第197話 厳しい世界
プロ野球の各球団もバカではないので、どうすれば大介に打たれないか、それなりにちゃんと考えて結論は出しているのだ。
問題は、その方法が現実的かどうかである。
打点もホームランも打たれない方法。
それはもう単純に、敬遠である。
興行的に考えれば、主砲をガンガン歩かせられるなど、主催者は黙っていられない。
そもそもライガースの本拠地で、そんなことをするのは度胸がすごすぎる。
ただ現在のタイタンズの監督である野間には、それぐらいのことをする覚悟はある。
それに申告敬遠はそれほどせず、手を出して凡退してくれれば儲け物、というぐらいのコースでは勝負するのだ。
大介としてはせっかくの長いバット、外角に手を出すには充分すぎる理由である。
チャンスで一塁が空いていたら、容赦なく歩かせる。
それでなくても外のボール球を多用して、歩かせるつもりで勝負する。
さすがに大介も、外に大きく外れたボール球を、積極的に打ってはいけない。
そしてごく稀に内角に入れてきて、それを打ったら外野フライということもあった。
頭のおかしな記録を散々作っている大介だが、その中でも一番頭のおかしな記録になるだろうか。
それは連続出塁記録である。
試合において、ヒットなりフォアボールなりで、塁に出る。
大介は今年、塁に出なかった試合が一度もない。
ヒットが打てなかった試合はあるが、塁に出られなかった試合は一度もない。
昨年の記録はどうかと見れば、上杉によってほぼ完璧に封じられた試合があって、そこからタイタンズ戦が始まるまでもう、96試合連続で出塁してきた。
これはNPBのみならずMLBを含めても、世界一の記録である。
しかもタイタンズ戦までは、開幕から83試合連続出塁である。
他には今年、ヒットが出なかった試合も八試合しかなかったりする。
これだけの強打者であるのに、猛打賞は今年は三回しか獲得していない。
大介の強いところは固め打ちではなく、ある程度の割合で平均的に打てることだ。
かといって下手に勝負したら、全部ホームランにもなりかねない。
三試合で敬遠と四球で歩かせた合計が五回。
それだけ避けまくっても、打たれる時は打たれるのが大介である。
しかし試合自体は、タイタンズの三連勝に終わった。
試合後には暴徒化したファンが、タイタンズの選手が乗るバスを取り囲み、警察の出動する事態にまでなった。
なお大介は今季最長の、五試合連続のホームランなしである。
そしてタイタンズが罵声を浴びながらも首位奪還したその次が、スターズとの三連戦である。
舞台は神奈川スタジアムに移る。
「そういや今年、序盤は調子悪かったけど、三連戦で三連敗って初めてだったんだよな」
大介が語りかけるのは、本日の先発である大原である。
そう、実は今年はなんだかんだ不調ではあるが、三連戦での三連敗はなかったのだ。
先日のタイタンズ戦までは。
徹底的に大介をマークし、三試合でたったの二打点。
そこまでマークされても、打点が付いてくるところは異常であるが。
この神奈川との三連戦は、上杉のローテが回ってこないはずである。
現在二ゲーム以内にタイタンズ、ライガース、スターズが集まっていて、どこが抜け出すかは注目されている。
この三連戦には天気にも恵まれそうで、勝ち越したら飲みに行くか、とチーム内では盛り上がっている。
大介はストイックであるが、周囲に合わさないわけではないし、ある程度は生活にも緩急をつけることは大切だと分かっている。
プロのシーズンはとにかく長い。
どこかで緩めなければ、143試合は戦えないのだ。普通は。
大介は普通ではないので、ほとんどスランプなどもなく、半年間とその後のプレイオフを戦うことが出来る。
ただこういった自分のメンタルを、他人に押し付けるのはどうかと思うし、他人が身につけられるものとも思わない。
上杉はもしこの三連戦で投げてくるとしたら、中三日で最終戦に投げてくることになる。
スターズはこの三年、ライガースにプレイオフで破れているだけに、シーズン戦ではより勝とうとしてくる。
成績はこれまで15戦して10勝5敗でライガースの圧倒的なリード。
しかしそれは直近の五戦に五連勝しているからである。
ピッチャーの相性としては大原は二勝している。
ただしそれは、上杉との対戦がなかったからとも言える。
