第151話 ラストスパート
上杉の離脱により、ライガースは一気に神奈川を引き離すチャンスを得た。
とは言っても、ベンチの中にさえいないのに、チームに影響を与えるのが上杉だ。
そもそも投手陣はそれなりに揃っていたのと、打線も上杉の登板の時に合わせて、打つよりも守る方を優先してしまっている場合があった。
その上杉がいない以上、自分たちの手で勝たなければいけない。
上杉の存在は一気に、負け犬根性の染み付いていたスターズを一気に優勝まで持っていった。
ライガースはそれに比べると、チーム全体のベテラン化は進んで、若手の台頭があまりなかったのだが、大介の活躍で一気に世代交代が進んだ。
その中でもまだ四番を打っている金剛寺は、本当にレジェンドではある。
20代も半ばになってからようやく開花したその金剛寺だが、さすがにもう肉体的には全盛期を過ぎ去っている。
それでも経験と、若いうちに苦労したことによる節制から、その実力を衰えさせることがなかった。
今回の場合は、大介は上杉に勝てなかったが、ローテを何度も飛ばせることに成功した。
ここで一気にゲーム差をつけて、優勝を確定させておきたい。
そしたら甲子園球場の最終戦で、高橋の引退試合を行えるからだ。
甲子園でのタイタンズとの三連戦。
現在三位にいるタイタンズは、二位のスターズとはゲーム差があるが、四位のレックスとはさほどの差がない。
まだ逆転の可能性が残されているのだ。
ただしライガースとしては、現在の戦力が安定していて、クライマックスシリーズの最初にスターズの戦力を削ってくれる、タイタンズが三位になった方がいい。
かといってわざと負けろなどと選手には言えない。
せめて出来る事は、ピッチャーを酷使せずに、プレイオフに向けて疲労を抜いていくことだ。
ピッチャー以外でも調子が悪い者や、小さな怪我をしている選手は、交代で休ませていく。
タイタンズとの三連戦は、二勝一敗で終えた。
大介の打ったホームランは一本で、63本にまで記録を伸ばした。
現時点で打率も二位と二分以上の差があり、打点も30点以上の差がある。
残り試合数から考えて、三年連続の三冠王は間違いないだろう。
次はフェニックスとの試合を一試合、甲子園で行う。
先発は真田であるため、ここも確実に勝てるはずであった。
だがこの試合、真田は今年初めて五失点で敗戦投手となる。
試合の序盤から肩にわずかな痛みがあり、それが気になってコントロールが乱れたせいである。
その後は打線の反撃も及ばず、リリーフ陣も追加点を許し、3-7と敗北した。
真田はすぐに病院に連れて行かれて精密検査を受けたが、筋肉の炎症以外には特に深刻なものは見つからない。
ただ二週間のノースローを告げられた。
上杉が抜けたすぐ後に、ライガースもエースを失った。
だが両者は共に、クライマックスシリーズまで進めば戻ってくるだろう。
骨折した上杉が戻ってくるのはタイミングが微妙かもしれないが、大介は骨折が二日で治ったのだ。
もちろんこの二人は、化け物という以外では別人なので、それを参考にするわけにはいかない。
だが上杉ならばクライマックスシリーズどころか、シーズン終盤に投げてきてもおかしくはない。
フェニックスとの試合では二度も勝負を避けられた大介は、さすがにここでホームラン数を伸ばすことはなかった。
だが次の広島との一戦では、64号のホームランを打った。
どこまで伸ばすのだろう、この記録は。
試合は134試合を消化。
残りの九試合で、何本のホームランが打てるか。
全部の試合で打てたなら、143試合しかないNPBのシーズンで、しかも休場した試合があったにも関わらず、MLBのシーズン記録に並ぶことになるが。
もっともここからは、チームとしては落とせない試合が続く。
シーズンの中盤で天候不順で中止になっていたものと合わせて、神奈川との五連戦が繰り広げられるからだ。
ゲーム差は二のまま変わらず。
この五連戦で勝ち越したチームがライガースであった場合、まずペナントレースの優勝も決まるであろう。
まずは二試合を甲子園で行い、それから神奈川スタジアムで三試合を行う。
実のところ大介などは、そろそろ上杉が復活してくるのではなどと思ったりもしている。
自分を基準に考えているので。
骨折は二日では治らないし、大介と違って上杉の亀裂骨折は、少し大きなものであった。
甲子園での二連戦、ライガースの先発は山田である。
復調してきた山田の前に、神奈川は中盤まで打線が沈黙。
その中で大介は、ホームランこそ打てないものの打点を重ねる。
神奈川はほとんど、大介とは勝負すること自体が無謀だと考えつつある。
ペナントレースの順位が決まるこの連戦、まともに勝負をしてこない考えであるらしい。
