第128話 選手層

 現在のNPBにおいて選手層が厚いチームはどこか。

 当然ながら、金持ち球団が多いと思われるだろう。

 だが金持ちというのはどういう意味か。

 親会社が金持ちなのか、球団経営が黒字なのか、多業種の中の一つとして球団運営が行われているのか、

 ただ、一つの基準はあると思う。

 選手層を厚くできるチームこそが、金持ちなのである。


 外国人選手と次々と契約を結んだり、FA選手を獲得したり、ドラフトでも指名枠全開に加えて育成でも多人数を取る。

 これには金だけでどうにかなるものと、金を活かす頭脳に人材を育てる人材が必要だったりする。

 ちなみに金はあるはずなのに、なかなか選手層が厚くならない代表が、ライガースであったりもする。

 主な理由はドラフトで取った期待の選手が、思ったよりも活躍しなかったことなどである。

 実際のところ、現在では完全に一軍に定着した大江や黒田も、大介の影響がなければ、まだ燻っていたかもしれない。

 ライガースは厳しいファンもいるかわりに、恐ろしく甘やかすファンもいるのである。


 幸いにも大介の同期は育成ドラフトで入った者も含め、まだ戦力外となった者はいない。

 だが最初から大卒で、かなりの即戦力と見られていた山倉以外は、まともに一軍での出場経験もなかった。

 今年ようやく大原が、一軍のローテとして試されているのが、順調な成長と言えようか。

 その点では一つ下の大阪光陰組の真田と毛利、そして大卒野手の山本の方が、初年度からの一軍での出場機会は多い。

 ある意味これは、大介の影響の弊害なのかもしれない。

 ピッチャーであり、ある程度大学野球で鍛えられていたということはある。

 おおよその天才と言われる選手は、名門強豪の高校に入った時にポキンと鼻を折られるが、それでも折れない図太い者も、大学では折れたりするのだ。

 ちなみにプロ入りして、そこで折れる高卒も当然だが多い。


 アマチュアから見たら、よほどのそのアマチュアが化け物でない限り、プロとは全てが自分以上なのである。

 直史のように大介を身近で見ながらも、点を取られないだけならいくらでも、と勝負出来るほうが異常なのだ。

 そして折られてから、ちゃんと這い上がれる者にだけ、本当のプロの世界は扉を開けている。

 いわばプロへの扉を開いた瞬間に、その扉からあふれ出た衝撃に、耐えかねて転倒しているといったところだ。

 そんなプロの山道を、嬉々として身軽に登っていく人間も、いるにはいる。




 ライガースにも三軍はいるのだが、現状はあまり機能しているとは言いがたい。

 完全に素質だけを見て取っている育成枠であるが、その育成に成功しているとは言いがたいのだ。

 各球団が何人もの育成枠で新人を取ったものだが、ちゃんと成功しているのが何人いるものか。


 もちろん一年だけとか、数ヶ月だけとか、数試合だけとか、調子が良かった者はいる。

 だがライガースなどは山田が育成の星などと呼ばれるほどに、育成不毛の球団であったのだ。

 そもそも育成にまで手を出すよりも、支配下登録のドラフト下位指名を、しっかりと育成しろというものである。

 結局のところ、素質を見抜く目がないのと、育てる腕がないために、下手な鉄砲数打ちゃ当たるということになっているのだ。


 実のところ球団による育成力というのは、あまり存在しない。

 育成力というのは球団ではなく、コーチの質により左右される。

 そのコーチを見抜くこともまた、育成力のうちに入るのかもしれないが。


 ライガースは現在、ドラフトの即戦力と、素質型選手の育成により、投手陣の若手は育ってきたように思える。

 だが大介と一緒に入ったピッチャーのうち、山倉は即戦力として別格であったとしても、やはり即戦力を期待された大卒や、素質型の高卒が、いまいち出てきていない。

 もっともドラフトで指名された選手は、やはり上位の方が期待値は高いので、大介と山倉に、大原までが主戦力級となったこの年のドラフトは、やはり成功だったのだろう。

 そして次の年も真田が即戦力、毛利と山本が一軍にほぼ定着と、かなり上位がそのまま活躍していると言っていい。

 だが下位指名の選手が、まあ順当にと言えば順当なのだが、あまり上がってこない。

 

