第73話 被害者の会

 大介の一年目の活躍によって完っっっっ全に忘れ去られているが、この年に外れではない一位指名を受けた選手はもう一人いる。

 去年は一応一軍を経験したものの、ほぼほぼ体作りをしていた大滝志津馬である。

 甲子園で160kmを記録した二人目のピッチャーであるのだが、そのすぐ次の年に左の武史が161kmを出したことで忘れられている、非常に気の毒な存在である。

 同い年であれば同じ高卒ながら、パの球団でローテに定着した上杉正也や島の方が、今では戦力としてイメージされている。


 だがそれだけの時間をかけたことで、今年はオープン戦からイニング数をそれなりに投げ、一軍先発ローテに入った。

 一戦目は初回に乱調だったものの六回までは投げて、勝ち負けつかず。

 二戦目で同じく六回までを投げて、今季初勝利を挙げた。

 そして三戦目。

 夏の甲子園で木っ端微塵にされた大介と、神奈川での対決となる。


「あいつを思い出すと嫌なことまで思い出すんだよな」

 大介はそう言うが、同じく準決勝で戦っていた真田は、微妙な表情をする。

「あんたホームラン三本打ってなかったっけ?」

「二本だよ。一本はツーベースで、四打席目でバットを折られた」

 あれは三振を奪われるのとは、また違った屈辱であった。

 ただ大滝にしてみれば、四打数三安打の二ホームランというのは、それこそトラウマであろうに。

 さらに大介の話によると、練習試合でもホームランを打っていたそうだ。


 白石大介被害者の会の会長は、甲子園で唯一の場外ホームランを打たれている自分だと思っていた真田だが、大滝にその名は譲ってやるべきかもしれない。

 まあプロに来てから次々と、その被害者は増えているわけだが。

 高校時代にこれと勝負していた高校生は、自分を誇っていい。

「そういや大原さんも、あんたには散々打たれてたよな?」

「おう。白石大介被害者の会代表だぞ」

 既に存在していたのか。




 この間同じパワーピッチャーである金原が大介を上手く抑えていたのを過信したのか、大滝は一打席目から大介に真っ向勝負してきた。

 甘いゾーンのストレートを割るようなイメージで叩くと、ボールは落ちない弾道で場外へ消えていく。

「ほほう、この球場は場外が出るな」

 まあ出やすい球場ではあるのだが。

 ガッツポーズもしない大介に対して、大滝は打たれた瞬間に天を仰ぎ、それから場外へ消えたのを見送った。

 ライトの短いところではなく、かなりセンター寄りだったのだが。


 しかもランナーが一人いたのでツーランである。

 歩かせることも計算しながら、しっかりとボール球から入っていかなければなかった。

 そんなに白石大介被害者の会の会長になりたいのだろうか。


 だがこの後は、スピード任せでありながらも、金剛寺とグラントを、それぞれフライアウトに取った。

 ボールのホップ成分を、金剛寺だけでなくメジャーを知るグラントでさえ、見誤ったということだ。これで調子に乗った大滝は、その後はちゃんとバッターを抑えていく。

 しかしこの日、ライガースの先発は山田である。

 柳本を入れたことによって、柳本、山田、琴山というかなり強力なローテの先発となっている。

 そこにいきなり当たってしまう神奈川は、とりあえずあまり運は良くない。


 一人歩かせてしまったのはご愛嬌。山田も快調に飛ばして、三振を奪いにいくピッチングをする。

 大滝は三振よりもむしろ、フライを打たせて取ることが多い。

 スピードは確かに150km台後半を投げてくるが、当たらないというほどではない。

 外野フライまでも飛んではいくのだが、それが上がりすぎるというのは、やはりフライボールピッチャーなのか。

 防御率や奪三振はともかく、意外とホームランは打たれるタイプのピッチャーになる予感がする。


 山田はそれなりにゴロを打たせ、追い込んだ時には三振を取っていくタイプである。

 それが速度がついて内野を抜けていくことはあるが、大介が入ってからは明らかに、二遊間と三遊間が強くなった。

 さらにレフトからホームへの中継が大介であると、150kmのど真ん中ストライク送球を投げてくる。

 バッティングが大きく注目されている大介であるが、守備においてもたとえば、内野安打での出塁率は大きく減らしている。

 これだけ打撃が優れていると、チームとしては守備負担の大きさを考えて、他のポジションにコンバートすることなども計画するのだが、結局石井より上手くセカンドを守れる者もいないので立ち消えになる。

