第199話 中四日の怪物
東京ドームでの試合は、けっこう好きな大介である。
打球の性質から、ドーム直撃のホームランというのは打ったことはないが、客席最上段まで飛ばしたのがこの三連戦の二戦目。
そして三戦目にも一本打って、ホームラン数をひたすらに伸ばしている。
今年も三冠王はほぼ決定だろう。
まだ40試合あまりを残した状態で、既にホームラン数や打点は、大介以前のタイトル記録と並べるほどである。
規定打席にも到達。
ここから西郷がホームランを量産し始めても、おそらくは届かない。
打点にしても二位とは大きく差が開いている。
だがこのままでは、最多安打のタイトルは他の者が奪ってしまう。
やはり成績を残すためには、安定して試合に出ることが大切だ。
去年はスランプに加えて怪我もあり、それでも最後まで成績は積み上げていった。
今年は順調に、去年と同じペースで、やや打率が高くなっている。
そしてそれ以上に高くなっているのが、得点圏打率だ。
この数試合大介は、やはりほぼ一試合に一度以上のペースで勝負を避けられている。
ただ四番の金剛寺は打率と出塁率が高いので、二塁にまで進めることは多い。
そして西郷と対決するハメになるのが相手ピッチャーなのだが、西郷はホームランの数こそこれまでと同じペースだが、打率が三割を切った。
外角の変化球で勝負を避けられ、それを無理に打ちに行くというパターンが多いのだ。
ライガースの打線は六番までの得点能力がとにかく高い。
だが西郷は打点は多いのだが、自分がホームを踏むことは、ホームラン以外にはあまりないのだ。
あとはグラントのホームランで、歩いて帰れる時ぐらいか。
それなりの弱点が、それなりにあるライガースである。
これで黒田あたりが守備を頑張って、セカンドを石井から奪い取ったら、どれだけ強力な打線になるのか。
まあさすがに守備力が違いすぎるので、しばらくは代打で頑張るしかないだろうが。
タイタンズとの試合は、大介は着実に数字を積み重ねていったが、試合の勝敗自体は一勝二敗。
まあこれは先発のローテが、やや弱い順番だったということもある。
ただその最終戦に負けて、次のカードに気分を切り替えようとした時、次の先発が上杉であったりすると、打線としてはげんなりする者が多い。
同じプロの世界であっても、絶対的な格差というものが存在する。
才能だとか実績だとか、そういうことではない。
とにかく上杉などを相手にしては、まともに打てないのが分かりきっている。
今年は既に二度黒星がついているから、まだおとなしい方なのだ。
そんな上杉は確実に、ライガースに合わせて調整を行ってきている。
去年と一昨年、そして今年もであるが、ライガースは上杉から勝っていない。最高でも同点引き分けである。
大介の一年目には、シーズン戦では二勝二敗であった。
それ以降上杉は、そしておそらくスターズは、徹底的にライガースをマークしている。正確には大介をだろうか。
最後に勝ったのは去年のプレイオフで、真田が相手を完封に抑えた試合まで遡る。
その時も1-0というスコアなのだから、どれだけライガースが上杉に抑え込まれていることか。
今年六年目で、既に100勝を達成しているというのが、とにかく規格外すぎるのである。
一人だけ昭和中期の成績を残しているとも言える。
そんな上杉が相手であっても、戦わなければいけないのがプロの世界である。
その一試合だけではなく、シーズン全体を通して見れば、たとえ負けてもどれだけ消耗させられるかが、プレイオフの対戦に響いてきたりもする。
自分たちは勝てなくても、他のチームに勝ってもらって、最終的にはシーズンを一位で終えればいい。
そう考えるからこそ、どうにか戦っていけるということはある。
ライガースの先発は、今季初めて上杉と投げ合うキッド。
大原の幸運は、ここまで上杉と投げ合っていないということもあるだろう。
中五日で登板してくれば、二戦目の大原と当たったはずなのだ。
だが上杉はシーズンを制するために、どうやら中五日どころではなく、中四日で投げてくるらしい。
それも途中降板ではなく、競った試合では完投してくるのであるから、他のピッチャーはたまらない。
上杉みたいなピッチャー、日本のどこかにもう一人ぐらいいるだろう。
オーナーやGMが、編成部に言う言葉である。
いや、他にはいない。世界中見回してもいない。
別種の怪物はいるが、それも注文には応えられない。
