第261話 終了

 ライガースにとっては142試合目となる、レックスとの25回戦。

 この直接対決最終戦に勝っても、ライガースの優勝は決まらない。

 近年ではここまで優勝争いがもつれたことは珍しい。

 そして両チーム共に、三位のスターズが確定している以上、優勝してファイナルステージのアドバンテージを握るのが、重要だとは分かっている。


 ライガースの先発は山田、レックスの先発は佐竹。

 両者共に二桁勝利を上げている、両チームのエース格である。

「そういや完全に勝ち星とかが並んだら、どうなるんだ?」

 今さらながら大介がそんな問いを発し、意外と周囲の若い選手もそれを知らない。

「交流戦を除いたリーグ戦での勝率の高いほうだろ?」

「それはパ・リーグだな。セの場合は直接対決で勝ち越している方が優勝だ」

「いや、パ・リーグも直接対決が第一で、リーグ戦勝率は二番目のことだぞ。逆に言うとセでは交流戦を除いたリーグ戦での勝率は関係ない」

 現在のライガースとレックスは、引き分けた試合の数が同じなのである。

 なので完全に勝率が並ぶ可能性があり、そうなった場合は直接対決の勝敗が問題となる。

 この点ではライガースは、昨日の時点で13勝11敗となっている。

 今日の試合を負けても、その点では有利なわけである。


 今日の試合に勝って、さらに最終戦を勝っても、ライガースの優勝は確定しない。

 今日の試合に負けたレックスが、残りの試合を全部勝つか、二勝一分であったなら、あちらが優勝となる。

 ただしレックスが、今日と明日の試合、両方を落とせばその時点でライガースの優勝が確定になる。

「優勝は難しいんじゃなかったのか?」

「簡単じゃないっていう意味では今も同じだぞ。逆にレックスにとっても必ずしも有利ではないし」


 最終戦にもつれこむと、むしろ他の球団の意図によって、優勝が決まる可能性がある。

 レックスはスターズとの最終戦を残しており、その最終戦に上杉が登板してきてもおかしくないのだ。

 もっともクライマックスシリーズを考えるなら、その最終戦では温存した方がいい。

 レックスの方も武史を、あと一回使うことが出来る。

 スターズ戦に残しておいて、上杉と当てればいいのか。

 二勝一分でも優勝であるから、その選択も考えられる。


 チームの優勝も大切であるが、大介の記録も重要だ。

 現在68ホームランで、試合は残り二試合。

 一試合に一本というのは、調子がよくて相手も勝負してくれているなら、大介にとっては難しくはない。

 だがそのうちの一試合は、優勝争いをしているレックスだ。

 前の試合に一本打たれていることもあり、勝負を避けてくることは充分に感じられる。

 山田がそれなりに打たれて、点差がついていれば別かもしれないが。


 一応この試合に負けても、そこからレックスも負け続ければ、優勝することは出来る。

 だがレックスは安定して格下のチームには勝ってきている。

 やはり最終戦で、スターズがどちらを勝たせたいと思うかが、重要になる気がする。


 因縁と言うなら、大介のせいで優勝から遠ざかった、ライガースの方を恨んでいるのではないか。

 だがそれは去年の優勝で、ノーカウントになっているはずである。

 あるいは樋口と関わりが強いので、レックスを勝たせることになるか。

 クライマックスシリーズのファイナルステージで、戦いたいのはどちらか。

 それを考えると、レックスに勝たせようとしてくるかもしれない。


 しかし今は、全てを目の前の勝負へ。

 リーグ優勝を巡る、最後の直接対決が始まる。




 1-0で負けるとは、さすがに思っていなかった。

 レックスは二戦目を落としても、まだ優勝の可能性はある。

 ただ対戦相手がそれほど強くないとしても、問題は最終戦にあるのだ。

 上杉が投げてくるかどうか、それで勝敗が決まると言っていい。


 この二戦目は、絶対に勝たなければいけない。

 負けても地力優勝が消えるわけではないが、スターズの選択に頼ってしまうことになる。

 山田の勝敗数は、昨日の時点では真田と変わらなかった。

 前半ではほぼ無双し、後半でも数字が落ちたわけではない。

 ただ、リリーフ陣が打たれて、勝ち星が消えていくことが多かった。

 佐竹と山田、数字の上ではほぼ互角だが、ピッチャーの純粋な能力と言うなら、間違いなく山田の方が上であろう。


 一回の表、山田に対して一番西片が粘っていった。

 ただ最後には三振に取られて、今日の調子は良さそうだと樋口に告げる。

 試合前に投げていた調子では、佐竹の調子も良さそうであった。

 今日もまた投手戦になるのか、と樋口は今から頭が痛い。


 一回の裏には、佐竹が厄介な一番の毛利を三振で片付けた。

 佐竹は高校時代に甲子園に出場できなかったことがコンプレックスなのか、甲子園での登板成績がいい。

 もっともこの数年のライガースはホームゲームでものすごく強いので、勝ち星が五分というものでも、数字的には良くなる。

 昨日は大介の一打席目に、勝負にいって成功した。

 今日もツーアウトからのこの一打席目、勝負するつもりではいる。

(アウトローへ)

