第156話 相性
大滝志津馬はプロ入りしてから、ライガース相手に勝ったことがない。
高校時代には甲子園でも160kmを達成し、上杉以来最速と言われたものだが、翌年にはその呼び名は武史のものとなっていた。
その年のドラフト指名で、大介以外に外れ一位ではなかった唯一の選手であるが、少なくとも二年目までは、チームの主力と言えるほどの成績は残していない。
三年目の今年も、そこそこローテで活躍はしたが、二桁の勝利もつかないぐらいだ。
ただ間違いなく球速はあるので、セットアッパー的に使われることは多い。
完投するだけの体力もあるので、来年からは本格的にローテーションに入るかもしれない。
だがライガースと言うか、大介との相性が絶望的に悪い。
本人は大介を同年代のライバルとでも思っているのかもしれないが、そもそもまともに勝負して、五割以上打たれているのだ。
真っ向勝負をするピッチャーが、いつまでその姿勢でいられるのか。
アマチュア時代はともかく、今はもうプロなのだ。
もっとも大介に向かって勝負するピッチャーというのは、プロ野球の観戦者にとっては、それなりの需要があるのだ。
あまりにも打ちすぎて、ほとんど毎試合敬遠か、敬遠同然の四球になっているのはひどい。
ただそんな大滝を、ライガース相手の先発に使ってくるのは、少しやられたかな、とも思う島野である。
ライガースの第二戦は、実質チームのエースである真田だ。
これは真田で取れそうな試合に、取れなさそうなピッチャーを当ててきたとも言える。
そう考えれば大滝も気の毒ではあるが、そういう容赦のない起用をするのも、プロの世界である。
今季は少し調子を落としたこともあったが、勝ち星と貯金ではチームトップの真田。
プロ相手でも左打者にとっては、あのスライダーは魔球である。
質のいいストレートにスライダー、そして落差のある縦のカーブ。
時折混ぜるシンカーまであっては、そうそうプロでも得点を取られることがない。
とりあえず一回の表は三者凡退で終わらせて、今度はライガースの攻撃である。
大滝の速球への対策は、なかなか難しいものである。
プロであってもMAXが160kmを超えるのは、今の日本では外国人ピッチャーしかしない。
だがそれでも、成長と変化の少ない状態が続けば、プロの分析力の前では裸になってしまうのだ。
大滝は成長すべき方向性を間違えている。
戦闘の毛利はしとめたものの、二番の大江はセンター前に。
ワンナウト一塁となって大介の打席である。
「よっしゃ」
昨日の試合のような、封じられる展開にはならないだろう。
ランナーを背負った状態であるが、一回の裏でランナー一塁では、さすがに敬遠などをするとアウェイの野次が恐ろしい。
それに 大滝は大介にボコボコに打たれてでも、どうにか意識改革をする必要がある。
才能自体は、160kmが投げられる肉体を生まれた時点で持っているのだ。
他の変化球も、ちゃんと通用するレベルではある。
だが今はもう、ストレートだけで勝負する時代ではない。
上杉と他一名、例外はいるが。
それでもストレートを活かすために、見せ球の変化球を使っている。
初球はどこへ投げるか。
尾田のサインに対して、大滝は首を振る。
(するとここか?)
