第200話 バイオリズム
プロと言っても人間であるから、シーズンを通じて調子が悪い時はある。
純粋に自分のせいであったり、ピッチャーであったら味方の援護がなかったりと、原因は色々とある。
開幕には間に合わなかったものの、日本の野球に慣れてからが、ずっといい調子だったキッドが、この四試合で四連敗している。
それも本人は全て、クオリティスタートを保っているのにだ。
六回で三点までなら、まずピッチャーとしては合格点というのが、セイバーにおける指標である。
ただエースと言うのは、そんなもの知るかと序盤から飛ばして、試合の最初にはパーフェクト、それが途切れたら、ノーヒットノーランや完封と、相手を完全に抑え込みたいと考える人種なのである。
ライガースの中では真田がそういうタイプだ。
そして全く似ていないのが、打たれても打たれても、愚直なピッチングを続ける大原である。
神奈川との第二戦は、大原が先発である。
この日は相手もエースクラスの玉縄が投げて、ロースコアのゲームとなった。
引き分けのまま終盤に入り、そこで両方のピッチャーは交代。
大原としてはずっと投げていたかったが、ローテを守るためにはリリーフに頼ることも必要である。
今季はずっと試合に勝敗がついていたライガースだが、この試合で初めて引き分け。
ただ今年のブレイク枠である大原に負けがつかなかったのはいいことであろう。
投げ合った相手も一歳上でドラ一入団の玉縄だったというのもいい。
分かりやすい基準で、自分の今の実力が分かったはずだ。
もっともライガースとスターズでが、打線の力が違うのだが。
そして三戦目はエースの山田で確実に取る。
一勝一敗一分と、どうにか文句の出ない数字にはなった。
その間にタイタンズにまた一位を奪われそうになっているのだが。
真田がリリーフとして入り、品川が左のサイドスローとして活躍していても、まだリリーフ陣で点を取られることが多い。
そこで首脳陣は、ちょっとしたポジションチェンジを執行した。
二軍で調子が上がってきて、一軍に呼ばれた飛田をローテに、琴山を一時的にリリーフに戻したのだ。
確かにここ最近の琴山は、ローテとして勝ち負けがなかなか付かない微妙な試合が多かった。
それはつまり試合が決定的な点差になるイニングまで、投げることが難しかったからだ。
首脳陣から見ると、試合の中で上手く息を抜くことが出来ていないように感じる。
そこで短いイニングを投げるリリーフで、一度切り替えようと考えたわけである。
元々琴山は、リリーフとして大きな結果を残してきたピッチャーである。
対して飛田も二軍では、かなりの無双状態まで回復していた。
ここで琴山の気持ちを切り替えさせれば、シーズン終盤にまた先発復帰はありえる。
もちろん今年はこのまま、弱いリリーフ陣を支えるという方向もある。
真田と品川の二人で、リリーフ陣の左枠はどうにかなっている。
なのであとは琴山が機能すれば、もっと試合には勝てるようになるだろう。
結論から言うならば、この首脳陣の考えは上手くいった。
琴山は大介のルーキーイヤーから、リリーフから先発に転向してきた。
あの時のライガースは先発陣が薄かったため、リリーフとしてもそれなりの結果を残していた琴山だが、それよりは先発としてローテを回すことを重視された。
転向二年目には二桁勝利を記録し、貯金も少ないがそこそこ作っていた。
だが今年は勝ち負けがなかなかつかない。
つくとしても負け星が先行する。
ライガースの現在のチーム事情の中では、それも仕方ないのかと思っていた。
だが飛田が調子を戻して一軍に上がってきて、まだ今度は普通に右のリリーフが必要な状況。
なので不調と言っても琴山は、短いイニングではそれなりなのだ。
勝ち負けがつかないのは、少し長いイニングを投げることが難しいだけ。
先発での琴山の勝ちを消してでも、他のピッチャーのリリーフを強化する。
戦力を集中するという思考は、悪くないものだ。
琴山にしてもなかなか、先発数は増えてもイニング数は微妙。
そんな状態なら中継ぎに戻って成績を残した方が、年俸も上がっていくだろう。
ただし先発のローテを守りきるのが、ピッチャーの王道であることは確かである。
負ければ全てが無意味になる。
プロというのは、勝つことに貢献できるからプロなのだ。
もっとも敗戦処理などといった役割もあるのだが。
最終的には、勝利ではなく優勝に貢献することが、プロと言えよう。
大介ぐらいにまでなってしまうと、話は別だが。
神奈川との三連戦の後は、また大阪ドームを借りた三連戦。
