第198話 ですろ~ど!

 七月が終わった。

 時間軸は前後するが、やはり大介が月間MVPを取る。

 もう他の選手のために、上杉と大介は、殿堂入りで特別枠にするべきであろう。

 賞金30万円というのは、年俸が数億の二人にとっては誤差のようなものである。

 ただ大介も上杉も、選ばれすぎているため選出の基準がきつくなっているということはある。

 両者共に数字的には取ってもおかしくなくても、チームが不調であれば他の者が選ばれることはある。

 もちろんめったにないことであるが。


 大介の場合は、今年はずっと月間MVPに選ばれている。

 正直なところごくわずかな期間であれば、大介と互角かそれ以上の成績を残した選手はいるのだ。

 ただ打撃タイトル三冠だけではなく、守備機会の無失策、盗塁を含めた走塁などを加えると、大介以上に勝利に貢献する選手がいなくなる。

 

 打率0.406 出塁率0.6 OPS1.663

 安打26 打点34 本塁打12 盗塁16


 ヒットの数に対して、打点が多すぎる。

 いかにチャンスの時に、逃さず打っているかということである。

 長打率は10割を超えた。

 大介としてもここまでの成績を残したのは、プロ入り初である。


 95試合が終わった時点で、ホームランは47本。

 いまだにほぼ、二試合に一本のペースでホームランを打っている。

 五試合ホームランがなかったかと思ったら、次の試合で二本のホームランを打っていたり。

 平均的に優れている上に、打つときにはさらに多く打つ。

 甲子園を本拠地としているチームからホームラン王が出るというのは、NAGOYANドームを本拠地としているチームから出るよりはマシだが、なんとも非現実的な現実である。