頷いた大滝に対して、尾田はひそかに溜め息をつく。
頑固であり、勝気であることは、悪いことではない。
一流のスポーツ選手というのは、そういった面がないと成長していけない。
だが大滝のここまでの頑固さは、傲慢と言った方がいいぐらいのものだ。
(どこかで折れてから、立ち上がらないとなあ)
ただの強がりでストレート勝負にこだわっているなら、チームに対して迷惑をかけることになる。
大介に対する対抗心は強いが、大介がライバルとして意識しているのは上杉ぐらいだろうし、他にある程度同格に近いと思っているのは、タイタンズの荒川ぐらいではなかろうか。
単なるパワーピッチャーなら、160kmを普通に出してくる外国人でさえ、簡単に打ってしまうのだ。
あるいはここで折れてしまうことが、野球選手としての限界なのだろうか。
尾田は自分でもひどいなとは思うが、あの年の一位指名は大滝を取るべきではなかったと思っている。
確かにスペックやポテンシャルはピッチャーとしてナンバーワンだったのかもしれないが、真の実力ナンバーワンは、佐藤直史であった。
それにルーキーイヤーから、上杉正也や島の方が、実績を残して既に完全にローテに入っている。
大滝が等身大の自分を認められるようになるのはいつのことなのか。
インハイへのストレート。他のバッターなら腰が引けてもおかしくはない。
だが大介は、軽く顎を引く。
ボール球だ。頭部付近への。
一瞬ざわめきが多くなったスタンドから、罵詈雑言が飛んで行く。
「打たれるからって何考えとんのじゃー!」
「審判退場やろがー!」
「退場や! 退場ー!」
だがそういうスタンドに対して、バッターボックスを外した大介が、抑えるように手を向ける。
まあまあまあ、といった感じだ。
審判にしても今のコースは、かなり危険ではなかったかと思う。
大介が余裕で避けたため、即時退場のコールを迷っただけで。
「まあプレイオフの先発なら、コントロール乱してもしゃあないわな」
のんびりとした大介の態度に、とりあえず一発退場はやめておく。
ただ尾田としては、いきなり大きく外れたストレートに、危機感を覚えるのは当然である。
マウンドに駆け寄ると、大滝は明らかに平常心ではない。
大介に対し対抗心があると言っても、わざとぶつけるような人間ではないのだ。
それだけに精神的な平衡を失っているのが問題なのだが。
「お前、ダメならもう代えてもらうぞ」
尾田は厳しいことを言うが、大滝が空回りしていることは明らかなのだ。
才能もあるし、本人も努力を惜しまない。
だが大介と同じ年だったことが、根本的にその道を歪めてしまった。
それは気の毒だし、同じチームであるからには、勝てるピッチャーにはなってほしい。
しかしやはり、限度というものはある。
大滝は尾田に声をかけてもらい、少し頭が冷えたらしい。
160kmが頭部に当たれば危険なことは分かっているはずだ。
大介のよけ方が大袈裟だったら、一発退場もありえた。
だがようやく、視線もしっかりと定まってきた。
ここからが勝負だ。
160kmを活かせれば、大介だって必ずしもホームランばかりが打てるわけではない。
戻ってきた尾田の様子を見て、とりあえず冷静になっただろうな、と大介は判断する。
正直に言えば、大滝のことは嫌いではない。むしろ勝負してくれる相手は好きである。
だがやはり二球目は、アウトローに外してきたか。
三球目のスライダーは、インローの際どいコース。
打った大介であるが、ボールはライト側のポールを切れていく。
見逃したらボールだったかもしれないが、スリーボールからでは歩かされる可能性が高い。
さて、四球目は何を投げてくるか。
歩かせるつもりのスライダーを、ファールにされてしまった。
尾田としてはここからは、ストレートとチェンジアップを上手く使わせなければいけない。
大介としてもここは、スライダーは使わないだろうなと判断する。
スライダーでは空振りも見逃しも、取れるとは思わない。
カウントを悪くするぐらいなら、ここへ。
インローに対して、今度は全力のストレートを。
大介は見送り、ボールとなる。
大滝は球速のある選手だが、それなりにコントロールもある。
だが今の球を余裕をもって見逃されれば、あとはパワーで勝負するしかないのか。
スリーボールから、勝負するのか。
尾田は外野を下げさせる。
どうにか球威で、外野フライまでに抑えたい。
(いや、それだとストレートだってバレバレなんだけどな)
大介としてはそう判断するが、大滝はいつも真っ向から勝負してくる。
シーズン戦ならばまだ、大介のデータを集めるということで言い訳になるが、プレイオフの落とせない一戦で、そんな我を通すのが通用するのか。