広島相手のカードで、この継投策を使っていく。
今のライガースで完投能力があるのは、山田と大原。
キッドなどは明確に、100球を超えたあたりから球威が落ちる。
メジャー時代の週間が、体に染み付いてしまっているのだろう。
もっともメジャー主流の中四日と日本の中六日では、全くピッチャーの消耗度が違うものだが。
若松、山倉、飛田という先発の中では、山倉が一番完投能力が高い。
それでも今年は、18先発で六勝五敗。
去年に比べると貯金の数が減っている。
ただローテを守っていることが、今のライガースには重要なのである。
先発した試合の最終的な勝敗は11勝7敗であるから、試合を崩さずに後ろにつなげていることは出来ているのだ。
広島との三連戦は二勝一敗で勝ち越したが、勝ち負けが全てリリーフの投手についた。
面白いことにリリーフとして復帰して以来、真田は負けがついていない。
この二戦目も同点の場面から投げて、勝利投手になったりしている。
ただこのままプレイオフに入ってもいいのか、と大介は考えたりしている。
もちろん首脳陣も考えている。
ライガースにおいて完封が狙っていけるピッチャーは、まず真田と山田の二人である。
プレイオフでまた神奈川と戦った場合、上杉を投げ合ってお互いに無失点で済ませる。
そんな力を持つピッチャーが、ライガースには必要なのだ。
ただ真田を抜いても、プレイオフまでに調子が戻ってくる可能性は低い。
そしてリーグで優勝しておかなければ、アドバンテージなくクライマックスシリーズを戦うことになる。
短期決戦で上杉のいるチームに勝つのは、とてつもなく大変だ。
今年はかなり、日本シリーズへ進むのは難しいのではないか。
甲子園の開幕中に、神宮で試合を行う。
なんだかんだ言って、母校の試合は応援する大介である。
しかし今年の白富東は、三回戦で大阪光陰相手に敗北。
その大阪光陰も、次の試合で敗北していた。
「蓮池、故障か……」
真田としても蓮池は後輩であるが、直接の接点はほぼない。
真田が卒業した春に、蓮池は入学しているからだ。
だがクソ生意気そうな中学生が、寮を見に来たのは憶えている。
こいつのせいで淳の世代は、甲子園で優勝できなかった。
ただその事実はあっても、憎いとか恨むとか、そこまでは思わない大介である。
最速157kmのストレートと、手元で曲がるムービング系。
プロに入ってきたら、ぜひとも戦いたい相手である。
なんだかんだ言って大介は、甲子園には悪い思い出はほどんどない。
初めての出場となったセンバツで、大阪光陰相手に無得点に封じられたが、あの頃は本当に選手層が薄かった。
エラーや天候の要因があったとはいえ、直史が三点も取られたのは驚きである。
その鬱憤晴らしが、夏のパーフェクトゲームになったのだろうが。
「そういやもうすぐドラフトか」
「つっても目ぼしいところは地方の試合で決めてるはずですけどね」
上だけを見ていた大介であるが、自分と同じ年の大卒選手が、来年からは入ってくるのだ。
そして高卒の中に、優れた選手がいることも多い。
プロ野球選手の寿命は短い。
だがそれは平均的なプロ野球選手の話で、大介や真田などは、怪我に注意すればずっと長く戦える。
短く太く輝くのも、それはそれで面白い選手として記憶に残るだろう。
だが稼ぐためには長く選手を続ける他ない。
来年どんな選手が入ってきても、普通に歓迎できるのが大介や真田の立場である。
だが一軍であっても、二軍と行き来するような選手は、戦力外通告という名のクビの危険を考えていないといけない。
「つーか、あんたの同期で大学にいった面子でしょ? 誰が注目なんすか?」
「大学野球、全然知らないからなあ」
直史が虐殺の限りを尽くしていることは知っているが。
「タケからホームラン打ったっていうやつは注意だよな。名前忘れたけど」
「注意するのに名前忘れたんかい」
大介はこういう人間である。
上にいるのは上杉と、あとはMLBに移籍している者ぐらいで、それでも強いて言うなら、タイタンズの荒川あたりだろうか。
家庭の事情でアメリカに行くつもりは全くないというのは、上杉に似ている部分はある。
「まあ注目株というか、他のチームに行かれたら厄介だと思うのは樋口かな」
「ああ、あの人ね。うちはキャッチャー取らないのかな」
「風間さんと滝沢さんがいるし、育ってくるのを待ってる状態じゃないかな」
キャッチャーというのは本当に、なかなか即戦力などいないものである。
それでも今年は、正捕手の東の怪我があるとはいえ、フェニックスの竹中が活躍している。
