第74話 激震

 三連戦が最初の一周を終えると、ライガースの驀進も大介の成績も、やや落ち着いたものとなってくる。

 一試合が中止になった広島とは一勝一敗。

 そして次の大京とも一勝一敗で三連戦の最終となり日曜日。

 関西のスポーツ新聞の一面を占めるのは、ライガースの記事ではなかった。

「何やってんの、あいつら」

 関西とは全く関係のない、東京の六大学リーグの記事が一面になっている。


 規則正しく早起きの真田が、背中越しにその記事を読む。

「え~なになに、『東京大学連敗ストップ! 佐藤姉妹と権藤明日美。女子野球界のヒロインが大学野球を制覇する!』って、何これ」

「高校時代野球しかしてなかったやつには分からんかもしれんが」

「いや、この二人は知ってる。あんたのワールドカップで……っぷ」

 腹を抱えて笑い出した真田の首を絞める大介であるが、練習に出るとマスコミから、自然とこれについてコメントを求められることが多かった。


 プロでも大学野球経験者はかなり多い。むしろ今では即戦力として大学を優先している感すらあるが、それでも六大学については詳しくない者も多かったりする。

 ただ大介と同期の山倉は法教大であり、一つ上の期である大江は帝都大だ。

「慶応が東大に負けるってどういうこった」

「何かおかしいんすか? 同じ六大学でしょ?」

 大介の中の野球知識の偏りはすごい。

「「「一緒にするな!」」」

 練習場のあちこちから声が上がった。


 そして大介は散々に六大学リーグのレベルと、その中における東大の地位について説明されたのだが、去年の大学野球での直史のやりようを思い出せば、あの二人ならこれぐらいはするだろうと思うぐらいだ。

 ただその日の練習中に、今日の試合も東大が勝って勝ち点一を得たと聞いて、大介の周囲が情報収集に乗り出す。

 あんたら、これから試合ですよと大介は言いたかったのだが、その日の試合での動揺は、相手のレックスの方が大きかった。

 なにしろあちらは在京球団で、本拠地が神宮球場になっているのである。

 そもそも神宮球場は大京の本拠地ではあるが、実は間借り状態である。

 そもそもは大学野球をやるための球場を、レックスが本拠地にしたという順番なのだ。

 よって別に大学を経由していない選手でも、今回の事態には驚き動揺したらしい。


 結果、試合においては今季琴山が初完投の初完封。

 大介はヒットも打ってホームランも打って盗塁も決めてと、かなりの活躍をした。

 しかし翌日の新聞は、また東大の三連星を一面にしてしまったのである。

 ライガースファンは激怒した。かくも愚かなスポーツ一面をやってのけた新聞への不買運動などが起こる。

 事態を憂慮した新聞各社は、関西の新聞の記事は今後、ライガース中心に戻すこととなる。

 だが日曜日と月曜日には、号外を出すということで対処したのであった。

 ただこれは、東大女子野球部員の伝説の始まりであった。



 

 テレビをつければ東大の野球部の話題がやっている。

 なんだかバラエティのような番組で、女子選手が男子選手に混じって戦うことの意義など、適当なことを言っている者もいる。

 MHKの番組にさえなっているのは笑えた。金かけてるな、MHKよ。

(あいつら、絶対にそんなこと考えてねえぞ)

 それは分かるのだが、直史と勝負をしたかったのだろうか?

 

 高校時代には女子選手の出場が可能になったため、ツインズを正式に入部させてはどうかという話も出たのだ。

 だが二人には芸能活動もあったため、それは流れていった。

 正確には直史が、悪影響が及ばないように反対したのだ。

 もちろんこの悪影響は、ツインズから他者に伝わるものである。


 大介が聞いたところによると、何やら二人のこの件で、テレビ出演させようという動きもあったらしい。

 だがそれは連盟的にアウトらしく、普通の大学グラウンドやクラブハウスでの撮影となった。

 だが明日美はともかくツインズは芸能活動を止めていたわけではないので、あちこちからその話題は拡散していった。


 大介の周囲のマスコミも、これについてのコメントを求めてきた。

 中には白富東が練習試合で負けていることに言及してくる者もいたが、さすがにそれは大介も直史も出場していなかったので、全力であったとは言えない。

 だがこの間までの春のセンバツ、ベスト4まで進んだメンバーは入っていたのだ。

 権藤明日美の力は、つまり高校野球ベスト4以上である。

 他にはツインズが、新入生歓迎試合で、男子選手の球を打っている映像なども探しだされてきた。

 まったく、スマホ撮影とネット拡散時代は地獄である。




 完全にプロ野球よりも大学野球。特に東大と早大が注目されている現在。

 時間が100年ほども巻き戻ったのかとも思うが、甲子園は満員御礼である。

 東京の神宮で行われている奇跡は、首都圏を中心となって話題となっている。

 もちろん六大学リーグはそのブランド的価値もあり、有望な選手を多く抱えている。

 その中で女子選手が活躍しているというのは、確かに驚きであり、世間的にはおいしいネタなのだ。


 へろへろになっている相手バッターに対して、大介のバッティングも呼応するかのよう二へろへろである。

 それでも首位打者などは平然と維持しているあたり、基準が違うと言ってもいいが。

 あとはせっかく甲子園で神奈川との対戦があったのに、雨天のせいで上杉のローテが変わり、ライガースには投げてこなかったことも関係した。

 