ストレートなら、どこのコースでも打てる。
そんな大介に対する勝負の球は、インハイへのストレート。
大介は上手く体を開いて、その渾身のストレートを弾き返す。
ミスショット。
弾道が低すぎて、そしてドライブ回転がかかりすぎた。
それでも打球はファーストの頭の上を過ぎて、そのままフェンスに直撃する。
だが勢いが強すぎて、ライトがすぐにおいついてしまう。
一塁ランナーは三塁まで進んだが、大介は一塁にストップ。
フェンス直撃が単打になる、珍しい事例であった。
大介としてはやはり、これはミスショットであった。
弾丸ライナーはファーストが反応できないほどのスピードであったが、点につながっていない。
ただチャンスは大きくするのに成功したが。
(思ったより向こうも成長してるのか)
球速は162kmが出ていて、これは大滝のMAX更新のはずだ。
昨日の上杉に比べれば、別にすごいとも思わない数字ではあるが。
距離自体は充分であった。
だが軌道がダメだったのだ。
上から目線ではあるが、大介は大滝の成長を面白く感じていた。
こうやって正面から向かってくるピッチャーがいてこそ、バッターもそれを打ち砕いていこうと思えるものなのだ。
なおせっかく大介のホームランを防いだものの、わずかに気を抜いた大滝から、金剛寺がホームランを打った。
一回の裏、ライガースは金剛寺のスリーランホームランで先制。
そして神奈川は真田の前に、凡退を続ける。
大滝としても初回の失点以外は、大介を単打までに抑えて、それ以上の点数を許さない。
真田の調子がいい。と言うか、良すぎる。
「う~ん……」
島野も唸るぐらい、真田の調子はいい。
ここまで被安打0の四死球二で、ノーヒットノーラン。
「プレイオフのノーヒットノーランって、上杉もやっとらんよな?」
「確か前に、タイタンズの加納がやってますよね」
回は七回が終了し、初回のホームランを除けば、ほぼ投手戦と言ってもいい内容。
真田も完全に、これは意識している。
シニア時代は普通にノーヒットノーランもしていた真田であるが、高校時代にはその経験がない。
大阪光陰が現在では、継投をメインとして投手を運用しているからだ。
それでも甲子園の舞台では、完封なら何度もしている。
「まあ真田ならノーノーしても不思議とは思わないけどな」
大介としても、それぐらいの評価はしている。
だがこの大記録は、島野たち首脳陣にとっては、微妙な問題なのである。
シーズン中ならそのまま投げさせていけるのだが、プレイオフではピッチャーの消耗を考えなければいけない。
現在は三点差で、ノーノーがかかっていないなら、継投で消耗を避けることを考えるような場面なのだ。
八回の表も、真田は力投を続ける。
「ここでノーノーやってくれたら、シリーズ全体の勢いがこっちに来るやろ」
島野の判断で、ノーノーが続いているかぎり、このまま完投を考える。
その八回の裏には、大介の打順が回ってくる。
(三点差だし、真田ならまあ、ノーノーがなくなっても大丈夫だとは思うんだけどな)
ただ九回の表は、神奈川も上位打線に回る。
そこでノーノーが崩れた時、ベンチは真田を代えるのではないか。
(一本入れておくか)
その大介に対して、まだマウンドに立っているのが大滝である。
三点も入れられて、残り二回となれば、ピッチャーは交代してもいいと思うのだが。
大介に対して、これだけ向かってくるのは、もう無謀としか言いようがない。
球速は、一度落ち始めたが、大介を迎えて復活した。
そしてリードも尾田に従って、かなり際どいところを選んでいる。
ツーストライクまで、早めに追い込まれた。
ランナーもいないし、ここで勝負してもいいという考えか。
確かにここで打たれても、勝敗にはもう関係ないだろうが。
勝負してくるなら、打つ。
どうせなら三本目のヒットを打って、今日は猛打賞だ。
金剛寺がホームランを打っているので、今日の立役者は真田と金剛寺になることは分かっている。
糸を引くようなストレートの軌道が、アウトローへ。
大介はそれを強打したが、ピッチャーの頭の上を抜けた打球は、センターの頭の上も抜け、だがスタンドまでには届かない。
結局この日の大介は、ピッチャーが真っ向勝負してきたにも関わらず、一本のホームランも打つことは出来なかった。
ちなみに――。
真田は九回ツーアウトまでノーヒットノーランを続けたが、最後の打者になるかと思われた堀越に、ソロホームランを浴びた。
がっくりと崩れ落ちた真田は完投も出来ずに交代したが、勝利投手にはなった。
なかなか甲子園での大記録には、縁のない真田である。
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