第127話 本当の地元開幕

 センバツが終わりついに、ライガースの本拠地甲子園で、タイタンズを迎えた三連戦が行われる。

 この二年はタイタンズに大きく勝ち越しているライガースであるが、特に去年は開幕三連勝であった。

 今年も一試合目は真田が投げる。

 タイタンズの先発は、なんと本多である。

 エースの加納が、大介が入団以降のライガースと徹底的に相性が悪く、荒川が遠征なしという条件となると、人選は限られてくる。

 

 なぜタイタンズの首脳陣が本多を選んだのか。

 それは純粋に実力がついてきたということの他に、本多が高校時代、甲子園で人気のあるピッチャーだったからだ。

 上杉と対戦して、完全試合をくらいそうになった帝都一。

 その時投げていたのが、二年生の本多であった。

 ちなみに一年生の時の夏から第二エースとして投げていた、その時に優勝している。

 本人としては先輩たちによって連れて行ってもらった、全国制覇だという意識が強い。


「お~、本多や本多」

「どこの本多や」

「ほれ、帝都一の。一年の時にエースの代わりによう投げとったやろ」

「お~お~懐かしいのう」

「タイタンズかあ。あほんだらの島野らは、本多取っといたら良かったねん」

「何言うとんねん。あの時入った大江は神戸出身やろが」


 こんな感じでグダグダの会話をしたりするのだが、そもそもあの年のライガースは野手を取りに行って、実城を外して大江を外れ一位で取ったのだ。

 現在の活躍度を見ると、大江で正解だったのではないかと思う。

 ただ実城は福岡にいるから出場機会がなくて、他の球団だったらもっと早々に、一軍のスタメンをつかんでいたのかもしれない。

 だが当時はセの球団はピッチャーが足りておらず、パはバッティングを求めていた。

 しかし高卒がプロのレベルにアジャストする前に、他の選手が伸びてきたり、外国人の戦力を確保出来たリというのは、あることなのだ。




 真田が一年の夏、本多は三年であった。

 あの夏、高校野球では、帝都一も大阪光陰も、準決勝で敗退した。

 そのため対決はなかったのだが、SS世代を除いた場合、この二人は世代屈指のピッチャーと言われていた。


 ただ、爆発した時の力では本多もすごいが、安定感では真田だろうと言われていた。

 同じ関東において、安定感なら本多より上と言われた玉縄と投げ合って、勝っていたのであるから。

 実城のみならず、高校通算20本塁打以上の選手が六番まで揃っていた、神奈川湘南の超強力打線。

 それを完封した一年の真田は、間違いなくあの時点では、一二を争うスーパースター候補であったのだ。

 一年生で152kmを投げる化け物がいたので、あくまでもボールのキレなどに優れた真田は、目立たなかったということもある。


 ただ一年生の段階では、間違いなく武史は、真田には遠く及ばない存在であった。

 しかし今、武史は日本人の中でも二番目となる、166kmまで球速を伸ばしている。

 単に速いだけではなく、レベルの高い六大学リーグで、平気で20個近い三振を取るぐらいだ。

 そして将来はプロを志望している。

 レックスと明確に希望を宣言していて、他なら別に野球はやめてもいいと、あまりにも才能を無駄にしすぎている。


 真田が本当に勝ちたいのは、佐藤直史でも、白石大介でも、上杉勝也でもない。

 あの甲子園の決勝で、よく分からない力でもって、大阪光陰を破った武史である。

 そもそも兄の方はプロに来ないらしいので、戦いようがないというのもある。


 球速に関して言えば、もはや太刀打ち出来ないほどの差が開いている。

 だが球速が全てではないと、プロの技術で教えてやれるのだ。




 かなり気負っている感じもした真田であるが、いざ試合に入るとそれも収まる。

 今年も新しい外国人を連れて来て、それが外れっぽいタイタンズは、あっさりと三人で終わった。

 三年目の井口は、そこそこ走れるバッターでもあるのだから、五番ではなく三番に持ってきた方がいいと思う。


 そしていよいよ、甲子園での大介と本多の対決である。

 一度だけその機会はあった。

 だが帝都一が春日山の執念に負け、白富東も春日山の執念に負け、あの年は穴馬扱いされていた春日山が優勝した。

 去年のシーズン終盤から一軍で投げるようになった本多だが、大介と甲子園で対決するのが初めてなのだ。

 ちゃんと勝負させてもらうために、慎重に一番と二番を打ち取る。

 さあ、お待ちかねの大介との対決だ。


 本多と言えば、もちろんストレートも世代ナンバーワンであったのだが、決め球のフォークも有名であった。

 その本多が、大介に挑む。

(立場が完全に逆転したよなあ)

