第157話 この一つの差

 アドバンテージ。

 シーズン戦を制したチームに与えられる、クライマックスシリーズファイナルステージの、勝ち星一つ。

 過去の二年はこのアドバンテージにより、ライガースはどうにかスターズに勝ってきた。

 第二戦を制したライガースは、つまりこのアドバンテージも含めて、二勝一敗となっている。

 ぶっちゃけ言ってしまうと、あと一つ負けて五分の星になっても、そこからの試合を全て引き分ければライガースが進出することになっている。

 つまりアドバンテージは一勝ではなく、1.5勝分ぐらいあると考えたらいい。


 過去の二年は、その引き分け分があったために、ライガースが勝ち抜いていけた。

 だがこの年は、スターズの首脳陣も勝負をかけてきている。

 第三戦の先発は、ライガースは山倉であるのだが、スターズは上杉である。

 そう、中一日で上杉なのだ。

 勝負をかけたというよりは、単純に上杉の酷使であるような気もするが、おそらく計画通りであったか、まさに賭けであったのだろう。


 天気予報どおり、第三戦のこの日、甲子園球場には風を伴う雨。

 試合の延期は早々に決定した。

 つまり上杉は、中二日で投げてくるわけである。

 しかも天気予報が当たれば、第四戦あたりでは台風がやって来る。

 ライガースも山田と真田が回復してくるが、上杉が回復するというものに対しては、釣り合っていないと言えるのではないか。

 

 終盤までリードした展開であれば、スターズは峠を出してくるだろう。

 一年目から怪我で離脱するまで、中継ぎとしてホールドポイントを稼ぎまくっていたピッチャー。

 今年はセーブ王と、上杉以外で試合を取るための、重要なピースになっている。




 雨天休止となったこの日、もちろんのんべんだらりと過ごす選手はいない。

 もちろん二試合の先発であった、山田と真田は体を休めているが。

 クライマックスシリーズのファーストステージの間に休めたライガースは、やはりピッチャーの運用でも有利なのだ。

 スターズは二連勝して勝ってきたので、そのままの勢いでいければ良かった。

 確実性なら大滝よりも、玉縄や藍本などの方が、期待値は高かっただろうに。


 二戦目の敗北と、そしてこの雨。

 選手を休ませるという点ではスターズに有利であるが、同時に勢いも止まってしまった気がする。

 ライガースの首脳陣は、相手のことながら、なぜ大滝を出したのか、今さら考える。

 二戦目に真田が出てくると考えていて、ならばスターズの打線では大量点は無理だと思い、大滝を捨て試合に出したのか。

 それでもどうにか、真田から打つほうを考えるべきだったと思うのだが。


 山倉と上杉では、まだ格が違いすぎる。

 相手のことながら、スターズ打線の貧弱さは、上杉に同情しそうになる。

 だが同情しても、勝ってしまうのがプロだ。

 ライガースの首脳陣が考えるのは、たとえ負けても上杉に楽な投球をさせないこと。

 非情ではあるが、少しでも球威が衰えたら、大介が打つ。

 あちらが上杉頼みなように、こちらも大介頼りであるが、それでも二戦目の勝利を決定付けたのは、四番金剛寺の一撃であった。


 第三戦は、おそらく落とす。

 どうせならば山倉ではなく、大原を使っておきたかった。

 山倉はリリーフも出来るタイプのピッチャーだが、大原は先発としてしか使えない。

 ならば捨て試合で投げさせて、などという計算も、天候を考えてのことだ。

 第三戦はおそらく玉縄か藍本あたりが投げてくるだろうと予想し、山倉を予定していたのだ。

 スターズの天候に賭けたこの博打には、とりあえず試合前の時点では負けている。


 天気予報を信じるなら、第四戦には台風がかかる。

 ここでもまた、スターズは上杉を休ませることが出来るだけだ。

 だがさすがに中一日とはいかないだろうから、間に玉縄か藍本が投げてくるだろう。

 こちらは山田か真田を……いや、大原に投げさせて、ある程度の打撃戦を期待するべきか。

 大介が入団した時は、高橋に椎名、藤田が先発ローテであった。

 高橋の引退により、タイトルも複数回取ったこの三人が、ライガースを去ったことになる。

 大原、真田、飛田、山倉と、若手が一気にローテを回すようになった。

 リリーフが弱いことを除けば、今のライガースは若返りに成功していると言えよう。


 今年のドラフトは、ピッチャーを優先だ。

 クライマックスシリーズ中であるが、それゆえに逆に、補強ポイントが明確になってきた。




 寮の自室で大介は、映像をじっと見ていた。

 上杉が全力を出す時は、必ずそこで間を取ってくる。

 だがそれが分かっているのに、打てないのだ。

 一度は打ったのに、次はまたパワーで抑え込まれる。

 上杉の限界というのは、どこにあるのだろう。


(ああいったタメの動作をした時は、必ず全力のストレートを投げてくる)

