第152話 束の間の休息
シーズン戦が全て終了した。
セ・リーグの覇者は、三年連続で大阪ライガース。
高橋は甲子園球場で引退試合を行い、五回までを投げて五点を取られた。
その後ライガースが打線の爆発で、高橋の負け星を消した。
通算202勝171敗17ホールド2セーブ。
偉大なる投手の、野球人生の幕引きであった。
そしてせっかくの引退試合をかすませてしまったのが、大介のホームラン記録である。
最終戦にはホームランは出ず、67本で決着。
だが今年九試合を欠場したということを考えれば、134試合で67本、量ったように二試合に一本のホームランとなっていた。
もっともホームランが全く出ない、スランプの時期もあったのだが。
来年フル試合出場し、スランプもなかったらどうなるのか。
NPBの試合数でMLBの年間記録を抜くという、おかしな成績になるかもしれない。
なにせ大介は、これまでに何度も、おかしなことを起こし続けてきたのだ。
人類で唯一、本物の予告ホームランを打った怪物は、まだまだ成長の余地があるらしい。
そのうち上杉以外にはまともに抑えられなくなるかもしれない。
そうなればあるいは、MLBへの挑戦もあるのだろうか。
プロ入り三年目の大介は、打率はかなり落としてしまった。それでも首位打者ではあるのだが。
打率0.379
出塁率0.530
OPS1.484
OPSが去年よりも上がっているところが、やはりホームラン増加数と関係しているのだろう。
打席 546
打数 412
安打 157
得点 144
打点 165
本塁打 67
盗塁 86
四球 133
三振 19
九試合の欠場により、ホームラン以外の成績は、多くが前年より減少した。
だがホームランを打つためには勝負させることが必要で、そのために塁に出れば積極的に盗塁したため、盗塁数も上がっている。
歩かせても勝手に二塁まで進まれてしまうのなら、勝負した方がマシと思わせるのだ。
その代わりランナーが二塁にしかいない状況では、ほとんど空いている一塁に歩かされることになっているが。
最多安打以外のタイトルは、全て取ってしまった大介である。
三割、60本、80盗塁を達成した選手は、当然ながらNPBの長い歴史の中でも存在しない。
これが去年の打率だったらと思うと、ぞっとするのが野球関係者である。
上杉も人間の限界に近い。174kmという球速は、人間の肉体構造の理論的最高値に近いのだ。
なのでこれから上杉がさらに爆発的に成長するなら、変化球のマスターが一番であろう。
コントロールはそもそもいいのだ。直史ほどの変態的な制御力は持っていないが。
対する大介は、まだまだ成長の余地があるのかもしれない。
打率上昇、ホームランのさらなる増加が、来年の課題と自分では決めている。
打点はもう、これ以上は伸びないであろう。
もし伸びるならば、リーグのピッチャーや監督が、脳みそお花畑の勝負重視になった時だ。
ルールが改正されて、強打者との対決が避けにくいようになれば、一気に多くの記録が塗り替えられるだろう。
大介は今年も三冠、さらに言うなら出塁率や盗塁王のタイトルも取ったため、当然ながら記者会見が行われる。
だがその一日だけ空いた休息の日に、東京に残る。
泊まる先はツインズのマンションとなるのだが、ストイックな大介はシーズン中は野球に集中するため、エロいことはあまりしない。多少はする。
どのみちこの時期、ツインズは千葉に行っている。
仕事の関係で、泊り込みなのだ。
そんなわけで大介は、千葉まで戻ることはなく、東京を歩くことになった。
そこそこ知り合いの多い東京であるが、この時期にはプロ野球関係者はまだ忙しい。
シーズンBクラスに終わった球団の選手は、秋のキャンプを行うのだ。
すると当然と言うか、大学に遊びに来るわけだ。
いや何が当然なのかは分からないが。
やってきたのは早稲谷大学。
スマホで適当に調べただけの大介は、キャンパスのあまりの広さに驚いたものである。
しかも野球部のグラウンドはそこそこ離れた場所にある。
大学野球は秋のリーグ戦が始まっている。
平日には練習をして、土日に試合というのが、大学野球のスケジュールだ。
もっとも六つの大学が一日に二試合を行うので、毎週試合というわけでもない。
グラウンド沿いには多くのマスコミ、球団関係者、そしてファンが集結している。
(大学野球ってこんな感じなんだっけ?)