 超長打力を持つショート。

 このロマン砲は大滝に、プロ初黒星を献上した。

 被害者の会代表の座は、激しく争われている。




 三連戦の最終戦は、琴山が先発。

 クオリティスタートの三失点であるのだが、打線が本日はつながらず負けてる展開で降板。

 その後一度は追いついたものの、また点を追加される。

 最後はこの日不振だったグラントが、スリーランホームランで逆転勝利。

 大介が避けられて途切れがちになるクリーンナップが、ようやく機能したと言えよう。


 金剛寺は徐々に調子を上げてきているが、今季はまだ打率が三割には届かず、長打も減っている。

 大介が一塁に歩かせられると、金剛寺も単打しか打てない場合が多く、その後のグラントでゲッツーを取られることが多いため、打率の割には得点が伸びていなかった。

 どうでもいいところでは打つと言われていたグラントだが、ようやく雰囲気にも慣れてきたのか。

 まあライガースの外国人は、かなり球場の雰囲気に戸惑うらしいが。

 神奈川スタジアムでの試合ということも良かったのかもしれない。


 ともあれこれで、最初の一巡が終了した。

 ライガースは13勝1敗1分で、完全にスタートダッシュに成功している。

 負けたところは高橋の序盤炎上と、原因がはっきりしているのもいい。

 首脳陣としては、高橋は中継ぎで使い、そこで上手いこと勝ち星を付けられないかとも考えていたりする。

 やはり圧倒的に、失点する確率が多くなっているのだ。


 なお大介は去年の一年目に比べると、四球と本塁打が増えて、盗塁が減っている。

 スライディングによる怪我を恐れたというのも多少はあるが、歩かせた後のバッテリーのアウトにするという意思が強烈であるのだ。

 だがここまで、全打席ちゃんと打てるところに投げてもらえた試合は二度しかない。

 猛打賞二度、10試合連続出塁など、色々と派手なことをしている。

 15試合で八本のホームランを打っているので、この調子なら今季は70本ぐらいのホームランを打てそうな調子である。

 まあ打率五割超え、出塁率六割超えというのは、開幕序盤の猛ダッシュがあったからでもあるが。

 アベレージを高く残し、スランプもどきも短期間で解消し、爆発力はとんでもない。

 こういうバッターが一人いれば、球団もさぞかし楽であるのだろう。

 しかもショートを守れるし。




 甲子園に戻ってきた。

 ここから地元六連戦の予定であったのだが、移動日であった前日から雨が降っていて、今日は中止になりそうだ。

 それでも大介は休まず、甲子園の室内練習場で汗を流す。


 チームとしても個人としても絶好調だ。

 ただ問題は、必要な時に一点を取るということ。

 去年も新人の四球記録を更新するシーズンであったが、今年はそれよりもずっとペースは早い。

 だが打撃成績は全く落ちていない。

 唯一明確に落ちたのは、本当に盗塁だけなのだ。


 しかしこうやって勝負を避けられて、無理に球を打っていくと、自分のフォームを見失ってしまう。

 珍しくもマシンの球を打って、大介はフォームとスイングを調整している。

 後にはやはり、人間の投げた球を打たなくてはいけない。

 そしてバッピだけではなく、特別に二軍からピッチャーを借りてきている。


 今にも死にそうな顔をしながら、大原はマウンドに登る。

 大介はお願いをしたのだが、それから逃げるという選択肢が取れないならば、実質は強制だ。

 生きた150kmの球を投げるマシーン。

 大原は大原で、今季はちゃんと二軍の試合には出ている。


 最初から最後まで一軍にいた大介と違って、大原のオフは短めであった。

 知らない人は知らないだろうが、プロ野球の二軍は、東と西に分かれて練習試合を行っている。

 もちろん練習試合でも、ここでコーチなどの目に止まることは考えて、与えられたチャンスは最大に活かす。

 基本的にはピッチャーにもバッターにも、好きにさせるか指示をきっちりこなせるかを見る。

 調子がよく、そして一軍で調子が悪い者がいれば、入れ替えで一軍にいくことが出来る。


 去年の大原は、完全に二軍で一年間を過ごした。

 それも試合に出るのは数試合の数イニングで、そこでトレーニングの結果を見てもらったり実感するのだ。

 それに比べれば一軍選手に投げるというのは、ずっといい経験になるはずなのだが。

「壊すなよ~。壊れるなよ~」

 一軍のコーチたちはそう言って、生贄をそのままにしていく。

 大原が心を折られるよりも、大介の調子を微調整するのが優先。

 プロにおける完全実力主義が貫かれている。


 だがこれは逆に考えれば、チャンスでもあるのだ。

 バッピであっても大介をちゃんと抑えられれば、自分の評価も上がる。

(だけどそれはただの理想論だよな~!)

 大介にボコボコに打たれて、大原は帰っていった。

 打たれ慣れている大原だからいいが、他のピッチャーだったらどうなのか。


 今年の新人や、二軍のピッチャーが次々と呼ばれてくる。

 そして生贄の羊となっていく。

 こんなことしていて大丈夫なのか?