 もはや完全な一軍の選手とは言え、選手寮に住んでいる大介は、芽が出ずにプロの世界から去っていった人々を、その目に焼き付けている。

 ドラフト下位で二軍でもその素質の輝きが見えなければ、五年もすれば見切られる。

 即戦力であったはずの大卒ともなれば、三年で切られてもおかしくはない。

(そんなやばい立場なのに、しっかり考えて練習しない人がいるのがなあ)

 同期入団の同い年ならまだしも、先輩にあえてこちらから何か言うほど、大介は面倒見がいいわけではない。

 そもそも自分で考えない人間は、プロでは通用しないと思うのだ。


 そんなところから突然、クローザーになれるような選手が湧いてくるはずもない。

 今の先発だって、ここからクローザーに回すようなタイプのピッチャーはいない。

 ならばやはり、あそこに頼るしかないのか。

『クローザーの出物はあったんですけど、もう紹介しちゃいましたね』

 困った時のセバえもんは、今回はアテが外れていた。

 そもそもメジャーの選手というのは、日本式の応援が合わないという選手が多いのだ。

 ライガースなどは特にそうなのである。

 アレクのようなラテンの血が入っていれば別なのかもしれないが。

 ラテン偏見、いくない。




 タイタンズとの三連戦は、そのリリーフ陣が打ち込まれて、久しぶりに負け越すことになった。

 山倉はクオリティスタートで、琴山も七回までは同点だったのだが、リリーフのピッチャーが失点したのだ。

 青山は無失点だったものの、レイトナーとオークレイが二点ずつを取られて逆転。

 琴山の場合は、ここまで安定していた青山をクローザーとして使ったのに、よりにもよってここで一点を取られた。

 ただ彼が登板した時点で、ランナーがいたのだから仕方ないと言えるかもしれない。


 去年は頑張ってくれたオークレイとレートナーだが、ちょっとこれはいただけない。

 シーズン序盤からこの調子というのは、オフに本当にだらけきっていたのではないか。

 まあアメリカ人はオフの時は本当にオフにするらしいが、それはあくまでもシーズンには間に合わせることが前提のはずだ。

 そもそも去年だって、終盤にはセーブ機会で失点することが多かった。

 年齢的な限界もあるのかもしれないが、結果が全てのプロである。


 レイトナーはまだしも、クローザーのオークレイは、本当にまずいのだ。

 かと言って誰をクローザーに据えたものか。

 使える先発を六人そろえるより、一人をクローザーに回し、確実に勝てるところで勝っていくか。

 山田、真田、山倉、飛田、大原、琴山が暫定的なローテである。

 全員が必ずローテを守りきれるはずもないので、二軍から上がってきたり、中継ぎを先発に回したりもするであろう。

 この中で一番クローザーに向いていないのが、スロースターターの大原だ。

 あとは山田は出来高契約の関係上、クローザーに出来ない。

 100イニング登板でインセンティヴがつくのであるが、クローザーで100イニングはないだろう。


 向いてるなと思えるのは、中継ぎ経験のある飛田か、琴山となる。

 だが琴山は故障明けであり、また怪我でもしたら新たなクローザーが必要となる。

 やはり青山をクローザーに抜擢するにしても、抜けたセットアッパーはどうするのか。


 二軍のピッチャーや、一応は一軍のピッチャーの突き上げもなく、どこかから調達するしかないだろう。

「トレードでどっかから持ってこれへんかな」 

 島野はごく常識的な判断でもって、フロントにそれを依頼するのである。




 クローザー。もしくはかなり信頼性の高い中継ぎ。

 まあクローザーを出すのはどの球団もありえないだろうが、中継ぎであったらいないものであろうか。

 編成部にしても、現場からの意見は無理できない。

 ロバートソンや志龍の引止めに失敗した以上、外国人枠はどうにかするべきだったのだ。

 どこかの球団で何かの原因で浮いている選手はいないものか。


「いますよ」

 そう言ってきたのは、日米間の選手の移動に強い、代理人として有名なドン野中であった。

「クローザーで外国人でしょう? 怪我をしている間に日本人選手で補強されて、しかも外国人枠を全部使っているんで、浮いてるのがいます」

 相手球団は北海道ウォリアーズ。

 事情は本当にそのままで、32歳で去年は北海道にて28セーブ。

 今年もその予定で契約をしたのだが、オープン戦の間に軽い捻挫。