 レックスとの試合が一試合、雨で流れた。

 そして八月は、フェニックスとの三連戦の二戦目からである。

 シーズンは残り二ヶ月。順調に試合は消化されていて、比較的天候の影響は少ない。


 ライガースの先発は、この間四勝目がついた琴山。

 そしてフェニックスはこの試合、スタメンのマスクを竹中が被っている。

「厄介な人が……」

 思わず渋面になる大介は、甲子園で大阪光陰と対戦し、かなり竹中のリードで翻弄された

 大阪光陰が強かった理由は真田にあるのだが、それ以前に三連覇していた時は、竹中がマスクを被っていたのだ。


 大卒一年目で、外れ一位のキャッチャー。

 なかなかまだプロで通用するかは微妙なところだが、昨日の試合で東が怪我をしてしまったのだから仕方がない。

 その時は第二捕手として普段から受けているキャッチャーが出たのだが、勝つことが出来た。

 東も怪我をするまでは、本当にすごいキャッチャーであったし、今も試合に出ている間は、攻守に活躍が見える。

 だが壊れかけたこのキャッチャーは、バックアップとして使いたいのが本音であろう。

 今年の開幕は二軍であったが、ウエスタンでは早々にマスクを被って、打率が高いバッティングもしていた。

 ホームランも打っていたので、今年中に一軍に上がるだろうとは思っていた。

 だが東の故障があるとはいえ、他のキャッチャーを差し置いてスタメンのマスクを被るとは。


 ライガースからの攻撃であるが、先頭の毛利が初球に手を出してしまって内野ゴロ。

 珍しい展開であるが、竹中は毛利の先輩である。

「あの人、穏やかだけど呟き戦術使うんすよね」

 知ってる。


 二番の大江相手には、スタンダードな組み立てだ。

 そして打たせて取って、あっさりとツーアウトにする。

 ランナーがいない状態で大介。

 歩かせると一番、得点になりにくいパターンだ。




 やっぱり厄介なキャッチャーだな、と大介は思う。

 一打席目はボール球を無理に打って、それでもツーベースヒットになった。

 だが点には結びつかなかった。

 二打席目は歩かされて、そこから盗塁を敢行。

 珍しくも盗塁に失敗し、ランナーを無駄にしてしまった。


 三打席目はライトフライに、四打席目はセンターライナー。

 下手をすればピッチャーを殺すようなセンター返しだったのだが、この日の大介は三打数一安打で、打点がつかなかったのである。

 琴山も悪いピッチングではなかったのだが、最終的にライガースは、二点しか取れない試合になった。

 終始リードされた状態であったため、黒星がついてしまったのは気の毒である。


 そしてその流れは、その次の試合も同じである。

 大介はとにかく逃げられたが、内角を攻めてきたボールをソロホームランの一発にする。

 ただし二回も四球で逃げられて、残りの一打席はキャッチャーフライ。

 試合はまたも逃げ切られて、先発のキッドに黒星がつく。


 キャッチャーが交代したといっても、東も優れたキャッチャーであった。

 それなのに、扇の要であるキャッチャーが、新人に代わったことで、二連勝をした。

 まさかとは思うが、ここからフェニックスの逆襲があるのだろうか。

「フェニックスの逆襲って、なんかの映画のタイトルっぽいな」

 のんびりと言う真田は、この二試合出番がなかった。

 次はレックスとの二連戦である。




 今年こそはと言われつつ、なぜか毎年伸びないのがレックスである。

 吉村に金原という、左の強いところが揃ってきたのに、絶対エースの東条がポスティングでMLBへ。

 それを別にしても、前年活躍した若手が伸びてこなかったりする。

 せっかくドラフトの下位指名から、伸び代のある若手を取ってきても、二軍では無双するが一軍では結果を残せない。

 この五年間で、六位、四位、五位、四位、五位となかなかAクラスに入ることも出来ない。


 戦力を選手別に見れば、もっと勝っていなくてはおかしいのだ。

 ライガースが優勝した年にFAで西片を取ってきて、大卒即戦力はクリーンナップに座り、ショートには甲子園をピッチャーとして制した緒方が入って、二年目から定着している。

