第158話 二番目だった男

 ライガースとスターズの第三戦、ライガースの先発は大介の同期入団、大卒投手の山倉。

 東京六大学法教大のエースとして、ドラフト二位で入団。

 チーム事情もあって一年目の早くからローテに入り、ルーキーイヤーは16先発。

 実は一年目から二桁勝利をしていて、大介がいなければ新人王の候補であったろう。

 二年目は二桁勝利はいかなかったが、それでも勝ち星先行。

 この三年目は完全に一年間ローテを守り、24先発で12勝。

 実は貯金の数であれば、山田を抜いて真田に次ぐ二位なのである。


 ドラフトでも二位だった。

 高校時代も、二番手ピッチャーだった。

 高卒の時点ではとてもまだプロというレベルではなかったが、大学でその能力は発揮された。

 それでもまだ、二番目。

 プロ入り三年目で29勝と、完全にプロ野球世界では勝ち組に入っているが、運の良さもかなりあることは分かっている。

 山田は相手のエース相手にぶつけられるため、勝ち星がなかなかつかないのだ。

 そう思えばこちらもエースに当てられて、貯金を10個以上つけていく真田は、化け物以外の何者でもない。

 上杉は……もうあれは、形而上の概念とでも思っておくしかない。

 ただそんな上杉と、今日は投げあわないといけないわけだが。


 一回の表はランナーこそ出したものの、無失点で切り抜けた山倉である。

 ベンチから見る上杉は、今日も人外のボールを投げている。

 山倉は防御率は三点台後半で、完投能力はそこそこ。投球内容の数値は、真田が一位で山田が二位、あとはイニングイーターの大原は悪いが、どんぐりの背比べである。

 おそらく首脳陣の考えは、上杉を少しでも消耗させようということ。

 過去の二年は上杉以外に勝ったのだ。

 それでも上杉が下手に登板出来ないよう、最後まで完投させたい。

 それには上杉が投げなければ、点が取られて逆転されるかもという程度の点差には抑えたい。


 だがまずは、こちらの先制点のチャンスだ。

 大介の打席が必ず回ってくるという点で、ライガースの一回の攻撃は、得点のチャンスとなる。

 山倉がせっかく抑えたのだから、どうにか先制点を取りたいのだが、大介が相手でも上杉である。


 第一打席は170km台を連発する上杉に対して、ゾーン内を振っていく大介は真正面から激突。

 山倉などからすると、ここでチェンジアップを投げれば打ち取れそうな気もするのだが、そういった常識が通用しないのが大介である。

 アウトローの出し入れで追い込んだあと、インハイへのストレート。

 前回ではこれで上杉の圧勝だったのだが、大介のバットはこのストレートを捉えた。


 170km台のストレートをどうして打てるのか、山倉には意味が分からない。

 だが大介は間違いなく打って、ライト前のヒットとなった。


 他のピッチャー相手だと、大介は意図的かどうかはともかく、手を抜いているように山倉には見える。

 チームで真田がバッピをしてやることは時々あるが、その時もまた本気だ。

 だがそれ以外では、大介は自軍のピッチャーであっても、上杉に対している時のような本気ではないと思う。

 オールスターやプレイオフなど、本当に必要な時の大介の打率は、シーズン中より明らかに高い。

 その大介でも、同じくマックスゾーンに入った上杉を葬ることは難しい。


 大介はツーアウトから自分の打席が回ってくると、必ずホームランを狙っている。

 金剛寺の打率は三割強ではあるが、これは全ピッチャーと対戦した結果の話。

 大介以外に上杉から一割以上の確率で打っているバッターはリーグ全体を通しても数人しかいないし、二割以上打っているのは大介だけだ。

 だから確率が低いとは分かっていても、自分一人で決めようと思う、大介の気持ちは分からないでもない。というか分かってやるしかない。

 実際に次の金剛寺が凡退していしまうのだから、やはり大介はホームランを狙うべきなのだ。

 



