、チームの優勝よりも大切なことかもしれない。

 大介はそのバッティングで、間違いなくライガースを二連覇に導いた。

 今年もスタートダッシュはいまいちで、チームの弱点も明確に存在するが、それでも優勝を狙える位置にいる。


 大介の今の記録は、いくつかの無茶によって成立している。

 下手に逃げてもボール球でも打てるし、塁に出たら積極的に盗塁を狙ってくる。

 塁に出してしまえば二塁打を打たれるのと同じだと考えられれば、仕方がないにしろ勝負してくるしかない。

 ただのスラッガーと違う、走塁力。

 それが地味に大介の、打率とホームランに影響している。




 金剛寺は思う。こいつは不世出のバッターだと。

 それも単にパワーで持っていくのではなく、想像を絶する何かが、その力の基盤にある。

 瞬発的なパワーは確かにすごいのだ。スイングスピードは間違いなく現在のプロ野球で一番だと、計測の結果が出ている。

 だが、それですらもまだ、納得するには足りない。


 大介は本日の対戦相手である、福岡のピッチャーのデータを読んでいる。

 開閉型ドームの福岡でのホームラン数は、悪い方ではない。

 ただ甲子園で、しかも左打者の大介が、どうしてここまでホームランを打てているのか。

 おそらく何か、違う理論で動いているのだ。

 ただそれが何か分からないため、見えているのに見えていない状態になっているだけで。


 近い未来か遠い未来には、大介の技術こそが標準になっているのかもしれない。

 あるいは誰も再現できないまま、100年後あたりには伝説になっているのかもしれない。

 自分が今、伝説と一緒にプレイしている。

 その自覚はある金剛寺である。


 そんな伝説と共に、本日戦うのは福岡コンコルズ。

 現在のパは福岡と埼玉の二強状態だが、現時点で成績で上回っているのは福岡だ。

 福岡は今年、かなり戦力を入れ替えている。

 FAで放出した者もいるし、外国人で新しく契約した者もいる。

 まあそれもまた、FAで放出した者の穴埋めなのだが。


 この10年以上、福岡がBクラスのシーズンを送ったのは、主力がことごとく怪我をした、運の悪い一シーズンだけ。

 だがその最悪のシーズンさえ、終盤には若手が台頭してきて、翌年以降の主力になったのだ。

 とにかく言えるのは、福岡は育成が強いということ。

 ただそれは育成が上手いという以上に、育成に金をかけているということである。


 福岡は西の果ての球団であり、移動等に時間がかかるため、それが選手をタフにするという意見もある。

 まあ福岡に限らずパの球団は、移動が大変と言われるのは確かなのだが。

 ただ他の球団と離れているためか、変に情報が入ってこず、独特の雰囲気が作れているという話も聞く。

 球団が身売りされてもう一世代は代わるぐらいの時代が経過したが、その中で独自色を出してきたとでも言うか。


 一軍と二軍とは分離した、最初に現代的な三軍制度を作ったのが福岡である。

 体作りなどという基本的な部分はともかく、基本的に野球選手というのは、試合経験を重ねることで強くなる。

 社会人、独立リーグ、台湾や韓国のチームなど、福岡は日本から見れば西の果てでも、台湾や韓国から見れば一番近いチームである。

 日本の風土に染まっていないチームとの対戦、あるいは独立リーグなどの本当にハングリーな環境におかれたチームとの対戦。

 それが福岡の育成ドラフトから、もっとも多くの選手が輩出されている理由であろうか。


 21世紀になって三軍が機能し、育成からの選手が活躍していた一時期、確かに福岡は日本で最強のチームであった。

 また西の端、都会とはいえ福岡は、練習環境にかける資金が少なくても、それなりの環境を用意できたということも大きいだろう。

 上杉が入った神奈川が、一気にペナントレースを制覇して日本一になってから四年、チームの総合的な強さを示す指針は色々とあるが、パのチームの方が強いはずだと言われている。

 だがもう四年間も、セのチームの覇権を許しているのだ。

 人気のセ、実力のパなどと言われていた時代もあったが、ここで実力でさえも上回られたらどうするのか。

 福岡は確かに人気球団であるが、それはライガースやタイタンズのような、わけの分からない人気ではない。

 強いからこそ、人気があるのだ。

 強いからこそ人気が出て、人気があるからこそいい選手も入る。

 この好循環を繰り返していたのがかつてのタイタンズであったのだが、もう今は時代が違う。




 ライガースとの三連戦、第一戦に福岡が登板させたのは、育成から上がってきた左のサイドスロー。

 MLBのでっかい人のようなサイドスローからは、サイドスローの常識を覆すかのようなスピードボールが放たれる。

 初対決はピッチャーが有利という言葉を証明するように、一番に戻っていた毛利と、二番の石井はあっさりとアウト。


 この二人が三球三振というのは、なかなか見たことがない。

 大介にとってはサウスポーは鬼門に近く、上手く横の角度をつけて投げてくる。

(身長は190cm近いよな。それなのにサイドスローなのか。左のサイドスローなんて淳ほどじゃないけど、かなり珍しいよな)

 データはもらっているが、去年はウエスタンの試合に出て、短いイニングを投げていた。

 大介のいなかったオープン戦では当たっていて、その時は六回を投げてライガースは一点も取れていない。


 ただ、大介には勝算がある。

 真田が言っていたのだ。

「俺を打ったんだから打てるでしょうに」

 なるほど、確かにそうかもしれない。


 サイドスローから投げるボールは、背中からの角度をつけて入ってくる。

 腰を引いて避けたのに、ボールはストライクの位置でキャッチされた。

 とりあえずストレートは150kmが出ているので、たいしたものだとは思う。

(久しぶりに面白いかな)

 そう思った大介の第一打席は、珍しくも見逃しの三振であった。

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