逆に言うと今回も上杉とは当たらないから、勝ち星がつくかもしれない。
ただしスターズは守備が頑張っているので、なかなか大量点も取れない。
シーズンは残り、おおよそ二ヶ月。
まだ優勝の話は全く出てこない。
過去の三年はわりと、早いうちに優勝の話などが出ていた。
今年はスタートダッシュに失敗したのが一番の原因だが、宿敵のスターズに加えて、タイタンズが戦力どおりの結果を出してきている。
この三連戦、スターズ相手にどういう結果を残せるかは重要だ。
「そういや高校野球、まだ白富東残ってるんだよな」
練習時間に大原に言われて、そうだったな、と気付く大介である。
プロになるとどうしても、高校野球との関わりが制限されてくる。
大介の場合は生来の当て勘があるので、他の人間には教えにくいということもあるが。
卒業して今年で四年目、もう後輩は全員卒業したし、秦野も監督ではなく、接点がかなり少ない。
「今年も夏は出られそうだしな」
強力なエースが一人と、それを休ませる程度に投げられる控えがいる。
これでどうにか、千葉の県大会は勝ち進めるのだ。
だが関東大会になると急激に厳しくなり、二番手の役割が高まってくる。
去年の秋も当然ながら知っているが、関東大会に行けずにセンバツも逃してしまった。
だが春の大会ではチーム全体の打撃向上が見られ、おそらく甲子園には出られる。
どこまで勝ち進めるかは、本当に運次第になる。
一回戦で大阪光陰と当たるかもしれないのが、甲子園であるのだから。
甲子園のことを思い出したのが、精神的なリフレッシュになったのか。
この日の大介は、無理に大介と勝負しようとはしない玉縄から、甘い球を二打席連続で見逃さず、スタンドまで持っていった。
三打数の二安打と、相変わらずの壊れた性能。
大原は七回まで投げて五点を失ったが、打線がそれ以上に点を取った。
15先発で11勝1敗。
やはり打線が逆転してくれるまで、長くイニングを投げられるピッチャーは、今のライガースには相性が抜群であるらしい。
スターズとの戦いは勝っても負けても、大きくタイタンズに影響してくる。
今シーズンは中継ぎとして既に30登板している岩崎は、今日も試合後に両者のチェックである。
タイタンズはこの二年、Aクラス入りは果たしたものの、クライマックスシリーズでスターズを相手にファーストステージで敗退している。
その中では岩崎が投げて、打たれて負けた試合もあった。
今年はシーズンの序盤は、抜けて調子の良かったタイタンズ。
だがライガースが調子を取り戻してくると、やはり厳しい対戦となる。
この間の三連戦で三連勝出来たのは、はっきりいって運が良かっただけだと、自分で投げた岩崎でもそう思う。
ただやはり野球は、確率で勝敗がそこそこ偏るスポーツなのだ。
昨日の試合は大原が投げていた。
高校時代は完全に、歯牙にもかけなかった相手である。
しかしそれは、チームとして白富東が強かったということでもある。
プロとして一軍で活躍し始めたのは、岩崎の方が早かった。
一年目から一軍で投げたし、二年目には谷間の先発やローテの中でも先発に回ったり、そして三年目には便利な中継ぎやでありつつも、時々は先発でも投げる。
ただ、やはりピッチャーとしてはメインであるという意識がある、先発ローテの一角。
その中に完全に入ったのは、大原の方が先になった。追い越されたのだ。
三年目に覚醒して、一気に二桁勝利。
そして今年も既に二桁の勝ち星がついている。
プロの世界は高校までの野球とは全く違う。
白富東はそれでも、直史がクローザーをすることが多く、かなり特殊なチームではあった。
しかしやはり目指すべきは、先発として投げて完投勝利することなのだ。
中継ぎとしてはこの調子なら、二年連続で50登板はしそうである。
追いつかれても勝ち越されはしないという、先発には嫌われる試合もあったりして、勝ち星が付いたりしている。
だがプロのレベルであると、岩崎のポテンシャルであると、ペース配分をしながら長いイニングを投げるより、短いイニングをスパッと投げる方が向いているのかもしれない。
調べたところ、今日はライガースが負けていた。
山田に負け星がつくのは珍しいなと思ったが、タイタンズがやったのと似た感じで、大介は二度も敬遠されている。
この間の甲子園での試合はひどかったな、と思わず遠い目をする岩崎である。
