第260話 二連戦第一戦

 シーズン140試合が経過した時点の、大介の成績である。


 打率 0.405(一位) 出塁率 0.537(一位) OPS 1.499(一位)

 打点168(一位) 本塁打67(一位) 盗塁77(一位) 安打180(二位)


 お前が神か、と失禁してがたがた震えながら命乞いをしそうなレベルで化け物であるが、本人には悩みがある。

 最多安打のタイトルが取れないことである。

 ここまでずっと、ほとんど全ての打撃タイトルを取ってきた大介であるが、最多安打だけは一度も取れていない。

 これだけ長打力のある高打率打者であると、勝負を避けられる可能性が高すぎるからだ。

 もしも大介がヒットを打つことだけに専念し、ホームランを少なめにしていたらどうなったろうか。

「いやいや、野手の守れるところになんて、怖くて打てないし」

 まあこんな言葉が出てくるわけだが。


 スタンドの中には守備をする野手がいない。

 だからホームランを狙うのが、一番打率も上がりやすい。

 何を言っているのかさっぱり分からないだろうが、そういう理由で大介は高打率とホームラン数を両立しているのである。

 なおMLBにはシーズン出塁率が六割を超えた化け物がいるので、おかしな人間は大介だけではない。




 さて、ライガースの優勝の条件である。

 まず大前提として、レックス相手の二連戦で勝たなければいけない。

 一勝一敗でもレックスが残りを全敗してくれたら別だが、今年のレックスにそんな都合のいい期待はしないほうがいいだろう。

 その後の最終戦はフェニックスが相手であり、ここも確実に勝っておきたいが、山田と真田ほどに好成績を挙げているピッチャーは他にはいない。

 大原を先発させて、崩れそうになったらリリーフ陣を全てつぎ込む。

 そのあたりが現実的である。


 ライガースはこの二連戦に、ローテを調整して真田と山田の二人を先発に持ってきた。

 レックスは一戦目は金原であり、二戦目は佐竹を持ってくるだろうローテになっている。

 勝率は、片方だけを勝てばいいなら、かなりいいだろう。

 だが両方を勝つとなると、かなり厳しいのではないか。

 戦力の要素を見ていると、ライガースが有利とは出る。

 

