第267話 ファイナルバトル

 クライマックスシリーズファイナルステージ第三戦。

 ライガースの打線が爆発して、9-3の圧勝。

 先発の佐竹の切り替えが、最後まで上手くいかなかったのが原因であった。

 今さらであるが、二回にまた失点した時点で代えていれば、結果は違ったものになったのかもしれない。

 

 これでもアドバンテージを含めると、まだ三勝一敗でレックスが圧倒的に有利である。

 ただレックスの先発した佐竹は間違いのないエースクラスで、ここで勝てなかったのは痛い。

 ライガース側からしたら、佐竹を打ったのは大きいとも言える。

 単純に落としただけではなく、それなりに長いイニングで球数を投げた。

 ファイナルステージでリリーフとしてももう一度出番があるかどうか、微妙なところである。


 ライガースとしては、次に出す投手は迷う。

 出せそうなところでは、大原、山倉、村上といったところだ。

 真田も中四日と考えれば出せなくはないが、最終兵器的な面がある。

 ただ目の前の試合に勝つことだけを考えるなら、真田でいいのだろう。

 だが最後までもつれ込んだとき、レックスは中四日で武史を出してくるかもしれない。

 その時に対抗できるのは、やはり真田だろう。

 期間としても中六日。

 充分に回復しているはずの間隔である。


 だが他にも考えようはある。

 真田に投げさせて、残りの試合で肝心なところでリリーフとして使う。

 かなり負担はかかるだろうが、プロは勝つことを考えなければいけない。

 金剛寺としてはこのシーズンでは、日本一にまでは到達しないのではと考えている。

 真田を無理に使う必要はない。

 監督としての契約は、なんだかんだ言ってリーグ二位を確保したので、来年もチームを率いることが出来るだろう。

 かといって完全に試合を諦めることはありえない。

 真田と武史が互角だと考えると、そこで使うしか勝ち目はない。

 武史から大量点が取れるとは、今のライガースの打線でも思えないのだ。

 

 そして選択したのは、ピッチャー大原。

 馬力で投げるピッチャーなので、長いイニングを投げられる。

 そのくせある程度安定しているので、殴り合いになっても強い。

 レックスが出してきたのは吉村。

 完投能力は微妙であるが、大介との勝負を避けるのに、躊躇を覚えない人選である。




 レックスもこの試合は、かなり迷ったのだ。

 ピッチャーの陣容を見れば、ライガースは山田と同じように、真田も中四日で使ってくることは想像できた。

 するとこの両エースを使ってしまうので、もうライガースはやや格落ちのピッチャーしか残っていない。

 残り三試合のうち、一つでも勝てば日本シリーズ。

 または一つ引き分けがあってでも、レックスの勝ち抜きは決まる。


 ただ現実的にライガースの打力を考えた場合、引き分けは狙っていけるものではない。

 結局成立したカードは、吉村と大原の投げ合い。

 シーズン中はライガース一の登板イニングを誇り、完投も多かった。

 だが短期決戦で見た場合、一点の価値が高い試合では、あまり投げられるタイプではない。

 イニングイーターであり、貯金を増やすわけでもなく、借金を増やすわけでもない、

 そんなピッチャーもプロにおいては貴重である。

 それも長いイニングを投げたからこそ、リリーフ陣を休めることが出来た。


 吉村は先発だが完投する数は少ない。

 五回か六回まで投げて、そこからをリリーフに交代。

 レックスはかなりリリーフ陣がそろってきたので、今年の吉村はそのパターンで勝つことが多い。

(だけどライガースを抑えるのはなあ)