 それは分かっていたのに、想像以上の伸びがあった。

 インハイは目から近いので当てやすいコースなのだが、同時に最も速く感じるコースでもある。

 上杉の174kmは、さすがにもうこのあたりが人間の限界だろう。

 これで使える変化球が一個増えたら、一気にまた打てないピッチャーになるのだが。


 思い出すのは、打てるはずの球速で、散々に自分を抑えてきたピッチャー。

 直史ならば、どう上杉を考えているのだろうか。

 もしも直史がどこかのプロ球団に入れば、その球団はどうなるだろうか。

 意外と一人の力だけでは、どうにかならないのかもしれない。

 直史は上杉と同じぐらいの支配力があるピッチャーだが、チームを引っ張るというタイプではない。

 ただしチームが勝てなくても、全く気にしないピッチングを続けそうではある。


 夜になると雨もやんできて、どうやら明日は試合になりそうである。

 ただ三試合目が終わると、また台風が来るようなのだ。

 ここでまた休むとなると、上杉がさらに回復してくる。

 三試合登板するなら、せめて一試合は引き分けに持ち込みたい。

 過去二年もそれで、どうにか勝利しているのだ。


 ただ大滝はともかく、玉縄などは明らかに警戒して、大介との真っ向勝負などは避けてくる。

 高校時代、甲子園でも七割を誇ったバッティングが、よほど印象に残っているのだろう。

 大介も違う立場であれば、そう思うのは間違いない。

 今年は怪我があったのもあるが、デビューから年々、打数は減ってきているのだ。

 打率がいくら高くても四割程度なのに、そして歩かせれば高確率で盗塁してくるのに、それでも勝負を避けられる。

 まあ人類史上屈指のOPSを誇るので、それも仕方がないと思う。

 ただあの数値は、盗塁の要素を無視してあるので、もっとそのあたりも考えて勝負にきてほしいものである。




 ――翌朝。

 雨はやんだが雲は残り、そして風が吹いている。

 どうせ試合はナイターであるのだが、夕方にはまた風が強くなるらしい。

 大介は起きると腹に軽く食事を入れ、室内練習場に素振りをしにいく。


 風向きから考えて、今日の試合は左のプルヒッターにとっては不利な環境である。

 広角に打ち分けることも出来る大介であるが、上杉のボールを考えた場合、単に球威に押されてレフトの方向に飛んで行く可能性が高い。

 風の影響を上回る、ライト方向への打球。

 それを意識して、大介は素振りをする。

 空気を突き破って、スタンドへ運ぶ。

 上杉のボールはスピードがあるので、むしろ正面からミートしたら、他のピッチャーの変化球よりもホームランの可能性は高いかもしれない。

 ただしミートに失敗すると、手に伝わる衝撃も相当になってしまう。


 先日の空振りしたインハイ。映像は様々な角度から、何度も見た。

 大切なのは自分のスイングでもボールの軌道でもなく、上杉のフォームだ。

 解析してもらうと、ほんのわずかだが踏み込んだ足が短く、リリースポイントが前であった。

 それはつまり、より低い位置からリリースしているため、ボールの軌道が地面とさらに並行に近くなっているということ。


 リリースポイントが近いため見極めがやや難しくなり、低い位置から投げているため、ボールの下を振ってしまった。

 高校時代によく投げてもらってあのストレートだ。

 直史は球種が分かってしまうし、下半身の疲労が激しいというので、もう封印してしまったが。

 上杉の肉体でも、まだ上があったということか。

 球速は変わらなかったのに、空振りをしてしまった理由は分かった。

 しかしこんな方法で球威を増していくなら、まだまだ成長の余地はあるのか。

 下半身に負担がかかりそうだが、上杉なら大丈夫な気もする。


 ともあれ、今日は勝つ。

 この試合に負ければ、アドバンテージを入れても二勝二敗。

 引き分けに持ち込めば、それは勝利と同じぐらい価値があるが、山倉からつないでいって完封は無理だろう。

 試合で負けても上杉には勝たなければ、間違いなく日本シリーズには進めない。

(天候か……)

 昔からずっと思い出してみても、雨のせいで負けたと言えるのは、高二のセンバツくらいであろうか。

 エラーでリズムが崩れて、それが攻撃の方にまで波及してしまった。

 上杉も高校時代、雨が原因で二度、甲子園で負けている。

 風だけでなくある程度の雨もあれば、試合には勝てるのではないだろうか。

 雨は明確な実力差を消してくれる。




 勝ち負けとしては、一勝一敗。

 アドバンテージとしての一勝はあるが、それを考えていると負けるかもしれない。

 目の前の試合に、勝つことだけを考える。

 

 既に観客は満員である。

 満員すぎて、酸欠で倒れる者も多数。

 今日も上杉の先発となって、当日券はダフ屋が発生。

 それが偽物が出回ったりして、また問題となる。

 過激なライガースサポーターがそれを見つけたら、半殺しにされて道頓堀川に放り込まれる。

 この時期の甲子園周辺は、ライガースサポーターによる修羅の秩序が形成される。


 試合が始まる。

 大介と上杉の戦う、プレイオフ第二戦。

 今年のプロ野球は、まだまだ灼熱の時間を残している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る