一試合ごとに、首位が入れ替わる三連戦であった。
タイタンズとライガースがほぼ同じ勝ち星で、スターズもわずかに二ゲーム差。
二勝一敗で勝ち越して、タイタンズとはゲーム差0.5の二位となっている。
七月も下旬となると、もう暑さがたまらない季節である。
そして高校野球では、甲子園の代表校が決まっていく。
そしてライガースはこの時期になると、甲子園をあけわたして、レスロードを歩む準備をしなければいけない。
大阪ドームを使わせてもらえるので、一昔前よりはマシだといわれているが、それでもこの時期は成績が悪化するのだ。
あの頃は良かったな、と思い出す大介である。
好きなことをやって金を稼いで生活し、ファンからの声援を浴びて、他球団のファンからは憎まれる。
なんともいい身分だとは思うが、高校時代はどうして、ああも輝いて見えるのか。
「そらあんたが最後の夏を一度も負けずに終われたからでしょうが」
真田などは辛辣に言ってくるものだが、まあ最後の夏を決勝まで進みながら、結局は負けたのなら恨み言も言いたくなるだろう。
それでもプロに入ってリベンジできるのだから、真田などはまだ恵まれた方なのだ。
ほぼ全ての高校球児が、敗北して最後の夏を終える。
当たり前だが、厳しいことだ。
ただあの夏は、絶対に負けないだろうという、予感が大介の中にはあった。
「一試合あたりにかけるモチベーションが、今とは全然違わないか?」
「そりゃあんたは野手で出てるから、年間60試合は甲子園でプレイするわけだし」
ピッチャーである真田は、甲子園で投げることに、まだしも分かりやすい意義を感じる。
大介の場合は、当たり前のようにとんでもない数字を残していく。
だがそのせいで、今年はシーズンの四死球記録が更新されそうだ。
甲子園も、そしてプロに入ってからも、大介は比較的、その成績に比して敬遠されることは少なかった。
こんな体格の大介を相手に、逃げたら恥だという意識がどこかにあったからだろう。
だがさすがに三年連続で三冠王になっていれば、逃げても恥ではないのだ。
神奈川との三連戦の後は、また本拠地甲子園で広島との三連戦。
ここでもやはり、ライガースは順調に勝ち越していく。
毎年のように、例年でのトップレベルの勝率で優勝しているライガースだが、今年は序盤にあれだけ調子が悪かったのに、完全にもう調子を取り戻している。
大介はまたホームランを打つ。
月間で見ればはっきりするのだが、大介はホームランを固め打ちすることはあまりなく、平均的に毎月10本以上を打っているのだ。
チームに勢いを付けるときは、確実に打点を拾っていく。
そしてピッチャーが勝負してくれば、バックスクリーンへの直撃弾を放つ。
大介の成績の、この高水準での安定感は、はっきり言って異常である。
どんなプレイヤーであっても、ある程度は調子に波があるものだ。
だが大介は波があって落ち込んでいても、平均的な四番打者以上の活躍はする。
広島との三連戦が終われば、次はレックスとの試合があって、七月も終わる。
五試合ノーホームランという、別に普通の状態を、スランプなどと言われた七月であった。
もっとも結局のところは、帳尻合わせにホームランを打って、打率も平気で三割台後半をキープ。
ただ四球と敬遠で歩かされる数は、30回を超えそうである。
平均して一試合に一度以上は歩かされる。
そんなシーズンが、まだまだ続く。
個人の成績はともかく、チームとしてはまだ独走できていない。
ホームランを打てば、とりあえずファンは満足する。
だが入団して以来、優勝以外を経験したことのない大介は、チームの状態を考えて打っていく。
なんだかんだと言いつつ、七月も月間MVPを取る大介。
そしてチームも六割以上の勝率を残して、二位以下を引き離す体勢に入る。
投手陣は去年に比べると、明らかに防御率は悪化した。
だがそれ以上に打線が点を取り、チームとしては機能している。
「つーかお前、今月の出塁率六割ってなんなんだ?」
「そりゃ勝負を避けてくる相手の責任だろ」
「四割打って月間12本塁打だろ? 単打や二塁だよりホームランが多いって、本当になんなんだ?」
大原はツッコむが、それは俺の責任ではないと思う大介であった。
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