第247話 二強時代
ライガースとレックスとの三連戦は、レックスの二勝一敗に終わった。
このカードは三戦目が終わってからも、最初の第一戦がポイントだったと言われている。
ライガースのエース真田は、19勝3敗という圧倒的な数字を残し、去年は特別表彰を受けた。
上杉が26勝0敗などという数字を残さなければ、間違いなく沢村賞も取っていたし、MVPの候補にもなれただろう。
そのエースが高校時代の因縁の相手と、投げ合って敗北した。
それもわずかヒット一本、下手をすれば二試合連続でノーヒットノーランという、上杉でもやったことのない記録を達成するところであった。
わずか一本のヒットを打った黒谷は、この年の年俸査定で、100万円が上乗せされるのだが、それはまだずっと先の話。
とにかくエースが敗れたことで、ライガースの調子は少しおかしくなったのだろう。
ここは監督の金剛寺が、就任一年目だったということも関係するか。
一流選手が一流監督たりえないというのは、当然のように言われることである。
だが経験ならば充分の金剛寺でも、認識が遅れたのだ。
二戦目の大原も敗北し、三戦目のキッドでようやく勝利。
首位を走るライガースに、レックスは追う展開となる。
ライガースの弱点は、やはり投手陣にある。
その中でも特にクローザーであるが、実のところ先発とリリーフが、中途半端にそろっているのが問題だ。
昨年の先発ローテの成績を見てみれば、二桁勝利をしたのは山田と真田だけ。
そして勝ち越しているのはそれに加えて山倉だけというものである。
タイトルを取った大原は、相変わらずのイニングイーターっぷりを見せ付けるが、なかなか打線と上手く組み合わない。
それでも責任回の六回はおろか、八回まで投げてしまうこともある。
だがこの時点でリリーフに引き継ぐと、勝ち星がつかない場合がある。
それでも大原としては、結果的にチームが勝てばいいと考えるのだ。
そこそこの力を持つピッチャーは、大量にいるのだ。
だがどのピッチャーを先発ローテに固定するかで、判断がつきにくい。
去年は微妙な成績であった琴山も含めて、開幕から六連勝であったのがむしろ悪かったのか。
だがそこまではどの試合も相手を三点以内で抑えている。
レックスに敗北した試合も、0-1と3-4という、勝っていてもおかしくない点数だ。
特に真田にとっては、屈辱的なものであったろう。
新監督の金剛寺は、ここでローテを入れ替えるべきかと、わずかに考えた。
だが結論としては、一年目の監督が最初からおろおろするのは、それこそまずいだろうというものだった。
コーチ陣に入れ替えの必要があれば、すぐに進言してくれるように言う。
実際、レックスに二敗したとしても、それでライガースの歩みは止まらない。
去年のシーズン終盤、レックスと三位争いをしたタイタンズには三タテで勝利。
この調子でと思って対戦するのが、神奈川である。
スターズは結局、打撃陣の補強が上手くいっていない。
上杉世代のピッチャーがほとんど活躍しているということで、その後の新規戦力が少ないことを示している。
もっとも必要なのは、ピッチャーではなくバッターだが。
スターズには昨年、大介を抑えて首位打者となった堀越がいる。
中心の上位打線はそこそこなのだが、下位打線が守備に特化しているのが、今のスターズの弱点であろう。
ライガースもまた、ピッチャーの補強で目立った部分がない。
選手を取っていないわけではないのだが、開幕一軍とまでの選手はいなかった。
これに比べるとレックスは、バランスが一番いいのではと思われる。
キャッチャー樋口の加入の効果は、まさに劇的なものであった。
一年目から後半は完全に正捕手へと定着し、防御率をがくんと下げてくれた。
そしてバッティングでも貢献し、打席数が少ないながらも、二桁本塁打と二桁盗塁を達成している。
今年も壮絶な投手戦で一本のホームランを打ち、既にその勝負強さは証明している。
また二年目、大卒で入団した佐藤武史の存在も大きい。
開幕戦がデビューでノーヒットノーランを達成するという離れ業を演じたが、二戦目ではリーグ最強打線を誇るライガースを完封。
中でも主砲の大介を封じるという、新人離れしたパフォーマンスを演じている。
東京にある、人気のない方。