 その間に使っていた中継ぎがクローザーとして覚醒してしまって、そのポジションが空いていないのである。


 そして外国人枠が空いているならということで使った野手が、バッティングで大貢献

 これで先発、野手、リリーフと外国人枠四枠を使ってしまったというわけである。

 同じリーグならばともかく、北海道ならパである。

 今年も日本シリーズ出場は厳しいと見られていて、補強と育成に一年を使うつもりらしい。


 あちらの条件は、契約の条件をそのまま飲むことと、金銭。

 選手を出せと言われれば困ったが、北海道としても巨額の年俸を払っている選手を、二軍に置いておくわけにもいかないということだ。

 まあ外国人ということも、金銭トレードにする理由にはなったのだろう。


 かくしてライガースには、実績のあるクローザーが来ることになったのであるが、そのために誰かを二軍に落とす必要もない。

 ライガースにも北海道にも、いいことづくめのトレードである。

 肝心の捻挫については、もう完治していて二軍での登板にも結果を出している。

 シーズン序盤でトレードされるということに対しても、年俸が変わらず出場機会が得られるなら、むしろウェルカムなのがアメリカの選手である。


 かくして四月の下旬、ライガースは新たな守護神を得ることになる。

 ただそこに至るまでには、まだしばらくの時間がある。

 その間にライガースが、どのような調子で順位を推移したのか。

 はっきり言ってそのリリーフ陣のせいで、負けはしなくても勝ち星を消される先発陣は多かった。




 タイタンズとの三連戦を終えたライガースは、次は神奈川に移動しての三連戦となる。

 そしてこの第一戦めの先発が、ライガースは山田、神奈川は上杉なのであった。


 10試合目にして、既に三度目の先発となる上杉。

 なお前の試合からは中四日である。

 上杉がタフなのは分かっていることだが、いくらなんでも中四日とは。

 ちなみにその前も中五日で投げている。

 今年は30勝でも狙うつもりなのだろうか。


 だがMLBにおいては基本、先発は中四日か中五日で投げている。

 ただ球数はもっと厳密に制限していて、100球でマウンドを降りることがほとんどだ。

 それで年間160試合を行うのであるから、確かに過酷と言えば過酷なのだ。

 主力選手であっても、年に数日は故障者リストで休むのが普通である。


 ライガースのエースとして認識されている山田だが、シーズンが始まってからまだ二試合目の先発であるが、調子が完全に戻っているわけではない。

(つーかなんで上杉はあんなに平気なんだ)

 このあたり人間としての、基本的なフィジカルの差があると言えよう。

 WBCで使っていたボールとの差で、調子を落としているピッチャーは他にもいる。

 そもそも琴山が大会前に離脱したのも、慣れないボールでの練習をしていたことが理由にあるだろう。


 なぜ上杉はあそこまで平気なのか。

 やはり肉体のポテンシャルが、そもそも常人とは違うのか。

 もちろん山田も、一般人とは隔絶した身体能力は持っているのだが。




 今年もまた、やってきたのだ。

 WBCという非日常は、それはそれで楽しかった。

 久しぶりに、同じチームで戦えたという喜びも大きい。

 だが日常になりかけている三年目の大介は、上杉との対決に喜びを覚える。


 神奈川スタジアム。その一番高いマウンドの上に、上杉の姿がある。

 なんだかんだ言って、去年はかなり抑え込まれてしまった。

 年間無敗の成績を残させるなど、他の全球団のバッターは、打倒上杉を目標としているに違いない。

 そう思う大介であるが、ほとんどの球団の首脳部は、上杉以外の神奈川を、どうやって倒すかを考えている。

 シーズン戦で優勝し、クライマックスシリーズで戦うならば、上杉相手でも有利に戦えるのだ。


 怪物と戦えるのは怪物だけ。

 今年は異常な勢いでホームランを量産している大介を、どうやったら止めることが出来るのか。

 実はこっそりと、上杉に期待している、他の球団のピッチャーたちである。

 どうにかしてあの勢いを止めてくれないと、このまままた記録を作られかねない。


 野球ファンだけではなく、内部の人間にも大注目の一戦。

 今年もまた、怪獣と怪獣の戦いがやってきたのである。

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