第126話 入れ替わる選手たち

 ジンクスという言葉がある。

 野球においては、何かをしたら勝てるとかそういうものが多いが、よく新聞などで言われていたのは、二年目のジンクスだとか、三年目のジンクスだとか言われるものだろうか。

 一年目にいきなりルーキーで活躍した選手が、二年目には成績を残せず二軍落ちする。

 あるいはこの二年目のジンクスに気をつけていた選手が、三年目にはやはりスランプに陥るなど。


 これらのジンクスの原因は、だいたい分かっている。

 一年目の成績を、シーズンオフでも休みではない分析班が、調べて丸裸にしてしまうのだ。

 変なクセなどがあったりしたら、そこから一気に崩される。

 そしてジンクスと関係なく活躍する選手は、シーズンオフにも休まず、自分をバージョンアップさせている者だ。


 白石大介、開幕三連戦において、既にホームラン四本。

 もう143本塁打でも狙ってるの? と言いたくなるような数字である。

 あまりにも打ちすぎるので、WBCでは散々にドーピングが疑われたが、もちろんそんなもので陽性の反応は出ない。

 実はセイバーに調べてもらって、ある程度はその理由なども分かっている。

 一つには大介は、骨密度が常人よりも高いということである。

 それだけ骨折もしにくいし、骨折しても治りやすい。

 二日で骨折が治癒したあの現象は、いまだに分かっていないが。


 腱や靭帯などが、生まれつき切れにくい体質。

 加えて全身の筋力が、瞬発力に秀でている。

 かといって長距離を走らせても、相当に速いのだが。

 この怪物をどうにか抑えないことには、他の選手がタイトルを取れない困った事態になる。

 セは現在、大介と上杉の存在によって、絶対二強となっている。

 こんな事態はプロ野球の長い歴史にもなかったことで、はっきり言ってこのどちらかが優勝する可能性しかない。


 ただ開幕三連戦が終わった時点では、神奈川が大京に負け越していたりする。

 開幕戦こそ東条で落としたのだが、その後を吉村と金原が投げて、勝ち星を上げたのだ。

 セの開幕三連戦では、どのチームも三連勝はいなかった。




 大阪ドームを甲子園の代わりに使う、地元開催。

 ライガースの過激なファンが大阪に集まり、そしてレックスを迎え撃つ。

 あちらさんの先発は二年目の佐竹。

 そしてこちらは予定通りに、地元開幕の山田である。


 去年は途中離脱がそこそこあったとは言え、やはり柳本が去った後は、左右のエースの一方になる山田。

 二年目の真田が敵地での開幕を買ったからこそ、ここで負けるわけにはいかないと判断する。

 WBCの雰囲気からようやく日本に戻ってきて、ホッとしている。

 柳本のようにMLBへの挑戦などは、全く考えられないなとも思うのだ。


 初回からヒットを二本も打たれたが、ダブルプレイの好守もあってまずは無失点スタート。

 そしてその裏には、当然ながらチャンスがやってくる。

 大介の打席が回ってくるというだけで、ライガースは得点のチャンスなのだ。

 これが下手にランナーがいると、歩かされてしまう場合もあるが。


 ツーアウトランナーなしの状態で大介を歩かせたりしたら、ライガースファンがレックスナインを生きては帰さない。

 甲子園でこそないが、甲子園の申し子とさえ言われる大介に対して、勝負をすることが出来る。

 ここは自分の一番自信のある球で勝負である。


 ルーキーよ、それはフラグだ。

 初球から勢い良く投げたスライダーを、大介はかっ飛ばした。

 バックスクリーン横の看板に当たる大ホームラン。

「甲子園のつもりで打っちまったな」

 とりあえずのプロの洗礼を受ける佐竹である。




 大介の特大ホームランで始まった試合であるが、全体としてはレックスの方が押している気がする。

 山田がまだ万全ではないというか、試しながら投げているということもあるだろう。

 だが今年のレックスは、かなり強くなっている。


 強くなった理由は、ドラフトで指名した選手が、育ってきたということが大きい。