 明らかなボール球から、ゾーンの方へ入っていくと見せて、実はまだボール球という初球のカットボール。

 これを打った大介のボールは、レフトのポールを切れていったが、軽々とスタンドまで届いていた。


 いくら大きな当たりでも、ファールならば問題ない。

 甲子園では強気になる佐竹は、今の打球でも戦意が落ちていない。

(今の球を打ち損じてくれていればよかったんだけどなあ)

 今度はアウトローへ、シュートを要求する。

 ゾーンから外に逃げていく、大介なら当ててしまえるコースに。


 これもまた似たような当たりが、レフト方向に飛んでいった。

 追い込んだことは追い込んだのだが、ここからどうするべきか。

 佐竹は基本的に、ストレートの伸びで三振が取れる本格派だ。

 だが155km/hオーバーのストレートでも、大介を相手にするには全く球速が足りない。

 160km/hオーバーをもってしても、ホームランを打たれる可能性が高い。

(それでも決め球は、ストレートにするべきか)

 樋口は決め球から、そこまでの配球を組み立てる。


 五球目のストレートは、インハイであった。

 大介ならば微調整して、ライトスタンドに放り込んでしまうボール。

 だがここではわずかに、そこまでの沈む球の残像が、大介の目に残っていた。

 ボールの下をこすって、滞空時間の長いセカンドフライ。

 とりあえず一回の裏を終えて、既にどっと疲れている樋口であった。




 この試合、一回のイニングを終えた時には、前日と同じく投手戦になるのかと思われた。

 だが実際には、ロースコアであるが、そこそこ点数の入る試合になってくれた。

 樋口が気にするのは、たった一つのこと。

 大介の前には、ランナーを出さないことである。

 それ以外のことを考えるには、樋口の演算能力は足りない。


 大介は残り二試合に、打率の記録もかかっているのだ。

 さすがにヒット連発で記録の更新はないだろうが、二度目の四割はありうる。

 今日の試合前の時点で、その打率は0.402であったのだから。


 しかし大介は、単純に四割を打っても、年俸の出来高払いには関係がない。

 狙うのはホームランと、チームの優勝だけである。

(大振りしなくてもホームランを打ってくるんだよなあ)

 体勢を崩しながらでも、回転でライン際に打っていく大介である。

 ただ打点さえ許さなければ、それでいいと割り切るのが樋口だ。

 西郷にも打たれるが、まだこれで一点。

 とにかく大介の一打で点が入ると、流れが変わってしまう。


 樋口は自身のツーランホームランで、逆転に成功。

 あまり注目されていなかったが、これでトリプルスリーの達成が決定し、こんな試合の中ではあるが、パチパチと拍手が出てきた。

 たとえ敵でも、真正面から面白い勝負をするなら、褒め称えるのがライガースファンだ。

 野次がひどいので樋口とは合わない球団であるが、こういうところの熱気はすごい。


 レックスは基本的に、東京にタイタンズ、神奈川にスターズがあるせいで、人気はそちらに取られてしまう。

 総合的に見れば観客動員は、一番低いことが少なくない。

 ただし今年は、かなり観客動員も健闘している。

 武史がいきなりおかしなことをしてくれて、その連勝記録がどこまで伸びるのか、注目が大いにあつまったからだ。

 強烈な地元愛に支えられたカップスはともかく、まだまだBクラスが続くフェニックスや、あまりにも情けない成績を残すタイタンズよりも、観客動員数では上回った。

 特にこのシーズン終盤は、満席となるのが当たり前になっていた。


 フロントにセイバーが入ったことは、おそらくいいことだ。

 球団経営で大きな黒字を出せば、それだけ選手にも還元できるし、様々なサービスも打ち出せる。

 だがそのために一番単純明快である前提がある。

 勝つことだ。




 大介が四打数二安打の活躍をしても、そこで打点を記録させない。

 それが樋口の仕事であった。

 しかしどう組み立てても、今日は三振を奪えなかった。


 試合はまたライガースが追いついて、同点のまま最終回の表、レックスの攻撃となる。

 ツーアウトから打席が回ってきた樋口であるが、ここはライガース金剛寺監督が申告敬遠。

 観客席からはため息が洩れたが、樋口が監督でもそうする。

(ただ、今のうちの四番は、かなり恐ろしいんだぞ)