 そんなプロ野球界にとって、逆風なんだか無関係なんだか分からない大学野球が行われてはいたが、プロ野球も四月度が終わる。

 そして当たり前のように月間MVPに選ばれる大介である。

 これにてデビュー以来七ヶ月連続、七度目の受賞である。

 大介が怪我でもしないと、セの野手は月間MVPはもう取れないのではないだろうか。


 打率 0.457

 出塁 0.587

 OPS 1.543

 打数  92

 安打  42

 打点  40

 本塁打 12

 盗塁  16

 四球  29

 三振   7


 三月度と合わせて30試合あったのだが、試合数から比較してもおかしい。

 まさかではあるが、最多安打記録も更新できるかもしれない数字である。

 ただ大介としては、四球で歩かされた打席が多すぎるのが気になる。この調子ならシーズン四球記録を更新してしまう。

 打点も本塁打も、この調子ならばさらに記録を塗り替えそうだが、実際は開幕のスタートダッシュから比べると、ずっとその増加は緩やかなものになっている。

 開幕15試合で五割を打っていたことを考えると、かなり打率は低下しているのだ。


 さすがに月間MVPが発表された時は新聞の一面も大介で、二年目のジンクスはどこにいったのか、という話になる。

 左ピッチャーのスライダーに弱いというデータも、そのスライダーが超一流のものでないと意味がないという結論が出ている。

 チームの方も23勝6敗1分と、二位に四ゲーム差の首位を独走している。

 なんといっても連敗が一度しかなかったのだ。


 ただチームとしては幾つか、当然のように問題が起きている。

 志龍が捻挫で一週間休んだり、高橋がローテから落ちたり。

 あとはグラントがホームランこそ打つものの、打率が上がってこないことなどだ。

 



 大学野球の続報は、さらに複数の大量のメディアが流してくる。

 東大は連勝を続けて、21世紀に入って以来の最下位を脱出出来そうなのだ。

 それどころかこの調子では、優勝争いをする可能性まである。


 プロ野球にはスーパースターがいて、大学野球にはアイドルがいる。

 それに対して高校野球は、SS世代ほどのスターには恵まれない。当たり前のことである。

 上杉や大介のような存在が、二年に一度でも登場してくれば、世間は盛り上がるだろう。

 だが対決する同時代の人間にとっては悪夢でしかないのだ。

 センバツではついに白富東の連続優勝が途切れて、それに対するインタビューなども受けた大介である。


 あと、パ・リーグの方はまた、アレクが大暴れしていたりする。

 今年はドラフトでの補強が上手くいかなかった福岡は、ベテランが序盤は調整をするためんい第三位。

 首位のジャガースに挟まれて、マリンズが二位というところに強大な違和感がある。

 去年までの定位置最下位はどうしたんだというぐらいだが、大卒ピッチャーが即戦力になってくれたり、開幕から一軍登録された若手が、頑張っているらしい。

 あとは織田がとにかく出塁しまくって足でかき回して、攻撃面は奮闘しているそうな。助っ人外国人が当たったのも大きいだろう。

 さすがに残念なことに、鬼塚はまだ二軍である。


 開幕してまだ一ヶ月と思うか、もう一ヶ月と思うか。

 ここで誰かが、それこそライガースの場合は大介などが怪我をしたら、一気に守備と打力が落ちてしまう。

 ただ開幕序盤、柳本がいなくても連勝したように、投手力は明らかに改善されている。

 だがライガース首脳陣は、このシーズンだけではなく、未来を見据えてシーズンを戦っていかなくてはいけない。


 金剛寺が、打率はともかく長打力を落としている。

 グラントが長打を打っているので気付かないが、アベレージを打つことを考えて、長打狙いを少なくしている。

 それはグラントや、さらにその後ろの打線を、ある程度信頼できていることでもある。

 もう金剛寺も40代。

 彼の次の四番を、探さなければいけない。


 大介はどうなのかと言うと、足があって打率と長打を兼ね備えるため、コンピューター上の計算では三番が一番得点につながるようだ。

 今のチーム力だと二番においてもさほど数字は変わらないそうだが、それはシーズンの終盤にでも、記録への挑戦を考えて、少しでも打席が多く回ってくるぐらいにしか使うべきではない。