一点のリードで終盤を迎えて、リリーフへの継投。
ここで失敗することが多いのだが、今日は上手くいった。
今季10勝目で、どうにか二桁に勝ち星を乗せた。
防御率などはいいのだが、なかなか勝ち星が増えない今季であったが、ローテ通りならあと一度は先発がある。
ゲーム差は三となって、優勝へまた一歩近付く。
甲子園での二戦目、先発は大原。
ここまで12勝7敗と、先発すると完投まで投げることが多いので、しっかりと勝敗がついている。
それも勝ち星先行なので、首脳陣としては非常に使いやすい。
14勝の真田に続いて、チームでは二位の勝ち星となる。
もっとも真田と違って、貯金の数はそれほど多くない。
だが大原も今のプロ野球では絶滅危惧種の、完投が出来るタイプのピッチャーだ。
本格的にローテを回して二桁勝利。
年俸も一気に上がるであろう。
だがこの試合は勝ち負けがつかず、リリーフ陣へと勝ち星が移行してしまった。
チームとしては勝利して、これでゲーム差は四。
残り七ゲームでゲーム差が四なら、普通はこれで決まりである。
だが神奈川との直接対決が、まだ三試合も残っているのである。
そして舞台は神奈川に移る。
神奈川スタジアムも、地元の応援団がスタジアムを満席に埋める。
その中でも地元や、遠征してきたライガースファンはそれなりにいる。
大介の記録がどこまで伸びていくのかも注目だが、今年は昨年などと違って、ペナント争いがここまでもつれている。
若手が多くなっているライガースは、ポストシーズンの試合には強かったが、シーズン終盤の試合のゲーム差争いには慣れていない。
去年もその前も、神奈川相手にクライマックスシリーズで勝てた理由は分かっている。
シーズン優勝でファイナルステージのアドバンテージがあったからだ。
その前の二年間、神奈川は日本シリーズで、共に上杉が三勝を上げていた。
残りの一勝を他のピッチャーがどうにかして勝ち取るという、完全に上杉頼みの優勝であったのだ。
もちろん興行的には、上杉のようなスーパースターがいた方がいい。
圧倒的な成績を上げ続ける上杉は、野球というスポーツの中でも絶対的な憧れの的なのだ。
絶対にこのホーム三連戦は、勝っておきたい神奈川である。
実際にそれは不可能ではない。
真田がポストシーズンで投げられるように、休養の短期離脱している今、ライガースのローテ陣は弱体化している。
神奈川スタジアムの第一戦は、飛田が先発であるのだ。
飛田も中継ぎで成果を出し、抜けていったベテランの穴を埋めるように、ローテ入りしたピッチャーである。
だが完投するのはよほどの運がないと無理であるし、リリーフ陣の弱体化のみならず、逆にリリーフ陣に負けを潰してもらったこともある。
ただここで三連勝しなければ、ほぼ確実に優勝のなくなる神奈川は、本当に応援がすごい。
この二年ライガースにことごとく負けてきたというのも、この応援の盛り上がりと関係しているのだろう。
試合はおおよその予想通り、ある程度の点の取り合いとなった。
そんな中で大介は歩かされることが、多いのだが、それでも勝負しなければいけない場面は出てくる。
ホームランこそ出なかったものの、着実に打点を稼いでいく。
それでもそれ以上にピッチャーが点を取られては、試合に勝てないのが野球である。
終盤のリリーフ陣が打たれて、ここは負け。
ゲーム差は三へと縮まった。
続く二戦目は星野が先発である。
ライガースは確かにローテの投手は強くなったが、それ以外の部分が足りていない。
普段はリリーフとして働き、チャンスがあれば先発に回る。
現在は外国人枠四つを、二つをリリーフに、一つをクローザーに回しているが、やはり先発で一人はほしいと思ってしまう。
なんだかんだいって外国人のピッチャーには、先発でなければ抑えを期待してしまうのだ。
それに中継ぎでももっと数字がいいならともかく、今年はレイトナーもオークレイも数字を落としている。
この試合も確かに星野はそこそこ点を取られたが、打線もそれなりに援護した。
だがリリーフ陣がそれ以上にまた点を取られたため、負け星がついてしまう。
チームとしても負けて、これでゲーム差は二になる。
三戦目の先発は山倉。
ここで負けたら一ゲーム差と、割と洒落にならない状態になる。
それでも残りの四戦を全勝できたら問題ないが、真田が抜けている状態では確実に勝てるピッチャーがいなくなる。
山田もここ最近は復調してきたが、ブレイクした年やその次の年ほどの勢いはない。
とりあえずしばらくプロ野球株式会社で食っていけることで、安心してしまったのか。
それでも充分すぎるほどの貯金はしているが。