 急激に若返ったライガースの先発陣であるが、リリーフは青山を除いて、外国人が主力となっている。

 セットアッパーとしては青山が、クローザーとしてはウェイドがいい数字を残しているが、他のピッチャーはあまり信用出来る数字ではない。

 先発のピッチャーは出来るだけ七回まで投げて、そこからリリーフ陣に任せるのが、ライガースの勝ちやすい条件だ。

 そして七回までを投げて二点以下に抑えられるのは、山田と真田だけである。


 この試合、山倉はある程度覚悟している。

 捨石になる覚悟だ。

 第四戦は中三日で山田が投げてこれるだろう。

 その時に備えて、勝てるパターンのリリーフ陣は温存しておかなければいけない。

 シーズン中は先発ローテに入っていた琴山と飛田も、だいたいリリーフに回す布陣。

 スターズが極端な投手運用をするように、ライガースも極端な投手運用をするのだ。


 七回までを投げて、二点差ぐらいまでにどうにか抑える。

 ならば上杉もそう簡単には、リリーフ陣に託すことは出来ないだろう。

 スターズも峠は相当にいいクローザーに成長したが、大介に打席が回ってくれば、まともに勝負すれば被弾する可能性は高い。

 上杉を九回まで引っ張らせる点数に抑えれば、山倉の仕事は成功であるのだ。


 だがスターズも投手陣が強いと言っても、打線がそれほど弱いというわけではない。

 上位打線ではそれなりに点が取れるのだ。

 特に三番の堀越は、真田からノーノーをぶち壊すソロホームランも打っていて、このクライマックスシリーズでは絶好調。

 タイムリーで二点を先制されたライガースだが、山倉の仕事はまだ残っている。


 この試合大介は、四打数の三安打と、数字の上では上杉に勝ったように見えた。

 しかし長打が一本もなく、ランナーを置いた唯一の場面では、三振に倒れた。

 一本のヒットも打たせたくないマンである上杉が、優勝のために自分の体力の温存を考えたのである。

 エースとしての矜持と、チームの優勝。

 どちらを優先するかは、どちらでも魅力がある。

 ただし二年連続で優勝を逃していては、話も違ってくるのだ。


 それに、本当に優勝を決める場面であれば、絶対に勝負している。


 上杉はこの第三戦、完封勝利した。

 大介に決定的な仕事をさせなかったのが、勝利の要因である。

 山倉も七回までを投げて二失点、その後はリリーフに任せる。

 スコアとしては3-0で、スターズの完勝。

 しかしながらライガースの計算では、最低限の条件は果たしている。




 第四戦は、事前の予想通り、台風の影響で中止。

 翌日には台風一過のいい天気で、グラウンドのコンディションも元に戻せた。

 甲子園球場を管理する会社は、超一流なのである。

 湿り気のある外野の芝を歩きながら、大介は考えていた。


 今日の先発は、ライガースが山田で、スターズが玉縄である。

 ピッチャーの実力としては、ややライガースが有利。

 そもそも打線が、ライガースの方が上なのである。

 それなのにあっさりと完封してしまう、上杉はどうなのかという話なのだが。


 第三戦の上杉は、最初の三打席はムービング系を主体に使い、ホームランを狙えないような配球にしてきた。

 大介も第一打席はともかく第二打席と第三打席は、出塁することをメインに考えていた。

 だが最後の第四打席は、追い込まれてからストレートで空振りを取られた。


 力と力の真っ向勝負を否定されたような気がして悲しかったが、本当に重要なところでだけは勝負をしてきた。

 チームのためのピッチングと、エースとしての矜持が衝突し、妥協するのがあの状況だったということだろう。

 今日の試合はどうなるかともかく、おそらく明日も上杉が投げてくる。

 中二日で、大介のいるライガースに投げてくるというのは、かなり無茶苦茶なものである。

 だが現実、上杉の投げた二戦ではライガースは負けているのだ。


 クローザーのことを守護神などというが、上杉はまさにそれ以上の存在だ。

 あれだけどうにもこうにも、負ける姿が思い浮かばないというのは、最後の夏の甲子園、決勝の直史のピッチング。

 そしてWBCの決勝の直史ぐらいであろう。

 上杉はフルパワーであると、やはり直史と同格以上なのだ。

 そして大介は直史と対戦して、確実に勝ったと実感できたことがない。


 どうするのか。

 今日の試合は勝つことは前提だ。

 問題は第五戦で投げてくる上杉を、どう攻略するか。