よくそんな風に揶揄されるレックスであるが、去年のクライマックスシリーズ進出あたりから、新規のファンは増えている。特に女性ファンだ。
樋口のイケメンさが原因の一つなのかもしれないが、その樋口は去年のオフに結婚していた。
また武史の人気も、早くもとんでもないものになってきているのだが、武史もまた、今年の成績次第では、オフに結婚の予定である。
シーズンの最序盤が終わり、セ・リーグのトップはライガースが11勝4敗、レックスが10勝5敗と、トップ2を形成している。
他のチームはパッとしないが、相変わらず上杉の回転がすさまじい。
しかしピッチャーとしては、中六日で回っているので上杉よりは楽なのだろうが、武史が三連続完封を果たしている。
キャッチャーの差だな、と武史は思っているし、スターズは確かに上杉なら勝てるので、次世代のキャッチャーの育成を上杉に託している。
そこまで色々やっている上杉は、本当にタフなものである。
だがこの時点で、金剛寺はとりあえずの注意を、スターズからレックスへと移すことにする。
また、分かっていたウィークポイントもはっきりとしてくる。
(補強が必要だな)
トレードデッドラインに、外国人獲得のデッドライン。
監督は退任したものの、フロントに入って編成部長となっている島野と、金剛寺はいくらでも会う機会がある。
今のピッチャーが悪いわけではない。去年負け越したローテ投手はいるが、それでも大きく貯金を減らしたわけではない。
あまりにも減らしすぎると、そもそもローテから外されるということは確かだが。
社会人からの即戦力の植村は、確かに少ないセーブ機会で、ちゃんとセーブを記録している。
先発ではキッドが一回だけ序盤に炎上したが、そこ以外には安定した範囲の失点と言っていい。
またバッターの方もいい。
単純に打つだけではなく、攻撃が積極的なのだ。一試合を除いて三点以上を取っている。
その一試合が、武史に完封されたものなのだが。
(高望みしすぎか?)
だが現場としては、必要な戦力はどんどんと上申するべきであろう。
それを採用するかどうかは、フロントの戦略次第だ。
ライガースは去年、ついに日本シリーズ進出まで逃したものの、それでも観客の興行収入は増えているし、ライガースの専門チャンネルへの登録者数も増えている。
怪我をした大介が、ちゃんと元通りに戻ってきたのがありがたい。
あのあたりは本当に、ライガースの球団本部に、とんでもない量の見舞いが届いたのだ。
それとついに寮を出た大介は、オフに結婚するとも報告していた。
ほう、と金剛寺は驚いたものである。なにせ今年のオフには、上杉の結婚式があるらしい。
現在の球界の二大スターの結婚式であるが、大介の方はなんでも、籍を入れるだけにするらしい。
「色々と事情があるんですよ」
と本当に困った顔をしていたので、大人の金剛寺は追及するつもりはない。
現在のセ・リーグにおいて最強のピッチャーは、やはり上杉であろう。
だがチームとして厄介なのは、レックスになりつつある。
なんと言うのだろう。確かに投手陣は揃っている。
特に左の先発で計算できるのが、三人もいるのは大きい。
だが単純に各要素の集合ではなく、それぞれが集まることによって、より強くなっていると言えばいいだろうか。
失点した試合でも粘り強く、点を離されないようにする。
僅差の試合で競り勝つのが、本当に上手くなっているのだ。
(キャッチャーはうちも必要だったか)
風間と滝沢の正捕手争いは、まだ決着がついていない。
ただこの両方がレベルを上げていっているため、ライガースとしては危急に補強するポイントとは思っていなかった。
島本が手塩にかけて育ててきた後輩のため、他のキャッチャーを試すこともあまりない。
やはりピッチャーなのか。
山田と真田の二枚看板であり、大原はタイトルホルダーであるが、基本的にはイニングイーターのクオリティスタートピッチャーだ。
それがどれだけありがたいピッチャーなのかは、金剛寺もよく分かっている。
攻撃に関してはともかく、守備に関しては島本の意見を採用することが多い。
ただ島本であっても、ピッチャーを毎年補充していく必要はあると考えている。
それにしても。
「広島は暗黒期だな」
試合中に呟いてしまうぐらい、広島は今年も弱い。
