第14話 白石大介攻略について
四月も中旬、プロ野球も開幕から、ようやく各リーグ全てのチームとの対戦が終わった。
セ・リーグに関しては王者スターズと大型補強をしたタイタンズとのペナント争いかと見られていたが、そのタイタンズはオープン戦こそ好調だったもののシーズンが始まってからは絶不調である。
対するスターズはそれなりの成績としか言えないが、まさかライガースがここまでの成績を上げてくるとは思わなかった。
15戦が終わった時点で、12勝3敗でトップを独走。
競った試合や逆転試合での勝利が多いため、基本はセットアッパーの琴山に勝ち星が四つも付くという不思議な事態になっていたりする。
騙されない、騙されないぞと口に出して呟くライガースファンも、さすがに口の端が笑みの形に歪んでしまう。
そしてこの事態を苦々しく見ざるをえないのは、他の球団の首脳陣である。
監督やコーチにそれ以外のスコアラーや分析班まで含めて、一人の選手を分析しようとしている。
大阪ライガースのゴールデンルーキー白石大介をである。
ライガースの戦力は、むしろ去年より弱くなっているはずだった。
三番を打っていた外国人がメジャーに行き、中軸として期待出来るのが金剛寺一人になったからだ。
そこへ高卒のルーキーを三番に抜擢というのは、さすがに無理があるのではと思われていた。
大介は身長が170cmもない。
体重もそれなりに肉付きはいいが、スラッガーとしての迫力まではない。むしろ長打力もそこそこある、しなやかなオールラウンダーと思われていた。
高校ではとんでもない実績を残していたが、プロではアベレージヒッターになるのではとも言われていた。
高校も最終年度に入ってからは、世界基準で木製バットにしていたのに、そんなことを言われたのだ。
木製バットを使った春のセンバツと夏の選手権で、10本以上を甲子園のスタンドに叩き込んだにもかかわらず。
キャンプが始まってからは、全体練習に一部しか参加せず、自主トレの時間が長かったので、あるいは故障かとまで言われた。
紅白戦やオープン戦は積極的に使われていったが、予想とは正反対に、打率は三割にも満たないが長打をばんばん打つという姿を見せてくれた。
そしてオープン戦も後半になると、人間離れした数字に変化していった。
練習のオープン戦と公式戦では違うと、負け惜しみのように言う意見もあった。
開幕戦で爆発しても、一試合だけだと必死で逆張りをする者はいた。
今ではそれらの者は、掌を返すか沈黙している。
率直な意見と現実的な解説で人気の、大介の地元千葉でプレイした戸崎氏などは「脱帽です! あんたはえらい!」と自らのネット配信で頭を下げていたりしたが。
そんな大介の現在の記録である。
出場 15
打席 63
打数 50
安打 23
打点 23
本塁打 6
盗塁 12
四球 13
三振 3
案打数と打点が同じであるところはあくまで偶然であるが、これを打率にすると0.46 出塁率は0.571となる。
OPSはバリー・ボンズのシーズン通算世界記録を超えて1.5以上となっている。
意外なところでは俊足であるのに、三塁打は打っていない。だがそれは相手チームにとってはなんの慰めにもならない。
某球団においては、監督が憎々しげに言った。
「神奈川が上杉を当ててたら、こんな数字にはならなかっただろ」
去年もその前も、上杉一人に完全に抑え込まれて、調子を崩した打者は多い。
化け物は化け者同士で戦ってほしい。
ただ日程の関係で当たらなかっただけで、次はおそらく上杉も大介との対決があるはずだ。
そんな人任せの希望は横に置いておいて、これをどうにか抑える手段を考えないといけない。
まずは正統派の、しっかりとした勝負で抑えるという案だ。
事前に言われていた弱点である、左ピッチャーのスライドするタイプの変化球は、見事にホームランを打たれている。
選球眼もいいためボール球を振らせるというのは期待出来ない。三振は異常に少ないが、どうも審判の判断が微妙なところだったらしい。つまりほとんど三振もしない。
「これはいいことか悪いことかは分かりませんが、一試合に三安打以上の猛打賞は、まだ開幕戦の一度しか達成していません」
「そりゃもう12回も四球で逃げられてたら、さすがに猛打賞は難しいだろう」
当たり前のことである。
「これは悪い数字ですが、ここまで15試合、出塁がなかった試合も安打がなかった試合もありません。そして打点がつかなかった試合も一つだけです」
「広島戦で二回歩かされた試合だろうが。そりゃそんな試合じゃ打点もつかないだろ」
二打数一安打で打点まで稼ぐのは、確かに難しい。
野手出身で打撃コーチなどをしている者は、この連続安打記録が恐ろしい。
苦手なピッチャーがいるのかどうかは分からないが、まだスランプを全く経験していないのだ。
「化け物と言えるのはミート力です。確かに長打力もあるのですが、この幾つかの映像を見てください」
そしてスクリーンに映された映像は、分かりやすくテレビ映像を使っている。高校時代のものもある。
「なんつー体軸だ……」
バッティングコーチなどの目から見たら明らかなのだが、体勢を崩しながら打っているように見えても、体軸はまっすぐで回転を保っている。