 ただ第五戦で負けても、第六戦で勝てば、ライガースはアドバンテージで日本シリーズに進める。

 しかし大介は思うのだ。

 第五戦と第六戦、上杉は連投してきたりしないだろうか。

 さすがに先発二連投はしないにしても、ファーストステージのように、クローザーで出てくる可能性はある。


 一勝のアドバンテージがあっても、実際は引き分けが一試合あって勝ち星が同じになれば、やはりライガースが日本シリーズに進出出来る。

 それだけシリーズを制するというのは、価値のあることなのだ。

 だがせっかくペナントレースを制していても、クライマックスシリーズで全く上杉を打てないのであれば、神奈川は負けたが上杉は負けなかったとか、神奈川には勝てたが上杉には負けたと言われかねない。

 ルーキーシーズンはそれでも、柳本が意地で上杉と引き分けてくれた。

 だが去年は上杉相手に二敗していたのだ。

 今年はさすがに勝たなければ、大介の中の何かが苛立ってくるかもしれない。


 目の前の試合のことを考えないといけないと、理解はしている。

 だがどうしても考えるのは、明日の第五戦のことなのだ。




 第四戦、ライガースの先発は山田。

 育成の星と呼ばれ、柳本がメジャーに行ったのちは、ライガースのエースとねるべきピッチャーであった。

 しかし今年に限らず去年も、勝ち星も貯金も、真田にチームのエースの座を譲ってしまっている。

 リーグ全体で見ても、間違いなくトップクラスのピッチャーではある。

 だがライガースの中では二番目だ。


 四年連続二桁勝利というのは、立派な安定感である。

 その中でも小さな故障はあったのだが、20先発以上はしていて、ほぼローテを守っている。

 だが今のライガースは、甲子園を沸かせた二人、大介と真田に人気が集中している。


 場外ホームランを打ったバッターと、打たれたピッチャー。

 それが同じチームで、エースと四番になっているのだ。

 こういった運命的な出来事を、ファンは好んでいる。

 真田もまた一年の夏から甲子園で活躍したが、結局は一度も優勝出来なかったという点では、上杉と同じようなものである。


 山田もまたスターなのだ。ただその輝きに、大きなものと小さなものがあるだけで。

 チーム内では二番手投手。そんな評価でいいのか。

 もちろんプロとしてはチーム内の順位がどうであれ、自分の成績を最優先に考えるべきなのだ。

 今年は勝ち星の数も、大原と山倉に抜かれてしまった。

 それでも投球内容は、この二人には負けていない。

 負けていると感じてしまうのは、真田だけだ。


 負けたくない。

 大学から育成契約でライガースに入り、育成から支配下登録になっただけで、充分な勝ち組と言える。

 今では年俸も一億を突破して、野球選手全体としても勝ち組だ。

 それでもまだ、遠い昔に描いた理想の自分とは、現在の姿が合致しない。


 現実的な話、今のライガースでは二番目。

 そんな評価で止まっていられるわけにはいかない。

 まだ、この先へ。

 玉縄のような野球エリートに負けてるわけにはいかない。




 柳本や真田に比べると、山田もまたそれなりに打線の援護は多いピッチャーだ。

 この三年間、61先発の36勝11敗。

 勝率が七割を超えているのだ。

 だからこそ年俸も、どんどんと上がっているわけだが。


 この第四戦も、相手ピッチャー玉縄も好投手であるが、打線の援護はそれ以上。

 七回を投げたところで、五点リードしてリリーフにつなぐことが出来た。

 その後もリリーフに回った琴山と、クローザーのウェイドできっちりと〆る。

 ライガースはこれにて二勝二敗。

 アドバンテージを入れると、三勝二敗のリーチ。

 引き分けても次のステージには進める。


 だが、スターズは今季、本気でペナントを奪いに来た。

 上杉の骨折がなければ、シーズン戦では優勝できなかったかもしれない。

 山田もまた、覚悟はしておく。

 第六戦で、先発でも中継ぎでも、どちらでも投げることを。


 第五戦は上杉が投げる。

 だが残り二試合のうちのどちらかを、ライガースは一点も取れなくても、一点も取られなければ、日本シリーズに進めるのだ。

 ピッチャーを削りあう、地獄のような消耗戦。

 おそらくこの勝負を制したセ・リーグのチームは、日本シリーズも制するであろう。

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