第266話 一矢報いる
0勝2敗のクライマックスシリーズファイナルステージ。
アドバンテージも入れれば、もう一つ負けるか、引き分けでも終わりである。レックスの日本シリーズ進出が決まる。
ライガースはだが、ここで両エースの一方、山田を投入することが出来るまで回復した。
スターズとの試合で、継投策を取っていたのが良かった。
中四日ではあるが、問題なく投げられる状態にある。
(カードみたいなものか)
ピッチャーの力を正しく計算し、相手の打線と相手のピッチャー、そしてこちらの打線を比べる。
考え方としては二つのようで一つ。相手の打線をこちらの打線が取る点以下に抑えるか、相手のピッチャーからこちらのピッチャーが取られた以上に点を取るか。
その計算については、下手にデータで分析するより、直接ピッチャーの球を捕っている現役のキャッチャーの方が、直感で正しく判断出来たりする。
レックス側は樋口が、直接判定する。
ライガース側はバッテリーコーチの島本が、キャッチャーとピッチャーの状態から判断する。
大介に出来るのは、相手が打つ以上に打つこと。
ただしレックスが冷徹に、大介との勝負を避けてくればどうか。
(レックスのピッチャーは、次は佐竹か)
前の試合の後に発表されたそれは、おおよその予想が当たったものである。
ライガース予告先発では山田が先発すると発表された。
中四日ではあるが、前の試合ではそこまでの無理はしていない。
今季は12勝2敗という成績を残しているが、先発した試合自体は18勝7敗。
うち二つが上杉に負けたもので、他の五試合も四試合が一点差という、勝つためのピッチングが出来る先発だ。
今年30歳になる山田は、既にプロで110勝をしている。
上手く長く成績を残せば、高卒の育成上がりながら200勝出来る可能性がある。
間違いなくエースの力を持っているのだ。
佐竹にしても高卒ピッチャーが四年で50勝と、ルーキーイヤーでほとんど活躍していないことを考えても、確実にエース級だ。
どちらも化け物じみたピッチャーではないが、それでもレジェンドになれる可能性を秘めている。
負ければ終わりのこの試合、ライガースは最高の手札を切った。
そしてレックスも、そのつもりでいるらしい。
この日の試合は、小雨がぱらついていたため、やや寒い試合となった。
だが野球場の熱気は、そんな雨すら蒸発させる。
この試合で、日本シリーズ進出が決まるかもしれないのだ。
もちろんライガースとしては、ストレート負けなど許されない。
日本シリーズまで進めば、試合はセパ両チームの本拠地で行われる。
あの熱い甲子園球場で、もう一度試合を行いたいのだ。
その想いが届いたわけでもないだろう。
しかしまた大介は、この試合の第一打席にホームランを打った。
はたはた樋口は呆れるしかない。
(ホームランを打つマシーンだな)
ファイナルステージのここまでに、打った安打は三本。
そしてその全てがホームランである。
戦う意思を見せていたピッチャーの心を折る。
そんなホームランが、ライガースの破壊力を象徴している。
そしてライガースは大介だけではない。
渾身の球を軽々とスタンドに持っていかれた佐竹は、わずかに集中力を欠いたのか。
ゾーンの内よりに入ってきた球を、西郷が見逃すはずがなかった。
久しぶりのアベックホームランで、ライガースは初回にいきなり二点を獲得する。
これは痛いかな、と樋口は思った。
ライガースはエース山田を投入して、確実にここで勝っておこうとしている。
山田と佐竹の差、そして両軍の打線の差。
おそらうこれは負けたかな、と樋口は計算してしまう。
頭がよく、合理的で、決断も早い。
そんな樋口でも、ちゃんとピッチャーのケアをすることは忘れない。
「甘く入ったな」
「そうすね」
プロ入りは先でも、年齢は樋口の方が上である。
そして失投からのホームランと、これは佐竹が悪い。
ただ佐竹だけが悪いというわけでもないのだ。
樋口は他の守備陣も見る。
「に連勝して王手をかけていたことが、油断につながったのかな」
実際には油断などではなく、ほんのわずかな、誰にでもある失投を狙われたのだが。
(手ごわい)
スターズとファーストステージで対戦し、間違いなく消耗はしているのだ。
ピッチャーの運用に関しては、絶対にレックスの方が有利であるのに。
ここからはもう、一点も取らせないとでも言えれば、かっこいいのかもしれない。
だがそれは現実的ではない。樋口もそんな励まし方は出来ない。
「山田さん相手だと、取れて三点といったところかな」
佐竹の目から、戦う意思はまだ消えていない。
「引き分けでも日本シリーズには行ける」
「とにかく、あと一点も取られないことですね」
樋口は強く頷いてやる。
負け試合が、人を成長させることはある。
それにこれ以上の失点を防ぐことで、山田を長く投げさせたい。
先発で使われる山田だが、リリーフとしての適性も高い。
そういった使い方が出来ないように、とにかくこれ以上の点を取られてはいけないのだ。
まったく、連勝してこのまま一気になどと思ったが、世の中そんなに甘くはない。
立ち直った佐竹を確認し、樋口はキャッチャーボックスに戻る。
(しぶといな。でも出来るだけピッチャーを節約すれば、それだけでこちらの勝率は上がる)
二点差は安全圏内ではない。山田をかなり長く引っ張る方が自然だ。
もしリリーフを使うにしたら、ほどよく疲労の抜けている中継ぎ陣は、むしろ山田よりも厄介かもしれない。
本当にめんどくさい。
だからこそ面白い。
樋口は目の前の試合に集中しつつも、今後のチームの戦略まで同時に考えていた。
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