 どうしてこれで勝てないのか。

 二軍ではむしろ、ピッチャーはかなりの好成績を残しているのだ。

 それが一軍に行けば抑えられないのだから、問題がピッチャー以外のところにあると考えた方がいいだろう。


 ジンと連絡を取ったときなど、彼ははっきりと大介に言ったものだ。

 レックスはキャッチャーが悪いと。

 丸川は代打要員で普段のキャッチャーとしては使わず、もっといいキャッチャーを用意するべきだと。

 キャッチャー軽視が今のレックスの弱い原因である。

 それでも最下位にはなっていないところに、選手たち個人の奮戦の痕が見られると言おうか。


 フェニックスとの試合を比べると、確かにキャッチャーの要求するボールに、シビアさが足りないと思う大介である。

 なので吉村などは、完全に自分で配球を組み立てている。

 大介とは基本的に勝負しないという方向性であり、そこまでやるかと不機嫌になる大介である。


 甲子園開幕のため、ホームでの開催ながら、大阪ドームでの試合となる。

 第一戦は大介から逃げまくった吉村が、他のバッターとはちゃんと勝負して、レックスの得点力がわずかにライガースを上回った。

 こういうことをされると、大介からは逃げるのが一番だと思われるので、はっきり言って嫌なのだが。

 大原も七回までを投げたが、負け星はつかず。

「甲子園ベスト4左腕があれかよ」

 同じ千葉ということで、大原はもちろん吉村を知っている。

 大介にボコボコにされた大原であるが、吉村もまた大介のせいで、えらくトーナメントを勝ち進むのに苦労したものだ。

 それでもあの夏、白富東に勝って甲子園に出場したのだが。


 負けがついたのは、実は地味にこれが初めての品川である。

 今までは負けてる展開での起用もあったし、そこそこ楽な展開で投げさせることが多かった。

 だがこういった競った試合では、まだまだ経験が不足している。


 代わりと言ってはなんだが、二戦目はしっかりと打っていった大介である。

 中途半端に外された球なら、ホームランにしてしまうことも出来る。

 ホームランダービーぶっちぎりの49本目。

 八月の序盤でこれであるから、前年超えを期待されてしまう。

 今さらながら、61本ぐらいで止めておいたほうが、記録の更新は楽だったなと思う大介である。




 慣れない大阪ドームでのカードの後、今度は関東に向かってアウェイが続く。

 タイタンズとスターズとの三連戦。

 首位争いをしているチーム相手に、直接対決なのである。

 ここで大きく勝ち越すか負け越すかで、優勝への道は変わってくる。

 そしてローテを見れば分かるのだが、上杉がどこかで先発してくる。


 二戦目が中五日なので濃厚だが、あえて休んで中六日かもしれないし、逆に中四日の可能性もある。

 キッド、大原、山田の好調を維持しているローテ予定のピッチャーのどれかに、おそらくは当ててくるのだろう。

 ただこの間の雨天の影響で、少しはローテの調整が利く。

 上杉相手に勝てば、リーグ優勝は近付いてくる。

 だが打ち崩せなければ、今年は一位ではなく二位か三位でクライマックスシリーズで対戦することもある。


 島野をはじめとする首脳陣は、戦略的に捨てる試合も考えなければいけない。

 あるいは少しでも上杉を引っ張らせて、消耗させてもいいかもしれない。

 もちろん大前提として、勝利を目指してはいくのだが。


 上杉は八月上旬のこの時点で、既に22先発して14勝2敗という成績を残している。

 二度も負けていると言うべきか、二度しか負けていないと言うべきか。

 ただこの時点で先発登板数が20を超えているのは、さすがに投げすぎだと思うのだ。


 上杉は敵であるが、プロ野球という興行の面においては、同業者なのである。

 打ち崩したいことは確かだが、自分から壊れることは望んでいない。

 大介と上杉の対決だと、球場はもちろん満員になるが、それ以上にテレビの視聴率も上がる。

 上杉が投げる試合は高いのが当然だが、それが大介との対決となると、ますます高くなる。

 一度でも負けると、その月の月間MVPは取れない。

 上杉とはそんな存在である。


 ちなみにライガースでは、山田が一番先発が多く、18登板している。

 それに続いているのが、山倉と大原の17登板だ。

(関東で六連戦の後、大阪ドームで三連戦、そんでまた戻ってきて神宮か)

 プロになってつくづく思うのは、移動の面倒さだ。

 だがこれでも、セは三球団が関東にあるため、まだしも楽なのである。

 パであると北は札幌から南は福岡まで。

 パが強いのは移動の大変さで肉体がタフになっているからだ、とまで言われたこともある。


 客商売だから仕方のないことだが、少しは夏休みなりがあってもいいのではと思う大介だ。

 オールスターに選ばれなかったら、そこでこそ休めるのかもしれないが。

 もちろん選ばれれば出て行って、ホームランを打ちまくるのが大介である。

 成績に響かないとすると、ピッチャーも気楽に勝負してくれるからありがたい。




 タイタンズとの三連戦の前夜、大介は普通にホテルを抜け出した。

 練習までには戻ってくるので問題ないが、行ける範囲は限られている。

 ツインズを足に使わせてもらうが、こちらにも大介は車を置いてある。

 なんだかんだと無駄な出費とも思えるが、便利なので仕方がない。

 昼間なら普通に電車とタクシーの方が、圧倒的に楽なのだが。


 電車に乗っていたり、街を歩いていると、普通にサインを求められるのが今の大介である。

 寮の周りは既に庭なので、顔見知りが多くなっている。

 今年で四年目の大介は、別にもう寮を出て行ってもいいとは言われている。

 ただ身の回りの世話が面倒なので、もう一年は寮にいるつもりだ。


 大介はストイックな人間だ、とチームの人間には誤解されている。

 ギャンブルもしなければ女にも溺れず、酒や煙草も遠ざけている。

 それは単に野球以外のことにリソースを取られて、成績が下がるのが嫌なだけであるが。

 大介基準ではめったに使わない車を買うことも、馬を買うことも、充分以上に贅沢で無駄遣いである。


 契約金で時計を買ったりスーツを買ったり車を買ったりと、よくもまああれだけ無駄遣いが出来るなと、感心することもある大介である。

 年代によって外れというものはあり、大介の二つ下のドラフト世代からは、まだ活躍する選手が出てきていない。

 真田の次には西郷で、これは間違いなく成功である。

(今年の甲子園はどうなるのかな)

 白富東は今年の夏も、甲子園に出場している。

 この間クジ引きを見ていたが、順当に勝てば三回戦で大阪光陰と当たるトーナメントになっていた。


 大阪光陰の蓮池と白富東のユーキは、今年の夏の注目株である。

 ただユーキは高校卒業後はアメリカに戻り、プロの道には関心がないと言っている。

 直史といい、またトニーといい、白富東にはプロ野球に関心のない超有望株が多すぎて困る。素直にプロ入りしたのは岩崎ぐらいだ。

 もっともバッティングを評価される者は、普通に入ってきているのだが。

(大阪光陰戦のときは、神宮で試合か)

 強豪であっても、単にそれだけで勝ち進めるほど、甲子園は甘くない、のだと思う。

 大介としては甲子園では、四度出場して二度しか負けていないので、あまりそういった感覚はない。

 それも相手は、どちらもその年の全国制覇をしたチームである。


 去年の秋の敗退で、白富東の連続甲子園出場記録は途切れた。

 それでも夏は勝ってくるあたり、さすがは国立監督だと思う。

(ナオのやつ、応援に行くのかな)

 日程上大介が見に行けるのは、二回戦だけになりそうだ。

 あとは全部アウェイで、遠征の間の試合になるのだ。


 自分の野球の原点は、あそこにある。

 今年の夏も母校が勝ち進むことを、切に願う大介であった。

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