第15話 同期

 セ・リーグにおいてライガースが旋風を巻き起こしている時、パ・リーグでも当然ながらリーグ戦は開始されている。

 セ・リーグほどの極端なスタートダッシュに成功したチームはなかったが、埼玉と福岡が一歩抜け出し、千葉だけが圧倒的最下位という状況は去年のシーズン終盤時と同じである。

 そしてその中では、新人の選手も活躍している。

 特に目立っているのは、開幕二戦目の先発に起用された東鉄ジャガーズの上杉正也と、同じく二戦目の先発に起用された北海道ウォリアーズの島清である。

 あの上杉の弟、という目で見られることが多い正也であるが、冷静に甲子園の実績を見てみれば、優勝一回、準優勝一回、ベスト8三回という成績を残しているのだ。

 最初の夏は兄に連れて行ってもらったとしても、他は全てエースとして投げている。

 兄が平気で160kmオーバーを投げているので勘違いするが、正也もMAXは156kmを計測し、平均的に140km台後半を投げ、変化の大きい変化球も持っている。

 また島の方は、公立校でMAX154kmを投げたサウスポーのエースとして、春と夏を共にベスト8まで勝ち上がった。


 この二人は初登板で初完投し、初勝利を上げた。

 その後の試合も崩れることなく投げており、一年目ながらほぼローテーションに定着したと言っていい。

 もしこのまま調子を崩さずにローテーションに残れば、それはかなり凄いことである。

 去年のドラフトも、投手は即戦力が多いと、高卒や大卒社会人でも言われたが、一年を通してローテーションを守ったのは玉縄だけである。


 この時期に新人王などと言うのはさすがに気が早いが、二人が意識し合っているのは当然である。

 アジア選手権では日本代表ともなり、日本の優勝にも貢献したのだ。

 甲子園で当たることはなかった二人だが、あの上杉の七光りではない弟と、公立の癖に150kmオーバーのサウスポーということで、お互いに意識はしていたのだ。

 そして同じリーグである以上、当然ながら対戦することもある。

 もっともローテーションに入ってしまっているので、ベンチで出会うとしたらそれは対戦投手となるわけだが。


 幸いと言うべきかどうかは分からないが、二人は直接対決することなく、ここまできた。

 だがローテーションに入っている以上は、どこかでずれたら対戦することになるのは当然だがありうる。

 それがたまたま、今日であったというだけだ。




 ジャガーズの本拠地東鉄ドームにて、練習時間の合間に、二人が出会う偶然もある。

 二人はU-18の合同合宿やアジア選手権での面識もあり、甲子園で対戦したことはないため、ごく普通に挨拶をするぐらいの仲ではある。

 だがついに、ここで直接対決となる。


 どこか緊張感が漂う二人であるが、島が発した言葉は野球に関することではなかった。

「むっちゃ交通不便やんな!」

「言われる!」

 正也としても否定する材料は全くない。


 東鉄ドームは埼玉県の所沢市、ほとんど東京といってもいい場所にある。

 ならばそれなりに交通の便もいいのではと思われるが、電車を使うなら一度東京に出る必要があるし、山の中にあるような球場なので車でのアクセスが悪い。

 特にビジターで訪れる他球団の人間は、関東で戦う時の宿泊施設までバスで戻るのだが、それに時間がかかりすぎる。

 ジャガーズが強いのは、交通のアクセスの悪さで相手チームの体力を削るからだ、などという冗談もかなり本気の恨みが入っていそうだ。

 そもそも交通アクセスの悪さが、せっかくAクラス入りしても観客が埋まらない原因になっているのではとさえ言われる。

 電車を使えばそれほど悪くもないのだが、それでも東京方面からアクセスするのには不便である。


 なぜか意気投合して仕方のないことに不満を洩らす二人であるが、本日の先発同士ということもあって、あまり仲良くもしていられない。

 していられないはずなのだが、話すことは色々とある。

 とりあえず、投手として二人が同じ感想を持つのは「セ・リーグでなくて良かった」ということである。


 セ・リーグでも神奈川か大阪ならまだマシだったと言うべきか。

 いやそれでも、戦う相手が強すぎる。

 神奈川に行っていれば、ライガースの大介と。

 大阪に行っていれば先発ローテで上杉勝也との投げ合いをする可能性がある。


 正也からすると神奈川は、島を一位指名すると思っていたのだ。

 二年連続で多球団競合のピッチャーを一位で獲得していたが、二人とも右腕である。

 ここはバランス的には左では、と思ったからだ。

 また単に話題集めをするならば、弟である正也を指名しても良かった。


 MAX160kmを甲子園で計測した大滝であるが、直後のアジア選手権では、あまり調子が良くなかった。

 あの甲子園を準決勝までほとんど一人で投げ抜いたのだから、かなり体の方は消耗していたはずだ。

 特に大滝は三年の夏にようやく甲子園に来れたので、あのプレッシャーと期待の中、普段以上に頑張ってしまったようである。