一日目は雨でつぶれてしまったが、山田を後ろにずらして投げさせた第二戦。
どうやら継投をしないなら、完封も出来てしまうのではないか。
ただ、山田は本当にほぼ毎年、どこか故障することが多い。
勝てる試合ならば、少しでも山田の故障リスクを低くしておく必要があるだろう。
「山田は休ませたいんだけど、どうかな?」
「そうだな。四点差なら、いい感じだ」
現在のライガースは、金剛寺と島本の両輪で、事実上の采配を振るっていると言ってもいい。
ただ島本はどうだか分からないが、金剛寺はやや島本には気を遣っている。
本当ならば、二軍に落とさなければいけないピッチャーがいるのではないか。
島本は基本的に、自軍のピッチャーに対しては、試合の中で調子を戻そうとさせている。
もちろんそれは悪いこととは限らないが、冷静に判断できているのか。
それにピッチャーを導くべきキャッチャーは、島本ではない。
島本の考えを、キャッチャーはしっかりと深いところまで理解できているのか。
そんなことも考えるが、実際のところ金剛寺こそが監督一年目なのだ。
島本の考えの方が標準でなければ、島野がずっと島本をそのポジションに置いておくはずはない。
他に数名、年齢などを理由に、現場を離れたコーチもいる。
二軍に行ってゆったりしたいと、そんな理由の者もいた。
ライガースは今、コーチ陣が若手なのである。
もしも今年、シーズンを逃すとしたら、それは選手の責任と言うよりは、首脳部の責任であろう。
(まだ自信がないから、要求はどんどん言っておくべきだな)
それが通ればありがたいし、通らなくても仕事をした気にはなれる。
いや、要求をするのなら、それをしっかり通さなくてはいけないのだが。それも仕事なのだ。
今シーズンはオープン戦からある程度言われていたが、スターズの調子が全体的におかしい。
去年日本一になっていながら、今年はほぼ勝率五割。
一つには玉縄が故障離脱したこともあるだろうが、上杉以降のドラフトで指名された者で、活躍している者があまりいない。
やはりあのドラフトが、神すぎたのか。
それと比べてしまうと、どうしても見るほうも厳しくなるのだろう。
ドラフトで選手をどう獲得していくのか、それはもちろん現場の声を元に、フロントが決めていくことだ。
スターズはそのドラフト指名の内容から、考えていることは間違っていないと思う。
だがその指名した選手が、なかなか上手く育たない。
ドラフトの本当の成果などは、6~7年しないとはっきりしないものなのだから。
上杉と玉縄、二年連続で新人王が出たあのスターズは、間違いなく強かった。
だがあの強さは本当に、上杉が引っ張っていった強さだったと思う。
ただその引力に、頼りすぎてはいないか?
上杉に30先発もさせておいて、それでいいのか。
確かに勝利はしているが、先発数が多くなって、やや防御率や奪三振率など、各種数値は落ちている。
樋口個人としては、上杉には返しきれない恩がある。
だから少しは、登板間隔を空けろと言いたくなるのだ。
(投げすぎだ。昭和の野球じゃないんだぞ)
そう思いながらも、頭の方は冷徹に、現在の状況を分析する樋口である。
シーズンが始まって15試合。おおよそ予想以上の展開にはなってくれている。
だがその中で、少し気になる球団が一つ。
中京フェニックスが、かなりいい防御率になってきている。
フェニックスとレックスには、一つの共通点がある。
それは若くて優秀なキャッチャーがいることだ。
大阪光陰から慶応へ行き、そこからフェニックスに入った竹中。
(チーム力が違うから、リーグ戦ではそれほど苦労しなかったけど……)
早慶戦で何度も対戦しているだけに、樋口はその厄介さを分かっている。
今年で三年目の大卒キャッチャーで、フェニックスは頼りになるキャッチャーである東が、どうしても故障がちだ。
それだけに東が竹中に指導しているなら、これからフェニックスは強くなる。
(不死鳥は、炎の中から甦る、ってなんの台詞だったかな?)
樋口の視線は既に、シーズン全体の未来を見通している。
×××
※ 本日高校編76話には大介が出張しております。
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