「膝を抜いて打ってるのか。さすがにこれで長打は出ないか」
「当たり前のことですが、ストレートを待っているところにムービング系のボールを投げると、さすがに長打は少なくなります。膝の力をぬいて腰の回転だけで打っているようです」
そこからはミートで、上手く外野の前に運んでいるのだ。
はっきり言って、隙がない。
ここまでアウトになった例を見ても、ヘタクソ審判の判定ミスでの三振、ミートした打球が野手正面など、ほとんどがしっかりとミートした打球だ。
ゴロを打った数少ないケースでは、ランナー三塁をどうにか帰す場合である。
高校生の頃は、ボコボコと甲子園で打つ姿を見て、内心では応援していたものだ。
だが敵チームの打者となった場合、どうやって攻略しろと言うのだ。
守備コーチなどからも意見は出る。
「下手に塁に出すと盗塁されます。ただランナーが二塁にいる場合は、歩かせるのもいいかと」
「そう言っても次の打者が金剛寺だぞ」
昨年は30試合以上に欠場しながらも、三割20本を打っていた。
「極端な話、満塁策というのもあります」
「そこまでか……」
ライガースの五番は今のところ、島本が打つことが多い。
ただ島本はキャッチャーであり、守備負担も大きいのだ。
それに故障とまではいかないが、慢性的に腰に爆弾を抱えていて、シーズン全試合出場など、この10年はない。
まあそれに関しては、若手を育てる機会にもなっているのかもしれないが。
今年のライガースは打線の調子も良く、現在の一試合当たりの平均得点はリーグトップの5.9である。
失点は4.1であり、こちらはほどほどといったところか。
71点のうち23点を大介が打っているとすると、その貢献度のすさまじさが分かる。
「ちなみに得点は13点ですが、盗塁を絡めてきている場面が多くなっています」
ホームランもあるが、自らもホームを数が多い。
「白石の打点を除くと平均得点は3.2となり、リーグ最下位に落ちます」
まあこれは大介がいない分は、誰かに得点機会があるわけだが。
とにかく言えるのは一つ。
ライガースの勢いを止めるには、大介を止めるしかない。
あとは金剛寺などの戦線離脱を願うかだ。だがこちらはあまりにも運の要素が強い。
「それと気になる数字としては、死球がまだ一つもないんですよね」
スコアラーはそう言うが、高卒のゴールデンルーキーでしかもあの体格だ。故意にも不注意にも、当てに行くのはまずいだろう。
ただ死球が出てないというのは、内角の攻めが不充分ではないのかという疑問も湧く。
だがそれはバッテリーコーチが否定する。
「別に当たらないように投げてるわけじゃない。当たるボールを避けるのが上手いんだ」
バッターは普通、打つことに集中していると、デッドボールを避けることが難しくなる。
だが当たるボールを素早く察知しているということは、ボールの見切りがかなり早いことを示している。
要するに、目だ。
白石大介は他にも色々と優れた点は多いが、まず第一に目だと思われる。
投球動作からリリースまで、しっかりと見ている。
ひょっとしたらごくわずかなフォームの違いで、球種まで見抜いているのかもしれない。
もしそうならバッテリー間の意識次第では、少しでも対抗出来るようになるかもしれない。
決定的な攻略法など出てこなかった。まだデータが少なすぎる。
ただバッティング以外にも、重要な点はある。
「白石がショートとなって石井がセカンドにコンバートされたわけですが、この石井の打率が去年より二分ほど上がってます。
石井一歩はおっさん集団のライガースの中でも、まだ20代の若手だ。
守備負担の大きいショートにいて、およそ0.25という打率を残していた。
セカンドは元々確定していなかったライガースだが、ここに石井がはまって、打率が0.27にまで上昇している。
ライガースは貧弱打線と呼ばれていたが、一番の西片と四番の金剛寺は三割を打つ、数少ない頼れる打者であった。
この二人をつなぐ打者が打てるようになったことで、得点力は格段にアップしたのだ。
さらに加えてライガースはフロントが動き、外国人選手を獲得してくる動きがあるという。
この打撃の勢いはまだ下位打線まではつながっていないが、打てるバッターがさらに一人加われば、とんでもない作用が起こるかもしれない。
あとは守備力が上がっている。
大介の守備範囲が広いのもあるが、石井との組み合わせで二遊間の打球が抜けなくなってきた。
あの身長でセンター前に抜ける打球をジャンピングキャッチなどされたら、打ったほうとしてもたまったものではない。
ライガースは強くなっている。
大介は一人であるが、ピッチャーと違って毎試合出場する野手だ。
それにあの小柄な体躯は、怪我のしにくさという点ではメリットもある。
当たり前の話だが、体重の重い選手ほど、怪我をするリスクは高い。
ショートで機能するステップと柔軟性、キャッチングの柔らかさとスローの正確さ。
これだけの守備力があってバッティングも優れているとなると、ライガースを一気に若返らせる戦力となりかねない。
「さっさとメジャーでも行ってくれよ……」
ルーキーに対する最大の賛辞とも言える愚痴が、誰かの口から洩れた。
ライガースへ、ついに待望の助っ人外国人がやってきた。