 ただここで二連勝して逆転しても、まだ優勝が決まるわけではない。

 最終戦でフェニックスに勝っても、レックスの方が雨天などで延期になった試合が多く、ライガース戦後も三試合を残している。

 ここで三連勝すれば、ライガース相手に連敗していても、レックスは優勝が決まる。

 二勝一分でもやはり優勝である。

 そしてこの残りの三試合は、雨天で後回りになった試合であり、対戦相手はカップス、タイタンズ、スターズの三球団。

 カップスとタイタンズは絶不調で、今のレックスなら勝つことは難しくないだろう。

 問題は最終戦のスターズである。


 通常ならこの最終戦、上杉が登板してきてもおかしくない。

 だが現時点で既に、スターズは三位を決定させている。

 クライマックスシリーズに向けて上杉を休ませるとなれば、それ以外のピッチャーも主力は休ませるだろう。

 ただここで、スターズがどういう思惑でいるのかが重要になる。

 スターズはあるいは、わざと負けることによって、リーグ優勝を決めることが出来るのだ。

 三位になってクライマックスシリーズでのファーストステージで、どちらと戦ったら楽なのか。

 ただしレックスもまたこの最終戦に、武史を投入することが出来なくもない。

 たとえ上杉が投げてきても、どうにか引き分けることが出来ないか。

 それ以前の問題として、ライガースとの連戦を一勝一敗で終えるか、片方を引き分けるだけでも、かなり楽になるのだ。


 今さらだが、武史を山田か真田に当てるべきではなかったか。

 そうも考えられるが、武史の記録が達成される方を優先してしまった。

 チームの勝利を考えるのが監督の仕事なのだが、たとえ優勝できなくても、武史の記録を達成させた方が、レックスとしてはおいしい。

 監督が勝利ではなく、興行のことを気にしてしまう。

 本来であれば大問題だが、自分がこの偉大なる瞬間を演出したいという、その欲求には勝てなかった。




 リーグ優勝を決める、直接対決二連戦。その舞台は甲子園。

 予告されていた通り、第一戦は真田と金原のサウスポー対決。

 金原は多くのピッチャーの中でも、比較的大介との対戦成績がいい方だ。

 それでも三割を打たれるあたり、大介の異常さが際立つ。


 一回の表、レックスの先頭は、かつてタイガースのリードオフマンであった西片。

 移籍の理由となったお子さんも大きくなって、自宅のテレビでパパの勇姿を見ていることだろう。

 だがそれに対し、真田は容赦なくスライダーを使って三振。

 続く二番の緒方は、今年は打率を一気に上げてきた、チャンス拡大タイプの二番である。

 そんなものは知らんとばかりに、真田のカーブが鋭く落ちる。


 二者連続三振となって、レックスは最も頼れる男、三番樋口の登場である。

(今日の真田は良さそうだな)

 樋口は真田の必殺スライダーの効果が薄い、右バッターである。

 だがそれに対して真田は、キャッチャーのサインに何度も首を振る。

 そんなに振っていたら、球種がかなり絞れてくるだろうに。

(初球からストライクを取っていきたいなら、カーブかスライダーのはずだが)

 そう思っていたところに投げ込まれたのは、ストレートであった。


 真田のストレートは、球速ではなく球質で勝負する。

 本質的には武史のような、スピン量の多いストレートなのだ。

 そしてそれが、二球続いた。

 二球目にはかろうじて当てたが、差し込まれている。

(ストレートで押してきたか)

 樋口はなんとか反応したが、こんな気合だけでどうにかしたピッチングは、逆に読むのが難しい。

(常識的に考えると、次はこのストレートを活かすための)

 スライダーと思っていたところに、スライダーがきた。

 懐に突き刺さるようなスライダーを空振りして三振。

 三者連続三球三振。

「今日の真田はどうだ?」

 ベンチの中でプロテクターを着ける樋口に、木山が尋ねてくる。

「見たままですね」

 樋口としてもそう言うしかない、この良すぎる立ち上がりだ。

「そうか」

 木山としても、この段階ではまだ、具体的な攻略法は出せない。

「なかなか厄介な相手だな」

「いつものことです」

 樋口もまた、いつものように冷静であった。




 レックスの先発金原も、今年はキャリアハイの成績を残している。

 それでも真田の方が格は上だろうか。

 途中離脱があったにもかかわらず、12勝2敗。

 ローテを守りきったという点なら金原が上だが、こういった重要な一戦においては、最大出力の差が問題となる。


 球速ならば真田を上回る。同じスライダーを持っている。

 だが真田の高速スライダーは、死神の鎌とも言われるもので、左バッター相手には絶対の効果を発揮するのだ。

 金原もまた、初回から飛ばしていくピッチングだ。

 粘る毛利も大江も、最終的には三振に打ち取った。

 ただここで三番に大介が出てくるのが、ライガースの恐ろしいところである。


 いくら強気の樋口であっても、ものごとには限度というものがある。

 リスクとリターンを計算して、リターンが大きければ、積極的にそれを取る。それが樋口だ。

 ただこの場合はリスクが大きすぎるので、勝負しようとは思わない。

(だけど甲子園だからな)

 ツーアウトでランナーなしなので、ホームランを打たれても一点。

 もっともその一発によって、大介はさらに大記録に近づいていくこととなる。


 樋口が金原の顔を見る。

 証明によってわずかに影がはいっていて、その表情は暗い。

(勝負したいのか)

 パン!とミットを鳴らして、樋口は大きく手を広げた。

 勝負させてくれるか、と金原の目が爛々と輝いてくる。


 全く、もう何度も放り込まれているのに、まだ足りないのか。

 外野を深く後退させて、内野も深く守らせる。

 ホームランにさえならなければ、それで良しとする。

(次の西郷との対戦成績もあまりよくないし、出来ればここで決めたいけど)