 かつて初めて、練習試合で対戦した時は、そもそも本多が投げなかった。

 天下の帝都一が、本多にわざわざ投げさせるわけもないという話で、確かにあの時の白富東はまだ弱かった。

 次の年の春、関東大会では敗北したのだが。


 大介としては真田の援護のため、ここで打ってやりたいとは思う。

 それに本多が高校時代に比べて、どれぐらい成長しているかも楽しみだ。

 上から目線であるが、実際に今は大介の方が格上だ。

 その大介に対して、本多は適度に荒れたストレートを投げてくる。


 球速表示は158kmが出ている。

 確かにスピードは上がったが、それだけでは大介を打ち取ることは不可能だ。

(でも球威も上がってるよな)

 今のを打っていたら、外野フライになっていただろう。

(フォーク打ちたいな)

 本多のフォークはスピードと落差が両立している、彼にとっての決め球だ。

 それがどの程度のものになっているのか、実感したい。


 あえて追い込まれてみる。

 次の打席から点を取るための、これは投資である。

 そして期待していた通りに、明らかにボールの回転が少ない球が来る。

(フォーク!)

 膝の力を抜いて腕を畳み、その変化についていく。

 だがボールはさらに、そのスイングの下を潜った。


 三振である。

 実は前年から数えると、シーズンにおいて46打席ぶりの、大介の三振であった。




 ロースコアと言うか、完全に投手戦になった。

 真田もしっかりとタイタンズ打線を抑えて、三回まではエラー一つのノーヒットである。

 対してライガースも、四番金剛寺のヒット一本と、それぞれ一人ずつしか出塁していない。

 こういう緊迫した試合の時は、相手のピッチャーも誉めることがあるのが、ライガースの応援団のいいところである。

 ただタイタンズに対しては、どうしても敵愾心が強いのだが。


 共に最古の段階から存在する、東西の名門球団。

 そんなことを言いながらも、日本一になった回数などには格段の違いがある。

 あとはファンの違いであるが、ライガースの応援団は、タイタンズよりもはるかにどぎつい。

 ファンからさえも野次られるということは、どこの球団でも多少はあるだろう。

 だがライガースはそれが普通ではないのだ。


 そして底辺を進む間も、逆に野次って楽しむことがある。

 ライガースのファンというのは恐ろしいものなのだ。

 甲子園は魔窟である。


 二打席目の大介は、強烈なゴロを打って内野を抜いた。

 だが本多のフォークは明らかに、想定していたよりも強い落差がある。

 そのくせスピードも相当にあるのだから、日本のなんちゃって的な分類をするなら、スプリットのうちに入るのではないだろうか。

(上がらねえな……)

 ランナーとしては残塁で、守備につく。

 

 大介の打球は、基本がライナー性のものだ。

 角度があまりつかず、野手の正面に打球が飛ぶことはある。

 だが本多のフォークは、予想した軌道よりも下に沈んだ。

 ボールの上っ面を叩いたが、どうにか腰の回転で内野の間を抜く打球には出来た。


 だが今日の本多は、かなり調子が良さそうだ。

 いつもはある程度ボールになるほど球が散らばっているのだが、主にゾーンの中で勝負が出来ている。

 逆球はなく、四分割程度にはコントロールがついていて、ど真ん中には行かない。


 こういう投手戦が崩れるのは、エラーからの失点であったり、あるいは一発であったりする。

 そして一発という点では、ライガースには大介がいる。




 六回、まだスコアは0-0のまま、三打席目の大介。

 ランナーはおらず、また勝負の出来る状態である。

(フォークを打ちたかったんだけどな)

 そう思っている大介であるが、真田がここまで完璧なピッチングをしていれば、応援しないわけにもいかない。

 ノーヒットノーラン。

 あと三イニングと考えると、そろそろ現実味を帯びてくる。


 本多と真田を比較すると、確かに本多の方が爆発力は高い。

 それに課題も多く、まだまだ伸び代が残されているだろう。

 対する真田は、もう形としてはほぼ完成している。

 あとはこの形のまま、どれだけ長い道を歩いていくか。


 後輩のピッチャーに対しては、やはり援護をしてやるべきだろう。

 そう考えた大介はフォークの前、初級のストレートを叩いた。

 特に甘いコースでもなかった156kmのストレートだが、あまりにも正直すぎた。

 そしてそのボールは、甲子園球場の最上段の看板に当たった。

 下手をすれば間を抜けて、場外に落ちてもおかしくない打球であった。


(木製バットでもあそこまで飛ぶもんなんだな)