人が多すぎて、練習が見れない。
ただし囲んでいる人間の中に、知り合いは何人かいる。
「おっちゃん、今日はこっちなの?」
声をかけられた雑誌記者は大介をチラと見て、それから驚いて二度見した。
なんでこんなところにいるんだ、という顔である。まあ大介も、なんでこんなところに来たかは感覚である。
「なんでこんなところに?」
当然の問いに、大介も適当に理由を探す。
「あ~、友達に会いに来ただけなんだけど」
「佐藤長男はいないよ。次男と三男はいるけど」
「なんでまた」
「彼は大学四年から大学院に入るから、勉強が忙しいんだって。なあ、本当にもうプロには来ないのかな?」
逆に尋ねてくるが、大介だってそんなことは知らないのだ。
ただ、WBCの大会において、直史が噛み締めるように、一つ一つのプレイをしていたことは見てきた。
あれは別れの挨拶のようなものなのだろう。
直史は野球が好きだが、野球に人生をかけるタイプでもない。
最後の最高の舞台として、WBCを選んだのだ。
「せごどんは?」
「西郷もいるはずだよ。とにかく佐藤だけはもう特別枠だから」
「まあ実績からして世界一のピッチャーだしなあ」
「三冠王の評価としては、上杉よりも上なのか?」
「そういうのじゃなくて……」
大介は頭の中で考える。
「上杉さんとは、ピッチャーとバッターとして、本気で勝負をするんだよな。それでどちらが勝つかは分からない。どちらかというと、俺が不利な感じ。でも、ナオはそういうタイプじゃないんだ」
言葉の選択は大事だろう。
「ナオが俺と勝負してくるなら、それは勝てる確信を持った時なんだ。あの壮行試合の時みたいに」
わざわざ無意味な敬遠をしてまで、大介との勝負を選んだ直史。
あれはまさにラスボスの所業であった。
あちらにとっては大介こそがラスボスだったのかもしれないが。
しかし直史はいないし、このままフラッと会うことも出来そうにない。
早稲谷には武史がいるので、あいつとも会ってみたいかなとも思うのだが。
「明日は記者会見だっけ?」
「そうそう。正直めんどくさい」
「まあスーパースターの宿命だけどな」
そんな会話をしている間に、周囲も業界人だけに、大介には気付いてくるわけだ。
「白石君、なんでこんなとこ来てるの?」
ライガースの関東担当スカウトもいるわけである。
「普通に友達に会いに来たんだけど、なんか練習に出てないみたいだった」
「ああ、佐藤君か」
「スカウトが来てるってことは、やっぱうちはせごどん狙いなの?」
「それは選手にも秘密だなあ」
だがライガースは最近かなり出場数が減っている、金剛寺の次の主砲を探しているのは確かだ。
現場としてはピッチャーを多く取って、今季成績の悪化したリリーフ陣を、どうにか立て直したいところなのだが。
変に注目が集まってしまって、大介は逃げ出す。
東京のマンションには自分の私物もそこそこ置いてあるが、あれはあれでこちらに置いておきたいものなのだ。
そのまま東京駅まで向かうと、球団寮へ帰る。
翌日の記者会見では、また色々と質問が降ってくるであろう。
ちなみに在京球団と違って兵庫に住所のある大介は、寮を出て行くつもりは毛頭ない。
もう年俸はチーム一となり、それどころか球界全体でも上杉に続く高年俸になるのだが、純粋に一人暮らしがめんどくさい。
寮であれば衣食住のうち、特に食事が完璧である。
牙王寮の食事が美味いのは、世間にも知られていることだ。
それに部屋から出たらすぐに、トレーニングルームがある。
純粋に己の野球力を高めるためには、この環境は素晴らしいのだ。
それ以上野球が上手くなってどうするのか。
ほとんどの選手にとって大介の達している高みは、想像の埒外にある。
だが大介としては打撃を極めるなどというのは、ストライクゾーンに入ってきた全ての球をホームランに出来るぐらいにまでなって、初めて言えることだと思うのだ。
つまり、道は果てしなく、終わりはない。
ただ諦めてしまうことだけは、限りなく簡単だ。
寮に戻ってきた大介は、予定を変更していたため、食事が準備されていない。
よって珍しく一人で外食となる。
大介は自分をセレブなどと考える頭は毛頭ないため、大衆的な定食屋に行くことが多い。
代々のライガース選手の色紙を飾っているような店だ。
そこで大介は通常の三倍ほどの食事をするのだ。
カウンター席の一番端で、とにかく量を食う大介。
それからは腹ごなしに自転車で寮まで帰る。
せっかく買った車であるが、月に数度買い物に行くか、契約してあるマンションに行く以外には、使うことはほとんどない。
寮から甲子園の近辺までは、だいたい自転車でどうにかなるのだ。
そして行われる記者会見。