 外国人助っ人を押しのけて、今年の四番に入っている浅野は、今年チームの打点では、樋口が三番に座っているにも関わらず、トップなのである。

 ホームラン数も樋口を上回り、完全にクラッチヒッターになっている。

 樋口がシーズン後半、歩かされる場面が多くなったからだが。


 ライガースはこの回から、セットアッパーとして機能している若松を投げさせている。

 50登板1勝3敗38ホールドの社会人出身の三年目は、かなり首脳陣からの信頼も厚い。

 だが上手くやれば、それでもちゃんと打っていけるのだ。


 一塁からベンチにサインを送り、樋口は走る気配を見せる。

 確かに二塁にまで進めれば、一打で勝ち越しの決勝打となる確率は増える。

 そのプレッシャーの中で、どれだけ普段どおりのピッチングが出来るか。


 初球から盗塁阻止のために、ボール球が続いた。

 樋口としては、これでも充分なぐらいなのだ。

 明らかにバッター有利となったカウント。

 そこで樋口は、走る気配を消す。


 まずはバッター勝負だと、ライガースバッテリーは考えた。

 もし樋口がキャッチャーであれば、ここはもう歩かせてしまうことも考えていただろう。

 だが三球目、ややゆったりとしたクイックで若松が投げて、樋口は一塁から発進した。

 ストライクのコースに投げられたボールを、キャッチャー風間は捕球後に送球とやや腰を浮かせるが、そのミットにボールが収まることはなかった。

 浅野のバットが一閃、やや深めに守っていた外野の頭を越す。

 樋口は二塁を余裕で蹴って、三塁コーチャーの指示を見る。


 回れ。樋口は三塁も蹴った。

(ここで決めるぞ)

 残りの試合数やゲーム差などを考えると、ここで決めてレックスは、これ以上のリリーフピッチャーを使いたくない。

 引き分けや負けでも優勝の可能性は残っているが、決められる時に決めるのだ。


 滑り込んだ樋口の左手が、わずかにホームの端をこすった。

 それにわずかに遅れて、キャッチャーのミットがタッチされた。

「セーフ!」

 主審の宣告を聞きながら、樋口は大の字になり、そこから勢いをつけて起き上がる。

 チームメイトたちが駆け寄ってきて、大騒ぎとなった。別にまだ、優勝が決まったというわけでもないのに。

 あまり喜びすぎると、逆転サヨナラのフラグになりかねない、


 だが、これで近づいた。 

 最終戦、スターズとの試合で勝たなくても、上杉を攻略しなくても、優勝する道が出来た。

 九回の裏にドラマはなく、レックスは勝利。

 この日のヒーローインタビューは決勝打を打った浅野ではなく、逆転のツーランホームランを打ち、最後の大激走を見せた樋口が選ばれた。




 苦しくなったな、というライガースは、翌日の最終戦を、あっさりと勝利した。

 大介のホームラン記録は、この試合の最終打席で、とどめのように打たれた一本。

 これで69本とキャリアハイと日本記録は更新したが、70本には届かなかった。


 チームとしても、これ以上は何もすることはない。

 レックスの試合次第で、優勝出来るかどうかが決まる。

「どう思います?」

 シーズン戦は終了したが、すぐにクライマックスシリーズは始まる。

 今年は日程的に、少しだけ休みが入るライガースである。

 真田の問いに、期待できないな、と答える大介である。


 今年のレックスは、とにかく粘り強く、勝負強かった。

 おそらく残りの試合で、きっちりと優勝を決めてくるだろう。

 だからライガースが考えるのは、クライマックスシリーズをどう戦っていくかだ。

「上杉さんを最終戦には投げさせずに、ファーストステージに投入するだろうな」

 大介としては、そこで戦うのは望むところなのだが。


 真田もそこまでに、充分な登板間隔が取れる。

 スターズと、上杉と戦って、勝てばファイナルステージに進める。

 去年はスターズと、そのファイナルステージで戦って敗れたのだ。

「二連勝したらファイナルステージだからな」

 大介の言葉の終わりは、小さな声になっていった。


 今年のペナントレースは、大京レックスが制することになる。

 そしてクライマックスシリーズでは、ライガースとスターズが戦う。

 スターズの先発は、しっかりと間隔を空けた上杉。

 ここで勝てれば、第二戦も間違いなく勝てるだろう。


 レギュラーシーズンが終わり、やや意外な結果が出てきた。

 だが去年のシーズン終盤を思えば、これもおかしくはなかったのだろう。

 何より新加入の戦力が大きすぎた。


 混戦のシーズンが終わり、熱戦のシリーズが始まる。

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