ロイ・マッシュバーン。23歳。ポジションは主に外野で稀にサードの金髪碧眼。身長は182cmの体重82kg。
既にメジャーでの出場経験もあり、一昨年は3Aのマイナーリーグで三割と20本、そして30盗塁を決めた、期待の若手である。
なんでこんな優良物件が日本に来たのかと言えば、契約に不満があったかららしい。
あとはポジションが空かなかったのも原因だとか。そしてプレイする環境にも色々と文句があるのだとか。まあ、色々だ。
MLBでの年俸は若手の時代は安く、25歳ぐらいで継続的に成績を残していくと天井知らずに上がっていく。
球団としては安く雇える時代から複数年契約を用意して、他の球団への流出を防いだりもするのだ。
ただ彼の場合は前年の終盤に故障をしたこともあり、契約に満足なものが得られなかったとのことだ。
そこへ代理人が、一年で一億という、MLBの若手基準だとかなり高め年俸を持ってきたということだ。3A基準だと破格である。
以前であれば日本でプレイするのは都落ちなどという印象もあったが、日本から渡米してMLBで活躍する選手も多くなってきている。
ここで成績を残せば来年はもっといい条件でMLBと契約できるかもという打算もあって、来日したというわけだ。
まあそんな経歴なので、当然ながらほとんど日本語は喋れない。
だが通訳はもちろんついているし、意外とインテリな島本に、将来的にはMLB進出も狙っているのか柳本もそれなりに英語が通じる。
「ヨロシクネー」
簡単な日本語を数語だけ使うロイは、別にNPBを上から目線で見ることもないらしい。
ただ、問題が全くないわけではなかった。
「五番なのか? 一番や二番ではなく? 三番でもなく?」
打順の問題である。
ロイのような俊足で長打力もある選手は、その辺りに配置されるのが普通なのである。
彼も日本の四番打者信仰は知っているので、あるいは四番を打たされるのかとも思っていたが、五番である。
不本意ではないが、日米の打順への考えの違いに、困惑はあったらしい。
単純にスタープレイヤーの扱いや日本のシステム上の問題だと言われれば、別に不服というわけでもない。
ただMLBでは強打者は三番までに置くのが多くなってきただけである。
専用のマンションも用意され、マイナー時代からは考えられない高待遇で入団したロイはその初日、甲子園球場で信じられないものを見る。
小さな体でぽんぽんと、柵越えどころか広くて高いスタンドのほぼ最上段まで、打球を飛ばしていくバッターを見たのである。
「彼は……ティーンエイジャーじゃないのか?」
この時点で大介は19歳なので、確かにティーンエイジャーではある。
ロイは三年前と言えば、マイナーのルーキーリーグからシングルAに上がったばかりで、ハイスクールの世界大会など見る余裕がなかったのだ。
「あれがこのチームの三番打者らしいよ。そして四番はベテランのスタープレーヤーなんだ」
通訳の説明を受けて、納得するロイである。
だがフリーバッティングを終えてゲージから出てきた大介を見て気付く。
バットが長くて細い。
ホームランバッター用のバットであるが、とにかく長いのだ。
腕が短い大介としては当然の選択ではある。だがロイとしては、将来的に外角のストライクゾーンが広い、MLBへの対処を目的としたものかと思えた。
「ちょっとバットを見せてほしいと頼んでくれないか?」
大介はそれを聞いて、ほれと差し出した。
グリップは普通だが、長く、そして重い。
今どきマスコットバットなどを使っているのかと勘違いしたほどだが、これで普通に柵越えを連発していたのだ。
いや、もちろんさすがにマスコットバットよりは軽いが。
「なんでこんな重いバットを?」
通訳を交えて会話が成される。
「ちゃんと扱えるパワーとフォームを持っていれば、バットは重ければ重いほどいいだろう?」
大介とて徒に重くしているわけではないのだ。
発生するエネルギーと言うのは、質量と速さの二乗である。
反発してしまうエネルギーを前方に押し込む人間もいるが、大介はそこで一押しというイメージではスイングしない。
なのでバットはちゃんと扱えるなら、重いほうがいいと考える。
もちろんこれは非常識な考えである。
メジャーにも小さな強打者はいるが、まさか日本にまでそんなタイプがいるとは知らなかったロイである。
「そのパワーならメジャーでも通用するな」
彼としてはかなり誉めたつもりであるのだが、大介は溜め息をつくばかりである。
「この程度じゃ全然通用しないピッチャーが、この国にもいるんだよ。少なくとも、二人は確実に」
ロイとしてはいささかならず日本のレベルを見直す必要が出たこの日であった。
なおロイはその期待通りにバッティングで貢献し、ライガースの勢いをさらに活躍させるかと思わせた。
しかし直後に金剛寺が古傷を悪化させて故障者リスト入り。
さらに島本と足立まで故障者リストに入って、ファンたちもフロントもがっくりとくるのである。
そして金剛寺の不在の間の四番は、大介ではなくロイが務めることとなる。
×××
少し休止して、大学編を進めます。
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