三冠王に加え、盗塁王、最高出塁率のタイトルを取り、もはや独占と言っても全くおかしくない。
ただ大介にしてみれば、シーズンはここからが本番とも言えるのだ。
クライマックスシリーズ、そして日本シリーズ。
三連覇というのはライガースに限らず、日本のプロ野球の歴史を見ても、そうそうあるものではない。
逆に大介はプロに入って以来、日本一以外を経験していないのだ。
中学時代はレギュラーにもなれず、代走として、あるいは守備固めとして使われることが多かった、小さな巨人。
高校入学以降は、特に一年の秋からは、誰にも真似できないほどの実績を残してきた。
二年の秋の国体からは、神宮、センバツ、選手権、国体と、無敗で最後までを終えた。
大介が入るまでは二年連続で五位だったライガースが、今では常勝軍団となっている。
確かに大介の貢献は大きいが、同期の山倉に大原、一年後輩の真田に毛利など、一気にチームが若返っている。
三冠を取っていながらも、大介に来年のことなどはまだ全く頭にない。
目の前のクライマックスシリーズと、その先の日本シリーズに向けて、緊張感を切らしていないのだ。
マスコミからすると、大介は野球自体でとんでもないことをしながら、その私生活は庶民的である。
上杉と同じように、スキャンダルが全くない。
二大巨頭がストイックなので、今の若手はストイックな選手が多くなっている。
単に大介はいつ選手として動けなくなるか分からないから、倹約しているだけなのだが。
記者会見でもとにかく、大介が言うのは「まだ今年は終わっていない」ということばかり。
今年はかなりぎりぎりまでペナントレースの結果が判明しなかったので、実はこの時点では、浮かれている者も多かった。
だが二位の神奈川は最終戦で上杉が復帰して、まるで助走をかけるかのように、プロ入り三度目のノーヒットノーランを達成している。
今年の上杉は結局、30先発の25勝1敗。
一人で24個の貯金を作ったのもすごいが、30先発のうちで26も勝敗がついたというのがすごい。
もし骨折がなければ、あと三試合は投げていただろう。
ライガースに二年連続でクライマックスシリーズで敗北したのは、上杉にとってもチームにとっても、不本意なのは間違いない。
三位のタイタンズとの対決をあっさりと制して、必ずファイナルステージにまで勝ち上がってくる。
そして骨折の間に充分に休んだ上杉が、どれだけのパフォーマンスを発揮してくるか。
これまでにはない上杉が見られるかもしれない。
ライガースもクライマックスシリーズに向けて、真田が戻ってきた。
今年は24登板もしながら、14勝2敗。
去年が19登板の16勝1敗であることを考えると、成績は悪化してしまったように見える。
実際はリリーフ陣が崩れることが多かっただけで、防御率やWHIPなどは去年よりも数字は良化しているのだが。
今年は先発ローテのピッチャーの多くが、勝敗の成績を落としてしまったように見える。
だが実際は、リリーフ陣の安定しなかったことが、勝ち星を消してしまうことにつながったのだ。
実は今年、ローテを担った主な六人の中で、最も勝ち負けがしっかりとついたのは、四年目で大きくブレイクした大原である。
23先発の12勝7敗と、貯金自体は真田よりもずっと少ないが、投げたイニング数と完投数が、圧倒的に優っていたのだ。
ある意味真田は、強いがゆえに大事に使われたとも言える。
真田の先発した試合は、最終的な勝敗は、16勝6敗2分なので、間違いなくライガースのエースである。
小さな故障で二度の離脱があった山田は、20登板の11勝4敗。
やはりリリーフ陣の強化が、今年のオフの課題になるであろう。
そのリリーフ陣に関しては、このプレイオフでも問題になるかもしれない。
中継ぎ陣では青山が9勝5敗、レイトナーが8勝5敗と、もちろん同点の状態からリリーフして勝ち星を得たことも多いのだが、追いつかれてからさらに味方が勝ち越し、自分に勝ち星がついたことが多い。
なおクローザーのウェイドは、1勝3敗26セーブと、かなりいい数字を残している。
つまり七回と八回のセットアッパーが、今年は調子が悪かったのだ。
クローザーから中継ぎに役割を変えたオークレイは、3勝3敗なので、それほど悪くはない。
だが神奈川には今年の最優秀救援投手に輝いた、峠もいるのである。
打線においては、圧倒的に上回るライガース。
だが勝負は、ピッチャーの出来で決まるかもしれない。
×××
本日群雄伝が更新されています。
なお大介の一年目と二年目の成績は、主に51話と96話にあります。
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