第259話 レコードブレイク
上杉という怪物が現れ、それでいて一度も甲子園の優勝を果たせず、まさに悲劇のヒーローとして成立した。
そのデビューから高校野球の人気が盛り上がり、その上杉の入団から、プロ野球の人気が大きく拡大した。
それでも上杉はあくまでピッチャーで、充分すぎるほどの実績は残していたが、そこに大介が現れた。
面白い試合が、自然と多くなった。
ホームランと三振は、素人の目にも分かりやすいものだ。
上杉がどんどんと記録を塗り替えて、大介もどんどんと記録を塗り替える。
超新星の周囲にも、充分な星が集まり始めた。
そしてこの年には、ついに上杉と同等以上の成績を残そうという者がいる。
上杉と競っている状況に、武史は全くプレッシャーを感じていない。
とりあえず樋口の言うとおりに投げておいたら、自然とある程度は結果が出てくる。
武史のストロングポイントは、失投があったとしても、球威で押してしまえることだ。
ただこの間のようなナックルカーブのすっぽ抜けは、勘弁して欲しいと樋口も思う。
武史にはもっと記録を残させたいな、と考えているのが樋口である。
大卒二年目の正捕手が、今年はトリプルスリーを達成する勢い。
レックスとしては選手が活躍して球団全体の人気が出てくることは嬉しい。
ただし活躍しすぎると、それに相応しい年俸が必要になってくる。
今はまだ選手の活躍と球団の人気が比例した関係にあり、それに従って年俸を出していくことも出来る。
だが将来樋口や武史がこの調子で成績を残していけば、上杉や大介といった評価基準が必要になってしまう。
上杉と大介は、年俸やインセンティブを公開している。
日本のプロ野球はそのあたり、普通なら推定になってしまうのだが。
なんで? というのははるか昔からの慣例というものもある。
ただスター選手が年俸をはっきり公開してしまうのは、球団にとってはやや面倒なところがあるのだ。
上杉や大介が貢献しているのは、試合での成績だけではない。
他に比べようのない、オンリーワンの実力が、そのまま人気になっている。
ただ今、上杉に匹敵するようなピッチャーが現れた。
実際のところプロ野球の年俸は、ある程度年功序列がある。
一年活躍するだけでは、一気に上がったりはしない。大介も上杉も二年目の年俸は、他の誰よりも結果を出したのに、一億程度であったのだ。
武史の場合は、これがプロ一年目。
ここからどうなるかなど、まだ分からないのだ。
レックスとしてはここのところ、個人としてのファンは、かなり急増しているイメージがある。
キャッチャーのくせにイケメンである樋口が活躍しだしたのと、あとは単純に強くなったからだ。
その中でファンを逃さないための手段は、生え抜きのスター選手の移籍を防ぐことにある。
ピッチャーの陣容はおそらく、リーグ内だけではなく、12球団で一番の戦力を誇っている。
強いて言えば絶対的なクローザーがいないのが弱点だが、今はどの球団にも絶対的なクローザーなどいない。
スターズの峠は成績からいうとかなりそれに近く、スターズが終盤逆転されにくいのは、彼の働きが多い。
バッティングの方も補強と育成と、かなりバランスがいい。
特に外国人選手は、無駄な高額年俸ではなく、それなりの質の選手をそれなりの数そろえ、穴の部分を埋めていっている。
最強の助っ人などはいなくても、適材適所の人材が入ってきている印象だ。
守備と打線の中軸に、樋口がいてくれている。
ピッチャーの実力が底上げされて、リーグ一の防御率を誇っている。
それでもバッティングの方では、ライガースが圧倒的に上回る。
ライガースは大介一人が突出しすぎているのだが。
ここまでの得失点の差を見れば、ライガースがレックスを圧倒的に上回っている。
それなのにゲーム差がないのは、ライガースが無駄に打ちすぎと言うか、レックスが接戦に強いと言うか。
クライマックスシリーズともなれば、接戦を制する力の方が、極限状態の中では必要になってくる。
ただライガースがその打線の爆発力で、一気に先発を崩してくるなら、ライガースが勝ってしまうこともあるだろう。
上杉が投げて、大介が打って、武史が投げる。
ライガースとレックスの順位は、ほぼ一試合ごとに変化する。
デッドヒートという言葉が、これほど似合うペナントレースも、最近では珍しかったのではないだろうか。
また三位争いも、かなり熾烈なものになっている。
クライマックスシリーズに残れば、そこから下克上して日本シリーズに進出し、日本一になる道がある。
だが四位になってしまえば、その可能性が0になるのだ。
スターズは上杉を酷使するよりは、フェニックスとの直接対決に、上杉を登板させる方針に変更した。
残り一ヶ月を切って二位とのゲーム差を考えると、そちらの方が現実的だと思ったのだろう。
ただこれで難しい相手のピッチャーと対戦する可能性が低くなる。
即ち武史も、上杉との直接対決が少なくなるというか、基本的に今年はもうなくなる。
武史がタイトルを取れる可能性がさらに高まったのだが、そのレックス相手には、全力で襲い掛かるのがライガースである。
ただライガース首脳陣も、ここでピッチャーの起用は考えるのだ。
かなりの確率で勝てる山田や真田を、難しい相手の武史に当てるべきなのか。
もちろんデビュー以来の無敗記録などを続けている武史に、黒星をつけることには意味がある。
だがそれは出来れば、他のチームのエースに任せたいのだ。
山田や真田には確実に勝ち星を増やしていってほしい。
それでも不調の時などがあれば、負けるのが野球なのだ。