ほぼ確実に、毎年20個は貯金を作ってくれるエース。
こんなエースがいるのに、スターズはもう三年も優勝から遠ざかっているのだ。
ライガースは真田が入って西郷が入っても、柳本が抜けたり真田が怪我をしたりと、万全の状態には入りにくい。
だが大介が抜けたときが一番、得点力は落ちてくるのは確かだ。
一人で200点近くの打点をたたき出していれば、それはもう完全な主力である。
ちなみに先年、ライガースがシーズン中に上げた得点は632点。
大介の打点が165点で、ランナーに出たことによってホームを踏んだことも考えると、全体の得点の三割は大介のものと言っても過言ではないだろう。
神奈川スタジアムは、今日も満員。
改修されて収容人数が五千人ほども増えたのだが、それでもスターズのチケットは売り切れる。
上杉の登板間隔がある程度不鮮明なため、そこだけを狙って観戦するというのが難しいのだ。
その点ライガースは、大介も西郷も、ほぼ毎試合出るので、収益に差が出るのは仕方がない。
先日のタイタンズ戦もそうであったが、ツインズは出来るだけ、関東の大会は見に来ることが多い。
そして出来るだけ甲子園にも来る。
新幹線を使うなら、それなりに余裕があるのだ。
ただこの二人は学生のはずで、なんだか色々将来に向けて資格を取ったりしているのだが、いったいどうやったらそんな時間の使い方が出来るのか。
大介は不思議に思う。自分には野球しか能がないので。
相手がスターズの場合は、手を回してVIP席を取ることもあるらしい。
たださすがに上杉が投げるライガース戦は、それもなかなか他の人間のために回されるのだとか。
芸能関係であった場合、イリヤがなんだかんだ手を回せるそうだが。
もっともイリヤは大介のことが苦手なので、ライガースの試合は見に来ない。
正確には大介がではなく、大介のプレイが苦手なのだが。
アウェイでの試合ということで、当然ながら先攻はライガース。
一回の表の攻撃で、大介に打順が回ってくる。
これまた当然のように、ランナーがいない。
上杉は分かっているのだ。大介の脅威を最少に抑えるためには、その前にランナーをためてはいけないと。
そして基本的に大介を歩かせないのが、上杉のピッチングである。
今年の大介の対上杉の打席は、六打数二安打である。
三割打っているし、出塁率はそれよりもずっと上になっている。11打席で七回出塁しているのだ。
それでも勝てないというのだから、上杉の性能はおかしい。
おかしいなどと言うのが大介であれば、お前が言うなと全力でツッコミが入りそうだが。
上杉に期待されているものは、もう一つある。
大介の連続出塁試合記録のストップである。
上杉と対戦した今年の過去三試合を見ても、大介は出塁している。
今年は開幕から、塁に出なかった試合が一度もない。
なおこれは日本だけではない、アメリカも含めた世界記録である。
もっとも日本よりもタフな条件で試合をするMLBは、試合に欠場する選手がある程度は必ずいる。
ギネス認定もされた記録ではあるが、あまり大介は重要視していない。
とにかく歩かされすぎて、ヒットを一本も打っていないのに、ホームを踏んだ試合などもあるからだ。
そもそも打点やホームラン、そして四割という打率に比べれば、さほど関心の高いものでもないだろう。
大介は様々な打撃記録を最年少で更新していっている。
ただあまりにも長打力があるため、猛打賞になるほど勝負してもらえないことが多い。
またサイクルヒットも達成していないし、未来においても達成できるかは怪しい。
ホームラン警戒で外野がかなり後ろで守っているため、三塁打がとにかく少ないのだ。
そもそも打席は四打席回ってきても、四度勝負してもらえる試合が圧倒的に少ない。
四回打っている試合であっても、実際はボール球を無理に打ちにいっていることが多いのだ。
四打席ちゃんと勝負してもらえるなら、サイクルヒットよりも全打席ホームランの方が簡単である。
そう考えるのが大介で、それと対決するのが上杉である。
スターズで上杉が登板する場合、大介を一番打者にした方がいいのでは、と言われることもある島野である。
それはたぶん間違いではないのだろうが、下手に打線をいじると、後に影響が出てきそうで怖いのだ。
そもそも大介であっても、上杉を打ち崩すのは難しい。
チーム全体で強くなって点を取ってこそ、上杉に勝つことの意味が出てくると考える島野である。