 それで160kmというスピードは出たが、試合には負けた上に、肉体にもダメージが残った。

 おそらく今年一年は、丸々肉体の回復と、一から体作りをしなければいけない。

 そんなことなら島を選んでおけと、正也などは思う。


 神奈川というチームは、肉親がそのトップにいる正也などから見ると、球団運営はともかくチーム編成はヘタクソだ。

 上杉勝也という絶対的なスーパースターがいながら、戦力の補強が上手くいっていない。

 大滝は確かに球速では世代ナンバーワンであったが、総合的に見たらピッチャーとしては、正也や島の方が上であるという声はあったのだ。

 チームのバランスを考えれば左の島を取るべきであったし、話題性なら正也を取っておけば良かった。

 なにしろ神奈川はあの年、白石大介に拒否されたかわりに、好きな選手を確実に一位指名で得ることが出来る球団だったのだから。




 そう、白石大介である。

 正也のみならず、高校時代は結局紅白戦でしか戦ったことのない島も、あれと同じリーグにはならなくて良かったと思う。

 ここまで19試合を消化しているが、現在のセ・リーグでは打撃三冠のみならず、他の打者としての成績もほぼ全てトップに立っている。

 ただ主力が故障で離脱したために、チームの勢いは止まるだろうし、打線が薄くなったことによって打率よりもホームランを狙っていくだろう。

 先日のバックスクリーンビジョンを直撃で破壊したのは、さすがに驚いた。

 もっとも高校時代にも、地方大会で同じことをしていたらしいが。


 リーグが違うとは言え、交流戦で当たることはあるし、日本シリーズで優勝するためには、対戦することはあるだろう。

 その交流戦の前に、おそらく上杉勝也の投げる神奈川と当たる。

「お前の兄ちゃん、次はライガースで投げるやろ?」

「まあ今度はさすがにな」

 オープン戦で投げた上杉勝也は、ライガースとの最初の三連戦では投げなかった。もちろん逃げたわけでなく、単にローテーションの問題である。

 だがローテーションのズレによって、次は絶対にライガースに当たるだろう。


 二年前のスーパールーキーが、今年のスーパールーキーと対戦する。

 高校時代の試合では戦うことのなかった両者だが、ついにプロの世界であい見える。

「どちらが勝つと思う?」

 島の言葉に、正也は意外なことに悩んだ。

「勝ちの条件によるだろ」

 試合で勝てば勝ちなのか、打点を許さなければ勝ちなのか、ホームランを打たれなければ勝ちなのか。

 ただ正也も、これだけは言える。

「ホームランは打たれないと思うけどな」

 それは打者にとって厳しすぎる条件だ。


 実兄と、あの化け物の対決であるが、正也は割と客観的に楽しんでいる。

 大介だって人間なので、全てのピッチャーからホームランを打っているわけではない。

 高校一年の夏、佐藤直史と白石大介を始めて知ったあの練習用球場で、正也はあの勝負を見ていた。

 あの時は分かっていなかったが、自分は歴史の証人となっていたのだ。

 初対決は、兄の勝利であった。


 プロの世界ではなく、トーナメントで見たかったな、と正也は思う。

 実際に身を置いてみると、確かにプロの世界は選手のレベルの平均が違う。

 それにパ・リーグはDHがあるので、自動でアウトが取れるようなバッターはいない。

 これで食っていくのであるから、判断もシビアであるし、プレイや戦術にも粘りがある。


 ただ、違うのだ。

 高校時代に、甲子園の頂点が実際に見えて、そして優勝旗を手にした者ならば、なんとなく分かってくれるかもしれない。

 未来とか、職業だとか、成績だとか、そういうことではない。

 ただあの頂点だけを見て戦い続けた甲子園の熱気よりは、プロの方が温い。

 もっともその分、毒ははっきりと回りそうだが。


 せめてリーグが違えばな、と正也は思う。

 大介の入ったライガースはずっと日本一になっていない。それこそ正也たちが生まれる前からだ。

 親の世代でようやく、子供の頃に優勝したのを見た、という程度である。

 そんな球団がリーグからクライマックスシリーズを勝って日本シリーズを戦うなら、その最終決戦なら、二人の本気も見れたかもしれない。

 甲子園は、高校野球はトーナメントの一発勝負だからこそ面白い。

 高校野球の監督は、一度やったらやめられないというのも、そのあたりにあるのだろうと、今なら正也も分かる。


 プロ野球は何がなんでも勝つと考える場所ではない。

 もちろん一戦一戦を大切に戦わなければいけないのだが、一年を通して総合的に勝てばいい。

 今日負けた後にすぐ、明日は頑張ろうとなるわけだ。

 高校野球の興行が成功しているのは、一試合ごとが希少だからであろう。

 甲子園という舞台を用意して、春と夏の休みの期間だけに行う祭り。

 高卒だが即戦力と言われた選手が、意外なほど全くプロで通用しなかったりするのは、そのあたりにも原因があるのかもしれない。


 もっとも選手の方は、これで飯を食っていくのだから、成績を残すのは必死なはずである。

