第13話 再会

 本音を言えば、二度と対決したくない相手であった。

(つってもプロを目指せば、そりゃどっかで当たるわな)

 神宮球場のマウンド。先発した吉村は一回の表で着実にツーアウトを取りながら、対する打席に白石大介を迎えていた。


 昨年の吉村は入団一年目の高卒ピッチャーでありながら、一軍の試合で二桁の10勝を上げた。

 途中で小さな怪我で離脱はしたが、そこからローテーションに戻って、最終的には10勝5敗でシーズンを終えた。

 新人王こそ優勝した球団で12勝を上げた玉縄に譲ったが、貯金の数は吉村の方が多かった。

 特別表彰を受けたため、セの新人ではかなりの有望株と言ってもいい。


 今年も開幕三連戦の二戦目に登板し、勝ち負けこそつかなかったものの七回までを投げて試合の勝利に貢献した。

 そして二登板目に一勝目を上げて、良いスタートだと思ってはいたのだ。


 わざと先を見ないようにしていた。

 対ライガースとの三連戦、二戦目の先発は吉村である。




 思えば高校時代は、散々打たれたものである。

 二年の春には、吉村もそれほど背が高い方ではないが、それよりも明らかに小さなあれにホームランを打たれて、シードを取れずに苦労した。

 決勝戦では勝ったものの、確実に抑えられたとはとても言えない。

 最後の三年の夏は、バットで甲子園への望みを粉々にされた。

 千葉県出身のNPBピッチャーで、もっとも大介の恐ろしさを知っているのは自分であろうと吉村は思っている。


 ちなみにそれは不正解である。

 一年の夏から散々大介にホームランを打ちまくられた同学年の大原の方が、よほど大介の恐ろしさを知っている。

 だがその大原は、現在大介に助けてもらう立場のチームメイトとなっている!