 樋口はコーチ陣と検討を重ねるが、確実にライガース打線を抑える自信はない。


 それでも武史と金原は、ライガース相手に勝っている。

 それも大介と勝負し、ホームランを打たれた上でだ。

 しかし三戦目の佐竹は、二本のホームランを打たれてしまった。

 やはりこのあたりに、ライガースの打線のポイントがあるのだろう。


 大介という化け物に加えて、その後ろに西郷がいる。

 また二番から六番までは二桁ホームランを狙える長打力の持ち主だ。

 ただそれらの長打力を活かしているのが、一番の毛利だ。

 とにかく塁に出てしまって、そこから俊足でホームまで帰ってくる。

 ホームランとはいかなくても、外野の頭を越えたりしたら、一塁からでもホームを狙ってくる。


 打率もいいし、選球眼もいいし、足もある。

 何より優れているのは、その走塁での判断力だろうか。


 大介の一発はそれなりに警戒しなければいけない。

 一人で一点を取ってしまうのは、ホームランだけであるのだ。

 だが毛利を出塁させていると、後のバッターに打点がつく確率が急激に上昇する。

 樋口はこの、一回の先頭からキャッチャーを悩ませるバッターのことが、大嫌いであった。




 クライマックスシリーズファイナルステージ第四戦。

 樋口はこの試合で決めようと、誰にも言わないが決意している。

 ライガースの打線は、別に試合数が嵩んでもそれほど劣化しない。

 だがレックスのピッチャーは、この後の日本シリーズのことを考えても、早めに勝負の片をつけたいのだ。


 もちろんライガースのピッチャーも、後に行けば総力戦にはなる。

 しかしその場合、打撃力で優るライガースの方が、有利になりかねない。

 中継ぎ陣の能力は、両チームそれほど差はないと思われる。

 初回からの殴り合いの結果で、試合は決まっていく。

 そんな野蛮な野球は樋口の好みではなく、もっと計算して確実に勝っていくのが、野球というスポーツだと思っている。


 ただここで、そんなに自分たちにばかり、都合のいいことが起こるはずもない。

 必死で頭を使って計算しても、事態というのは動いていく。

 まともな手段で大介を確実に抑えるなど、樋口ですら思いつかない。

 だがペナントレースとプレイオフのここまでを戦って、ある程度のことは分かった。

 まあ、単純にプレイオフの大介の方が、シーズン戦よりも恐ろしいということだが。


 三試合連続の四ホームラン。

 全てがソロホームランではあるのだが、第三戦は西郷とのアベックホームランが致命傷だったのか。

 ホームランを連発される。しかもプレイオフの、日本シリーズが決まるかもしれない試合で。

 佐竹にはそこがプレッシャーとなっていたのか。

 考えてみれば佐竹は、高校時代に甲子園も経験していない。

 大舞台には慣れていないと言った方が分かりやすかったか。




 考えすぎるな、と試合の開始前に、樋口は考える、

 とりあえず大介が規格外なのは、ワールドカップで同じチームになったことからも知っている。

 だがバッター一人で試合が決まるほど、野球は単純ではない。

 実際に今年は、リーグ優勝を決めたのはレックスの方であるのだ。

 プレイオフでは大介が、ドーピングレベルでパフォーマンスを上げてくるというのも事実だが。


 一回の表から、毛利が塁に出た。

 ライガースの得点パターンの一つである。

 そして大江が進塁打を打ち、一塁が空いた状態で大介。

 ここでレックスは申告敬遠で大介を歩かせる。

 スタンドの一角のライガースファンの間からは、ブーイングが聞こえた。

 しかし三試合で四本もホームランを打っているバッターに、ランナーがいる状態で勝負するのはバカであろう。

 これで俊足のランナーが二人、塁に出てしまったが。


(三試合で四本……四本?)

 ふと、樋口は思い至った。

 もちろんこれは、記録にもならないことだが。

 シーズン中の69本に加えると、大介のホームランは73本、つまり世界記録になる。

 シーズン戦とプレイオフは、全く別のものではあるのだが。

(それに上杉さんからも打ってたか)

 スターズとの試合で、よりにもよって敗北した唯一の試合で、大介は一本を打っていた。


 オープン戦を合わせたらさらに多くなるとか、そういうことではない。

 今年の大介は公式戦で、74本のホームランを打っているのだ。

(今日は、ホームランさえ打たれなければ、うちが勝つ)

 非科学的な思考であるが、樋口はそう確信出来た。


 ワンナウト一二塁で、バッターは四番の西郷。

 樋口は西郷の打ち気、ランナー二人のリード、そしてライガースベンチを見る。

 あるいはダブルスチールなどという大胆なことをしてくるかとも、選択肢にあった樋口である。

 だがベンチの気配や、西郷の殺気などを見れば、それはないだろうと思えてくる。

(出来ればゲッツーがほしいな)