 普段のホームランと同じような感覚で、大介はベースを一周した。

 だが甲子園の観客は大歓声を送る。

 今季七試合目にして、既に七号ホームラン。

 打った本人が一番平然とした様子で、ベンチ前に出てきた真田と拳を合わせた。




 このホームランによって、本多は降板。

 ライガースは追撃の攻撃で、4-0までリードを広げることになる。

 そして真田は八回ツーアウトから、あっさりとヒットを打たれてしまった。

 大介の頭の上でも、ジャンプして届かないなら仕方がない。

 沈んだ真田はここでお役ご免。リリーフ陣に後を託すことになる。


 そして九回の最後の攻撃で、タイタンズは三点を返した。

 いくらなんでもここから逆転だと真田が気の毒であったが、なんとか残りの一点を守ることに成功。

 真田は今季二試合目にして、既に二勝である。

 ちなみに気になる上杉は、その前日に中五日で登板して、既に二勝目を上げていた。


 勝つには勝ったのでそれはいいのだが、ライガースの首脳陣は、問題点をはっきりと感じていた。

 リリーフ陣の層の薄さである。

 青山はもう安定の一イニングを任せられるセットアッパーなのだが、レイトナーとオークレイの二人の外国人助っ人が、微妙な成績なのである。

 特にオークレイは真田の勝ち星を消すところであった。

 今年で41歳と、さすがに年齢的な衰えはある。

 だが足立は41歳で最多セーブを取ったのだ。


 現在のライガースがロースターで抱えている外国人は、実は三人しかいない。

 ロバートソンと志龍が抜けたため、枠は余ってはいるのだ。

 もちろん二軍にも外国人がいるわけだが、それほど安定感のある中継ぎがいない。

 ましてオークレイのようにクローザーとなると、それこそいないということになる。


 もう37歳の青山であるが、クローザーとして通用しないことはないと思う。

 ただ青山は回またぎで投げてもらうことも多く、クローザー固定としたら一イニングと決める必要もあるだろう。

 とりあえずオークレイの代わりに、青山を使うことはあるかもしれないが。

「ちゅーか外国人枠一つ余ってるのに、なんで取ってこうへんねん」

「まあ二軍から誰か、上がってくるのを期待してたんでしょうけど」

 島野は国内のスカウトはこの数年、いい仕事をしているとは思っている。

 だが外国人は全て、外注で手配したものばかりではないか。

 オークレイにしても去年一年なら、いい感じの買い物だったのだ。

 年齢的な衰えを考えれば、新しいクローザーが必要なはずである。


 いっそのこと、琴山にでも任せてみるか?

 だが琴山もそこまで奪三振能力が高くないし、せっかく先発ローテは決まってきたところである。

 山田はエースであるし、真田はサウスポーだ。そもそも二年目の新人にクローザーというのは……真田ならこなしてしまいそうな気もするが。

 他の面子を見てみても、やはりクローザーが必要だ。

 とりあえずはオークレイを使うか、青山を持って行くか、現場で調整するしかないだろうが。


 二年連続で日本一、柳本の抜けた穴も、どうにか若手で埋められそう。

 大原が完投出来るタイプのイニングイーターというのは、非常にありがたいことである。そして新人ながら、真田は山田とエースを争うようなポジションにいる。

 高橋はさすがに限界と思っていたが、199勝まで勝ち星を伸ばし、谷間のローテであと一生ぐらいは出来そうだ。

 打線についても控えの層はいまいちだが、スタメンは問題なく、それなりに若手が育ってきている。

 だがそんな中でも、チーム崩壊の遠因は、生まれていたりするのである。

 クローザーが信頼できず、さらにはリリーフ陣も頼れる選手が少ない。

 競った試合になった場合、先発を引っ張ってしまっていいものだろうか。

 真田や山田も完投能力はあるが、出来るだけピッチャーの消耗は少ない方がいいのは当たり前である。


 また、例のラインから外国人を入手するのか。

 あるいは金満球団から、トレードで引っ張ってくるのか。

 自身も金持ち球団の監督でありながら、なぜかそうとは思えない島野であった。

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