 史上最高の八順目ドラフトなどと言われた、甲子園で燃え尽きたと思われていた金原の一軍定着が大きい。

 ピッチャーの質が揃ってきて、バッティングの方にようやく目を向けることが出来るようになって、チームのバランスが良くなってきている。


 それとこの試合はやはり、先発の山田の調子が良くない。

 本人にそれを聞いてみると、問題はボールだと言う。

 野手にはあまり影響がなかったが、WBCはMLB基準のボールを使っていた。

 もちろん事前の選考などによって、そのボールに対応出来るピッチャーを連れて行ったのだ。

 だが大会期間中にMLB基準のボールに慣れたため、今度はNPBのボールがしっくりこない。

 投げやすいのはもちろんNPBのボールではあるのだが、これは良い悪いではなく、慣れの問題なのだ。


 他の球団を見てみても、WBCに参加した選手の中でも、特にピッチャーはスタートダッシュに失敗したりしている。

 そんな中でも普通に開幕戦に間に合わせて、完封勝利した上杉はさすがすぎるが。

「まあ俺らはほんと、帰ってきてすぐに開幕だったしな」

 むしろWBCに重ならないよう、わずかに日程をずらしたのが、今年のプロ野球である。

 それでしっかりと若手が使えて、優勝という結果が出たのだから、日本球界は明るかった。

 負けたアメリカも決勝まで進んだ以上、放映権料などでかなりの利益は出ただろう。


 代表が解散して、当然大介はすぐに甲子園に戻ってきた。

 キャンプには当然ほとんど参加出来なかったわけだが、それは実戦で磨いたので問題ない。

 そして思ったのである。

 NPBのボールの方が、ホームランが出やすいのではないか、と。


 確かに大会前、直史から、あまりホームランを打ちすぎるなという、無茶苦茶な指摘は受けていた。

 だがそれを別にしても、ホームランは打ちにくかったように思う。

 開幕からこの四戦までで、もう五本もホームランが出ているのが、その証拠ではなかろうか。

 ワールドカップの時には感じなかった。ただあの時は、あれ以降木製バットに換えたという理由はある。

 WBCから帰ってきてからは、確かにミートがしやすくなって、ボールが飛んで行くようには感じるのだ。


 直史の言っていた、MLBのボールへの不満。

 相手が普段の日本基準と違ったので気付かなかったが、あのMLB基準のボールは、打者にとっても飛距離は出にくかったと思う。

 まあ重量がわずかにでも思いの、考えてみればそれもそうかな、とは思うのだが。

 ワールドカップはMLB基準ではなく、本当の世界基準であったため、ボールへのコンタクトには変化はなかったわけである。

(しっかし上杉さんみたいなパワーピッチャーならともかく、よくあいつはボールがけっこう変わったのに、あんなピッチングが出来たな)

 言われてみるまでボールの違いに気付かず、ポンポンホームランを打っていた大介も、それは別方向に凄いのだが。




 不調と言うよりは、単純に調整不足であった山田。

 この状態でこれ以上をなげさせるのはと、島野は途中で交代させる。

 スコアは3-3であったので、とりあえず負け投手になることは避けられた。

 同じタイミングで佐竹も降板である。まだまだ無理をさせる段階ではないということか。


 WBCは本当に、周囲が騒がしい大会であった。

 もちろん今でも、ライガースの周囲や大介の周囲は、去年にも続いて騒がしい。

 MVPを取れなかったものの、打撃三冠を取っていたのは大介である。

 それも七割にもなる打率を残して。


 試合は結局、歩かされた大介が後続の打線でホームまで帰ってきて、ライガースが勝てた。

 ただ大介はその喜びに浸ることなく、気になった先に連絡をしておく。

 直史はあの試合の後、大丈夫であったのか。

 大学野球も間もなく、春のリーグ戦が始まるころなのである。


 ただ直史は、問題ないとしか答えなかった。

 別に問題ない。確かに直史がそう言うなら、それは正しいのだろう。

 急速にMLBのボールにも慣れたのだから、急速に元のボールに適応するのも、難しくはないのだろうか。

(あいつは非常識なやつだしなあ)