 ワンナウトなので、進塁打を打たれたら次は五番のグラント。

 まあ西郷よりはかなり、しとめるのは簡単であるのだが。




 吉村のスプリットを、西郷は高く弾むゴロとしてサード方面に打った。

 それをキャッチしたサードであったが、ベースを踏む間に鈍足の西郷もファーストに到達。

 アウトカウントが増えて、ランナーが入れ替わる。

 そしてバッターも、西郷よりは与しやすいグラントである。


 フライボールを打つタイプのグラントは、大きく変化する球でカウントを整え、そこから高めのストレートで片付けるのが、対応としては一般的である。

 だがその高めに、万一合ってしまったら。

 ランナーが二人いる状態で、スリーランホームラン。

 大原から三点を取るのは難しくないが、ライガースもまた吉村から追加点を奪ってくるかもしれない。

 初回であるのにハードな場面である。


 吉村はちゃんとそれが分かっている。

 ボールになるスプリットと、スライダーを上手く使う。

 スプリットの上を叩いて内野ゴロというのが、樋口をしては理想的であった。

 だがファールを打たせてカウントは整えていっても、そう上手い打球は飛ばない。

(だからこれ)

(よし)

 樋口のサインに頷き、吉村は渾身のストレートを投げる。

 それをグラントのバットは捉えたが、弾道が上がりすぎている。

 バックしたセンターが追いつき、フライをキャッチしてスリーアウト。

 ライガースが得意とする先制パンチを、どうにか避けたレックスであった。




 先制点は意外なところから出てきた。

 三回の裏の先頭打者である西片の打球が、ライトぎりぎりへと飛び込んだ。

 確かに毎年、シーズン中にも二桁ホームランを記録することもある西片である。

 だがこの日本シリーズ進出を決める一戦で、古巣であるライガースから出るとは。

 意外と言えば意外であるが、大原は今日、あまりコントロールが定まっていなかった。

 一回と二回と、フォアボールのランナーを出している。

 だからそれが逆に、甘い球を投げてしまったということでもあるのか。


 ここで決められるか、と樋口は思った。

 続く二番の緒方と、三番には樋口、四番には浅野。

 緒方は普段は進塁打と、アベレージを残すバッティングをしているが、実のところは長打力もある。

 ランナーとして出てくれれば、ケースバッティングで自分か浅野が決める。

 しかしライガースはピッチャーを交代した。


 ボール先行で調子の悪かった大原なのだ、まだ早いイニングだが、仕方のないことでもあるのだろう。

 シーズン中ならまら投げさせたかもしれないが、この試合は負ければもう次はない。

 ランナーもいないということで、リリーフで出てきたのはオニール。

 今年も50登板近く投げて、30ホールドを記録している。

 ただ樋口としては、オニールはもう少し余裕があるところで投げてくるピッチャーというイメージがある。

 先発でも投げていた琴山や、品川の方がいいのではないか。いや、品川は左なので、ここで使うのは違うか。


 だが確かに、オニールのボールは早い。

 ただ代わり端に失点することがあるのも確かだ。

「緒方!」 

 声をかけた樋口は、サインを見せる。

(初球)

 対して緒方は、軽く頷いた。




 どちらがより深く読んでいたのだろう。

 バッターボックスの近くでオニールの球を見て、緒方は微調整する。

 イメージどおりに自分の体を動かすのは得意だ。

 そのイメージどおりのスイングで、オニールのボールを打てるのかどうか。


 バッターボックスに入った初球、オニールの踏み込みが力強い。

 分かりやすい、初球ストレートだ。緒方はわずか一瞬の間に、軌道修正をする。

 ベルトより高いストレートは、確かに速かった。

 だが体の力全部を使って打つのには、とても打ちやすかった。


 プロとしては小柄な方の、その体が一回転する。

 そしてボールはまたもスタンドにまで運ばれた。

 緒方の方は途中まで全力疾走していて、大歓声でようやく気づいたようであったが。


 代わったばかりのリリーフを打って、連続ホームランで2-0となる。

 比較的打撃戦となるであろうと思ったこの試合、レックスの方が有利に展開を進めていた。

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