第201話 タイトル争い

 大介の成績の平均というのはどのぐらいのものであるのか。

 単純に一年目からの数字を見ていくと、頭が痛くなってくる。その、あまりの非常識さに。


 一年目 打率0.396 出塁率0.520 OPS1.411 185安打 190打点 59本塁打 72盗塁 127四死球

 二年目 打率0.404 出塁率0.549 OPS1.474 177安打 191打点 58本塁打 66盗塁 141四死球

 三年目 打率0.381 出塁率0.530 OPS1.484 157安打 165打点 67本塁打 86盗塁 133四死球


 ほぼ全ての新人記録を塗り替えた一年目が、どれだけおとなしいものであったか良く分かる。

 具体的には一番得点に直結しやすい指数であるOPSが、年々増加しているのだ。

 三年目は怪我で九試合を欠場したため、安打と打点は減っているが、本塁打と盗塁が増えている。

 どれだけ長打が多かったかという話であり、まあ確かに化け物以外の何者でもない。


 プロ入り三年目で500本安打を達成。

 そしてプロ入り四年目の今年、200本塁打を達成している。

 言うまでもなくプロ最速、そして最年少の記録である。

 打率が高く、長打が打てて、歩かせたら走られる。

 どうしろと?

 実はちゃんと勝負した方が、まだマシになるというデータが出てたりする。

 ただしそれは大介が、現在はボール球でも打っているというデータを無視している。

 それを思えばやはり、ホームランを打たれることだけを注意していればいいのではないか。

 なおシーズン中であるが、四年目の記録ももちろんある。


 四年目 打率0.396 出塁率0.562 OPS1.529 145安打 163打点 58本塁打 78盗塁 138四死球


 この四年目のシーズンは、残り23試合が残っている。

 八月が終わった時点で、この数字であるのだ。

 八月度は大介は、打率が0.351と比較的低調な月であった。

 シーズン途中で噂されていた打者六冠が、安打数で一位から陥落している。

 まあこんなホームランとOPSを見せられれば、まともに勝負してもらえなくなるのも当然だ。

 それでも、残り23試合もあるのだ。逆転は不可能ではない。


 更新できそうなところは、まずホームラン。

 ここまで120試合で58本も打っているので、この調子で打てば67本をどうにか超えるかもしれない。

 あとは盗塁であるが、自分のベストは更新出来るかもしれないが、日本記録は難しい。

 四死球出塁も微妙なところであろう。

 打てるボール球を投げて、ミスショットを狙うというのが、大介の攻略としては一番マシな部類である。


 大介には何か、人間とは別のものが備わっている。

 そう言われるほどには、あまりにも全ての能力が突出している。

 球団としてはホームランはともかく、盗塁は少し控えて怪我に注意して欲しいところだ。

 盗塁による得点機会の上昇と、大介が盗塁することによる故障のリスク。

 これがパ・リーグであればDHにしてもおかしくない。とにかく異次元の打撃力。

 だがおそらくDHなどにしたら、かえって調子を崩すのだろう。

 首脳陣は本当に三番でいいのか、二番だとか四番だとか、そのあたりも色々と考えた。

 結果として三番のままでいるが、上杉と対決する時は、一番にした方がいいのかもしれない。




 残りおよそ一ヶ月で、23試合。

「最多安打は無理かなあ……」

 甲子園にて迎えるは、スターズとの対戦。

 一戦目が雨で潰れて、大介としてはアンニュイな気分である。

 室内練習場で練習し、クラブハウスで昼食を。

 残りの試合数から、自分に回ってくる打席を考える。

 三冠部門と盗塁王、そして最高出塁率はもう決まったようなものだ。

 最多安打だけが、一位と差がついている。

 そして三位にもほぼぴったりとくっつかれて、なかなかヒットの数を増やしていけない。


 聞いている側からすると、それ以上打つのはやめてやれ、といいたくもなる。

 上杉のせいでセのピッチャーは、リリーフに回らないとタイトルが取れない。

 大介の場合は三冠以外にも盗塁王と最高出塁率を取っているので、上杉よりもひどい。


 大介が最多安打のタイトルを取るには、もういっそのことホームラン狙いを、完全に捨てるべきだろう。

 ならば対戦する相手も、まだしも勝負してくれる回数は増える。

 どうせ歩かせても、高い確率で盗塁をしかけてくるのだ。

 ただ打てそうな球をホームランを狙わないというのは、大介の思考の中にはない。

 そもそも三進の数も少ない、レベルスイングでホームランを打つのが大介なのだ。

 何をどうしたら勝負してもらえるのか、考える方がおかしくなる。


 九月に入って、最初の試合は神奈川と。

 八月の最終日の第一戦は、雨で流れていた。

 上杉が投げるとしたら、中四日か中五日。

 だが雨で流れたおかげで、他のピッチャーは休めてそのままスライドする。


 すると上杉はこのカードではライガースには投げないことになる。

 見る側からしたら残念れあるが、スターズの首脳陣からしたら、少しでも負ける可能性のあるところでは、上杉は使いたくない。

 今年の上杉はライガース相手に、一度も負けていない。むしろ他のところに二度負けている。

 だがそれでも、上杉を真っ当に打って勝てるチームは、ライガースだけだと思うのだ。




 今年のペナントレースは、四月こそライガースが不調であったが、それ以降はずっと勝ち越しの月が続いた。

 そしてゲーム差をそこそこつけて、二位にはタイタンズがいる。

 さほどのゲーム差もなく、三位にはスターズである。