 それに大介の能力は、正直日本のレベルを超えている。

 本人は今のところ全くそんな意図の発言はしていないが、将来のMLBへの挑戦はありうると思わなければいけない。

 ただ大介自身は、アメリカに行っても上杉はいないと答えるだろう。

 そして上杉は海外志向が全くない。




 上杉の登場は、高校野球においても巨大なインパクトをもたらしてくれたが、NPBにとってもそれは同じことである。

 そして二年後に大介が入ってきて、これはセカンドインパクトなどと呼ばれていたりする。

 確実に言えるのはバッターもピッチャーも、現状のレベルでは満足してはいけないということ。

 MLBの理論を後追いで導入するのが日本のプロ野球であったが、最近は高校やクラブチームで、全く新しい試みがされようとしている。

 

 さるトレーニング方法を全面的に取り入れたクラブチームが、プロの二軍や大学生チームを撃破していたりもする。

 ライガースやグローリースターズは弱かった頃、地元で覇権を握っていた高校の方が強いのではと揶揄されたこともあったが、似たようなことは起こっている。

 もっともそれは、より深刻なことであった。

 甲子園の優勝レベルの力を持つチームが、女子の高校野球チームに負けたからだ。

 当時は女に負けた、などとネットで笑われたりもしたものだが、今は堂々と大学野球で言われている。


 スポーツにおいて男が女に負けるというのは、純粋な意味で恥である。

 世界で男と女が同じ舞台で戦えるなどというのは、競艇か競馬ぐらいであろうが、競馬においても女子には重さでの優遇措置があったりする。

 おそらくは世界でもトップクラスの身体能力を持つとはいえ、女子三人が入ったことで大学の強豪リーグがここまで混乱するのか。


 昔アメリカでは、自分の性自認は女だからなどという意味不明な理由で、男子が女子の競技に出て、上位を独占したりなどもした。

 ああいった果てしのない馬鹿なことではなく、純粋に女子が男子の中で、男子を倒して活躍している。

 柔良く剛を制すなどということではなく、単純に女子でも強い女子はいるということなのかもしれないが、球速などを見てみれば、そんな単純な話でもないと分かる。

 140kmというのは確かに速いが、プロでは当たり前にいるレベルである。

 だがかつてプロでは、ストレートが130kmしか出ないのに、先発として年間に二桁勝利をしていた選手もいたのだ。

 

 技術があれば、女でも男に勝てるのか。

 実はその技術が高度であればあるほど、そして扱う品物が強力であればあるほど、女でも男に勝てる要素は出てくる。

 簡単に言えば銃である。

 戦争の話になるので極端な例外とも言えるが、銃は弓や槍と違って、女が戦士を殺す、最も簡単な武器である。

 そして弓でも弩は、非力な女の力を、道具の中に溜めておけるものであった。


 野球はボールやバットなど、それなりに道具を使うスポーツだ。

 道具の使い方の技量に差があれば、単なる肉体の能力には比例せずに、女子選手もそれなりの戦いが出来るのかもしれない。

 だがそれはあくまでも低いレベルの話で、大学野球までのレベルになると、男にはとても敵わないはずだったのだが。


 おかしなフェミニストが持ち上げようとしたりしているが、大介の知るツインズの男女観は、かなり古風なものである。

 お嫁さんにはなりたいし、子育ては基本女の仕事だし、男には外でガンガン働いて欲しいというものだ。

 そのくせ本人たちは、男よりもはるかに上回る能力を持っているのだが。

 スポーツにおける道具と同じように、社会が複雑さを増せば増すほど、女にも活躍の余地は出てくるのかもしれない。


「しっかし、本当にあいつら何考えてんだ?」

 五月に入ればライガースは、週末を首都圏で過ごす試合が出てくる。

 その時であれば大介も、神宮を訪れることが出来るかもしれない。

 その時、もしも早稲谷と東大の試合が行われたとしたら。

 ツインズと、直史が試合で戦うことになるのか。

 あの二人の邪悪な強大さはよく分かっているが、それでも負ける姿が思い浮かばないのが直史である。

「つーわけで時間があれば見にいかね?」

 大介が誘うのは六大学リーグ出身の大江と山倉で、東京からの激震に身を震わせることが多い二人である。


 二人もまた、現状を確認はしたかったのだ。

 特別番組で流される放送では、確かに女子が男子を翻弄している。

 凄いとは思うが、後輩たちを不甲斐なくも思う。

 ペナントレースの真っ最中に、考えることは目の前の試合であるだろうに。


 なおこれらの選手たちは、神宮球場の観客が多すぎて、結局場内に入ることは出来なかったというオチがつく。

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