 ただその必死さを勘違いすれば、やはりプロでは通用しないのだ。

 正也などは兄を見て、他の選手を見て違和感に気付いた。

 高校野球において最も優先するべきか、チームの勝利である。

 優勝するための自己犠牲が必要となる。

 しかしプロがこだわるべきは、自分の選手としての成績だ。


 高価な車、時計、スーツ。夜になれば銀座に向かう。

 明らかに高校時代までとは違うのが、金の使い方と生活のレベルだ。

 正也は富裕な名士の家に生まれたが、上の方針もあって質実剛健に育てられた。

 だから野球選手たちのそういった派手な生活は、とても危ういものに思えるのだ。


 おそらく兄の勝也も、それを感じている。

 だがいくら周囲から褒め称えられても、それに奢らないのが兄の兄たるゆえんである。

 当然のように勝ち、周囲の期待に応える。

 おそらく一戦一戦の価値が、兄の中では高校時代と同じなのだ。

 それだけの緊張感を持っているからこそ、勝ち続けることが出来る。だがそれはどれだけのプレッシャーとなっているか。

 想像するだに恐ろしい正也であった。




 首位福岡から0.5ゲーム差の二位東鉄ジャガーズ。

 そしてそこから1.5ゲーム差の四位北海道ウォリアーズ。

 三連戦の二戦目は、高卒にして既に勝ち星を上げている二人の対決。

 しかもそれぞれが初登板で初完封というデビューを飾っていては、見る側としても期待するしかない。


 正也は威力のあるストレートを武器にしながらも、時折投げるカーブやチェンジアップなどでバッターの狙いを絞らせない。

 島もストレートは主体であるのだが、スクリューという珍しい球種を使い、カウントの取れる小さなフォークを混ぜてくる。

 ただ島の場合は、正也よりもさらに、弱者の勝ち方に拘っている。


 高校時代の春日山と城東は、なんだかんだ言って春日山の方が戦力は高かった。

 城東は島と、それをリードする石田の力がほとんどで、得点も打力ではなく作戦で取ることが多かった。

 春日山はなんだかんだ言って、正也と樋口が打てる選手であったのだ。

 それゆえ城東は、守備もまた作戦的に考えて、少しでも島の負担を減らそうと考えた。

 そして島は盟友である石田の期待に応えた。


 相棒と一緒に入った公立校であったが、もし地元私立淡海高校などに入っていたら、どうなっていただろうか。

 単純にチームとしてはベスト8以上に行けたかもしれないが、ピッチャーとしての総合力は、今ほどに育たなかっただろう。

 石田はチームにかなり無茶な課題を与えて、俺たちなら出来る、というタイプの人間だった。

 理論的には無理ではないので、頑張ってしまう部員たちも部員であったが。




 チームとしてはややジャガーズの方が戦力は上なのかもしれないが、この年のウォリアーズには、ストロングポイントがあった。

 チームの中核打者である二ノ宮が、オフにはFA権を取れる状況だったのだ。

 北海道は悪いチームではないのだが、二ノ宮はFA宣言をして、チームに残るにしても評価を高く上げようとしていた。

 そのためにも今年は、成績にこだわっている。

 不純と言うなかれ。プロ野球選手というのは、それで金を稼いでいるからこそプロなのだ。

 一軍にいる選手などは、二軍などプロ野球選手ではないとも思っていたりするが。


 金のために働くことは悪いことではない。

 犯罪ならばともかく、スポーツ選手だって立派な職業だ。

 甲子園で投げ合い、アジア選手権では同じチームで活躍した二人が、同じ年のライバルとして投げ合う。

 両軍共にピッチャーをバッターが援護し、それなりに点が入る。

 だが崩れることはなくあ、最後まで体力も充分。DH制なので代打を出されることもなく、最後まで投げきった。


 スコアは4-3でウォリアーズの勝利。

 島はまた完投勝利であり、新人王の候補へと、星を積み重ねる。

 セ・リーグはともかく、パ・リーグの新人王は、今年は混戦模様である。




×××




 ※DH制

 ざっくり言うとパ・リーグで導入されている、打撃においてはピッチャーの打順に、打撃専門で守備をしない選手を置くこと。

 走れるし打てるが守備がどヘタクソの選手がいた場合、パ・リーグにおいてはチャンスである。

 利点としてはセ・リーグが投手のところで代打を出すのと違い、パ・リーグはそのまま良い投手を使い続け、投手一人あたりの力が攻撃の都合なく試せる。

 ただピッチャーとしては相手の打線に休める選手がいないため、ちょっと苦しい。

 パ・リーグが全体的な傾向としてセ・リーグに勝ち越しているのは、ピッチャーがこの環境で鍛えられているからだという説もある。

 個人的にはピッチャーのヘタクソな打撃なども見てみたいファンは多いだろうし、上杉勝也が圧倒的な数字を残しているのは、ピッチャーのくせに三割の打率があり、ホームランも打てるからである。

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