竹中は真田にとっても先輩であり、最初の夏の相棒であった。
覇権を奪った大介と同じチームになって、世話になった先輩と戦うというのも、野球というスポーツの醍醐味か。
真田や竹中レベルになれば話は別だが、トレードでまた味方になったり、敵になったりする。
将来的にはFA移籍という話も出てくるだろう。
「そういや上杉さん、来年はもう七年目だけど、ポスティングとかしないんすかね」
「あの人は別に、金に困ってるわけでもないしなあ」
ライガースの選手でも、柳本がポスティングでMLBに移籍した。
大介の感触からすると、別にMLBだからと言って、そうそう日本とのレベルが違うわけではない。
ただ高額の年俸だけは魅力であるが。
直史ともWBCの時に話したことがあったが、MLBで通用するかどうかというのは、ピッチャーの場合はボールとの適応が挙げられる。
ほんの少しだが大きく、滑りやすく、縫い目が高いMLBの標準球。
それを使用していながらも、柳本はローテの一角に入っているのだから、大したものなのである。
将来の話を考えると、大介は迷うことがある。
球団としてはライガースにいるのは居心地がいいし、待遇などでも不満はない。
ただ将来的に考えると、関東にいずれは帰りたいなとも思うのだ。
だがどうせなら、MLBも経験したいとは思う。
WBCにおいても、現役のメジャーリーガーのピッチャーはそれなりにいた。
おおよそ全てを撃破してきた大介であるが、超一流レベルになると、WBCには出ていなかったという話にもなる。
しかし上杉との対決の機会を蹴ってまで、MLBに移籍する必要があるのか。
逆に言うと上杉がMLBに行くなら、大介もそれを追いかけていっていいのであるが。
「結婚のこともあるし、色々と迷うよなあ」
「え、あんた付き合ってる彼女いるんすか」
「なになに?」
「大介の彼女がなんだって?」
わらわらとミーティングルームの隅っこへ、寄って来るチームメイトたち。
女の話題はいささか低俗ながら、この者たちも好むところである。
野球選手には、結婚相手のカーストが存在する。
一軍の主力で、タイトルを取ったりゴールデングラブに選ばれたりすると、やはり相手も女子アナだの元モデルだの、そういったランクになってくる。
当然ながら顔面偏差値の高い女性が多くなる。
また猛者の中には、対戦する相手の地元ごとに、女を作っている者さえいる。
だが西片のように、中学時代の同級生と結婚する者もいるのだ。
幼馴染撲滅委員会に知られたらコトである。
大介の場合は、不祥事が全くと言っていいほどない。
酔って暴れることも、未成年の間に喫煙したことも、女性関連でのスキャンダルも全くない。
だが東京に遠征に行くと、こそこそと動き回っているのは知っている。
「来年五年目だし、寮から出て結婚でもいいんじゃないすかね」
「いや、あっちはまだ学生だから、あと一年は寮にいるつもりだけどな。それにあちらはあちらで仕事があるだろうし、まだ先のことは分からん」
大介としては衣食住が揃っている寮生活は、本当に快適なのだ。
プライバシーが守られないということで、敬遠する若い者もいないではないのだが。
高卒は四年、それが基本的なライガースの寮生活の基本である。
ただ大介のように私生活がおかしくなくて、成績も残している者は、普通に退寮の許可は出る。
だがかといって単に一人暮らしをするのは、家事などがあるので面倒なのだ。
「つーかお前はどうなんだ? 高校時代浮いた話なかったのか?」
「……大阪光陰の監獄で、彼女を作れる人間がいるとでも?」
「つっても竹中さんとか作ってなかったっけ?」
毛利は当然、同じ学校なのでそのあたりも知っている。
「あの人は中学時代から、彼女切らしたことないって言ってたしなあ」
マジメそうな竹中は、実際にマジメでもあるのだが、そういった一面も持っているのだ。
世界は広がってくるが、未来は狭まってくる。
大介はそんな感覚を覚えている。
自分の場合は結婚式など、まともに行えないだろうなと分かっている。
二等分の花嫁を二等分することに失敗したのである。
「女子大生かよ。合コンしようぜ!」
「東大の女の子だけどいいんすか?」
「……お、おう?」
最高学府の女子に関しては、いささか気圧される脳筋ども。
もっとも東大卒でも女子アナだと、なぜかオッケーになるらしいが。
バカな連中と、バカになって野球が出来る。
未来への不安よりもはるかに大きな、今の幸福がここにある。
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