ここまで地元で二連勝したのに、わずかに気が緩んでいたのか。
ライガースの打線が久しぶりに上手くつながった。
常にリードする展開の中、大介も66号を打つ。
さらに打点を加えて、7-3の勝利。
ゲーム差は三に開いて、ライガースの優勝が近付いてくる。
この頃になると、雨天順延などで中止になった試合の消化のみとなる。
残り四ゲームでゲーム差は三。
二連勝してしまえば神奈川の成績に関係なく、ライガースの優勝が決まる。
そして最終戦がアウェイであるため、出来れば二連勝して優勝を決め、甲子園の最終戦で高橋の引退試合を行いたい。
ライガースが負けても神奈川も負ければ、ゲーム差は縮まらず。
その場合は勝率差で、ライガースの優勝が決まる。
甲子園でのタイタンズとの試合。
これが今季のタイタンズとの最終戦で、タイタンズは三位が決定しているが、クライマックスシリーズに向けて選手の調整を始めている。
上杉の骨折が間に合わないなら、充分に勝つチャンスはあると思っているのだ。
この試合でライガースが勝てば、優勝が決まる。
ライガースの先発は山田。そしてタイタンズはやや時間がかかったが、今年は10勝に達した本多が先発である。
高校時代は甲子園では対決しなかった本多と、プロの優勝決定戦で勝負する。
思えば不思議なめぐり合わせもあったものだ。
今季の本多はようやくストレートが走るようになってきて、158kmのMAXをたびたび出している。
ただ相変わらず、立ち上がりの悪さや制球の乱れは、こんな舞台でも変わらない。
だが負ければライガースに目の前で胴上げされるとは分かっているのに、気負いなく大介にも投げてくる。
神奈川の大滝とは違い、大介にポンポンとホームランを打たれるわけではない。
だが三打席正面から勝負して、ヒットを二本打たれた。
終盤は同点の状況で、両軍共にクローザーに全てを託す。
他の球場からの連絡では、神奈川は勝っているとのこと。
つまり今日は勝たなければ、優勝はないのだ。
四打席目の大介はフォアボールで出塁し、足でピッチャーを揺さぶる。
タイタンズのクローザーはそれよりもまず、目の前の金剛寺に対応するべきだろう。
九回の裏、ツーアウト一塁から、四番の金剛寺。
今年もまた二桁のホームランを打っているが、怪我での離脱期間は長い。
打率が高く長打を打てるバッターが入れば、後を託して引退も出来るのだが。
それでも打てる限りは、選手でいたいと思っているのが金剛寺だ。
DHのあるパの球団なら、もうしばらくは怪我の危険も少なく働けるのだろう。
だがドラフト下位から登りつめたこのライガースに、骨を埋めたいとも思っているのだ。
わずかに浮いた球を叩くと、それが外野の頭を越えていく。
ツーアウトなので自動スタートのランナー大介は、軽々とダイヤモンドを回っていく。
中継からキャッチャーに届く前に、ノースライで駆け抜けた。
ベンチから選手たちもコーチたちも、全員が飛び出してくる。
これにて大阪ライガースは、三年連続でペナントレースを制したのであった。
例年ならこれでクライマックスシリーズまで一呼吸なのだが、大介にはそれは許されていない。
現在66本となっているホームランの数が、どこまで伸びるか。
残り三試合で、全部打てたら69本。
それは無理だとしても、これまでの記録の60本を、大きく上回る数字を残した。
とは言っても大介は、現在0.379の打率を、どうにか0.380にまでは上げたいのだが。
打点も162点と、去年よりも大幅に低下している。
打てる球を打つ、いわゆる好球必打。
既に優勝が決まった以上、大介は自分の記録だけを気にすればいい。
だがどうせ打つならば、勝利には貢献したい。
変なプレッシャーもなく、優勝も決まって伸び伸びと打っていける。
投手陣もクライマックスシリーズに向けて、調整のような感じで投げてくる。
あとは真田がちゃんと予定通りに復帰してくれば、今年も日本シリーズ目指して戦える。
67本目のホームランを打ったその日、大介の耳に入ってきたのは、真田の復帰のスケジュールではない。
上杉が骨折から予定より早く復帰して、神奈川の最終戦に投げてくるとの情報であった。
全治一ヶ月のはずが、三週間で戻ってくる。
上杉のことだから別に無茶でもなく、確実に治してから来ているのだろう。
シーズン中は中四日や中五日で投げていたことが多いのだから、むしろいい休養になったと思うべきか。
ライガースも最終戦は、神宮でのレックスとの試合になる。
東京で少し休んでいこうかな、とわずかに気を緩める大介であった。
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