だが実際のところ、ライガース打線が制圧されるのを見ると、そういう奇襲を仕掛けても、上杉を倒すのには必要ではないかとも思う。
初回の大介はツーアウトからホームランを狙ってフルスイングして、ショートフライでアウト。
確かにツーアウトからでは、後続に連打を期待するのは難しいだろう。
先頭バッターにして、ひたすらホームランを狙い続けさせるか。
だが大介は、単純なホームラン狙いのフルスイングバッターでもないのだ。
ランナーが三塁にいる時は、確実に内野の頭を越える球を打つことも出来る。
外野の守備位置がかなり後ろであると、あのあたりに落とせば二塁からでもランナーが帰ってこれる。
上杉を攻略することは、大介を制圧することと同じようなNPBのテーマである。
だがそもそもバッターは、四割打てれば化け物の世界。
出塁はしてもヒットは打てないという試合は、大介にはあるのだ。
ただ今年はそれをしても、後ろの金剛寺のさらに後ろに西郷がいる。
結局はホームランと四球が多くなり、OPSがバカ高くなっていく。
キッドはもちろんこれまでも、上杉のピッチングを見てきた。
だがシーズン序盤から中盤は、リリーフで投げることが多かったため、打席で見るのはこれが初めてである。
(死ぬ)
あれが当たれば、俺は死ぬ。
リアルに死を予感させる球など、果たしてどれだけの人間が投げられるだろうか。
MLBの試合にも出ていたキッドは、当然ながらあちらのトップレベルも知っている。
それでも170kmを投げるピッチャーはおらず、日本で170kmオーバーを投げるピッチャーがいるというのは、都市伝説の類かと思ったものだ。
だが直接に見てみれば分かる。
これは人間の打てるボールではないと。
それでも今年、上杉から西郷はホームランを打ち、大介も当てる程度なら簡単に当てられる。
ピッチャーとバッターは完全に能力が違うものであるが、それでもこれを打てる者がいるのか。
上杉の登場以来、日本のアマチュアのレベルが一気に上昇し、プロのレベルも一気に上昇したという。
それも納得出来る話で、さらに上杉はバッターとしても優れている。
ピッチャーとしては破格の、今季六号ホームラン。
プロ入り六年目のピッチャーが、もう30本もホームランを打っている。
確かに高校時代はスラッガーとしても有名であったが、それでもこの本数は異常である。
自分の投げている試合に点が入らず、自分だけで援護するという試合も、もう五回ぐらいはやっている。
今日の試合の場合は、他のバッターも点を取っている。
だがキッドが抜けた球を投げてしまうと、自然とホームランを打ってきた。
人間としてのスペックが違いすぎる。
小柄な肉体であそこまで打てる大介もおかしいが、上杉は190cmほどの体格から、ホームランを打ってくるのだ。
一年の夏から四番のエースで甲子園に出ていた上杉。
ホームランは通算で10本を打っていたが、勝負を避けられた回数は大介よりも多かったりする。
そんな上杉を超える、通算30本を四大会で打った大介。
だがこの日は第二打席と第三打席、二つ続いての三振である。
一試合に二度以上の三振をしたのは、今季初めてであった。
ちなみに三振の数は年々減ってきていて、ルーキーイヤーが50個、二年目が30個、三年目は19個である。
今年は既にこの試合で19個なので、おそらく去年の記録を良化させることは難しいだろう。
ただ最後の打席ぐらいは、意地でも打ちたいと大介は考える。
最終回になんとか回ってきた第四打席。
今日の上杉は、平均よりも調子がいい。
ライガース戦の時は、普段よりギアを上げてくるのだが。
大介や西郷に、どうにか敗北感を植え付けなければいけない。
そうでなければスターズが優勝することは難しいだろう。
リーグ最強のピッチャーとして、リーグ最強のバッターと逃げるのは戦略的でないといけない。
本当はストレートで勝負したい。
プレイオフとは違い、今日はもう援護もあって四点差。
ここでぐらいは真っ向勝負をして、その調子を落としてやりたい。
だが、勝利を最優先させる。
チェンジアップからストレートと見せかけて、カットボールを投げる。
大介の打ったボールは、セカンドゴロ。
高く跳ねたボールだったので微妙なタイミングだったが、一塁でアウト。
ゲームセットとなって、大介の連続出塁試合記録は、117で途切れたのであった。
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