上杉もそうだが武史も、どうしてここまで好調を持続することが出来るのか。
怪物とか化け物とかではなく、純粋に不自然なのだ。
もちろんそれは、禁止薬物を使っているからというような、怪しい話ではない。
上杉が故障でもしない限り、セ・リーグのピッチャーはもちろん、パ・リーグのピッチャーでも、もう沢村賞を取れないのではないか。
そんなことが言われていただけに、ルーキーがその呪縛を破ってくれるというのは、ありがたいことだろう。
ただ今度は、二人によるタイトルの独占が始まったらどうなるだろうか。
セ・リーグのピッチャーにとっては地獄である。
それにまたやや落ちるが、真田もかなり、普通なら沢村賞の成績を残している。
タイトルを取るというのが、これほど難しい時代は、おそらく他にない。
普通なら上杉は、MLBに行っているような選手なのだ。
そしておそらく向こうでも、サイ・ヤング賞を普通に取ってくるだろう。
だが上杉は日本以外の場所でプレイすることなど、国際試合以外はさほど挑戦とも感じない。
上杉がもしもMLBに興味があれば、去年の時点でポスティングを行っていただろう。
それをしていないということは、次は海外FA権が取れる、九年目まで待つということか。
だがそれもおかしな話だ。上杉が行くと言えば、球団は止められなかっただろうからだ。
海外FA権で移籍されるよりも、ポスティングで行かれる方が、球団としては金が入るのでありがたいのだ。
上杉がいなくなれば、大介は日本に残っていただろうか。
武史がプロ入りして、歯ごたえのあるピッチャーは増えたが、基本的にはライガースとの対決は避けようとしてくる。
大介からしても武史は、簡単に勝てる相手ではない。
だが全身全霊で戦う相手かと言われるとどこか違うのだ。
高校の後輩で、散々にそのスピードボールは打ってきた。
今はさらに進化していたようであるが、それでも他のプロのピッチャーのような、凄みを感じさせないのだ。
プレッシャーもなく、こんな大記録を残しているのは、もちろんすごいことではある。
しかしこういう言い方は誤解を与えるかもしれないが、大介にとって武史は、戦い甲斐のない相手なのだ。
上杉と武史が、ライガースとの対決を回避するようになった。
チームの戦略としては仕方がないことなのだろうが、大介としては残念なことはもちろんである。
そうなるとあとは、自分の記録への挑戦しか残らない。
だが直接対決するレックスはともかく、三位を争うスターズとフェニックスは、大介との勝負を露骨に避けてくるようになった。
ランナーのいない状態ではともかく、一人でもいたら歩かせる。
ランナーが二人もいる状態で西郷というのも、とてつもなく危険であろうに。
そんな中で、先にマジックが点灯したのはレックスであった。
だがそれはもう残り試合数がライガースが五試合、レックスが七試合という状況であった。
もっともその時点ではライガースとレックスの直接対決が二試合残っていたため、逆転の可能性は充分にあった。
ただしこの二試合をレックスが勝ってしまえば、ほぼ優勝は決定する。
ペナントレースの、最後の接戦。
しかしながらレックスは、武史をライガースに当てようとはしない。
いや、純粋に当番間隔からして、当たらないのであるが。
これだけ厳しい優勝争いをしていながらも、レックスは武史をスクランブル登板などはさせなかった。
九月に入ってからは、勝てるところで確実に勝っていく。
三連戦のカードなどで、三タテを食らわない。
微妙な選手起用によって、レックスは逆転したのである。
もう一つの見所は、大介の記録各種である。
打率は四割をわずかに超えて、ホームランはやや苦しいが、なんとか記録更新も出来なくはないという数。
ただランナーのいる場面で逃げられまくったために、打点は記録には遠く及びそうにない。
終盤に入って、四試合ホームランの出ない試合が、痛かったと言えるだろう。
それは普通にありうることなのだが、大介基準なら不調なのだ。
70本というホームランは、ほぼ二試合に一本を打たなければいけない。
だが三年目には怪我の離脱があって134試合で67本を打っている。
単純に実績だけなら、二試合に一本を打つことは可能なのである。
打率は0.405と、最高であった0.404のシーズンを上回っている。
ここで打率の維持を考えるなら、あるいは二度目の四割を達成出来るかもしれない。
だがそれとホームラン記録の更新、どちらを優先すべきだろうか。
140試合が終わって、レックスのマジックは消えたり灯ったりした。
ライガースとは一ゲーム差で、レックスが首位にいる。
だがこの二連戦を落とせば、逆転するのだ。
ライガースが二連勝し、レックスが二連敗したとする。
ただそれでもレックスは、ライガースよりも優勝に近い。
残る三試合を全勝したら、確実に優勝出来る。
二勝一分でもいいし、ライガースが最終戦を落としたら、レックスの優勝はさらに容易になる。
大介は現在67本のホームランを打っている。
残り三試合で三本を打てるかは、期待値的には難しい。
特にレックスは、ここまで比較的大介と勝負してきた樋口であるが、優勝がかかっているとなれば、さすがに歩かせてもくるだろう。
樋口がどう考えても、監督がそう決めればそうとしかならないのだ。
優勝は難しい。
記録を作るのも難しい。
だがまだ不可能ではない。
今年のデッドヒートを繰り広げた、ライガースとレックスの勝負。
最後の二連戦に、多くの期待が集まっていた。
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