 それを考えればやはり、吉村が一番よく分かっているのかもしれない。


 開幕のタイタンズとの試合を見て、ああやはりあいつはプロ基準でも化け物なんだな、とやっと納得出来た。

 試合が進むにつれて徐々に打率も落ち着いたものになっていったが、それでも恐ろしい記録がある。

 開幕からの連続試合打点は、七試合でストップした。

 しかし開幕からの連続試合安打記録は、昨日までの13試合でずっと続いている。

 現在の打率は0.454で出塁率は0.555。

 打点は17の5ホームラン、盗塁は11を決めている。


 開幕戦が派手すぎたせいで物足りなく感じるのは、お祭り騒ぎの好きなライガースファンだけ。

 だが大当たりの開幕戦を除いても、いまだに打率は四割に達しているのだ。


 デビュー前から色々と期待はされていた。しかし同時に心配もされていた。

 あの体格から放たれる打球が、本当に高校時代と同じスラッガーの成績を出せるのか。

 本人も三割と30盗塁を口にしていたが、どうやら30盗塁は軽々とクリアしそうである。

 しかし初年から、打率四割の期待がかかるとは。

 NPBにおいてシーズン打率が四割を超えた打者はおらず、MLBでさえもそもそも野球の姿が今とは違った時代にしか、四割打者は存在しない。

 同じ化け物と呼ばれていた上杉は、ルーキーの年にいきなり二度のノーヒットノーランを達成したが、大介もいきなり首位打者あたりは取ってきそうである。

 加えてトリプルスリーの期待もある。




 吉村はキャッチャーのサインに首を振りつつ、ボール球を投げ込んでくる。

 次は四番の金剛寺であるが、はっきり言ってそちらと勝負した方がマシである。

 吉村はサウスポーなので、盗塁をされる危険性も少ない。


 しかし割と際どいところを突いているつもりなのだが、全くボール球に反応しない。

 高校時代はもっと、ボール球でも打てると思ったら、ガンガン振ってきていたと思うのだが。

 結局歩かせて、ツーアウトからのランナーとなった。


 四番の金剛寺は不動のライガースの四番であり、今シーズンも問題なく三割を打っており、ホームランも出ている。

 吉村としても去年にホームランを打たれており、勝負したいバッターではない。

 結局ここも歩かせ気味で、ツーアウトからランナー一二塁となる。


 だが吉村もプロで一年揉まれて、タフでしたたかになっている。

 五番に入っている島本を打ち取ってスリーアウト。一回の表に得点は許さず。




 この日のライガースの先発はベテランの椎名である。

 これが今期三登板目であるが、まだ勝ち星がついていない。

 ただ先発した試合自体は一勝一敗なので、完全に序盤で試合を崩してしまったということもない。

 ベテランなりの、隙を見せずに隙を突く投球で、ランナーを出してもそう簡単には進ませない。


 それでも六回までを投げて三失点。

 クオリティスタートという点では及第点なのだが、ライガース側が一点も取れていなくてはどうしようもない。

 七回の表にもライガースが得点できなかったところで、投手交代である。


 中継ぎにおいても、特に勝ちパターンでの試合の中継ぎをセットアッパーという。

 ライガースの場合は青山がこのポジションであり、琴山は勝っている試合か同点、もしくは逆転できそうな状況で投げる場合が多い。

 3-0というスコアはまだ敗北が決まった試合ではないのだが、投手をつぎ込んでこれ以上の失点を防いでいっても、勝ちにつながるとは限らない。

 こういう時に使われるのは、二軍から上がってきた選手であったり、敗戦処理ではないが微妙な立場のピッチャーだ。

 本日の中継ぎ一枚目は、35歳の松江。一年だけ先発で二桁勝利を記録したが、それ以外は先発でも微妙な成績を残し、この数年は微妙な展開での中継ぎをすることが多い。

 首脳陣としては、ここまで大きく勝ち星が先行していたため、特にリリーフから勝ち星がついてしまっている琴山を休ませたいという思惑があった。


 松江としては回またぎのリリーフは可能であり、今年のライガースの勢いなら、残り二イニングとは言え逆転のチャンスはある。

 ただピッチャーの打席があるため、そこで代打を使われる可能性の方が高い。

 ホールドのつかない場面での起用ではあるが、しっかりと抑えて防御率は下げておきたい。




 ライガースの首脳陣としては、かなり厳しいとは思っている。

 二年目の吉村が無失点に抑えられたし、八回も下位打線からだ。

 そしてレックスは逃げ切り態勢で、セットアッパーの一枚目を切ってくる。


 八回の表の攻撃は、ピッチャーの松江からなので、ここで代打。

 これが当たって、見事にヒットで塁に出て先頭の西片へと回す。

 続く西片は欲を出さずに、制球の乱れたピッチャーから四球で出塁。

 そして回ってくるのは本日ノーヒットの石井である。


 ノーアウトの一二塁。順当に行けば金剛寺まで回る。

 ここでアウトになってもランナーが残っていれば、大介が打って金剛寺に回すという可能性がある。

 石井に代打は送られず、このまま勝負。

 打力は微妙な石井なので、強気で攻めても三点差があるのだが、ここで相手のピッチャーはコントロールが定まらない。

 なんと連続フォアボール。ノーアウト満塁という超美味しい場面で、大介に回ってきた。




 レックス側ベンチから試合の様子を見ていた吉村は、誰にも聞こえないように呟く。

「負けたか」

 劇的な場面でこそ、白石大介は打つ。

 レックスの首脳陣も動く。ここまでの分析によって、ある程度は大介の弱点らしき部分も調べているのだ。


 左の大介に対し、左のサイドスローを当ててくる。

 スライダーを使う左投手のピッチングは、大介には有効なはずである。

 ただ大介としても、己の弱点についてはちゃんと認識している。


 オープン戦でも当たったことのないピッチャーであるが、左殺しとしてそもそも有名な中継ぎである。

 己の弱点を消すために、大介はまず相手ピッチャーの球の軌道を正確にトレースした。

 その想像力に合わせて体を動かすのだが、言うほど簡単なことではない。


 さて、何球目で投げてくるか。

 初球はストレートをアウトローに外してきた。これでも別に、無理に打とうとしてもうてなくはなかったが。

 二球目が背中からのスライダー。体を早めに開いた大介は、スイングせずにボールの軌道を見る。

 ストライクで平行カウントになった。

(この人の球種はスライダーとチェンジアップ。基本は緩急のついた変化球でカウントを稼いで、右バッターにはストレートかチェンジアップ、左バッターにはスライダーかストレート)

 データを思い出しつつ、三球目を待つ。

 チェンジアップ。外角低めにわずかに外れる。


 ストライクを二球は待てる。

 歩かせてもいいと思って外してくるかもしれないが、押し出しになる上に次は金剛寺だ。

 不動のライガースの四番を前に、高卒ルーキーを怖がって逃げるわけにはいかないだろう。

(次かな)

 四球目、ボールの軌道から即座に判断。

 背中から曲がってくるように見えるスライダーを、脳内で微調整した軌道で弾き返す。


 いったな。

 神宮のスタンドに見事に入った、逆転満塁ホームラン。

 大介のプロ野球人生における、初めてのグランドスラムであった。



 ここからライガースは続く金剛寺がアベックホームラン。点差を二点へと広げる。

 逆転したライガースは八回の裏を青山、九回の裏を足立という勝利の方程式で相手を封じる。

 椎名はクオリティスタート、松江は無失点ピッチング、青山はホールド、足立はセーブという、投手の流れが結果的には上手くいった。

 勝ち星のつかなかった椎名は運が悪かったが、これでライガースは三連勝。

 通算成績を12勝2敗という、完全に頭一つ抜けた状態になっていた。


 白石大介は左のスライド変化に弱かったのではなかったのか?

 多くの球団のトラックマンから、そういう分析は出ていたのだ。

 だから大介は、よりにもよってスライダーを角度をつけて投げてくる、左のピッチャーから打つ必要があったのだ。

 これで左のスライダーやカーブも効果的ではないと思われたら、対応しなければいけない球は減ってくる。

 ヒーローインタビューでは控え目に、しかし喜びをもって語る大介であった、




 なお、12勝2敗という圧倒的な進撃をしていたライガースであったが、次のレックス三連戦の最終試合では、乱打戦となってあっさりと負けた。 

 ピッチャーが試合を作らなければ、バッターでは試合を決められないという参考になったかもしれない。

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