 まずはスライダーを投げさせて、外に外す。

 100%勝負するという気配を、これで消したいのだ。

 だが金原の表情は、明らかに勝負を告げている。


 甲子園では、チームとしては対戦しながらも、金原の故障で勝負することがなかった。

 その時の鬱憤を、プロになってから晴らしている。

 史上最強のドラフト八位。

 インハイに投げたストレートを、大介は思いっきり引っ張った。


 高く上がったボールは、わずかに風に押し戻されていく。

 それでもフェンスに背中を付けながら、ライトがキャッチする。

 第一打席は、一応ではあるが金原の勝ち。

 風が弱ければ大介の勝ちであったろう。




 大介の打撃には、記録がかかっている。

 単純にこれが消化試合なら、普通に勝負しにいってもいい樋口である。

 だが優勝を争っているとなると、つまらない判断をしなければいけない。


 真田から二点を取るのは、かなり難しい。

 レックスはまだしも左が多くはないが、それでも何人かは打線に組み込まれている。

 そんな左打者との対決は、真田にとってはほとんどボーナスステージだ。

 簡単に三振を奪える。まさに左殺しである。


 一塁に近いから、という合理的な理由で、左打者は多くなった。

 また左の強打者や好打者がいたから、それを真似する者もいた。

 それなのにサウスポーの投手への対策は、いまだ確立していない。

 そもそも打撃から走塁に移る動作が、左投手を打ちにくくしているのだという説もある。

 ただ左打者でもごくわずかに、真田に対してそれほど、右と変わらず打てる者もいるのだ。

 残念ながらレックスにはいないが。


 試合が進んでいく中で、渾身のピッチングを続ける両者であるが、どちらかというと真田が優位である。

 ヒットの数や出すランナーなど、金原はピッチャーとしての根本的なところで、真田には及ばないようだ。

 それが何なのかは、言語化しがたいものであるが。

 あるいは挫折経験だろうか。

 金原は甲子園で、一度しか投げていない。

 真田ほどにはアマチュア時代に、栄光の道を歩いていないのだ。

 そこからくる自信などが、その実力をブースとさせないのだろうか。


 樋口としては出来れば、ここで勝っておきたかった。

 ライガースの左右のエースである山田と真田は、両方がここまで12勝2敗という数字を叩き出している。

 だが各種の数字を見れば、真田の方が攻略は難しい。

 まだ明日の山田の方が、左への特殊効果を持たないだけ、攻略の可能性は高い。

 だが、だからこそ勝っておきたかった。

 今年のレックスの目標は、リーグ優勝だけではない。

 クライマックスシリーズを勝ち進んで、日本一になることなのだ。


 なんとなくではあるが、武史は来年、二年目のジンクスにかかるのではと樋口は感じている。

 理論派の彼にしては珍しく、完全に直感ではある。

 だが対象である武史も、また感覚派なのだ。

 この予想は外れない自信がある。


 ならばここで、リーグ優勝と日本一を。

 そうすればしっかりと年俸が上がる。

 怪我をしていつ選手生命が終わるかも分からないプロ野球選手。

 将来的には上杉代議士の秘書をするつもりの樋口であるが、ここでしっかりと金は稼いでおいたほうがいい。

 子供たちの養育のためにも、必要なものはおおよそ金で用意できる。

 そういったあたり樋口は、やはり俗物であった。




 試合の結果は、1-0でライガースの勝利となった。

 三打席目の大介のソロホームランが、この試合唯一の得点となった。

 真田に完封されたのも、確かに痛い。

 大介に一本ぐらい打たれるのは、樋口も予想していた。


 残り試合数と、クライマックスシリーズに出た後のことを考えると、ここで真田に完投をさせることが可能であったのか。

 日程的にレックスは、ここから投手陣を酷使して、勝ちにいかなければいけない。

 その状況の差が、この勝敗につながったとも言えるだろう。


 完封した真田は、さすがにこの後の二試合で投げることはないだろう。

 途中で二ヶ月ほどの離脱があったにもかかわらず、13勝2敗。

 10個以上の貯金を作る、見事なまでのエースっぷりであった。


 そして大介は、68本のホームランとなり、自己最多に並ぶ。

 ただこれで負けられなくなったレックスが、大介を敬遠する理由は作られてしまった。

 残り二試合で、二本を打てば70本。

 根本的に試合数が変わりでもしない限り、その記録が抜かれることはないだろう。

 かなり苦しくはなってしまったが、可能性は残されている。

(勝負してくれたなら、二本ぐらいは打てるんだけどなあ)

 試合に勝ちはしたが、単純に喜ぶわけにはいかない大介であった。

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