 大介は本当に、ある特定の球種以外は、簡単にホームランにしてしまう。

 スピードボールだけではなく変化球でも、スイングスピードで圧倒してしまうのだ。

 高めに浮いた球などは、場外ホームランにもしてしまう。

 場外ホームランは五点ぐらいにはならないかなと、変なことも考えてしまう大介である。


 本日は中止と決まっても、大介の練習量は変わらない。

 逆に試合の日でも、やるべきことはやるのだ。

 練習をしないと下手になるというのは、ごく当たり前のことだ。


 開幕からとりあえず他の全チームとは一度以上当たった。

 そしてここまで、予定以上の成績を残している。

 ただ、開幕からの六試合に比べると、さすがに成績は落ちてくる。


 今年の大介には、様々な期待が集まっている。

 チームの優勝は全員で分担するものだが、個人の記録の期待は大きい。

 一年目から活躍しすぎたとも言えるが、大介も一年目は手探りでの戦いだったのだ。

 結果としては、年俸上昇という形で出てきた。

 それに球団が提示した今年の出来高払いも、充分に満足のいくものだ。


 まだ時期が早すぎるが、一応大介はここまでで三冠王である。

 わざわざ調べずとも、大介には色々な人間が、新記録について教えてくれた。

 新人記録の大半を塗り替え、そして今年はそれをも上回るかもしれない。

 だが大介は、今年はまだ、相手のピッチャーのえげつない組み立てを経験していないと思う。


 勝負としてはともかく、野球を職業として見た場合、真田が入ってきてくれたのはありがたかった。

 なんだかんだ言って試合では勝っている大介であるが、真田との対戦成績はあまり良くなかった。

 こいつをどうして他の球団は取らなかったのかとも思うが、それは球団事情によるのだろう。

 だが大介に続いて、二年連続で競合選手を取れたライガースは運がいい。

 もっともその前の年は、クジで負けているのだが。




 本日はお勤めがないということで、外に食いに行こうかという者も多い。

 こういう時に誘われると、勘定は年齢が上の者が持つのが、プロ野球界の慣習なのである。

 大介は一億円プレイヤーで、寮にいるどの選手よりも高い年俸をもらっている。

 去年までは寮にいた山田が、出て行ったからだ。

 高卒は四年目、大卒社会人は二年目まで、寮に住むというのが原則となっている。

 寮を出て行く理由としては、まず一人前になったことなどが挙げられるが、他に明確な理由としては結婚などがある。


 山田もオフに結婚をした。

 ライガースの先発ローテで、しかもエースクラスとなれば、お相手は芸能人かアイドルか、あとは女子アナかといったところに思えるが、普通に大学の後輩であったらしい。

 そしてマスコミ関係ではあるが、女子アナなどとは違い、普通のスポーツ記者だったそうな。

 取材先と取材元のような関係で、よく結婚したものである。

 ただお相手は仕事は退職し、山田の健康維持に全力を注いでいるそうだが。


 ちなみにこういった外に出て行く食事で、年齢が下の者が奢った場合、もうその選手を年上扱いしなくていいというのも慣習らしい。

 大介の場合はそれも参るので、基本的には球団の裏方さんなどを誘っていくわけだが。

「つーか大介君は、夜遊び全然しないよね」

 裏方三名に、ついでにいた番記者まで含めて、普通に食事どころなどに行く。

 大介はまだ未成年なので、あまり居酒屋という選択肢がないのだ。

 20歳まであと一ヶ月弱。まあ20歳になったからと言って、酒をじゃんじゃん飲むつもりもないが。

「夜遊びつってもなあ。別にやりたいことがないし」

「普段寮の部屋では何やってるの?」

「マンガ見たり音楽聞いたりもするけど、基本的にはネットでメジャーとか昔の選手の動画見たり」

 本当に、野球のために生きているような男である。

「女遊びももう行けるでしょ」

 それを言われると苦い顔になる大介である。


 大介は、その一般的な人気に対して、女性からの人気は比較的低い。

 ちびっ子やおっちゃんおばちゃん、そして爺さん婆さんからの人気の高さはよく言及される。

 ただ一番モテそうな若い女性は、自分からも避けているような雰囲気さえある。

「女が苦手だとか?」

「そういうわけじゃないんすけどね」

 溜め息をつくのは、猶予がもうなくなってきているから。


 大介は契約金に今季の年俸、そして出来高。

 さらにそこから予想される来季の年俸に、オフシーズン中に結んだ広告契約とCM一件で、かなりの貯金が出来てしまっている。

 貯金六億という目標は、そう遠くない時点で達成出来そうなのだ。

 そしてそれは、自分で決めた自分の覚悟までの猶予。

「結婚かあ……」

 深刻なため息をつく、若き大スターの姿であった。

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