 クライマックスシリーズに進みそうな三チームは、ほぼ決定していると言っていい。


 ライガースが日本一になるには、リーグ優勝もする必要がある。

 スターズが優勝してしまうと、当然ながらクライマックスシリーズのファイナルステージでは、一勝のアドバンテージがある。

 短期決戦には、スターズが強い。

 スターズがと言うか、上杉が強い。

 まともに戦っても点が取れない上杉から、どうやって点を取ればいいのか。

 ライガースの場合は、大介に任せるという手段が一番に出てくる。


 ファーストステージを経由せずにファイナルステージで戦うなら、上杉は充分に疲労を抜いて投げることが出来る。

 そして日本シリーズまで進めば、上杉が三勝する。

 あとは誰かが一勝すれば、それでスターズは日本一だ。


 今は三位のスターズを、優勝させないこと。

 それが日本シリーズに進むのに大切なことである。

 よってこのカードでも、一つは必ず勝っておきたい。


 ライガースの先発はキッド。

 シーズン途中から先発のローテに入り、ここまで10勝4敗。

 対するスターズも、準エースとも言える玉縄を出してきている。

 共に二桁勝利をしている先発だが、玉縄の方が先発登板数は多い。

 キッドはここまで、それなりにリリーフ陣をちゃんと使っているのだが、なぜか勝敗が完全に自分につくというピッチングをしている。

 序盤で崩れたりすることがないのは、中継ぎ経験が抱負であるからか。

 そしてこの試合でも、勝ち星がついた。




 ライガースとしては、次の試合の方が重要であった。

 先発は今年も、完全にローテを守っている大原。

 チームでは一番多くのイニングを投げていて、完封こそないが完投は多い。

 そして負けている場面で降板しても、負け星が消えてしまう場合が多いのが、今年の大原である。

 もちろん勝ち星も、リリーフ陣崩壊のシーズン序盤では、消えてしまうことも多かったが。


 ただそうやって、勝ちが消えてしまった時も、腐らずに投げることが出来た。

 丸々二年を二軍で過ごしたのは、大原にとっては悪いことではなかった。

 とにかく体力に任せて、馬力のあるピッチングが出来ている。


 そんな大原には、今おかしなことが起きている。

 いや、おかしいと言うよりは、チャンスがあると言うべきだろうか。

 ここまで大原は20先発で、13勝1敗。

 それなりにちゃんとイニングは投げた上での、この数字である。

 この数字はつまり、タイトルの資格を満たした上で、上杉の勝率を上回っているのである。


 単純にタイトルを取らせるだけなら、ここから休ませればいい。

 大原は今年、チーム一のイニングイーターであった。少しは休んで、クライマックスシリーズに備えてもいいのだ。

 だがここまで勝ち運のあるピッチャーを、使わないという選択肢はない。

 首脳陣としては、上杉を止めたいのだ。

 もうルーキーからずっと沢村賞を取り続けていて、何か別の基準で上杉賞を作るべきではないかとすら言われている。

 おそらく上杉以外には、まず取れない選考基準になるだろうが。


 ルーキーイヤーに、終盤クローザーをしたため、上杉は最多勝は取れなかった。

 だがそれ以降は投手の主要六タイトルのうち、先発が取れる四タイトルを独占している。

 いくらなんでもこの状況を、解消したいと思う者は多い。

 まあライガースは、大介がいるせいで、あんまりそういった声は上げられないのだが。




 第二戦、大原は先発した。

 そして勝ち負けがつかなかった。

 試合自体はライガースが負けたが、大原は六回までを三失点と、完全にクオリティスタートの仕事はしたのである。

 打線は一度は追いついて、その負けを消した。

 負け星がついたのは、リリーフ陣の品川である。

 これも同点から一発だけホームランを打たれたという、ちょっと気の毒な負け方ではあったが。


 直接対決があとどれだけあるかなど、タイタンズとスターズの成績も、首脳陣は注意していかなければいけない。

 そして大介はともかく、大原のタイトルに関しては、ある程度の関心が出てくる。

 世間としては上杉の、完全に沢村賞ペースのピッチングを見たいのかもしれない。

 タイトルを一つ逃しても、他の基準を満たしているため、上杉が沢村賞を取ることは間違いない。

 だから一つぐらい、タイトルをよこしてほしいのだ。


 タイタンズともスターズとも、直接対決はまだ残っている。

 ここまでは上杉を少し休ませていたが、残りの試合のどこかでは、確実に首位のライガースに当ててくるだろう。

 今年は一度も勝たないまま、クライマックスシリーズに進むのか。

 たとえペナントレースを制しても、それでは日本シリーズには到達出来ないような気がする。

 必ず、直接対決を勝たなければいけない。


 そして上杉に負け星をつけることは、大原のタイトル獲得のためにも重要なことだ。

 勝ち星や防御率では大きく水を空けられ、他のピッチャーにも負けている大原が、勝率で取れそうというのは皮肉である。

 間違いなく打線の援護が、上杉よりも大きいからこういった成績になるのだ。

 だがどうせ取れるなら、本当に取ってしまうにことたことはない。

 とは言っても世間では、やはり大介の記録の方に、注目が集まっているわけだが。


 60本にはまたも到達した。

 残りの試合で、はたして自己新記録を更新できるのか。

 いやもう、他にも色々と、台無しなことはしでかしている気はするが。

 シーズン終盤の九月。

 ペナントレースの行方はまだ見えない。

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