 お前が言うなと、あちことからツッコミが入りそうである。




 結局この大京レックスとの三連戦も、ライガースは二勝一敗で勝ち越すことになった。

 今年もいい感じでスタートが切れたな、と思う大介である。

 なおこの三連戦の最後では、大原がついに一軍初先発。

 一回にいきなり一失点したものの、そこからは馬力を活かして、基本的にはレックスの打線を散発で終わらせる。

 それでもピンチの時に、またさらに一点は取られたものだが。


 しかし打線陣も、初先発のピッチャーに勝利をつけようと奮起。

 尻上がりに調子がよくなる大原は、気がつけば九回を完投していた。

 初先発初完投初勝利。

 大介も三打点を上げて、勝利には貢献した。


 さて、そんなライガースの、というか大介の好調ぶりを見て、首を傾げるのが他の球団のスコアラーやデータ班である。

 内角の低めという、バットの遠心力を使うのが難しいコースに、変化球を投げる。

 それが去年までのデータを分析した、大介を最も打ち取れ易い攻撃パターンのはずであった。

 開幕に当たった広島も、その程度のデータは持っていたはずである。

 だがそのコースに投げても、平気で大介は打ってきた。


 まだたったの六試合が終わったばかりではあるが、ホームランが六本の打点が12点。

 もちろんそんなことはありえないだろうが、もしこの調子でホームランと打点を積み重ねるなら、143本のホームランを打って打点が286点になってしまうことになる。

 さすがにありえない話である。データから弱点と見えた部分を平気で打ってきたので、また去年以上の四球や敬遠が多くなるはずだ。

 ただ去年も、四割はありえないと言われていたのに、四割を達成してしまったのだから、143本は大袈裟にしても、新記録は達成するかもしれない。


 大介にはスランプらしいスランプがない。

 もちろん本人は色々と、打てない時期があったなとは思っている。

 ただどれも短期間のものであり、ちょっとした気分転換やアドバイスで、それまで以上のパフォーマンスを発揮してきたのだ。

 しかし今年の大介は明確な目標を持っているだけに、総合的な成績は少し下がるかもしれないと思っている。


 ホームランを狙う。

 意図的にホームランを狙うため、打率は参考程度にする。

 三割も残せていれば、それで充分だ。それが世間一般の認識なのだ。

 だから今年は、61本を目指す。

 そもそも現在の記録の60本というのは、143試合制において達成されたものではあるが、試合に出られたのは130試合だけだったのである。

 ならば143試合にしっかりと出ていれば、61本は打てそうなものである。


 あえてボール球を打ってまでヒットを狙うのではなく、とにかくホームランを狙う。

 勝負してくれる機会が少なくなるかもしれないが、もう打率と打点は不滅の記録を打ち立てたのだから、今度はホームランであろう。

 WBCでも感じたのだが、やはり野球の華はホームランなのである。

 個人的にはもっと地味な成績も重視するべきとは思うが、大介に求められているのは長打なのだ。


 助っ人外国人によるホームランが多く記録される中、シーズン二位と三位に大介の記録が残っている。

 日本のプロ野球なのに、日本人の記録が残っていないのでは、寂しいではないか。

 ただ大介のような高打率、高長打率のバッターは、どうしても避けられることになる。

 そのために必要なのは、下手に塁に出したら走るという恐怖感を、相手のバッテリーに与えることだ。

 大介は特に歩かされた後は、盗塁を狙っていく。


 次はいよいよ、本当の本拠地甲子園に戻って、タイタンズとの三連戦を迎えることになる。

 タイタンズはここまで三勝三敗と、五分の数字だ。

 神奈川がイマイチ開幕にダッシュ出来ていないだけに、ここでもライガース相手には勝っておきたいだろう。

 なおタイタンズは開幕に加納を持ってきて勝ったのだが、ライガースと当たる前に中五日で二度目の先発をさせている。

 それだけ加納はライガースというか、大介と相性が悪いのである。


 そんな今年のタイタンズのスコアを見ていて、大介は気付く。

 本多がローテとして入っていて、一勝を上げている。

 そしてもう一人、岩崎がリリーフで二試合登板している。

 ここまでのことを考えれば、二戦目か三戦目に、本多は投げてくるはずだ。

 そして岩崎とも、ついに対決することになるのか。


 プロとして対戦するからには、相手にどんな事情があろうと、手加減などするはずもない。

 この二年間の間には、通用しなくなったベテラン以外にも、若手でありながら伸び代も見られず、プロで通用せずに去っていく者たちを、何人も見てきた。

 共に戦った選手がそうやって去っていくのは見たくはないが、大介が引導を渡さなくても、この世界では通用しなくなったら切られるのが当たり前なのだ。


 パソコンで最近の二人の成績などを確認する。

 自分のエゴサなどはせずに、使うべきことにだけ、パソコンとネットを使う大介であった。

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